蛮族の王子様 ~指先王子、女族長に婿入りする~

南野海風

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145.黒鳥族の大狩猟 2

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「よく来てくれた。俺たちはおまえらを歓迎する」

 白蛇エ・ラジャ族が黒鳥カッ・コハ族の集落に到着した夜。
 各部族の代表が、黒鳥カッ・コハ族の族長リトリの家に集められていた。


 戦牛イルハ・ギリ族の新たな族長ルスリス。
 誰もが知る英雄キガルスの息子である。

 何かと親と比べられがちで「キガルスと比べて弱い」とはよく言われるが、だからと言って弱いはずがない。比べる対象が強すぎるのだ。
 東の地で最強と言われる部族の長となった男だ、弱いわけがない。


 赤熊レ・ファ族の族長ベイトマ。
 戦牛イルハ・ギリ族に負けない縦にも横にも大きな巨体に、鮮やかな赤い髪を持つ、傷跡だらけの老戦士だ。

 連中の縄張りは南の方にある。
 今回は、距離はあるがうっすら親交がなくもない東の地で、新たな族長が二人誕生したということで、少し無理をして出張ってきたのだ。

 かつては戦友キガルスとしのぎを削った仲であるベイトマも、いい歳である。
 そろそろ戦士業を続けることが難しくなってきた。

 新しい代に変わった族長たちの顔の確認と、どの程度の奴が族長になったのかを参考にするために様子を見に来た面もある。
 ベイトマも、そろそろ次の代を決めるところに来ているから。
 
 ――それと、この大狩猟が終わったら、敵でも味方でも友でもあったキガルスに会いにいくつもりだ。

 生涯を通して長い付き合いになった。
 恐らく自分たちが会うのはこれが最後になるだろう、と思っている。


 青猫カレ・ネ族の族長ロララ。
 長身の色男である。
 東の地における男前勝負では黒鳥カッ・コハ族の族長リトリと人気を二分するほど人気がある。

 もちろん、この男も強い。
 夜に強い部族だけに、夜のみと限定してほかの部族と戦えば、最後に勝ち残るのはロララ率いる青猫カレ・ネ族だろう。


 金狼キィ・ロー族の族長の娘キシン。
 眩いばかりの金髪を持つ、金狼キィ・ロー族の族長キタンの娘だ。

 アーレと同い年で。
 アーレと同じくらい強くて。
 アーレと同じくらい負けず嫌いで。
 アーレと同じくらいケンカっ早く気性が荒くて、何かとアーレと張り合って来た女である。

 そしてアーレが白蛇エ・ラジャ族の族長になりそうだと聞いて、己が部族で力を示し、次期族長の地位を得て、今回満を持してやってきた。

 アーレに先んじられるのは我慢ならないのだ。

 しかし、いざここに来て、アーレは番ができてもう子供もいるという新事実を聞きつけ愕然とした。
 なので、今かなり機嫌が悪い。


 最後に、今日やってきたばかりの白蛇エ・ラジャ族の新族長アーレ。
 夕方から呑んでいるので、今いい感じに出来上がっている。

 酒の強さならこの中でダントツ、さすがのキシンも酒だけは負けを認めるほどで、部族全員が強い。
 そんな酒に強い白蛇エ・ラジャ族の族長が、目に見えて酔っている。頭はふらふらと定まらず、なのに杯は絶対に手放さず、顔が赤くて目が据わっている。

 駆け付け十杯でも平然と呑み乾すアーレが、酔っている。
 いったいどれだけ呑んだのか。

 ――新族長となってほぼ初めての、他部族が多く関わる戦士の大舞台である。緊張して深酒したのか、それとも……

 ……いや、この場の全員がわかっている。

 大狩猟くらいのことで緊張するような可愛い女なら、今ここにはいないだろう、と。

 どうせよその部族のただ酒だと思って調子に乗って呑んだに違いない。


「……アーレ? 大丈夫か、アーレ?」

 今回の大狩猟を仕切ることになっている族長リトリが、ふらふらのアーレに呼びかける。

「おぉ、だいじょうぶだよ。家だと婿殿に止められるから、久々に思いっきり呑んでるだけだ。おまえたちの酒はうまいな。うちの酒はまずいからなぁ、はっはっはっ」

 ゴキゲンである。
 目は据わっているがゴキゲンである。

 まったく大丈夫ではない酔っぱらいにしか見えないが、受け答えはしっかりしているので、まあ大丈夫なのだろう。

「おまえ何、番とか作ってんの?」

 キシンが絡んだ。
 久しぶりに会った二人だが、それでもいつも通りの変わらない反応と態度である。

「んー? 婿殿がぁ、どうしてもアーレが好きだから番になってーって言うからぁ、仕方なくなぁ! はっはっはっ! はっはっはっ!! はっはっはっ笑えよおい! はっはっはっ! 我は今幸せでなぁ! はっはっはっ!!」

 酒を呑んで気が大きくなっているアーレは、盛大にふかした。

 しかしまあ、酒が入っていてもいなくても、似たようなことは言ったので、あまり変わらないかもしれない。

「おい見ろ。キシン見ろ。見ろ。キシン。こっち見ろ。見ろって。ほらこれ。婿殿がどぉーしても受け取ってくれって言ってなぁ、指輪をくれたんだ。戦士は指輪をしないのになぁ! 困っちゃうよなぁはっはっはっ!」

 実に鬱陶しい。

 ――そうだ、新族長の初めての大仕事だからと委縮するような可愛い女なわけがない。

「はっ! こんな酒ばっか呑んでる女がいいなんて言う男、どうせクズ肉みたいなブッサイクな旦那なんだろ!」

「あ?」

「は? 図星だからって怒るなよ」

 ゴキゲンな機嫌が瞬時に殺意に変わったが、あらゆる意味で似た者同士のキシンはその程度で腰が引けることはない。

 というか、明らかに挑発したのだから、アーレの反応は予想通りである。

 ――色々と不機嫌なところに鬱陶しいので、もう拳でわからせてやろうと思っての発言である。

 キシンもちゃんと、荒事の得意な戦士であるからして。そして金狼キィ・ロー族の次期族長でもあるからして。

 しかし内心身構えるキシンに、アーレは殺気を引っ込めて落ち込んだ。

「……ごめんな」

「……あ?」

「こいつ。こいつ」

 と、アーレはリトリとロララを指さす。

「改めて見ても、どう見ても、じっくり見ても、こいつらより我の婿殿の方がいい男だ」

「はっ!?」

 東の二大美男と言われる黒鳥リトリと青猫ロララに向かって、大した暴言である。――言われた二人は笑っているが。

「子も可愛くてなぁ。双子で、男と女が産まれたんだ。おまえ大狩猟が終わったら見に来い。番はいいぞ。おまえも番を作れ。まあどんな男と番になろうと我の婿殿と子には敵わんだろうがな。でも悔いることはない、我が最高の男を見つけただけの話だから」

「お、おまっ……しばらく会わない内に前より嫌な奴になったな! 三倍くらい嫌な奴になったな!」

「聞く? 婿殿の話。子の話も」

「聞かない!」

「いいから聞け。おまえも呑め」

「おまえとは呑まない!」

「あ? ……呑めよ。我の酒が呑めんのか?」

「呑めるか! 調子に乗ってると本気でぶっ殺すぞ!」

「殺す? フッ…………返り討ちだ金狼の小娘が! 表に出ろ!」

「おぉやってやるよ白蛇! 今の私はいつもより強いぞ! おまえが怒らせた分だけな!」

 血気盛んな若い二人は、リトリの家を出ていった。




「あー……挨拶くらい聞いてほしかったが」

 表からアーレだかキシンだかの雄叫びや怒声や罵倒や罵る声が、そして巻き込まれたらしき男や女の悲鳴も聞こえるが。

 リトリの家に残されたルスリス、ベイトマ、ロララは静かなものである。

「白蛇の集落が大層揉めていると聞いていたから、安心はしたがな。あれなら問題あるまいよ」

 そう言ったのは、多くの戦士を見てきたベイトマだ。

 新族長にして、また女の族長は初めてだという白蛇エ・ラジャ族のアーレは、族長じゃなかった頃とあまり変わりはない。
 気負いもなければ、無駄に気を張りつめてもいない。

 いや、その辺を触れるなら、以前の方がもっと刺々しく――優秀ゆえに己の力を過信して無謀な狩りをする、死に急ぐ若い戦士だった。

 本人が言っていた通り、番ができて心の余裕が生まれたのだろう。

「アーレの婿か。俺この前会ったよ」

 そう言ったのは、ロララである。
 この前わざわざ挨拶に来た金髪の青年が、アーレの婿で代わりに来たと名乗っていた。

鉄蜘蛛オル・クーム族の代替わりの手伝いに行った帰りにな、俺たちの集落に寄ったんだ。
 その時は顔合わせくらいだったけど、後から聞いた話だが――治癒師だか薬師としてとんでもなく腕が良かったってよ。鉄蜘蛛オル・クーム族の族長キールがめちゃくちゃ感謝してた」

 それを聞いて心当たりがあるのは、ルスリスだ。

「針だろ? アーレの番が、俺の親父の腰を治したことがある。親父があいつに礼をしたいって言って……そのまま忘れてる気がするな」

 戦牛イルハ・ギリ族は大らかな者が多いので、約束事も良く忘れるのだ。
 キガルスに関しては更に高齢であるので、少々記憶力も怪しくなってきている。

「アーレの番か。俺もその内挨拶に行った方がいいかもな。
 まあそれはいいとして……って、もう長々挨拶って雰囲気でもないな」

 そりゃそうだ。
 二人ほど席を立って、外でケンカしているくらいだ。この状況で改まった挨拶なんていらないだろう。

黒鳥カッ・コハ族の族長としておまえらを歓迎する。今日は呑んで食って狩りに備えてくれ」

 リトリが合図すると、壁際でじっと控えて待っていた女たちが動き出す。

 ――いつの間にか血まみれと泥まみれと怪我だらけで戻ってきていたアーレとキシンも参加し、代表たちの集う酒席は、明け方まで灯が落ちることはなかった。




 白蛇のアーレ、黒鳥カッ・コハ族の族長リトリの家で、二ヵ月分に相当する量の酒を呑み干す。
 驚愕なのは、己の体重くらい呑んだくせに、軽い二日酔いで済んでいたことだ。

 酒豪の戦士アーレに、新たな伝説がまた一つ増えたのだった。



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