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57.ある男の追跡 前編
しおりを挟むとある日の夜――月明かりしかない不自由な闇の中。
タットファウス魔法学校の庶民用女子寮の裏で、二人の男女が会っていた。
淡い月明かりの下に出会う二人……吟遊詩人が詠うありがちな恋人同士のようだが、実際はそんなにロマンチックなものではない。
男の方は、まるで夜に溶けているかのような黒髪の、無骨な青年。
女の方は、なんとも言いづらい、あまり特徴がない少女。強いて言えば月の下より太陽の下の方が似合いそうだ。
「さすがに、見張りを外すわけにはいかないと思う」
「そうですねー」
男の名前はヴァーサス・ケイド。
海の向こうにある国から留学してきている王族の、従者を務める者。
女の名前はアルカロール・バーグ。
これまた海の向こうの国から留学してきている庶民である。
先日、ある嫌われ者の辺境伯令嬢の異変で秘密を共有してしまい、以来こうして時々会って情報交換をするようになった。
正確に言うと、ヴァーサスが仕える王族の意思によるところが大きいのだが。
秘密の共有がある以前、それがなくても二人は時々冒険で一緒に出ていたので、それなりに気心が知れている関係である。
深いところまではわからないが、お互いがお互いを「嘘がつける相手ではない」と、その人柄を見ている。下手な駆け引きなどすることもなく、それなりに話して楽な相手であった。
いつもは定期連絡程度で済ませるところだが、今回の話は若干長引いている。
というのも、問題の辺境伯令嬢が「冒険に出る」と言い出したからだ。
「彼に同行を求められていると聞いた。まだ返事をしていないらしいが」
「ええ。一応行く準備はできてますけど」
――先日、アルカは問題の辺境伯令嬢に、「一緒に冒険に行こう」と誘われた。ちょっとチョコレートのことなどでどん底まで気持ちが沈んだりもしたものの、スケジュールを調整すれば断る理由はなかった。
その場で返答してもよかったのだが、
「たぶんラインラック王子やキルフェコルト王子から何か連絡があるかなと思って、保留にしてあります」
アルカ個人の行動だ、誰に断る義理もない。が、決して無視できない王子二人の思惑は、きちんと頭に入れておかねばならない。
たとえば「彼を冒険には行かせない」だの「パーティに己の調査員を潜り込ませるからアルカは断れ」だの、その手の意向をひねり出すかもしれない。そうなるとアルカの行動の妨げになる。
かの問題の辺境伯令嬢は、相変わらず「不審人物」として捉えられている。
たとえ人柄や行動に問題がないと判断できたとしても、存在そのものが不審すぎるのだ。可愛そうだが、今のままではどこまで行こうと警戒は解けないだろう。
もっとも――
「考えることは同じ、か」
「と言うと?」
「彼自身も、アルカロールと同じ考えを持っているのだろう。だから――」
だから秘密を握っている、あるいは疑いを持っている者たちを夕食に誘い、その場で自分のこれからの予定を通達した。
その目的はと言えば、アルカが今言った通りだ。
自分はこうします、だから王子連中は好きに策を用立ててください、と。
暗にそう言いたかったのだろうとヴァーサスは考えた。
「へえ、夕食会ですか」
「ついさっきのことだがな」
「メンバーがすごいですもんね。なんか優雅~」
「実際はそうでもない。食事中はドラゴンの話題ばかりだったからな」
貴族の食事にモンスターの話題。貴族らしさとも優雅さとも程遠い。
――まあ、楽しくはあったが。
特に、ドラゴンの生態系について瞳を輝かせて語るラインラックと、興味津々で聞き入る問題の辺境伯令嬢は、ともすれば親密な関係に見えなくも……いや考えすぎだとヴァーサスは首を振って世迷言をかき消す。
「同行してもらえるか? 彼の行動は見逃すことはできない」
「わかりました」
ちなみに、お互いちゃんとわかっている。
「こいつは敵ではないが、味方とも言い切れない」と。
アルカはすでに、問題の辺境伯令嬢を「人畜無害。もう友達」とまで思っている。高級チョコレートも貰ったし。世間に害をなす存在じゃないと信じている。だからたとえ怪しい行動を取ったとしても、それを逐一報告する気なんてさらさらない。
そして、もしもの時は友達として、自分の手で片を付けようと。そこまで覚悟も決めている。
ヴァーサスも考えている。
アルカが協力的なのは、問題の辺境伯令嬢にすでに情が移っているからだ。なんとも思ってなければそれこそ関わろうともしないだろう。そしてアルカはラインラックの密偵ではないし、調査員でもない。味方をする義務もない。今回はこちらの頼みを聞いてくれたが利害関係や情でどうとでも転ぶだろう、と。
「恐らく、道中はキルフェコルト殿下の密偵が付いていくと思う。もしもの時は――」
「気づかないフリをすればいいんですね?」
この色気のない密会の結論は、「密偵を送ると密偵同士がかち合う可能性があるから、アルカはラインラックの密偵として働いてくれないか」ということになる。
あの問題の辺境伯令嬢の行動を、黙って見ていられないのはヴァーサス側だけではない。
この国の第一王子であるキルフェコルトだって放置するわけがない。
一応、「タットファウス魔法学校に留学で来ているラインラック王子」という肩書きがある以上、「学校に密偵を入れています」と堂々言いふらすような真似はできないのだ。他国に密偵や諜報員を入れるなんて、相手国……このタットファウス王国に対する不信の現れと断じられ、スパイの疑いを持たれてしまう。
無論、密偵も一緒に来ていることは、タットファウス側も気づいているはずだが。いわゆる黙認されている状態のはずだ。
さる国の第二王子であるラインラックだ、さすがに従者兼護衛を一人しか連れてきていない、というわけがない。学校内外に数名の密偵と護衛が点在しているのだ。
まあ、だからこそ、「密偵が現場でかち合う」なんてマヌケなケースが起こりうる現状、それを回避する必要がある。
今回はキルフェコルトが密偵を使うであろうと予想し、ラインラック側は「外から見張る」ではなく「中から見張る」という手段を講じた。
それが、この話の結論である、アルカの抱え込みである。
「『ドラゴンの巣』に行くと聞いた。あの辺りならそんなに強いモンスターもいないし、滅多なことは起こらないと思うが……気をつけて行ってこい」
「ええ、そうします」
奇しくも同じ時刻、キルフェコルトの部屋に一人の男がやってきた。
「――どうぞ」
ノックもなく前に立つだけで、中からドアが開けられる。
身の回りの世話をしているメイド――クローナの前を過ぎる男の足音はない。護衛としても機能しているクローナでさえ読みづらい気配と、ただ普通に動いているだけなのに捉え難い身のこなし。
「腕を上げましたか?」
そんな質問に、男は肩をすくめた。
さすがにこの年代は身体の成長も含めて技術の成長も早い、とクローナは思った。
「おう、来たかジン」
テーブルで待つキルフェコルトに向かって、男は一礼した。
「こんばんは、殿下」
男の名はジングル・ハール。
出生は一応片田舎の村となっているが、実際は王国が抱えている隠密部隊に育てられた孤児である。
実際の年齢も知らないが、今はキルフェコルトと同級生で、この学校で七年間学んできた八年生ということになっている。
上背はあるが細身で、くすんだ金髪はボサボサで、覇気を欠くやる気のなさそうな瞳は緑色。制服も着崩しているし姿勢も態度も悪い。まあ「よくいるただの不良」と言えるような様相だ。
が、あくまでもそれは「与えられた役割」をこなしているだけに過ぎない。
この学校におけるジングルの任務は、「王子とは繋がりも見えないような不良」として存在し、有事の際に王子の手足となること。基本は諜報活動を旨とし、こうして王子と接触するのは滅多にないことだ。
実際のジングルは、勤勉で文武両道、剣も使えるし魔法も抜かりなく鍛えているという優等生である。
役割として不良的な行為とサボりはするし実力を見せることもほぼないが、そのサボり分さえ努力で埋め、更には上積みまでしているという、見た目に反した青年である。
「珍しいっすね、殿下が俺を呼ぶなんて。あれ? 殿下ちょっと痩せた?」
「痩せてねーよ。むしろ筋肉増えたからベルトの穴大きくしたぜ」
「あ、やっぱり。太ったんだ」
「太くはなったけど太ってねーよ。筋肉が増えたんだよ。……我ながら無駄に筋肉ばっか増えやがる」
これでジングルは、密偵としてではあるが師もあり兄弟姉妹もあり、飢えがなく、つらいことも多かったが生きるに不自由しない人生をくれた王国には感謝している。
その上、望むことさえ贅沢だと思えた学校にも行かせてもらっている。
ここで学べることは全て学び、生涯を賭してタットファウス王国に仕えることを、すでに心に定めていた。
できることならキルフェコルトの直属で働きたいが。さすがにそこまで高望みはしない。
そして――
「おまえの方は変わりないか?」
「そうっすね。特に報告することもないかな。あ、この呼び出しってもしかしてあの女のことに関して?」
――この男は、学校内で、問題の辺境伯令嬢を監視する任務に就いている者の一人だ。
「もしかして解除? やった。さすがにもう見てらんないっすよ」
「あ? 何が?」
最初に監視を命じられた時は、王族さえ軽んじる目障りな女をついに排除する気になったか、と喜び勇んで任務についたのだが。
しかし、蓋を開けてみれば、どうだ。
これまでの問題発言や問題行動は鳴りを潜め、剣術を始めたり風呂場を作ったりと、ジングルが望まない違う意味での問題行動を起こし始めた。
理由はさっぱりわからないが、確かに、監視を付けるに足る豹変ぶりだとは思う。
まるで人が変わったような振る舞いを取る理由は、ジングルだって気になる。
だが、それ以上に、もうすでにうんざりしている。
「もうね、バカバカしいんすよ。真面目な女にちょっかい出してるチャラ男見てるみたいで」
ジングルはいつだったか、問題の辺境伯令嬢が己の従者に対して「高い高ーい」などという錯乱したとしか思えない行為に走る姿を見たことがある。それだけじゃない。こそこそ耳打ちするのはよくあることで、ちょっと手を握ろうとするたびに避けられたり、軽く肩をぶつけてみたり、ふざけたことでも言ったのか睨まれたりと、見かけるたびにそんなものばかり目に入るのだ。もう本当にバカバカしい限りだ。
そんなこんなの報告に困るいちゃつきを度々目撃して以来、この任務については、すでにやる気を失っていた。報告する方もされる方もげんなりしている。末端で働く者たちは非常にいたたまれないのだ。――この様子だとそこまで逐一報告が上がっているわけではなさそうだが。さもありなん。アレを王子の耳になんて入れたくない。こんなやりきれない気持ちは末端だけ抱えていればそれでいい。
むしろ時々本気で怒る、従者の遠慮のない殺気の方が気になるくらいだ。
あれは人の二、三人は殺していておかしくないと思える。それでも平然としている問題の辺境伯令嬢も、これまた違う意味で気になる存在とは言えるが。あんな殺気を間近で感じて平気というのもおかしいだろう。まさか慣れたのか? ならば違う意味で恐ろしいとは思うが。
「従者が好きすぎる主人って意味では、問題行動起こしまくりだと思うっすけどね」
「それ問題か? 従者が好きな主人なんて珍しくもねえだろ。俺だってクローナのことは好きだしな」
キルフェコルトの言葉に反応したのは、ジングルの後ろにいるクローナだ。かすかな動揺が伝わってくる。
ジングルは思った。
殿下はまだクローナの気持ちに気づいてないんだな、と。
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