蛮族の王子様 ~指先王子、女族長に婿入りする~

南野海風

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97.再び、キレの花の舞い散る中で

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「あ、いる」

 その姿は遠目でもわかった。

 霊海の森を左手に臨み、早足で進む馬から見えた、サララの大木。
 森を背後に一本だけしか生えていない巨木は、遠目であってもとても目立つ。

 薄紅色の花弁が咲き狂っている。
 鮮やかでありながら優しいその色も、目立つ理由の一つだ。

 フレートゲルトは来たことがなかった。
 だが、間違いなく指定された場所はあそこであると、すぐにわかった。

 ――そして、いる。

 フード付きの外套をまとった四人が、大木のすぐ傍で思い思いに過ごしていて……フレートゲルトの姿を見て、フードをかぶってまっすぐ佇む。

「あの方々が……」

 フレートゲルトの後ろに乗るケイラ・マートも、彼らの姿を見ている。

白蛇エ・ラジャ族だろうな」

 待ち合わせ場所は、花が咲くサララの木の下で。
 どれくらいかはわからないが、先に到着している彼らは、少々待たせてしまったようだ。

 だが、ちゃんと間に合った。

 フレートゲルトは彼らに向けて馬を進める。




 近くに行き、フレートゲルトは馬を降りる。
 ケイラに手を貸して地に降ろし、彼女の荷物も降ろし、軽く馬の尻を叩く。しばらく休憩だ。

 立ち並ぶ四人に歩み寄る。
 フレートゲルトより大柄な男と、中肉中背の男が二人。槍を背負っている。そして女性にしても小柄な者は子供だろうか。

 彼らは身体に外套をまとい、フードを深くかぶっている。
 恐らく外套の下にも武器を所持しているだろう。

 ――そして、今柄に手に掛けていて、いざという時はすぐに抜けるように構えていることも、わかる。

 殺気こそないが、油断なんて微塵もしていない。
 影を落とすフードの下から感じる視線は、とても鋭い。

「――フレートゲルト?」

 彼らの前に立つと……子供が前に出てきたのは驚いた。まさか一番若そうな子が交渉に出てくるとは思わなかった。
 声を聞いた感じでも、きっと子供。それも女の子だ。

「俺だ。そういう君は、ナナカナかな?」

 確か親友の手紙では、交渉役はナナカナという名の者だと書いてあった。

「そう。レインの娘ってことになってるよ。養子だけどね」

「あ、君が!」

 まさか親友の養子と会えるとは思わなかった。

 親友の手紙は、故意に個人名を出さないようにされている。出してもいい部分は出すが、それ以外は伏せられているのだ。

 今回は、交渉役の名前だけは教えられているが、それが誰でどういう存在なのかまでは、書かれていなかったのだ。
 
 それにしても、だ。

 ――疑っていたわけではない。だがこうしていざ目の前にすると、実感が湧いてくる。

 ああ、本当にレインティエは彼らの一員として過ごしているんだな、と。

「レインは元気か?」

「元気だよ。もうすぐ子供が産まれるよ」

「ああ、手紙に書いてあったな。あいつ父親になるんだよな」

「レインの友達だってことはよくわかったから、世間話は後にしようか」

 お互い、待ち人であることの確認はこれで充分。
 そして、お互いあまり接触してはいけない存在である以上、できることなら速やかに用事を終えて別れるべきである。




「初めまして、ケイラ・マートです」

 フレートゲルトが促すと、控えていたケイラが挨拶をする。

「まずこれを。レインが最初に渡せって」

 と、ナナカナは折りたたんだだけの便箋を差し出す。

「拝見します――わかりました。問題ありません」

 手紙というには簡素なそれには、「引き返すならここが最後だ。これ以上来たら戻れない。少しでも迷うなら来るな。」と書かれていた。

 ケイラに迷いはない。
 そもそも、この国や生活の中で、レインティエと天秤に掛けて迷うほどのものが、最初から存在しない。

「わかった。私はもういいけど、この人が一言いいたいんだって。聞いてくれる?」

「はい? ……はい、なんなりと」

 ナナカナが下がると、向かって左にいた男が前に出る。

「あ……」

 違った。
 男じゃなかった。

 フードを取って見せた素顔は、とても凛々しく……しかし女性である。

 男とすれば標準くらいだろうか、だが女性にしては背が高い方だ。
 外套で体格が見えなかったので、フレートゲルトは勘違いをしていた。

 しかし、何より。
 サララの花弁が舞い散る中で見た、彼女の素顔だ。

「……」

 一目見て、心臓を掴まれた。

 雪のように白い肌。
 切れ長の深い藍色の瞳。
 黒に近い灰色の髪は乱雑に結い上げられていて、無骨な武人のような佇まいだ。よく見ると額や顎に細かな傷もある。それもますます武人らしさに拍車を掛けている。

 ――まるで野生の白馬のようだ。飾った美しさではなく、並々ならぬ研鑽で培った美しさである。

 騎士志望であるフレートゲルトは、強い女性もたくさん見てきた。
 フロンサードには女性騎士だっている。

 彼女は別格だ。
 腕は見ていない、体格や身体つきも見ていない。

 だが、それでもわかる。

 圧倒的な経験を積んだであろう強者の面構えと、何度も死線を潜った者がまとう独特の雰囲気。
 まだまだフレートゲルトが見上げるばかりの、ベテランの騎士とそっくりだ。

 そんな白馬のような女は、ケイラに向かって言った。

「おまえは本当に二十七歳か?」

「は? ……はい、二十七歳になります。今年で二十八になりますが……」

 まさかいきなり歳のことを言うとは思わなかった。
 ケイラも。
 フレートゲルトも。
 向こうの三人も

「……嘘だろう。二十前後にしか見えん」

 白馬の女は険しい顔でじろじろとケイラを見る。それはもうじろじろと。角度を変えて。

「おいジータ、おまえこいつ何歳に見える?」

「二十……ちょっとくらい?」

「カラカロは?」

「知らん。……俺も二十を少し越えたくらいに見える」

「ナナカナは?」

「何の話してるの?」

 言った。
 誰もが思っていたことを子供が言ってくれた。フレートゲルトはなぜ子供が交渉役になったのか、少しだけ理由がわかった気がした。

「見た目が若すぎる」

「それが?」

「美人だ。アーレほどじゃないが可愛くもある」

「そうだね」

「――不安だ」

 いまいち話が見えないが、白馬のような女は再びケイラを見た。

「年齢を聞いて少し安心していたが、話が違うって話をしている。……おいケイラ。おまえはレインとアーレの間に入るつもりじゃないだろうな?」

「は、はい?」

「さっきナナカナが言っていただろう。レインはもうすぐ父親になる。夫婦仲を邪魔するような奴はいてほしくない」

「……………あっ」

 しばし沈黙したケイラは、ようやく話の筋がわかったようで、深く頷いた。

「もしや私を、レインティエ様の妾か何かかとお思いですか? それはありませんよ。そんな恐れ多いことは考えたこともありません」

 確かにそこを疑えば、年齢を気にするのもわかる。
 ある程度を越えたら気にならないかもしれないが、結婚適齢期においては、十歳と五歳の違いでは大違いだ。

「本当か? 信じていいのか? ……まあいい。どうせ後からアーレにも似たようなことを言われるだろうから、私からはもういい」




 何はともあれ、合流は果たされた。
 フレートゲルトの恋心というおまけ付きで。



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