蛮族の王子様 ~指先王子、女族長に婿入りする~

南野海風

文字の大きさ
20 / 252

19.大狩猟、指先王子は白蛇姫から目が離せない

しおりを挟む




「可愛い」

「仕事して」

 可愛い。
 かわいい。
 実にかわいい。

 正直なところ、この白蛇エ・ラジャ族の集落に来てから、疑問に思っていたことがある。

 ――果たしてこちら側・・・・に可愛い生き物はいるのか。

 手近な家畜であるヒツジ、ヤギ、馬が、ちょっと二度は見たくないくらい怖かったから。

 どこがどうとも言えないが、とにかく人相が普通じゃないヒツジ。
 人間でたとえるなら、こう……危ない人という感じだ。格好も顔立ちも髪型も普通なのに、なんだか得も言われぬ危険な雰囲気があるというか。具体的に言うと暗殺者が常人に化けているような小さな違和感というか。私なんて見た瞬間ナナカナの後ろに隠れてしまった。
 とにかく私の勘では、あれは絶対に普通ではない。

 邪悪なヤギ。
 これはもう一目瞭然だ。何せ不吉な予感しか、いや、悪い何かが憑いているとしか思えない黒いもやを常にまとっているのだ。闇のヴェールをまとっているのだ。私なんて見た瞬間ナナカナの後ろに隠れてしまったほどだ。あの邪悪な存在はなんなのか。深く問うことさえできなかった。
 私の中の遠い遠い聖女の血が、極力あれには近づくなと告げている。間違いない。

 目が血走っている馬。
 軍馬のように大きい身体も怖いし、興奮状態にしか見えない血走った目が恐ろしい。近づくと暴れそうにしか見えないし、実際暴れるはずだ。私なんて見た瞬間ナナカナの後ろに隠れてしまったくらいだ。

 そして何が一番気がかりかと言えば、黒長芋ファル・ケを使った料理を試行錯誤し、失敗してしまった食材を、ナナカナの後ろに隠れながら彼らに処理してもらっていたところ、少しばかり私に懐きつつあるところだ。
 彼らが怖い。
 近くに行くと寄ってくる彼らが怖い。

 一ヵ月半も経つのに未だに慣れない家畜たちだが、疑問に思っていたことがあるのが、先の言葉である。

 果たしてこちら側・・・・に可愛い生き物はいるのか、と。

 結論から言うと、まだ結論が出ていない。

「ナナカナ。可愛いな」

「仕事して」

 今日は大狩猟だ。
 よその部族も加わって、大掛かりな狩りをするという。

 そして当然というかなんというか、それぞれの部族を守護している神へ捧げる儀式の意味合いもあるらしい。
 というか、イベントや祭りの多くが、そういう意味を持っているのだとか。

 というわけで、来ているのだ。
 青猫カレ・ネ族、戦牛イルハ・ギリ族、黒鳥カッ・コハ族の集落にいる、神の使いが。
 白蛇エ・ラジャ族で言うところの神蛇カテナ様のような存在が、来ているのだ。

 中央に火の準備がある円形の広場には敷物が敷かれ、その東の一角。
 まっすぐ陽が沈む西に向いた「神座」と言われる席には、カテナ様を始めとした三頭……いや、三柱と言った方が正確なのだろうか。とにかく三体の神の使いが集い、向かい合っていた。

 青みがかった毛並みを持つ猫。
 まだ陽は高いのに、一切の光を反射しない毛皮は、遠目で見ると平面に描かれた絵のように陰影が存在しない。神秘的で可愛い。この世の猫とは思えない可愛さだ。
 青猫カレ・ネ族の神の使い、神猫エィラ様。

 白い身体の牛。
 見た目は本当にただの牛だが、何が脅威かと言えば、小さいのだ。ただの牛より三回りは、中型犬くらいの大きさしかない。これが非常に可愛い。牛の異様な威圧感がないということはもうただ可愛いだけの存在だ。
 戦牛イルハ・ギリ族の神の使い、神牛イータン様。
 
 あとは、烏だ。
 黒鳥カッ・コハ族の神の使い、神烏アダコハ様。……この方については本当にただの烏としか言いようがない。大きさも見た目も烏でしかない。こんなにも普通の烏と見分けがつかないほど烏でいいのかと思うくらい烏だ。なので、なんというか……普通可愛い。

 そして白蛇族うちのカテナ様。
 私としては一番可愛いと言わざるを得ない、大きな白い蛇だ。
 
 そんな四体が、向き合っている。
 何かしら話でもしているのだろうか。アダコハ様以外は普通の生き物ではないのは一目でわかるので、なんだか神聖な光景のようにも見えるのだが。

「何か話してるのかな?」

「仕事して」

 それにしても、家畜は恐ろしいのに神の使いは可愛いんだよな。
 高望みはしないから、普通に可愛い動物とかはいないのだろうか。私の心を癒してくれるような動物はいないのだろうか。

 まさかカテナ様と一緒に寝るとか、許されないだろうしなぁ……

 ペットが欲しいな。
 城では許されなかったからな。
 妹がククーラちゃんをくれてからペット欲が生まれたんだよな。密かにこちらで何か飼いたいと思っていたが、飼いたい動物なんか一切いないしな。

 ……カテナ様をペット扱いしたら、さすがに本人も怒りそうだし、白蛇エ・ラジャ族の皆にも怒られそうだ。絶対に駄目だろうな。

「そうだ試食をしてもら痛いっ」

 私の世迷言にしびれを切らしたのか、真面目な我が子に思いっきり尻をパーンとされた。なかなか渇いたいい音がした。

「ずっと何見てるの? 仕事して」

 いや。

「あとは煮込むだけだから……」

「じゃあ他を手伝って。今日はやることがないなんてないから。やることしかないから」

 …………

 ナナカナの言う通りだ。
 今頃戦士たちは命懸けで戦っているはずだ。何を神の使いを眺めてニヤニヤしているんだ、私は。カテナ様と一緒に寝ることなど考えていていいはずがない。よその神の使いに下心を出してなんとか触れられないかといやらしいことを考えている場合ではない。

 族長の婿候補として、私もやるべきことをやらないと。




 かなり長いことぼーっと神の使いの方々を見詰めてしまったが、確かにやるべきことがないわけではない。

 戦士たちが帰ってきたら宴である。
 あの人数が参加する宴となれば、準備をし過ぎるということもないだろう。むしろ料理や酒が足りるかどうか不安なくらいだ。

 料理の仕込みは、広場の近くにある家の台所を借りている。夕方から夜は、この広場で火を囲んで呑んだり食べたり踊ったり歌ったりするらしい。

 私の仕込みは終わった。
 追加分も作ったし、あとは時間を掛けて煮込むだけだ。

 隣で作業していたナナカナに「時々かき混ぜてくれ。あとつまみ食いはやめて」と後を頼み、私は近くで奮闘している家の台所を見て回ることにした。

「――お嬢さん方。手伝いは必要かな?」

「ああ婿さん。いいところに来た」

「こっちも手伝ってー」

「野菜の皮剥き苦手。やって」

 すっかり仲良くなった白蛇エ・ラジャ族の女性たちと。
 今回手伝いに来てくれている青猫カレ・ネ族、戦牛イルハ・ギリ族、黒鳥カッ・コハ族の女性たちに声を掛けて回り、仕事を手伝う。

 ちなみに私のことは「族長の婿候補」ということで、「婿さん」と呼ばれている。女性の仕事を率先してやっている男は私だけなので、この呼び方で定着した。

 あまり深く考えない性質らしいのんびりした戦牛イルハ・ギリ族の女性以外には「変わってる男」と言われつつ、まあ適度にこき使われた。




 戦士たちが帰ってきたのは、夕方に差し掛かったころだ。

 大小さまざまな太鼓や笛などを用意し、料理もだいたいできた。
 肉などは焼いてすぐ出せるように準備もできている。酒蔵からありったけの酒も出してある。

 送り出した時と同じように、私も女性たちと総出で迎えに出て――あまりの光景に息を飲んだ。

 数人がかりで、戦牛イルハ・ギリ族は一人で、私の記憶にあるどんな牛よりも巨大な牛を持っての堂々の帰還である。

 戦士たちの身体は薄汚れ、派手な血化粧が施されている。自分の血なのか返り血なのかはわからないが、まさに蛮族の凱旋と呼ぶに相応しい光景だ。
 大狩猟開始時の、彼らが走り出す姿も圧巻だったが、狩りを終えて帰ってくる彼らの姿もまた、圧倒されるものがある。

 やはり怪我をしている者もいるようで、足を引きずっていたり、誰かに肩を借りたり背負われたりしている者もいる。
 どれだけ壮絶な狩りだったのか、想像できるようで……でもきっと私の想像より壮絶だったに違いない。

 戦争で勝利した兵たちの帰還とは、こういうものなのだろうか。
 私は戦争も実戦も知らないのでわからないが……見ている者の胸を打つような、彼らの誇らしさを感じていた。

「「――うおおおおおおおお!!」」

 戦士たちが吠えた。

「「――うわああああああああ!!」」

 帰りを待っていた女性たちが、それに応えた。




 もちろん、私も吠えた。

 真ん中の先頭を歩む白蛇姫から、目が離せなかった。

 全身を血化粧に染めるアーレ・エ・ラジャは、今まで私が見た彼女の中で。

 一番美しかった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

処理中です...