91 / 252
90.友に話す 後
しおりを挟む前の春、美しく咲き舞い散るキレの木の下で出会った、レインティエという男。
タタララが抱いたレインティエへの第一印象は、最初は少し軽かった。
霊海の森を越える時に知った、身体能力の低さ。
戦士とは比べるまでもないほど弱く、なんなら戦士見習いでさえないナナカナより弱く体力もなかった。
あの当時は、男は弱い方が望ましかった。
男としては頼りないが、族長になるアーレには不足なかった。アーレより上に立とうとする男では絶対にダメだと思っていたからだ。
もしその手の、いわゆる女を軽視するような男が来たら……しっかり心と身体に教える必要があった。
そんなことをしなくて済んでよかったと、今は思っているが。
とにかく、最初はあまり評価はしていなかった。
男であって、強くなくて、性格に難がない。
その条件を満たしていて、不足がないだけ。
でも充分だと思っていた。
判断力に優れるナナカナが可を出すならいいんだろう、と。それくらいだった。
アーレの邪魔にならない男なら、それでよかった。
少なくともタタララは。
親友の旦那になると思えばいくらでも興奮できたが、しかし一人の男としては……と。
だが、集落が割れていたあの当時は、そんな男でも貴重だったのだ。
そんなレインティエだが、奴の評価は、集落に来てから一気に上がった。
それはもう一気に駆け上がった。
びっくりするほど一気にだ。こんなにも人の評価が急激に上昇することがあるのかというくらいだ。
タタララがこの男をちょっと欲しいな、と。
本気でそう思うくらいにだ。
――特に気に入っていたのは、レインティエは脇目も振らずアーレを見ていたことだ。
アーレに尽くしていたし、非常に真面目で献身的だった。
自分の立場と役割に誠実だった。
そんな男が親友の夫になる。
そう考えるだけで興奮したし、心が満たされもした。
レインティエがいる日々の中、徐々にアーレが奴に惹かれていく姿は、異様に興奮した。
髪の毛一本ほどさえも色恋に興味がなかった親友が、爪先からずぶずぶと、一人の男という沼にはまり込んでいく。
その様は、どんな色恋話より興奮した。
本当に興奮した。
自分の番問題なんて考えられないくらいに。正直、親友の色恋の行く末を見届けないと何も手につかないほどに。もう夏の終わりから秋くらいは興奮しっぱなし。本当に死ぬかと思ったくらいだ。
アーレと同じように、番に対する興味も関心もあまりなかったタタララが、「ああ番っていいな」と思うくらいには、アーレとレインティエの関係は良かった。
本当に、興味がない自分が憧れるくらい、理想的な男と女に見えた。
死ぬほど興奮した。
――で?
「殺すか?」
だからこそ、だろう。
「
「そんなふざけたことを言うレインなど殺してしまうか? おまえがやれないなら私が殺してやろうか?」
情を交わしたアーレには、やりづらいだろう。
ならば、自分の出番だ。
故郷から女を呼ぶ?
これまでの評価が全部ひっくり返るほどの失言だ。暴言でさえあると思う。
評価していただけに、そして今アーレが子を宿しているだけに、レインティエに裏切られた気持ちが非情に強い。
――よその番のことなのに。殺意を抱くほどに。
「やめろ」
そんな隠しきれない殺意を発するタタララを、アーレは平然と受け止める。
「やる時が来たら我がやる。レインの全ては我のものだ。あいつの命も、死の瞬間さえもな。誰にもやらん」
――それでこそアーレだ、とタタララは思った。
「嫌いにならなかったんだな」
「なれたら楽かもな。だが嫌いになれない。絶対に」
だろうな、とタタララは頷く。
それくらい……きっと何があろうと嫌いになれないくらいレインティエに沈み、染まり、想っているアーレには、もう奴と別れる選択は選べないだろう。
仮に別れがあるとすれば、どちらかが死んで死に別れるくらいだろう。
「じゃあどうする? 故郷から呼ぶという女を殺すのか? それとも呼ばずに済ませるのか?」
「いや、それがな。その女はレインにとっては奴隷……いや、使用人というやつらしくてな。男と女の関係じゃないらしいんだ」
「浮気した男が言い訳でよく言うやつか?」
「我もそう思った。だが違うと言っていた。家族同然に過ごした姉のような存在だと」
そこまで聞いて、タタララはピンと来た。
「おまえもう返事をしたな? レインに説得されて、受け入れる約束をしたな?」
「……だってレインに頼まれたから」
「おまえはダメな女だ!」
タタララは色恋の話が好きだ。
己の番問題には興味ないが、他人の色恋話は興奮するから好きだ。
いろんな話を聞いてきたが――男の無茶な注文を無条件で聞くような都合の良い女は、ダメな女である。
男に利用されて傷つけられて最終的には捨てられる、そんなダメな女だ。
いつの間にか親友がそんなダメな女になっていた。
由々しき事態である。
「いつからそんな女になった! 私の知っている強いアーレはどこに行った!」
「いや聞け! これまでレインが我に頼み事をするなんてほとんどなかったんだ! あるのはこいつを飼うかどうかくらいだぞ!?」
と、アーレはタタララの殺気で怯えて戻ってきた、サジライトの首根っこを掴んで見せる。驚愕するほど胴が長い。みょーんと伸びている。
「対して我はすごく我儘を言って来たぞ!? レインはずっと応えてきた! 夏の間なんて毎日戦士を呼んで呑んだり食ったりしていただろう!? おまえもいたよな!? 文句一つ言わずに我らの面倒を見ていたんだぞ!
あんなにも尽くした婿の頼み一つ聞けないで、何が嫁だ! ……そう思ったら、受け入れるしかなかった……」
「……くそっ」
タタララは言葉が見つからなかった。
確かに言う通りだ。
特に夏の間は、ものすごくレインティエの世話になっていた。酒出せだの食い物出せだの散々こき使った。ナナカナにも世話になったが、子供は早めに家に帰した。ぐだぐだ管を巻く酔っぱらいを毎日遅くまで面倒を見たのは、あの男だ。
そのくせ、翌朝にはちゃんと昼飯を持たせて送り出してくれた。
あれほどの働き者は、白蛇族の女でも珍しいほどだ。大抵どこかで怒り狂い、よその家で同じように集まるようになるから。
「本当に新しい嫁がほしいとか、そういう話じゃないんだな?」
「違うと言っていた。……親と折り合いが悪い女だそうだ。このまま故郷に残していると、良くない男と番にさせられるかもしれないと言っていた」
「…………」
「我と一緒になって幸せだと言っていた。だからこそ、望まない番関係を結ばれることに余計に抵抗が強くなったと言っていた。……我は愛されすぎて怖い」
「あ、惚気」
「惚気じゃない。レインがそう言った。ただの事実だ」
「愛されすぎて怖いは?」
「すまん。本心が出てしまった。愛されてすまん」
言葉も腹が立つが、自慢げな顔もかなり腹が立つ。
「で? そんな言葉に乗せられて承諾したのか?」
「……するしかないだろう」
アーレは眉尻を下げて、困ったような顔で胸に下げた青い指輪に触れる。
「さっきも言った通り、レインはあまり我に頼み事などしないんだ。我ばかり頼り我儘を言っている。そんなレインの頼みは断れない」
惚れた弱味が過ぎる。
だが、気持ちはわからなくもない。
タタララが知っているレインティエという男は、「故郷から女を呼びたいが男女の仲じゃない」という土台信じがたい主張を、信じてもいいかもしれない。
そう思えるくらいには誠実で。
そして、ずぶずぶのアーレと同じように、あいつもアーレに深く沈んでいる。
目に見えて両思いなのだ。
だからタタララも憧れるほどの番なのである。
「それで、結局何をしに来たんだ?」
てっきりレインティエを殺してほしいのかと思えば、そうじゃない。
じゃあ件の女を殺してほしいのかと思えば、そうでもない。
本題が見えないまま呑気に惚気だした辺りから、主旨まで見えなくなってしまった。
「話を聞いてほしかっただけだ」
……まあ、確かにそう言って家に飛び込んできたが。
「あ、今度の春、おまえがレインの故郷の女を迎えに行け。レインを迎えに行った時と同じ場所で、同じ時期がいいだろう」
「自分で行け。おまえの旦那の女だろう」
「春は我の子が産まれるから、恐らく無理だと思う。だからおまえに頼みたい。あと旦那の女と言うな。違うから」
出産があると言われれば、確かにアーレが行くのは無理だろう。
その時、アーレは出産前なのか出産後になるのかはわからないが。
出産前なら出産間近だし、出産後なら出産直後になるだろう。どちらも安静に過ごすべきだ。
「難儀だな。レインも故郷の女のことなど放っておけばいいのに」
「……それを放っておけない優しいレインが、我は好きなんだ。そういうのを見捨てるような男じゃないから、ここまで好きになったんだ」
――だから難儀だと言ったんだ、とタタララは思った。
あの男がそう簡単に知り合いを放っておけないことくらい、アーレじゃなくてもわかっている。
「仕方ない。もう少しちゃんと計画を立てよう」
あまり納得はできないが、アーレが決めたなら従うだけだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる