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87.冬の日常と、穏やかな日々
しおりを挟む冬は続く。
雪が降ったり、預かっていた女性や子供を親元に返したり、代わりにまた別の人を預かったり。
化鼬のサジライトが家族に加わったり。
アーレの顔が、身体が、目に見えて丸みを帯びてきたり。
大きな変化はないが、しかし、少しずつ日常は変化を続けていく。
「あまり気を遣わなくていい。あなたも大変だろう」
雪がちらつくようになった。
白蛇族じゃなくとも厳しい冬の寒さに、私も少々水仕事が億劫になってきている。
そんな中、生粋の白蛇族であるカラカロは、毎日のように魔骨鶏の卵を拾っては持ってきてくれる。
体調を崩していたので預かっていた彼の母親二人は、もう家に返しているのに。
カラカロが気を遣う理由は、同胞というだけなのに。
「ここだけの話、家に居づらいんだ」
……まあ、そうだろうなぁ。
家に六人も母親がいれば、きっと居づらいだろうな。私の想像以上に居心地が悪いかもしれない。
何せ私だって、患者と一緒にいる生活は、いつも以上に気を遣っているから。
言い方は悪いが、夫婦だろうと恋人だろうと友達だろうと家族だろうと、すぐ傍に他人がいる生活とは、多少なりともストレスが掛かっているのだと思う。自覚無自覚の差もきっとあるだろう。
「上がっていくか? せめて食事でも」
「入る場所がないだろう。もっと言うと飯は母親たちが用意して待っている。……俺をずっと待っているんだ」
…………
「だ、大丈夫か? ちょっと顔が、なんか疲れ切っている。卵取りにいくので疲れているんじゃないか?」
正確には、目がちょっと虚ろに見える。
生気を感じないというか。
こんな外套の下は裸同然の大男が何も考えていないような虚ろな目をして外を徘徊してはいけないだろう。
「大丈夫だ。むしろ疲れを取るために外に出ている」
家で疲れて外で疲れて悪循環じゃないか!?
これ放っておくと、いずれ温かくなってきた頃に冷たくなったカラカロが発見されるような行き倒れにでもなるんじゃないのか!?
「そ、そうだ。甘いものは好きか? ちょっと待っていてくれ」
「ん?」
「ちなみにあなたのところは七人暮らしで合っているよな?」
「あ、ああ」
卵を渡された私はいったん家に引っ込むと、私の行動を不思議そうに見ていた家の中にいた人たち……の一人が、激しく動揺した。
「私のぷりん! 私のぷりんをどうする気!?」
ナナカナである。
いつも冷静なナナカナが、親の危機に遭遇した子供のように騒ぎ出す。
ナナカナ秘蔵の砂糖がある。
新鮮な卵がある。
これでできる菓子がある。
カラカロが毎日取ってきてくれる卵をどう使おうかと考えた時、思い出したのがこれである。
一人一個だと数が少し多い。
料理に使うと患者全員に均等に渡らない。
そう考えると、栄養価の高い卵をきちんと食べさせるという点においては、これが合理的な答えのように思えた。
そこで作ってみたのがプリンである。
砂糖王国の女王ナナカナをなんとか説得し、「一回だけだよ」と渋い顔をしながらもなんとか解放させた砂糖を使用し、できたのがこれだ。
果物以外の、季節柄ドライフルーツ以外の甘味がない今、プリンは受けた。
特に、砂糖に魅せられしナナカナの感動は大きかったようで、今ではこの家で毎日食べられるものになった。
――まあ、予想はしていたものの、執着はすごいが。
保冷庫の中に並んでいる小さな木製容器に詰められたプリンを七つ、適当な大きさのざるに置き、大きな葉を乗せて簡易な蓋にする。
いいじゃないか。
卵を持ってきてくれる人に、卵の使い道を渡しても。
好きかどうかはわからないが、ぜひ甘いもので癒されてほしい。
今の彼にはとにかく癒しが必要だ。
身体には必要ないかもしれないが、少しでも疲れた心の糧にもなればいい。
「いてっ! いって! も、持って行け! 早く! 私に構わず!」
突撃してきたナナカナを受け止める。頭がモロに脇を抉った。
カラカロいやプリンを奪い返そうとする彼女を全身全霊で止めつつ、物を彼に差し出す。
「行け! 私に構うな! ――ぐぁっ」
無理やり押し付けるようにして渡し、ドアを閉めた。
暴れるナナカナの拳を鳩尾に食らいながら。この子は本当に力が強いっ。
「――……よくわからんが、俺は行くぞ」
ドアの向こうから、少々呆れを感じさせるカラカロの声がして、重い足音が遠ざかっていった。
「――うわあああああああっ」
ナナカナが泣き崩れた。
私も鳩尾への一撃で膝から崩れた。でもドアは死守した。外には行かせない。
「「おおー」」
娯楽の少ない家の中では、今の攻防が楽しかったのか、「婿さんやるね」だの「ナナカナが泣くところ始めて見た」だの「見たか? あれ我の夫なんだぞ」だのと、完全に傍観者の会話がなされている。
当人としては必死なんだが。
ああ、鳩尾打たれるときついな……!
――そんなこんなで、新たなプリンを仕込んで、今日も一日が過ぎていく。
多少何かしらあったりなかったりしたが、変化は小さいものばかり。
比較的穏やかな日常だったと思う。
「この家は、レインが来てから冬はにぎやかじゃな」と婆様は言っていたが。
私がいなかった頃は、今よりもっと静かな冬を過ごしていたようだ。
集めている子供たちは可愛い。
まあ、基本寝ているか休んでいるばかりで、あまり動かないが。
大人の女性たちは、ふとしたきっかけでいろんな知識を教えてくれる。
主婦の経験談というか、お役立ち情報というか。これが結構バカにならず、参考になる。
化鼬のサジライトは可愛い。何をしていても可愛い。見ているだけで心が温かくなる。
ただし、魔獣としての本能はしっかり持っているようだ。
誰がこの群れのボスで、自分が誰に従わなければならないのか、すでに知っている節がある。
つまり、私が序列の一番下で、あんまり構ってくれない。
アーレとナナカナが呼んだらすぐに走り寄るのに、エサを持っていない私が呼んでもあまり反応しない。
まあ、的確と言えば的確かなぁ。
婆様は昔話を語って暇な時間を埋めてくれる。
興味深い話も聞けたし、気になっていた婆様の過去の話も聞けた。
話だけ聞くと、恋愛小説もかくやという大恋愛を経て今に至る、らしい。たぶん脚色と美化で六割くらい増していると思うが。
でも、思い出くらいは優しくても美しくてもいいだろう。
そしてアーレは、日を追うごとに、戦士から妊婦へと変じていく。
はっきりと目立ち出したお腹を見るたびに、私の子供があそこにいるという意識が強くなっていく。
産まれてくるのは、男の子だろうか? 女の子だろうか?
どちらにしてもきっと可愛いだろう。
自分が親になれるのかという不安もあるし、当然期待も大きい。
出産による母体への負担はあまりないとは聞いているが、私は森の向こうの出産……母体の命に関わる大仕事の様子を知っているだけに、心配はしてしまう。
何にせよ、出産は春だ。
それまでに、私は親になるという自覚をしっかりと持ちたいと思う。
そしてアーレには、心穏やかに過ごしてほしい。
子供ができただの冬の過ごし方だの体調を崩す者たちだの、考えることが色々あって少々混乱していた。
長い時間を掛けて、考えて考えて考えた結果で、そんなことを考えるようになった頃。
フレートゲルトに頼んでいたケイラの調査結果が届いた。
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