蛮族の王子様 ~指先王子、女族長に婿入りする~

南野海風

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141.また日常に戻り

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「顔立ちがはっきりしてきましたね」

「そうだな」

 鉄蜘蛛オル・クーム族の集落から戻ってきて数日が経った。

 私とケイラ以外で集落に行った戦士たちや女性たちを、呼び出して労い持て成したり、鉄蜘蛛オル・クーム族から貰って来た贈り物を分けたり。

 その辺のことが終わると、何事もなかったかのように、日常に戻った。

 そして、とある日の夕方。

 夕食の下準備は済んでいるので、私たちの前に赤子の食事である。
 ケイラと一緒に赤子を抱え、乳を貰いに行って、帰ってきたところだ。

 今日は夕陽が真っ赤だ。
 じきに一日が長くなり、暑くなることだろう。

 家の前まで来て、沈みゆく陽を浴びながら、なんとなく足が止まってしまった。

 あとは夕食を作るのみで、家長と子供とペットが帰ってきてからだからだ。
 この時間なら、きっともうすぐ帰ってくるから、ここで待っているのである。

「なんというか、二人とも私に似ているな。うん」

「そう、です…………か?」

「似ているよな?」

「ええ、まあ、似ていないことはないかと。でもハク様はアーレ様に」

「ハクも私に似ていると思うが」

「……はあ、まあ、そうですね。似ない理由もないですからね」

 そうだろう、そうだろう。

「アーレには内緒だぞ」

「怖くて言えませんよ。……レイン様も迂闊なことは言わない方がいいのでは?」

 それはわかっている。
 でも言いたいのである。

 アーレは、あまり乳が出ない。
 本人は「元から小さいからだろうか……」と苦々しい顔をしていたが、大きさじゃないだろう。
 恐らく、本人が母親ではなく戦士業を優先したからだと思う。

 あまり詳しく学んでこなかったが、女性は運動や生活習慣によっては、生理不順になるらしい。
 その辺の事情からだと思う。

 まあ、白蛇エ・ラジャ族の女性戦士には多い現象らしいので、あまり気にしなくていい、と婆様が言っていた。

 というわけで、ハクとレアの乳は、この春に赤子を生んだ集落の女性に貰っている。いわゆる乳母である。
 こういうケースでの助け合いも簡単にできるように、白蛇エ・ラジャ族は春の出産が多いのだろう。

「重くなったな」

「そうですね」

 生後三ヵ月を越えたハクとレアは、随分大きくなった。

 生まれてすぐは、二人とも未熟児のように小さくて少し心配していた。
 白蛇エ・ラジャ族の赤子はこんなものだ、と言われて一応納得はしていたが。それでも心配は心配だった。

 だが私の心配など無視して、二人はぐんぐん育っている。
 それでもまだ三ヵ月なので、普通にまだまだ赤子だが。

 しかし、顔立ちはしっかり人になってきたと思う。

 ハクは、アーレ譲りの朱の混じった白い髪に、どこか人ならざる輝きを感じる金色の瞳。
 顔立ちは私にそっくりだ。

 レアは、私から継いだ淡い金髪に、どこまでも冷めきった青い瞳。
 髪と瞳の印象もあり私にそっくりだ。

 白蛇エ・ラジャ族の証である、白鱗もある。
 ハクはうなじに、レアは左胸に。

 今はお腹が満たされたせいか眠そうな顔をしている。
 相変わらず泣くことはないし、まだ声を上げることもない。これも白蛇エ・ラジャ族では普通のことだそうだ。

 やはり私はその辺のこともちょっと心配していたが、今はもう心配していない。
 日に日に育つ二人の瞳を見ていると、なんというか、知性というか理性というか、そういうものを感じるからだ。

 ――まあ親バカの誹りを受けるなら、謹んで受け入れるつもりではあるが。

 何しろ可愛い。
 集落では、今年は十人の赤子が産まれているが。

 うちの子が一番可愛い。断言できる。世界一可愛い。これ以上可愛い子がこの世にいるわけがない。残念ながらカテナ様を抜いて一位の可愛さだ。間違いない。

「歯が生えてきたので、そろそろ離乳食に入っていいそうですよ」

「え? まだ早くないか?」

 離乳食って。
 産まれて半年くらいしてからじゃなかったか?

「ちょっと比べる対象がないのでわかりづらいですが、離乳食を始めていい大きさになっていますよ」

 比べる対象。
 ああ、そうか、周囲の赤子は全員白蛇エ・ラジャ族だからな。未熟児くらい小さく生まれて成長が早いんだよな。

 そう、私の知識はフロンサードの一般的なものだから……比較対象が傍にいるわけじゃないんだよな。
 もっと言うと、私の常識にこの子たちを当てはめようとするのも、よくないのだろう。

 妊娠期間も違えば、出産時の体重も違う。
 その二つだけでも、私の知っている常識とはまるで違うのだ。そこまで違うなら、私の常識に当てはめようとすると無理が生じるはずだ。

 ハクとレアの負担になるかもしれない。
 そんなことはできない。常識だろうがなんだろうが、二人のためにならないなら、常識など投げ捨てればいいのだ。
 
 ……もう離乳食を始めていいのか。早いなぁ。この前産まれたばかりって印象しかないのになぁ。

「――帰ったぞ」

 おっと、アーレが帰ってきた。

「おかえり」

「おかえりなさいませ、アーレ様」

「ああ。ケイラ、よこせ」

 と、アーレはケイラが抱いていたハクを取り上げる。

「おまえは向こうだ」

 そして顎で指した先には、花を一輪持ったカラカロがいた。




 ケイラを残して家に入り、縁側に子供を並べて寝かせ、アーレの足を洗う。

「あいつらは、いつ番になるんだろうな?」

 鉄蜘蛛オル・クーム族の集落から帰り、再び日常に戻ってきた彼らもまた、いつものそれに戻ったのだ。

 アーレとナナカナが根掘り葉掘りケイラに聞いたところによると、鉄蜘蛛オル・クーム族の集落で一ヵ月を過ごしたケイラとカラカロの進展は、ほとんどなかったそうだ。

 まあ、わかる話だが。

 向こうの集落での生活は、本当に余裕がなかった。
 むしろ日を追うごとに忙しくなっていったから。
 
 職務に誠実なケイラは、患者ばかりの忙しいあの状況で時間を取られて口説かれたところで、きっと嫌悪感しか抱かなかっただろう。
 周りを見ろ、そんな場合か、と。

 カラカロは……口説くために様子は見ていたらしいが、いつも忙しそうだったので、少し声を掛けるくらいしか接触しなかったとか。
 実に賢明な判断だと思う。きっとそんなことができる雰囲気でもなかったんだろう。

「急かすことはないだろう。私たちだって半年は様子を見たんだし」

「我はもっと早く、レインと番になってもよかったんだぞ」

「そうか? 私はあの時が一番いいと思ったが。集落問題もあったし、本当に焦らなくてよかったと思った」

「少しは焦れよ。我は焦っていたぞ。おまえがなかなか我を抱かないから。もう我から行くしかないと思っていた」

 ああ、そう言えばアーレから迫って来たこともあったなぁ。

 ……夜のアーレがポンコツじゃなければ、多少は早いタイミングで結婚していたかもしれないな。

 でもやはり、私はあの時がベストだったと思う。
 どうせ多少早くなったところで、やはり春の出産を意識して調整していただろうし。

 実際春の出産でよかったと思う。
 乳母もすぐに見つかったし。
 アーレも立場上、母親ではいられなかったし。
 ただでさえ女性の族長は初めてだし、そもそも族長が戦士じゃないなんて許されないみたいだしな。

「――アーレ」

 今日もよく汚れた――私たちのためにしっかり狩りをしてきた彼女の足を綺麗にした私は、下から嫁を見上げる。

「私たちと同じだよ。急かすとよくない」

「急かした方がいいぞ。戦士なんてすぐ死ぬしな」

「そう言われると言いづらいけど……でも私はあれだよ?」

「どれだ」

「私はアーレのことを好きになってから番になった。番になってから、ではなく。この順番ってとても大事だと思うんだ」

 結果は同じ立ったと思う。
 早い内に番になったとしても、私はきっとアーレを好きになっていただろう。

 だが、違うのだ。
 たとえ結果は同じでも、過程が違えば気持ちや感情は全然違うのだ。

 単純に一つだけ理由を上げるとすれば、好きな相手と結婚できるかどうか、だ。

 よく知らないままの相手と結婚するより、好きになった相手と結婚した方が、将来への不安と期待は全然違う。

 だから、私に猶予として与えられたあの半年間は、とても大事な時間だったと断言できる。

「……本当に?」

「本当だ。アーレはどうだった? 私と番になってから好きになったか?」

「いや、我はとっくに……この続きは夜にしよう。ナナカナ、早く入ってこい」

 ちょっといい雰囲気になりかけたところで、アーレが気を引き締めた。どうやら遊びに行っていたうちの子とペットも帰ってきたようだ。

「ただいま。見たいから続けていいよ」

 声を掛けられてすっと入ってきたナナカナは、冷静に言う。
 ついでにサジライトも、縁側に座っているアーレの横に立った。外から帰ったので足拭き待ちだ。

「見せ物じゃない。それより今朝言っていたシキララのアレはどうなった?」

「できてるよ。キノコ小屋。シキララがずっと歌いながら踊ってたよ」

 そうそう。
 今日作ったんだよな、キノコ栽培施設。

 キノコの人の監修で、手の空いている男たちと一緒になって作ったのだ。私も少し手伝った。

 早ければ三日か四日で収穫ができると言っていたけど……キノコってそんなに早く育つものなのだろうか。

「そうか。うまく育つといいな」

 そうだな。

「キノコか……好きでも嫌いでもないな。我はやはり肉がいい」

「私はプリン」

 私は肉もキノコもプリンも好きなので、彼女らが偏食にならないよう気を付けるだけだ。

 子供の教育に良くないからな。
 できるだけ好き嫌いしないように育てたいものだ。



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