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159.族長代理、誘拐される
しおりを挟む私の立場上、迷ってはいられない時がある。
族長代理として動く時。
一刻を争う時。
傍に相談する相手がいない時。
私が族長の番の務めに不慣れだとか、まだこちらの常識に疎いとか、迫りくる問題にとっては私の都合などお構いなしだ。
そして族長代理として、取り返せないような大きなミスは許されない。
大きなミスは族長の瑕疵であり、また集落の存続に関わることになるから。
――この時の判断を間違ったとは思わないが、しかし、正解だったのかもわからない。
「婿さん婿さん!」
そろそろ昼食の準備をしようとしていた矢先のこと。
集落の子供が全速力でやってきた。
家に入ろうとしていた足が止まり、そのまま待つ。
どこか余裕のない子供の必死な形相に、何事か起こったことを察したからだ。
「よその連中が来た! たくさん! 族長の婿を呼べって!」
よその連中?
「誰が来たんだ?」
「わかんない! 見たことない! でも戦士がたくさんだった!」
戦士?
わからない戦士?
…………
これはまずいパターンのやつか?
「婿さん!」
と、今度は顔見知りの女性が走ってきた。
「錆鷹族の連中が来てるよ! 急いで族長の婿を呼んでくれって!」
おっと、詳細が来たな。
サク・トコン?
聞いたこと……ない、いや、あるかもしれない。
「珍しい部族だよな?」
いつだったか、黒鳥族の話を聞いた時に流れで聞いた気がする。
南の山頂付近に住む、黒鳥族と同じく飛ぶ部族だ。より鳥に近い特徴を持ち、飛べる距離も速度も違うとか。
ただ、ここ東の地からはかなり距離がある地で、部族間の親交はない。
というか、そもそも錆鷹族は、その山から出ることがない、と言っていた気がする。
つまり、遠路はるばる私を訪ねてやってきた、ということになるだろうか。
…………
たくさんの戦士が来たというなら、出向かないとまずいだろうな。
集落に入ってきて暴れられたら困る。
今日も白蛇族の戦士は狩りに出ているので、集落で戦える者は皆無と言っていい。
負傷した戦士が何人か休んでいるだけで……まさか彼らに戦ってもらうわけにもいかない。
親交のない部族の戦士たちがたくさんやってきた。
これだけでも脅威を感じざるを得ないが、それでも彼らは筋を通そうとはしている。そうじゃなければさっさとこの集落を襲っているだろうから。
戦うことが目的ではないと思う。
――よし、ここまで推測が立てられれば大丈夫だろう。
まず、すぐに開戦みたいなことにはならない。
特に私を呼んでいるのであれば、猶更だ。戦がしたいならちゃんと族長アーレに話を通してからだと思うし。代理には話さないだろう。
あとは考えてもわからないので、実際会って話してみよう。
「ケイラ、ちょっと行ってくる。もし私に何かあったら、ナナカナの指示で動いてくれ」
家の中のすぐそこにいて、一緒に話を聞く形になったケイラに後を頼み、私は客人の話を聞きに行くことにした。
そう、用件がわからない以上、今のところは客人だ。
あ、本当に戦士がたくさん来ているな。
その数、十数名。
ほぼ全員が槍を持っている。
客が来たら、子供たちが興味津々で寄っていくのだが、さすがに見たことがない部族の戦士ばかりと見て、遠巻きに見ているだけである。
格好こそその辺の者と似たような薄着だが、知らない部族だからな。
細身で長身で、背中に鳶色の翼を持っている、というのが一見した特徴だが。
近くに寄って見ると、なるほど全員目付きが鋭い。
これも特徴の一つだと思う。
まるで鷹の目のようにどことなく威圧感を感じさせる、強い目である。怒っているように見えるが、別に怒ってはいないのだろう。怒られる理由もないし。
髪と瞳の色は、茶系統が多いようだ。
そんな彼らの鋭い目が、やってきた私に一斉に向けられる。
「私が白蛇族の族長アーレの番レインだ。私に用事があると聞いたが」
「おまえがレインか」
向こうの代表であろう、一際威圧感がある強い目をした男が、私の前に立つ。
まだ若い男だ。
二十歳くらいに見えるが、実際はわからない。
傷跡だらけの身体は、まさに歴戦の戦士のそれである。
「俺はヨーゼ。錆鷹族の族長オーカの代わりに来た。突然やってきてすまない」
……うん。やはり筋を通そうとしている辺り、襲撃ではなさそうだな。
「おまえを攫いに来た」
「待ってくれ」
話が違うじゃないか。
筋を通して真摯に何かしらの交渉をしに来たんじゃないのか。
「急に攫うと言われても困るんだが」
「しかし攫う場合は相手の事情は考慮しないだろう」
そりゃそうだけど。
そりゃそうだけど!
というかむしろ、「今から攫いますよ」と宣言している分だけ親切な気が……親切なわけあるか! 拉致誘拐する者たちが親切なものか!
「本当にちょっと待ってくれ! 事情がわからない!」
「悪いが時間がない」
ヨーゼが手を挙げて合図すると、後ろに控えていた錆鷹族の戦士たちが私を囲み、蔦を編んだロープ的なもので縛り上げていく。
えぇ……嘘だろ、なんだこの流れ……
「――族長の番レインは、錆鷹族が連れて行く!」
そして宣言した。
様子を見ている 白蛇族の子供たちや女性たちに向けて。
今気づいたがサジライトもいた。私と目が合ったらどこかへ走って行ってしまった。あいつ私を見捨てたな……
「害を与える気はないし、秋には返す! ――行くぞ!」
言いたいことを言い放ったヨーゼが踵を返す。
私は地面に転がされる。
そして――彼らが走り出した。助走である。大きく跳ねるとそのまま空を飛んだ。
掴んでいたロープの端に吊られるようにして、私も飛んだ。
というか吊るされた。
吊るされたまま空を飛ぶ私は、きっとミノムシのように見えたことだろう。
……こうなると、下手に暴れて落ちるのが一番嫌なので、もう大人しくしていることにする。
ああ、空は風が強いな。
私すごい揺れてるけど大丈夫? 絶対にロープを離すなよ。
無警戒で対応しようとしたのが間違いだったのか。
いや、たとえ警戒していても、集落に戦える者がいなかった以上、結果は変わらなかっただろう。
錆鷹族はここまでのことをやってのけたのだ。
どう転んでも諦めなかっただろうし、抵抗する者を傷つけることも躊躇わなかっただろう。
だから、広い視野で見れば、これはこれで正解……なわけないが、避けられない流れではあったのだと思う。
周辺の部族とは親交があり、仲良くやっている。
それゆえの無警戒だった。
周りの部族が襲い掛かってくるわけがない、と。
だが、まさか親交のあるなしを問えないほどの遠い部族がやってくるとは、さすがに予想はできないことだった。
…………
アーレ、怒り狂うだろうなぁ。
私はこれからの自分の処遇より、これからのアーレがどう動くのかの方が、気になっていた。
――よくて錆鷹族皆殺しか、悪くて全員なぶり殺しだろうな、と。
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