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186.太陽のように輝く満月の晩に…… 前編
しおりを挟む瞳を輝かせて詳細を訪ねる北川先輩と、「ちょっとやめなよー」と言いつつ強欲にせがむ友人を強く止めることはしない天堂先輩をなだめて、それぞれ帰途に着いた。美女二人をフッた俺の勇姿にヲタ界はきっと感動するに違いない。
……なんて考える余裕もないのだか。
記憶が蘇った俺だが、俺自身もまだ、あの晩のことを消化しきれていない。
それに、特に印象深いことばかり頭に思い浮かぶ……ぶっちゃけ殺された瞬間のことが焼きついていて、他のこと……それに至る筋道みたいなものがまだ繋がっていない。
言うなれば、目的地は見えているがそこへ至る道が見えない、って感じか。
俺はリア・グレイに殺された。
それだけは鮮明に思い出したが、「なぜそうなったのか」は、まだすべてを思い出せていない。
家に帰ってゆっくりと思い出してみよう。
――というか、文字通り「殺されるほどの体験」をしたのだ。寝れば悪い夢としてプレイバックしそうな気がするが。
……夢の中でリベンジとかできないだろうか?
繰り返されるかもしれない死の恐怖より、負けて悔しい意識の方が強いんだが……レンとの訓練でそういうまともな感情こそ殺されちまったのかもな。
家に帰り、風呂入ってメシ食って、魔王ルートをクリアしたセーブデータの途中のものから再びゲームを始める。
実はこの魔王ルートからハーレムエンドに行けるという情報を得たので、迷わずプレイすることにした。とことんやってやろうと決めたからな。
北川先輩に借りたファンディスクの中身は非常に気になるが、今の俺の精神状態でプレイするのは、さすがにちょっと自分でも問題がある気がするので、少し待とうと思う。
せめて、全てを思い出すまでは。
それまではリアの姿は見たくない。正常でいられる自信がない。
さすがに記憶の方が気になりすぎて、気もそぞろだ。少しだけゲームを進めると、早めにベッドに入った。
暗い室内に、秒針が刻む音だけが聴こえる。
何を見るでもなく虚空を睨みながら、「あの満月の夜」のことを、少しずつ探っていく。
そう、確か俺は、ゲームのアルカのように異変を感じて、起きたんだ。
そして――
「…っ!?」
背筋に氷でも宛てられたかのような強烈な悪寒に、眠りの世界から爪弾きにされた。
まだ意識もはっきりしないままベッドから飛び起き、姿勢を低くして辺りの様子を伺う。――反射的にこれくらいのことはできるようになったのだ。
だが、何もない。
目が慣れた暗い室内には、動く物はない。ついでに言えば自分以外の生命もない。どこにも異変がない、毎日を過ごしているアクロディリアの部屋である。
そう、部屋には何もない。
「……なんだこれ」
異変があるのは外だ。
窓を見れば、遠くに大きな満月が見える。まるで太陽のように煌々と輝いていた。
これまで感じたことがないほどの強烈な気配を、外から感じる。……闇の魔力か? どう表現していいのかわからんが、とにかく濃いというか強いというか……正直、人が発するものとは思えないくらいヤバイってのはわかる。
全身に鳥肌が立つ。本能が全力で逃げろと命じている。恐怖が爪先から這い上がってくる。動くことさえしていないのに、額から汗が伝った。すでに全身冷や汗でびっしょりだ。
――嫌な予感がする。
――絶対に尋常じゃないことが起こっている。
――それも、非常に危険なことが。
俺は考え、すぐに結論を出した。
――誰が何をしているかはまったくわからないが、狙いはアルカか?
こんなヤバイ気配なのに、レンが起きて来ない。即ちこれを感じられるのは光の魔力を持つ者……強すぎて気配なのかなんなのかはっきりしなかったが、やはり闇の魔力なのだろう。
そして、闇の魔力を感じられるのは、この学校で言えばアクロディリアとアルカしかいない。
更に言うなら、この学校で闇の魔力を持っているのは、先生だけだろ? あ、生徒も一人いるんだっけ? それにしたって魔力の量というか質というか、桁違いだ。同年代の生徒と考えるのは無理があるだろ。どう見ても普通じゃないあの先生ならありえそうだが……
……つーか考えてる場合じゃねえな。
確信は何もないが、この闇の魔力がアルカを誘っている餌的なものなのであれば、看過はできない。どう考えてもヤバすぎるから。
俺は寝巻きを脱ぎ捨て、急いで制服に着替えた。
未使用の「鉄のレイピア」は……置いていくか。実践経験が乏しい俺が満足に使えるとは思えない。それよりは「殺す心配がない拳で思いっきり殴る」って方がやりやすいだろう。
訓練は木剣だからいいが、刃物を振り回すのはちょっと怖い。生き物に対するなら特にな。こんな意識が少しでもあるんじゃ使い物にならないだろう。
一応正体を隠すためのマントを羽織り、――一瞬迷ったが、そのまま窓から外へ飛び降りた。
レンは、起こさなかった。
闇の魔力を感じられないレンが、この状況で護衛を果たせるとは思えなかったから。
それに何より、止められるかもしれないから。
俺は、アルカにはちょっと借りがあるんだ。あいつが困っているならなんとかしたい。
何もないとは思えないが、何もない可能性もあるしな。何かしらの実験が行われているとか。かなり可能性は低いが事件じゃない可能性もあるにはあるのだ。
もしアルカが関係してないなら、俺だって好きでヤバイことに首を突っ込むつもりはない。
だから、様子見だ。
それくらい軽い気持ちで、異変の原因を見に行こう。
――で、殺されたわけだが。
――後々考えると、俺の判断は正解だったのだ。
レンを起こさなくて正解だったと思う。
俺は俺が死ぬより、レンが死ぬことの方が耐えられなかっただろうから。
――あと、アクロディリアにはすごく悪いことをしたと思う。
この時は、この肉体の持ち主のことなんて、何一つ考えが及ばなかったから。
気配を追った先は、森だった。
というかあまり木々が密集していないので、林と言った方が近いのかもしれない。奥へ行くに連れて森っぽくなっていくのは、浴場建設の時に敷地内を歩き回った時に見た。結構な規模の森なのだ。
そして、すぐに異変は見つかった。
キン、キン、と断続的な金属音が聴こえているからな。確実に誰かが戦っている。
たぶんアルカと、闇の魔力を持った奴だろう。
俺は躊躇うことなく森に踏み込み、音と気配のする方へ駆けた。
――いた!
制服に胸当てのような防具を付けたアルカが、刀を振り回しながら立ち回っていた。
対するは……フルアーマーの大男、だな。かなりがっしりした体格で、ハルバードっていうのか? 西洋版の薙刀みたいな、2メートルを超える長さのごっつい長物を力任せに振るっている。速度はそうでもないが、空を切る音が異様に重い。想像以上に重量もあるのだろう。
不思議なのは、密集こそしてないものの木々が点在するような林の中で、あんな長い武器を振り回すことができるわけがない――と思ったのだが、よく見たら木々をすり抜けているようだ。いくら目が慣れていくからと言って暗がりだ、なんかの見間違いかと思ったのだが……どう見てもすり抜けている。
魔法の武具か、あるいは魔法そのものか。
闇魔法についてはよくわからないから、闇魔法の産物っぽい気もするが。
……って見てる場合じゃねえな。行くぞ!
「ヨウくん!」
一歩踏み出すと同時に、剣閃のように鋭いアルカの声が、俺の身体を縫い止めた。
「来ちゃダメ! 邪魔だから!」
アルカは俺が来たことと、乱入しようとしていたことを察していた。恐らく気配だろう。俺まだ上手く隠せないから。
そしてあの様子からして、俺の面倒を見ながら戦える相手じゃないと語っている。
言葉を選ぶだけの優しさは持っているアルカが「邪魔」とまで言い放つんだ。マジでそうなんだろう。
「命懸けでやってるの!?」
我ながらマヌケな質問だが、まずこれを聞かないといけないだろう。まさかの訓練中……なんてことも、ないとは限らない。可能性として。
「そう、――だよ! あっぶな……刀折れそっ……!」
ああ、刀って打ち合う用にはできてないもんな。しかも相手フルアーマーだから、やりづらいことこの上ないって感じか。それでも互角にやり合っているのは、アルカの技量の賜物だろう。さすが脳筋タイプ!
「わかった! 援護する!」
「いらない! 死ぬよ!?」
うるせーバカ野郎! この状況を見て黙って帰れるかよ!
「援護しかしないから!」
俺は、援護しかしない。
アルカ、意味はわかるよな?
俺は絶対に前に出ないし、矢面には立たない。そしてアルカの邪魔もしない。そういう意味だからな?
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