蛮族の王子様 ~指先王子、女族長に婿入りする~

南野海風

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90.友に話す 後

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 前の春、美しく咲き舞い散るキレの木の下で出会った、レインティエという男。

 タタララが抱いたレインティエへの第一印象は、最初は少し軽かった。

 霊海の森を越える時に知った、身体能力の低さ。
 戦士とは比べるまでもないほど弱く、なんなら戦士見習いでさえないナナカナより弱く体力もなかった。

 あの当時は、男は弱い方が望ましかった。
 男としては頼りないが、族長になるアーレには不足なかった。アーレより上に立とうとする男では絶対にダメだと思っていたからだ。

 もしその手の、いわゆる女を軽視するような男が来たら……しっかり心と身体に教える必要があった。
 そんなことをしなくて済んでよかったと、今は思っているが。

 とにかく、最初はあまり評価はしていなかった。
 
 男であって、強くなくて、性格に難がない。
 その条件を満たしていて、不足がないだけ。

 でも充分だと思っていた。
 判断力に優れるナナカナが可を出すならいいんだろう、と。それくらいだった。

 アーレの邪魔にならない男なら、それでよかった。
 少なくともタタララは。
 親友の旦那になると思えばいくらでも興奮できたが、しかし一人の男としては……と。

 だが、集落が割れていたあの当時は、そんな男でも貴重だったのだ。

 そんなレインティエだが、奴の評価は、集落に来てから一気に上がった。
 それはもう一気に駆け上がった。
 びっくりするほど一気にだ。こんなにも人の評価が急激に上昇することがあるのかというくらいだ。

 タタララがこの男をちょっと欲しいな、と。
 本気でそう思うくらいにだ。
 
 ――特に気に入っていたのは、レインティエは脇目も振らずアーレを見ていたことだ。

 アーレに尽くしていたし、非常に真面目で献身的だった。
 自分の立場と役割に誠実だった。

 そんな男が親友の夫になる。
 そう考えるだけで興奮したし、心が満たされもした。 

 レインティエがいる日々の中、徐々にアーレが奴に惹かれていく姿は、異様に興奮した。

 髪の毛一本ほどさえも色恋に興味がなかった親友が、爪先からずぶずぶと、一人の男という沼にはまり込んでいく。

 その様は、どんな色恋話より興奮した。
 本当に興奮した。
 自分の番問題なんて考えられないくらいに。正直、親友の色恋の行く末を見届けないと何も手につかないほどに。もう夏の終わりから秋くらいは興奮しっぱなし。本当に死ぬかと思ったくらいだ。

 アーレと同じように、番に対する興味も関心もあまりなかったタタララが、「ああ番っていいな」と思うくらいには、アーレとレインティエの関係は良かった。

 本当に、興味がない自分が憧れるくらい、理想的な男と女に見えた。
 死ぬほど興奮した。

 ――で?

「殺すか?」

 だからこそ、だろう。

「そんなふざけたことを言うレインなど殺してしまうか? おまえがやれないなら私が殺してやろうか?」

 情を交わしたアーレには、やりづらいだろう。
 ならば、自分の出番だ。

 故郷から女を呼ぶ?
 これまでの評価が全部ひっくり返るほどの失言だ。暴言でさえあると思う。

 評価していただけに、そして今アーレが子を宿しているだけに、レインティエに裏切られた気持ちが非情に強い。

 ――よその番のことなのに。殺意を抱くほどに。

「やめろ」

 そんな隠しきれない殺意を発するタタララを、アーレは平然と受け止める。

「やる時が来たら我がやる。レインの全ては我のものだ。あいつの命も、死の瞬間さえもな。誰にもやらん」

 ――それでこそアーレだ、とタタララは思った。

「嫌いにならなかったんだな」

「なれたら楽かもな。だが嫌いになれない。絶対に」
 
 だろうな、とタタララは頷く。

 それくらい……きっと何があろうと嫌いになれないくらいレインティエに沈み、染まり、想っているアーレには、もう奴と別れる選択は選べないだろう。

 仮に別れがあるとすれば、どちらかが死んで死に別れるくらいだろう。

「じゃあどうする? 故郷から呼ぶという女を殺すのか? それとも呼ばずに済ませるのか?」

「いや、それがな。その女はレインにとっては奴隷……いや、使用人というやつらしくてな。男と女の関係じゃないらしいんだ」

「浮気した男が言い訳でよく言うやつか?」

「我もそう思った。だが違うと言っていた。家族同然に過ごした姉のような存在だと」

 そこまで聞いて、タタララはピンと来た。

「おまえもう返事をしたな? レインに説得されて、受け入れる約束をしたな?」

「……だってレインに頼まれたから」

「おまえはダメな女だ!」

 タタララは色恋の話が好きだ。
 己の番問題には興味ないが、他人の色恋話は興奮するから好きだ。

 いろんな話を聞いてきたが――男の無茶な注文を無条件で聞くような都合の良い女は、ダメな女である。

 男に利用されて傷つけられて最終的には捨てられる、そんなダメな女だ。

 いつの間にか親友がそんなダメな女になっていた。
 由々しき事態である。

「いつからそんな女になった! 私の知っている強いアーレはどこに行った!」

「いや聞け! これまでレインが我に頼み事をするなんてほとんどなかったんだ! あるのはこいつを飼うかどうかくらいだぞ!?」

 と、アーレはタタララの殺気で怯えて戻ってきた、サジライトの首根っこを掴んで見せる。驚愕するほど胴が長い。みょーんと伸びている。

「対して我はすごく我儘を言って来たぞ!? レインはずっと応えてきた! 夏の間なんて毎日戦士を呼んで呑んだり食ったりしていただろう!? おまえもいたよな!? 文句一つ言わずに我らの面倒を見ていたんだぞ!
 あんなにも尽くした婿の頼み一つ聞けないで、何が嫁だ! ……そう思ったら、受け入れるしかなかった……」

「……くそっ」

 タタララは言葉が見つからなかった。

 確かに言う通りだ。
 特に夏の間は、ものすごくレインティエの世話になっていた。酒出せだの食い物出せだの散々こき使った。ナナカナにも世話になったが、子供は早めに家に帰した。ぐだぐだ管を巻く酔っぱらいを毎日遅くまで面倒を見たのは、あの男だ。

 そのくせ、翌朝にはちゃんと昼飯を持たせて送り出してくれた。
 あれほどの働き者は、白蛇エ・ラジャ族の女でも珍しいほどだ。大抵どこかで怒り狂い、よその家で同じように集まるようになるから。

「本当に新しい嫁がほしいとか、そういう話じゃないんだな?」

「違うと言っていた。……親と折り合いが悪い女だそうだ。このまま故郷に残していると、良くない男と番にさせられるかもしれないと言っていた」

「…………」

「我と一緒になって幸せだと言っていた。だからこそ、望まない番関係を結ばれることに余計に抵抗が強くなったと言っていた。……我は愛されすぎて怖い」

「あ、惚気」

「惚気じゃない。レインがそう言った。ただの事実だ」

「愛されすぎて怖いは?」

「すまん。本心が出てしまった。愛されてすまん」

 言葉も腹が立つが、自慢げな顔もかなり腹が立つ。

「で? そんな言葉に乗せられて承諾したのか?」

「……するしかないだろう」

 アーレは眉尻を下げて、困ったような顔で胸に下げた青い指輪に触れる。

「さっきも言った通り、レインはあまり我に頼み事などしないんだ。我ばかり頼り我儘を言っている。そんなレインの頼みは断れない」

 惚れた弱味が過ぎる。
 だが、気持ちはわからなくもない。

 タタララが知っているレインティエという男は、「故郷から女を呼びたいが男女の仲じゃない」という土台信じがたい主張を、信じてもいいかもしれない。

 そう思えるくらいには誠実で。
 そして、ずぶずぶのアーレと同じように、あいつもアーレに深く沈んでいる。

 目に見えて両思いなのだ。
 だからタタララも憧れるほどの番なのである。




「それで、結局何をしに来たんだ?」

 てっきりレインティエを殺してほしいのかと思えば、そうじゃない。

 じゃあ件の女を殺してほしいのかと思えば、そうでもない。

 本題が見えないまま呑気に惚気だした辺りから、主旨まで見えなくなってしまった。

「話を聞いてほしかっただけだ」

 ……まあ、確かにそう言って家に飛び込んできたが。

「あ、今度の春、おまえがレインの故郷の女を迎えに行け。レインを迎えに行った時と同じ場所で、同じ時期がいいだろう」

「自分で行け。おまえの旦那の女だろう」

「春は我の子が産まれるから、恐らく無理だと思う。だからおまえに頼みたい。あと旦那の女と言うな。違うから」

 出産があると言われれば、確かにアーレが行くのは無理だろう。

 その時、アーレは出産前なのか出産後になるのかはわからないが。
 出産前なら出産間近だし、出産後なら出産直後になるだろう。どちらも安静に過ごすべきだ。

「難儀だな。レインも故郷の女のことなど放っておけばいいのに」

「……それを放っておけない優しいレインが、我は好きなんだ。そういうのを見捨てるような男じゃないから、ここまで好きになったんだ」

 ――だから難儀だと言ったんだ、とタタララは思った。

 あの男がそう簡単に知り合いを放っておけないことくらい、アーレじゃなくてもわかっている。

「仕方ない。もう少しちゃんと計画を立てよう」

 あまり納得はできないが、アーレが決めたなら従うだけだ。



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