蛮族の王子様 ~指先王子、女族長に婿入りする~

南野海風

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143.家長の居ぬ間に

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「――よし、天気はいいな」

 ここ数日、だらだらぐずぐず「行きたくない」「一緒に来い」「行きたくなさすぎて震えるほどだ」「戦士ってなんなんだろうな……」だのと言っていたアーレだが。

 いざ出発の朝を迎えたら、目が醒めるほどに凛々しき族長の顔をしていた。

 会った時と比べると、態度の落差がすごいが。
 しかし家庭と外での意識の差だと言われれば、割と納得できた。

 要するに、家庭では気が抜けている、ということだ。
 そしてその要因が私だと言うのなら、あまり悪い気はしない。

 人間、四六時中ずっと集中していたり気を張っていたりできるようにはなっていない。

 必要な時だけ意識を高め、必要じゃない時は意識を休める。
 決して悪いやり方ではないと思う。

 必要じゃない時に気を張り過ぎて、必要な時は疲れている……なんてことになっては、いざという時とても危険だから。

 そんなアーレはやる気を漲らせて、見送りに出ている私たちに顔を向ける。

 ナナカナの頭を撫でる。
 ついでに彼女が抱いているサジライトも撫でる。
 ケイラの抱いているレアの頬に触れ「子を頼む」と小さく告げる。

「レイン」

 そして、私を見る。

「集落を頼むぞ」

「ああ。気を付けてな」

 大狩猟は、アーレと一緒に九割以上の戦士も行く、大掛かりな行事である。
 集落には留守番の戦士と女性ばかりが残ることになり、まあ見た目からして守備も攻撃も手薄になる。

 不安がないとは言わないが、まあいざという時は婆様もいるのでなんとでもなるだろう。

「――行ってくるぞ、ハク」

 最後に、私の抱いているハクの頭を優しく撫でて、アーレは颯爽と歩いて行く。

 私たちの見送りはここまで。
 集落の出入り口には、多くの戦士と、それを見送る人たちがたくさんいる。

 アーレの背中が見えなくなった頃、彼らの雄叫びが聞こえた。
 問題なく出発したようだ。




 さて。
 戦士たちは大狩猟に向かったが、集落に残った者は残った者で、日常はあまり変わらない。

「――レイン! レイン!」

「はいはいわかったわかっあっ力が強い!」

 戦士たちが出ていった。
 つまり――唯一うちの台所事情を把握していない家長がしばらく不在となる。

 抱いていたサジライトを放り出したナナカナが、私の手からハクを奪いつつ思いっきり手を引っ張る。

「すまないケイラ! あとちょっと頼む!」

「はい」

 苦笑するケイラに家事を任せる旨を伝え、私は強い力で引っ張るナナカナに導かれて台所に連れ込まれた。

「作って! 作って!」

 ハクを家の中に寝かせ、今度は押す力で台所に立たされた。

「わかったわかった。昨日のでいいか?」

 ――ル・イバ効果である。

 だいぶ風味が独特だが、ルフルが持ってきたバックウィートっぽい穀物は、小麦粉の代わりになった。
 煮て柔らかくしたル・イバを殻ごと丁寧にすり潰し、これまた煮た黒長芋ファル・ケを入れて練り合わせると、黒いパン生地のようなものになった。

 これを焼くと、膨らまないパンのようなものになった。

 炒め物用の鉄板で、試しに焼いてみたそれは、ル・イバの持つ香ばしさと黒長芋ファル・ケの持つ甘みが合いまった、優しいソフトクッキーのようなものになった。

 これに、ナナカナが渋い顔をした。
 口の中の水分が持って行かれる、パサパサしている、甘いのは悪くないけどこれなら砂糖のままがいい、と。

 そこから配分を工夫し、水を入れたり卵黄を入れたり黒長芋ファル・ケの量を調整したりして、しっとりしたパサパサしない食感を実現。

 その間、「合いそうだったから」と採ってきていた果実を煮詰めてジャムを作っていたケイラのそれが乗り、完成したのがパンケーキもどきである。

 素朴な味わいだし、本来の物と比べるとやはり水分量が足りないが、ル・イバの風味が効いた「これはこれでいい」と言える代物ができた。

 これにナナカナが興奮した。
 砂糖から始まりプリンに続く衝撃が来た、と豪語した。

「うん、なるほど。うん、うん、うん、なるほど。うん、うん」

 そんなナナカナは今、私からパンケーキもどきの作り方を覚えようとしている。
 アーレがいないということは、隠す相手がいないということだ。非常にオープンに作業をしている。

 砂糖には限りがあるし、仕入れたル・イバも量はあまりない。
 量産できないことがわかっているナナカナは、これら甘味の知識は秘匿している状態だ。

 いずれ大量生産できる環境を整えたい、とは言っているが、まだまだ難しい……というか、具体案が考えつかないようだ。

 農地拡大というか、開墾というか。
 そう考えると、フロンサードでもなかなかの大事業である。畑を大きくすればいい、というほど簡単な話じゃなくなる。家庭菜園が大きくなっただけ、なんて絶対に言えなくなる。

 それがわかっているからこそ、ナナカナもなかなか考えつかないのだろう。
 ナナカナは頭がいいからな。パッと思いつく問題点くらいは全部把握していると思う。



 そんなこんなで午前中じっくりと教えたところで、なんとかナナカナには満足いく説明ができたようだ。

「――なんかさ」

 嬉しそうにパンケーキもどきを食べているナナカナが言った。

「最近思うんだ。婆様が森の向こう・・・に行った理由って、こういうことなんだろうなって」

「ん?」

「知りたいことがたくさんあって、ここにいたら知ることができないってこと。婆様は薬草なんかを知るために向こう・・・に住んでたって言ってたでしょ」

「ああ、そうだな」

「レインとケイラから聞く話って、どれもこれも面白い。文化が違うってこういうことだ、ってよく思い知らされるよ。知らないって怖いとさえ思うようになったよ」

 …………

「ナナカナは今一番何を知りたい?」

 そう聞くと、彼女は即答した。

「文字だよ」

 文字、か。

「知ってることを残さないと。死んだら知ったことが消えるから」




 正直、「やっぱり」という感想だった。
 最近何かに悩んでいるように見える時があったから、私も気にしていた。

 ナナカナが考え込む時は、新しい知識を知った直後が多かったから。

 …………

 文字か。

「文字なら私が教えようか?」

「ほんと?」

「構わないよ。読み書きができる者がいると、私も記録を残す意味と意義があると思えるから」

 というか、そんなことならすぐに言えばよかったのに。

「レインは毎日忙しいでしょ? 特に夜は族長の相手ですごく忙しいでしょ? これ以上何かをしてほしいなんて、なかなか言えないよ」

 あ、はあ。
 まさか気を遣われていたとは。

「いや、問題ないよ。本当に」

 夜のアーレは弱いから。
 そんなに忙しくないのだ。結構しっかり寝ているし。なんなら寝かせることもできるし。

 まあ、そんなことは言えないが。



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