蛮族の王子様 ~指先王子、女族長に婿入りする~

南野海風

文字の大きさ
6 / 252

05.白蛇姫、指先王子を導く

しおりを挟む




 なかなかの拾い物だ、とアーレは思った。

 レインティエと名乗った男と少し話をして、アーレは想像より上の男・・・が来たことに、内心驚きもして喜びもしていた。

 特に、弱いことがいい。
 強さには自信がないと本人が言うだけあって、恐らく戦士見習いの子供より弱いだろう。

 重要なのは、あまり弱いことを恥じる様子がないことだ。
 集落の男のような自尊心が、この男にはない。それだけでも拾い物だが――死ぬ覚悟をしてきたと言ったことと、ナナカナとちゃんと話ができるというのも評価できる。

 ナナカナとタタララがレインティエをどう思っているかはわからないが、アーレとしては、夫婦となることを前向きに考えたいと腹を決めた。

 …………

「……どうした?」

 ただ、「自分と一緒に生きて死んでくれるか?」と問い「そのつもりだ」と答えたレインティエが、急に胸やらズボンやら尻やら触ったかと思えば堅い表情で動かなくなった、という挙動不審さは気になるが。

 なんだろう。何かの儀式だろうか。

「いや、……ちょ、ちょっとこのまま待っ…………いや、なんでもない。気にしないでくれ。はは。うん。気にしないで。いずれわかるから」

 完全なる愛想笑いである。
 気にするなというのが無理なほどに無理した、完全なる愛想笑いである。

 ――よくわからないが、誤魔化したいというならそれはそれでいい。

「ではレイン、おまえの言う通り話は道中しようか」

 そう言って、アーレは彼方を指差す。

「おまえの仲間が心配そうに見ているぞ。早く行って安心させてやれ。それから出発だ」

 体格の良い二人の男が、離れた場所からずっとこちらを見ている。レインティエの連れだろう。

「ああ、荷物を持ってくるから少し待っていてくれ。すぐに発とう」




「――どうだった?」

 レインティエが一旦走り去るのを見送ると、アーレはナナカナとタタララを振り向く。

「すごく興奮した……!」

 タタララの意見はあまり役に立ちそうにないが、少なくとも敵意を抱く相手とは見なさなかったようだ。

「あの男がアーレと番になるのか……美しい青い瞳だったな。これからアーレはあの瞳に見詰められるんだな」

「おまえの腹もしっかり見られていたぞ」

「わたしの腹などどうでもいい。……えっ、本当に見てた? いやらしい目で見てた?」

 これ以上タタララと話していても仕方ないので、アーレはナナカナに目を向ける。

「どう思った?」

「……悪くないと思った」

「そう言う割には不満そうな顔だな」

「本当に夫婦になりそうだと思っただけ。娘としては、族長の生活が変わるのは不安がある」

 生活が変わる。
 確かに、同じ屋根の下に暮らす者が一人増えるとなれば、これまで通りというわけにもいかなくなるだろう。

「ましてや文化も常識も全然違う人が増える。もしかしたら白蛇エ・ラジャ族は良くも悪くも変わってしまうかもしれない」

 浮かない顔をするナナカナに対し、アーレは呵々と笑った。

「変わる? いいことじゃないか。そもそも我らは良くも悪くも変わる必要がある。あの男がそのきっかけになるか、あるいは中心になるか……
 先のことはわからんが、しかし、我はあの男は悪くないと思っている。集落へ連れて行き様子を見て、互いの気持ちが同じだったらレインを婿に取るぞ」

 今が春で、秋くらいまで集落で共に過ごし。
 冬になる前に意思を確認し、婿に取るかどうかを話し合う。

 もしレインティエを婿に取らないのであれば、冬の前に、向こう側・・・・に還す。

 ――だいたいの予定は、それで決まりだ。




「待たせた」

 しばし時を過ごすと、大きな革のリュックを背負い、黒い上着を着たレインティエが戻ってきた。

「もういいのか? 別れの挨拶は済ませたか?」

 アーレの金色の瞳は、レインティエの後ろ……すぐそこまでレインティエを見送りに来ている男三人に向いている。

「ああ、大丈夫だ。元から行くつもりだったから、別れの挨拶はすでに終わっているんだ」

「そうか。――では行こうか」

 アーレたちは身を翻し、霊海の森へとレインティエを誘う。

 かつては一国の軍隊でさえ超えることができなかった、深山幽谷の森へ――




 それからのこと。

 なだらかな山を越え、激流の河を越え、渓谷を越え。
 レインティエは毎日息切れしながら、険しい道なき道を歩むことになる。

 婿入りが決まって半年は、しっかりと身体も鍛えてきた。
 だが、それがあまり役に立っていない……いや、その想定を超えるほど過酷な旅だった。きっと鍛えていなかったら途中で音を上げていただろう。

「……すまないね」

「いいから。黙って歩いて」

 子供であるナナカナに背嚢を持ってもらうというそれなりの屈辱も味わいつつ、やはり根本的な運動量や筋力の差があるのだろうかと考えつつ、レインティエは必至で歩き続ける。

 途中で魔獣に襲われたりもしたが、アーレとタタララが本当に強いおかげで、危機感さえ抱く間もなく問題は解決していった。

「――うわっ」

 霊海の森と言うだけあって、人ならざる……あるいは生物ならざる者も、ざらにいた。

 夜、くたくたになった身でぼんやり火に当たっていると――すぐ横に透き通った人型の何か・・が立っていた。
 ここに来るまでに、遠目では何度かそれっぽいものを見ているが、ここまで近くにいるのは初めてである。

「死者の霊だ。この森を越え、我らの地を抜け、更にその先の彼方へと向かうのだ」

 そんなものはなんでもないと言わんばかりのアーレの説明を聞き、そういえば、とレインティエも思い出す。

「神々の住まう地……か」

 婿入りに当たって、この霊海の森についても調べてきた。悪霊の類が出るというのは有名だが、眉唾としか思えないような逸話もあった。

 その中でも有名なのが、「神々の住まう地」と呼ばれることもある、ということだ。

そちらの地・・・・・に神はいるのか?」

 軽い気持ちで聞いてみたら、アーレも軽い口調で笑いながら答えた。

「我は会ったことも見たこともないが、本当にいるかもしれんぞ。現に神の使いなら集落にいるしな」

「えっ、本当か?」

「ああ。着いたら自分の目で確かめるといい」




 大変で、戸惑うことも多く、見たことがないものばかりだった霊海の森をさまようこと、十三日。

 レインティエは、無事、森を越えたのだった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

処理中です...