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156.メイドが邪悪に笑う時……
しおりを挟むストーカーのようにやってきた王子と、嵐のようにやってきた侍女が去った。
恐らく彼らは、これから少し揉めたりするのだろう。明らかにいろんな意味で意思疎通ができてなかったようだから。更に言うなら、キルフェコルトの俺様にクローナが異を唱える形で。
「ヨウさん」
こっちも似たようなもんだからな。……わかるわー。キルフェコルトも今きっと俺と同じような気持ちなんだろうなー。すげー憂鬱だわー。
「天使とはなんですか? 私がいない時、あなたは何をしていたんですか?」
……憂鬱だわー。
ついさっきアニキにせっつかれながらした説明を、簡潔に、再びしてみた。
「ヨウさん、私が怒っているのはわかってますか?」
やっぱ怒ってるのか……見た目はいつも通りだから正直直感でしかわからないんだが。
「では、なぜ怒っているかはわかりますか? 理由です。わかりますか?」
理由……
「……目立ったから?」
「突き詰めればそうなんですけど、その様子だとちゃんと理解はしてないようですね」
そうっすね……
「私はこれでも気を遣っているつもりです。アクロディリア様とヨウさんが入れ替わっていることが知られないように、気をつけています。
でも、当人に隠す気がないようなことをされたら、不満しかありません。バレたいんですか? 違いますよね? 隠したいんですよね?」
あ……それか……
「私の努力だけでは無理です。あなたの努力も必要です。こんな調子ではいずれ必ず露呈します。お互い気をつけてそうなるならわかりますが、ヨウさんが大々的に喧伝するような行為で知られるのは納得が行きません。もはや私も当事者に近いのです。今更無関係では通用しないんです。もし知られたら、私もあなたもどうなるかわからないんですよ? それこそ命に関わることにもなりかねないのに」
……そう、だな。それはそうだわな。レンも怒って当然だわな。
「ごめん」
「困った人ですよ。あなたは」
はい、困った人ですみません……
「――それで?」
……?
「一番困るのは、ヨウさんが理由もなくそんなことはしないと知っているからです。頭ごなしに叱れないからです。どんな理由があって天使計画なんて始めたんですか? ぜひ私を納得させてください」
…………
「オレ レン ダイスキ」
「なぜ片言に? 遊んでないで理由をお願いします」
遊んでない。ちょっと感極まって言葉が詰まっただけである。
理由がなければしないと知っている、か。
もしかしたら、レンは俺が思っている以上に、俺のことを見ているのかもしれない。俺のことを信じているのかもしれない。
むしろ、信じていないのは俺の方なのかもしれないな。
「……『天龍の息吹』の性質なのよ」
熟練度を上げないと、重い病気を治せなかったこと。そのためにどうしても病人を治す=経験を積む必要があったこと。辺境伯の娘という立場上おおっぴらにはできないから「天使」という架空の存在になりすましたこと。
そして、さっきキルフェコルトがもっともらしいことを言っていたけど、確かにその気持ちもあること。
魔法一つで人の苦しみを解放できる。
俺は『天龍の息吹』を使うたびに、目の前で回復する人を見てきたのだ。これで楽になる人がいるなら、俺はこれからも行使したいと思う。
「……そうですか」
レンは静かに目を伏せた。
「私が思っていた以上にちゃんとした理由があったんですね。よかった。あなたに失望するところでした」
お、おう……危なかったな、俺…………いや、てゆーか、これまでで俺に失望してなかったの? 俺すっかり失望されきってると思ってたんだが。その辺のアレが気になるんだが。
「もしかして……、ですが」
と、レンは若干言いづらそうに、不自然に言葉を切り、そして続けた。
「もしかして、私の弟のため、ですか……?」
あ、いや、
「ママのため。あ、アクロディリアのおかあさんね。生まれつき病弱だったみたいだから。先天性は重いのよ。苦労したわー。始めて使った時は倒れかけちゃって。その時に『天龍の息吹』の性質みたいなものがわかったのよ。こりゃ使い込まないとまずいわーって思って。それが天使計画の発端ね」
ペラペラっとそう答えたら、すーっとレンの目が細くなった。何あの冷め切った表情……ときめくわ。
「ヨウさんですものね。あまり期待するのも可愛そうですよね」
うん、なんかよくわからんが、一つだけはっきりわかったわ。
――俺、今、確実に失望された!
……時系列を考えたら頷けないんだよ。
レンの弟のことを知ったのは天使計画の後、ってことになっているからな。そうレンに話したからな。ここで同意したら辻褄が合わなくなる。
声を大にして「レンの弟のためでーす! つか俺たちの弟のためでーす! イェー! 朝まで踊り明かそうぜ!」とか言えたら気持ちいいんだろうけどなぁ……
一応これで天使プロジェクトの禊的なことは終わっただろうか。
先日のクレーク大叔母のところに一泊した「秘密がある」も、このことだと打ち明けることができた。大叔母がすげーことできるってのはまだ伏せておくが。さすがに本人の許可なく話していいことじゃないからな。
「それにしても、あの辺境伯がよく許しましたね。今後も活動していいと言われたのでしょう? 思い切った判断だと思います」
そうだな。俺も言われた時は驚いたっけ。
「レンさんは、やっぱり反対?」
「大手を振って賛成はしかねます。入れ替わり現象そのものが大問題なのに、大問題を抱えたまま違う大問題を起こすのは、どう考えても得策とは思えません。どちらかが露呈してもかなりまずいでしょう」
わかる。こういうのは俺より周囲の人の方が心配するもんだと思うしな。
「――でも続けたいという気持ちはよくわかります。もし私が病を癒す魔法を使えたら、私もきっと、どうにかして使用する方法を模索したでしょう。見返りを要求しない天使計画……賛否あるのは確かですが、私はとても立派だと思います」
レンさんは検診の心が強いみたいだからな。俺なんかよりよっぽど優しいんだろう。一見冷たそうに見えるけど実は……くぅー! クーデレの見本かなんかですか!? ……デレはねえな。別に。
「でも今は置いておきましょうか」
「そうね。今は財宝よね」
出発は明日の早朝。いよいよ動く時がきたのだ!
「なあレンさん、俺実はちょっと怖いんだけど……レンさんはそうでもないのか?」
「素で話さないでください。怖いとは、何が?」
「いや、稼ぎの額が、あまりにも多すぎる気がして……『教会跡』での旧金貨でも多すぎると思ったくらいだから……」
たぶん大海賊ギャットの財宝は、もう考えらんねーくらいの大金になると思う。普通の高校生が普通にビビるくらいの巨万の富になると思う。
王子連中は、その辺の感覚は王族丸出しだろうから、共感は得られないだろうし、意見も宛てにならない。
だが庶民出で同年代のレンはどうだ。ビビッてないだろうか。
「稼げる時に稼ぐ。冒険者の基本です。額に驚くことはあっても怖いと思うことはありません」
おう……さすが若くしてベテランの冒険者だ。これも覚悟の違いか。
「……と言いたいところですが、さすがに私も少し怖いですね。一度の冒険で稼げるのは、多くても十万単位ですからね。それ以上の稼ぎは私も未知の領域です」
あ、やっぱり!? よかった! 普通の感覚で共感できる人がいてよかった!
「これでもだいぶ緊張しているし、期待もしているし、怯えてもいるし、楽しみにもしているんですが……伝わってませんか?」
うん。全然いつも通りの無表情だし。
「うそつけー。完全に冷静だろー」
つんつんと脇腹をつつくと……あれ? ……え、マジか!? なんかニヤけたぞ! え、あのレンがニヤニヤしてる!?
「フフ……失礼。明日、考えられないほどの大金が舞い込むと思うとどうしても……フフフフ……」
フフフと笑う口元を手で隠し、レンは立ち上がり自分の部屋 (隣の使用人部屋)に引っ込んでしまった。
……レンも人間なんだよな。結構邪悪な笑みを浮かべたりもするんだな。
まあ、そんなところも大好きだけど! 欲望に笑うおねえちゃんもいいな!
「ーーあ、ところで」
あれ? 邪悪なおねえさんが戻ってきたぞ。
「明日の宝探しのことですが、辺境伯には伝えてあるんですか?」
え?
「言ってないけど……まずいかしら?」
「私にも判断がつきません。けど、知らせておいた方が無難だとは思いますよ」
ーー冒険で得られる報酬とは比べ物にならない額が動くなら、もしかしたら指示や采配もあるかもしれませんから、と。
……そう言われると、ちょっと不安になってきたな……
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