60 / 252
59.準備に追われる
しおりを挟む――思ったより様になっている。
「っていうのが年寄りたちの感想だな。とりあえず、今度の儀式は手伝おうって話でまとまったみたいだ」
昼食の場に来てもらったタタララの弟ガガセは、向こうの集落の状況を教えてくれた。
私が会うのは久しぶりだが、変わらず元気そうだ。
向こうでは、やはり認めない者も多かったらしい新族長アーレだが、いざ彼女が先頭に立って集落を動かし出すと、そんなに違和感はなかった、そうだ。
その証拠に、日に日に女性の戦士たちと一緒に行動する男性の戦士も増えてきている。最初は見慣れない組み合わせが珍しかったが、今では普通のことである。
きっと、私が来る前に戻っただけの話だと思うが。
ようやく白蛇族は、従来の形に戻ろうとしているのだ。
「これうまいな。ナナカナが作ったのか?」
「うん」
「ふうん……料理が得意なんだな」
「得意なのはレインだよ。私は教わっただけ」
「ふうん」
子供たちが、というかガガセからナナカナへ向かっている仄かな好意を温かく見守りつつ、私は彼から聞いた話から現状を考える。
あと数日で、族長就任と結婚の儀式をする予定となっている。
最初は準備の時間と手間で、まとめてやるのは無理だという女性たちの意見もあったが、無事山場は越えたようだ。
向こうの戦士たちの多くが、協力体制に入ったのが大きい。
この分なら、もう「向こうの集落」なんて言い方は、しなくて良くなりそうだ。
手伝いの手が増え、着々と必要な物が揃い、大掛かりな儀式の実行が現実味を帯びてきた。
「あ、料理と言えば。なあレイン、レインの頼みで土塊魚を釣るよう言われたんだけど、何に使うんだ?」
え? ああ、ナマズか。
「正確には私じゃなくて、君のお姉さんの頼みだ。タタララが、ぜひ番の儀式に出す料理で土塊魚を使ってほしいってさ」
「うえっ、あの土臭い魚を? 食うのか?」
ガガセは思いっきり顔をしかめている。
タタララとしては、協力者を増やして養殖作業の手伝いをさせたいようだ。それにはまず、食べさせるのが早いと考えたようだ。
白蛇族のナマズへの反応を見る限り、私もそれが早いと思う。
「そもそも魚はなぁ。骨が多くて食いづらいだろ」
そうだね。皆そう言うね。
「当日を楽しみにしているといいよ。それより――向こうは大丈夫そうかな?」
「大丈夫だよ」
いろんな意味を含めた質問に、ガガセははっきりと答えた。
「俺を含めて、戦士は馬鹿ばっかりだ。だから力とか強さにこだわるんだ。単純でわかりやすいだろ?
アーレは文句のつけようがないほど、堂々と力を見せた。
みんなほんとはわかってるんだ。
男と女でケンカしたままでいいはずがないし、強いアーレが族長になっちゃいけない理由もないって。
だから大丈夫だ。現に大丈夫になってきてるだろ」
……うん。
私にできるなど早々ないし、そうだと信じたいな。
そんな私の心配をよそに、準備は順調に進んだ。
「婿さんは……」
「やらなくていいけど……」
「……いや、ダメだね。これからも女の仕事をするなら」
色々と混乱する情報があったので、女性たちに聞いてみると、どうやら私の立場は、やはり普通とは言い難いようだ。
なんでも、番の儀式に参加する私は、言わば儀式の主役。
だから普段やっている女の仕事は、普通は免除されるらしい。
らしい、が。
その儀式の直後から、私は「族長の婿」となる。
私とアーレは男女の役割が逆なので、嫁扱いとなる。そうして「族長の嫁」としての義務と責任が発生する。
ここまではわかりやすい話である。
これまでやってきたことと変わらないから。
しかし、これまでの族長の嫁は、何があろうと女性陣のリーダーとして立ち、まとめ、牽引する存在だったそうだ。
やはり族長の嫁という存在も、集落には欠かせない大事な立場なんだそうだ。これまでは正式な族長が不在だったからまとめ役の女性がいたが、これからは私が引っ張っていかねばならない。
当然、儀式当日であっても、その立場は変わらない。
いや、正確に言うと、儀式の当日から「族長の嫁」としての義務と責任が発生する、という感じか。
だから当日も、女の仕事はしなければならないようで、まあ主役なのか何なのか、という立場になってしまうそうだ。
これもまた、儀式をまとめて実行するための弊害である。
まあ、大して苦もないが。
これまでやってきたことと本当に変わらないから。
女性たちのまとめ役にしても、女性たちは私よりしっかりしているからな。大事な局面以外では口出しは必要ないだろう。
「――おい余所者! 聞いたぞ!」
女性たちと当日の料理の相談をしていると、婆様がやってきた。相変わらず蛮族感がすごい。
彼女は儀式の進行役でもあるので、彼女にしかできない準備で忙しいはずだが……わざわざ私に会いに来る用事でもあったのだろうか。
「土塊魚を出すんだってな!」
ああ、うん。ガガセから聞いたのかな。
「出すよ。もう下準備も始めているし」
そういえば婆様にもお裾分けしたな。あれっきり感想も聞いていないので、私も忘れていた。
「わしは儀式の日はしばらく動けん。わしの分はとっておけ。全部配るなよ? いいか? いいな? 約束じゃぞ?」
「わかった。憶えておく」
何も言わなかったので口に合わなかったかと思ったが、それなりに気に入っていたようだ。
「土塊魚ってあの?」
「あれ食えるのかい? 無理だろ」
「いいや、婿さんの料理の腕を考えたら、なんとか食えるようにできるんだろうね」
女性たちが興味を持ったらしいが、それについては今はいいだろう。
これから新たな何かをする時間的余裕はないだろうから。
……でも、ナマズの養殖ができるのであれば、調理方法を広めた方がいいだろうな。
…………
あ、でも、ソースに砂糖を使うんだよな。砂糖は今もナナカナが独占しているし、現状では分け与えるほどの量は作れないし……
……ああ、この問題も、今はいいか。
儀式の日は、もう間近だ。
今は準備のことだけ考えよう。
そして、ひどく慌ただしい日々が過ぎ。
儀式の日、当日を迎えるのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる