蛮族の王子様 ~指先王子、女族長に婿入りする~

南野海風

文字の大きさ
129 / 252

128.鉄蜘蛛族の集落で 祭りの後  前編

しおりを挟む




 わかり切っていたことだった。

「どうしてなんだ!?」

 誰かが叫んでいた。
 どうしてって。
 体調が悪い時に祭りなんかやったからに決まっているじゃないか。

「か、身体が動かぬ……!」

 誰かが嘆いていた。
 まともに立ち上がれないくらいの高熱状態で踊り狂えば、そりゃ倒れもするだろう。

「おえぇぇっ! おぇぇっ! チッ……虫に中ったか」

 誰かが嘔吐していた。
 加護のない状態で虫料理を食べたせいだ。族長ハールが、虫は食べられないと言っていた。毒素があるのか、食べたものが消化できないせいかはわからないが。

 なんというか、……なんだろう。
 控えめに言って、地獄のような光景だった。

 祭りは予定通り行われた。
 健常な者は準備に回り、祭りに参加したのは病人たちとよその部族の者たちだ。

 やる前から地獄になりそうだと思ったが。
 実際、なってしまった。
 なぜ誰もこれを予想しなかったのか本当に理解できない。

 受け付けない酒や料理を呑んで嘔吐する者。
 身体も悪ければ消化機能も弱っているのだろう。しばらくはまともな食事を取っていない者もいるし。
 病人食は伊達でも冗談でもないんだぞ。

 踊りに出てそのまま倒れる者。
 狂ったように打ち鳴らされる太鼓に対する、倒れている人たち。
 静と動の対比が、趣味の悪い芸術作品のようだ。

 力比べなどと言って出てきた、ふらふらの鉄蜘蛛オル・クーム族の戦士たちはぶつかったあと、何事もなかったように二人とも倒れた。
 それが何組も続いた。
 何をしたいがために無理をしているのかよくわからなかった。

 女性たちはいつもの仕事をしようとして、その最中に動けなくなった。
 子供たちはすぐに回収された。

 言ってしまえば、病人ががんばって寝床から離れてやっぱり体調を悪くしただけ、という身も蓋もない話だ。

 むしろ病人を回収する手間が掛かるだけ、体調をより悪化させただけという、誰にとっても何一ついいことはなかった祭りだった。

 よその戦士たちが呑んだり食べたり踊ったりと、特にうちの白蛇エ・ラジャ族が喜んで酒を呑んだだけだった。

 せっかく作った料理も吐くし。
 必死になって準備したのはなんのためだったのか。

 動けなくなった者たちを寝床に戻す作業だけで、深夜まで掛かった。
 うちの白蛇エ・ラジャ族も含めて、よその戦士たちは無責任に呑み食いするばかりだし。

 本当に女性の仕事も大変だ。
 白蛇エ・ラジャ族の集落で、男女が割れた原因の一つも、女性の地位向上が原因の一つだったという。
 そのためにアーレを初の女族長に、という気勢が高まったのだ。

 ……私も男だからあまり言いたくないが、家庭を手伝わない男はダメだな。せめてやってくれている女性に最低限の気遣いくらいはしないとダメだ。




 惨状が片付いたのは、深夜だった。
 病人たちを運ぶついでに診察もしたので、結構な時間が掛かってしまった。

 いつの間にか狂ったように打たれていた太鼓の音も止み、広場で派手に呑み食いしていた戦士たちが高いびきで眠っている。

 久しぶりの酒精が回ったらしく、よその戦士たちとうちの白蛇エ・ラジャ族三人も、地面に倒れるように寝ている。
 彼らは放っておいても大丈夫だろう。加護もあるし頑丈だし。

 強めの魔獣避けを使ったので、今夜くらいは襲撃を遠ざけてくれるはずだ。
 普段使いはとてもできない、かなり貴重な物らしいが……

 ……戦士たちのあの様子を見ると、もしかしたら、このとち狂ったとしか思えない祭りは、必要だったのかもしれないと少しだけ思えた。
 彼らも彼らで大変で、どこかで息抜きが必要だったのだろう、と。
 もう二十日も戦い続けているのだ、一日くらい……いや、半日でも休みがあって好きな酒を楽しむ時間は、なければならなかったのかもしれない。

 それに、患者たちもだ。

 この祭りで、ほぼ全員の病状が悪化した。
 だが、誰も文句は言わないし、どこか楽しそうだった。

 後悔なんて誰一人していなかった。
 死ぬかもしれないほどの重篤の年寄りなんて、逆に生きる気力が湧いてきたと言い出した。

 絶対に、死ぬ前にまた、若い女が踊りおっぱいが揺れるところを見たいそうだ。
 身体はともかく、精神を奮い立たせた生命力を感じずにはいられない。エロは強い。

 面倒を見ている方はいい迷惑だったが、誰も後悔していないというのは、どこか救いがあった。
 準備が大変だったし後始末も大変だったが、それでも無駄ではなかったのだな、と。
 
 ――そう、きっと、この祭りは無駄ではなかったのだ。




 患者は全員回収した。
 戦士たちは放置でいいだろう。気持ちよさそうに寝ているし、起きたら適当に帰るだろうから。
 
 そんな相談をして、女性たちと私で余り物を食べて、解散となった。

 洗い物なんかは、さすがに今日はもういいだろう。
 明日の朝にでも片付けてしまおう。
 
 ――借りている家に戻ろうとした、その時だった。

「……?」

 呼ばれた、な。

 言葉にはならない、ただの意思のようなものが、私に語り掛けてきている。

 来い、と。
 来てくれと。

 風の報せか虫の囁きのような、ともすれば気づかないようなか細い意思。

 視線を巡らせて、緑色の光る胞子が舞う鉄蜘蛛オル・クーム族の集落を見回し……視線が定まった。

 向こうか?
 あ、そうか。

 こっちには、確か、オロダ様の繭が安置されている家がある。
 私は一度も行ったことはないが、この集落の祈祷師が毎日繭に「早く代替わりをしてくれ」と祈りを捧げているそうだ。

 私を呼ぶのは、きっとあの方だ。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

処理中です...