蛮族の王子様 ~指先王子、女族長に婿入りする~

南野海風

文字の大きさ
69 / 252

68.誰とも知れぬ怒りを買っていた

しおりを挟む




「おお、婆様。来たのか」

 夕方、狩りから戻ってきたアーレはひとまず私に抱き着きアバラを圧迫すると、それから部屋でくつろいでいる婆様に声を掛ける。

「おかえり。冬の間、世話になるよ」

 もはや我が家かというくつろぎ具合だが、アーレは気にせず「身体の調子はどうだ」と、久しぶりに会う親戚を迎えるかのようだ。

「今のところは問題ないな。寒さが老骨に堪えるのはこれからじゃ」

 アーレの足を拭いて家の中に送り、私も台所に戻る。

 今日は肉と野菜の切れ端をたっぷり使った具沢山スープである。
 長時間煮込んだ、少し肉が残った牛骨がポイントだ。こういう骨付き肉、シンプルだけど旨いんだよな。灰汁がすごいけど。

 まだ夕方なのに、足元に寒波が流れてきている。
 最近は夜が冷え込むようになったので、汁物は人気がある。さすがのナナカナもこの時期は冷製スープを作れとは言わない。

「酒を取ってきたぞ……お、婆様か」

 と、ちょっと遅れてやってきたのはいつものタタララである。

「どこの薄着のババアかと思った」

「薄着はお互い様じゃろうが。まあいい、呑もう」

 パッと見でわからなかったのは、婆様が頭蓋骨帽子を取っているからだろう。……にしてもナチュラルに薄着のババアとか言わないでほしいんだが。いやその通りではあるけど。

「ナナカナ、豆を」

「うん」

 すでに塩茹でしてざるに上げていた豆を皿に盛り、酒盛りを始める女たちに運ぶ。

「なんじゃこりゃ」

「塩で茹でた豆だ。結構うまいぞ。酒にも合う」

「ほーう――うん、悪くないな。思ったより瑞々しくていいではないか」

 ポイントは茹ですぎないことである。

 夕食の仕上げをしつつ、女性たちの話に耳を傾ける。

「それで婆様、もうそろそろ狩り納めをしてもいいと思うんだが」

「獲物はおらんか?」

「めっきり減った。あと一週間というところだ」

「わかった。一週間後を目途に、集落の様子を見てから日取りを決めよう」

 狩り納めか。
 言葉通りの意味で言うなら、今年の狩りは終わりということか。

 昨日も今日も狩りの獲物は持ち帰ってきているが、季節柄狩りづらくなってきているらしい。

「狩り納めって、なんか儀式とかするのか?」

 と、私の隣で「この骨は私が食べるから。私のだから」と目を付けている骨付き肉を念押しするナナカナに聞いてみる。

「するよ。カテナ様に酒を供えて、一年無事に過ごせたことを感謝するんだよ」

 だそうだ。

「それで今年の儀式は終わりだよ」
 
 へえ、一年間の最後の儀式か。

 ……酒を供える、か。

「酒の実ってまだ採れるかな?」

「採れるというか、秋の間にたくさん採ってると思うよ。白蛇エ・ラジャ族の大人は酒がないと生きていけない人たちだから」

 なんだろう。そう言われるとダメ人間ばかりの部族みたいだが。

「何? また作るの?」

「ああ。せっかくだし仕込んでみようかと思って」

 神蛇カテナ様が呑み散らかしたせいで、味見できていないものもあるからな。婆様考案の鉢植え畑も気になるし、酒も結構気になっている。
 仕掛けるだけで簡単にできるので、また挑戦はしてみたい。




 こうして、婆様がいる日常が始まった。
 本人の宣言通り、あれをしろこれをしろとこき使われ出したが、同時に非常に勉強になった。

 特に、薬草と調剤。
 そして病気の見立ては、絶対に憶えておくべき大事なことである。

 婆様に付き合って病人や怪我人の下へ行ったり、婆様の指示で今年最後になる野菜の収穫を手伝い次に植える時のための土作りをし、ナマズの養殖池の様子を見たり。

 ナナカナが「レインと婆様は仲がいいね」と言った直後にアーレが怒りだして生涯初の夫婦喧嘩となったり、縞大根フシナが人型に育つ理由は地霊の影響を受けるからという意外な答えを教えてもらったり、古くから伝わる神話を聞いたり。

 やはり婆様はすごい人なのだろうと思う。
 向こう・・・で育っていれば、才女として知られる一角の人になっていたかもしれない。

 見た目は蛮族そのものだが、その実知識は豊富で、彼女が言うことは私が知らないことばかりである。

 しかし、やはり一番衝撃だったのは――




「――ほれ、試してみろ」

 いつかの夜、酔った女たち三人が面白がって、私にあの頭蓋骨帽子をかぶれと迫ってきた時のことだ。

 正直気は進まなかったが、興味がないと言えば嘘になる。

 確か、アー・サラ・ロー……夢を見る狼という意味を持つ、動物の頭蓋骨だ。よく見ると確かに狼っぽい形である。犬っぽくもあるし。

 これを頭にかぶると、魔道に通じる者なら、何者かの声が聞こえるのだとか。

 この場合は、恐らくは魔力がある者なら、と言い換えることができるだろう。私は魔道にはまったく通じていないし魔法も使えないが、一応魔力らしきものはあるらしいから。

 成人女性の頭が入るくらいだから、見た目は大きい。
 だが大きさに反してそう重くない。

 長年大切に扱われてきた、乾ききった骨はざらざらした手触りで、不思議な感覚は特にない。ただの物質という感じだ。

「――皮膚には疵が刻まれ、肉には業が宿り、骨には真価が残る。夢見狼アー・サラ・ローの真の力を恐れ敬い、その力を借りるのじゃ」

 と、婆様は酒をぐいっとやってニヤニヤしながらぐいっと口元を拭う。蛮族っぽい豪快さだ。

 いや、婆様だけではなく、アーレもタタララも……ついでにナナカナも、じっと私を見ている。
 早くやれと言わんばかりに。

 ……仕方ないな……

 本当に気は進まないが、逃げられそうにないので、私は渡された頭蓋骨を頭に乗せてみた。

 と――

 最初は何もなかった。
 眉唾ものの話だと思っていただけに、特に何も思わなかった。

「特に何も……っ!」

 何もない、と言いかけたところで、目の前が真っ赤に染まった。赤く塗りつぶされた。

 思わず頭蓋骨を取る、と……視界が戻ってきた。

 …………

 え? 今のが、声?

 女性たちが「どうだった」と聞いてくるが、それには答えず、もう一度かぶってみた。

 また、真っ赤に染まる。
 ということは、この頭蓋骨が見せているもの、なのか?

 赤一色のそれをじっと見つめる。
 すると……周りから少しずつ暗くなっていき、最後には小さな赤い丸が残った。

 それ以上の変化はなさそうなので、頭蓋骨を取った。

「――赤か。それは怒りじゃな」

 見たままを述べると、婆様はそう言った。――なお、実際に声が聞こえることもあるし、視覚に訴えてくることもあるそうだ。そういうのを全部ひっくるめて「声」と言うらしい。

「フッフッフッ。レインよ、おまえは何かを怒らせたな?」

 えっ。
 不本意だし、そんな良い意味がないことをニヤニヤしながら言わないでほしいんだが。

「ここにきて私が怒らせたことがあるのは、ジータくらいだと思うが」

 それ以外の心当たりがない。
 誰かを、あるいは何かを怒らせるほどのことは、私はしていないと思う。それとも無自覚の内に何かしてしまったのだろうか。

「次第に収まってきたのじゃろう? ならば怒っているが様子を見ている、という感じじゃな。いきなり呪われたりはせんじゃろ」

 呪い!?

「よかったな、アーレ。夫は誰かの怒りは買っておるが呪われるほど恨まれてはおらんようじゃ」

「あたりまえだ。私の婿だぞ。誰かに恨まれるような男ではない」

 いやいや。
 怒らせているだけでも、その、なんか、大事なんじゃないのか?
 なんか面白い見せ物はもう終わり、みたいに次の話題にいってるけど。私は放置か。やりっぱなしで気になることだけ残して放置か。

 ……これだから酔っぱらいは。気がかりだけ作って。解決してくれよ。


 

 そんな日々が過ぎて、狩り納めの儀式の日がやってくる。

 これが終われば、節目となる。
 白蛇エ・ラジャ族にとっては、秋から冬に代わる、境界線となるそうだ。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

処理中です...