蛮族の王子様 ~指先王子、女族長に婿入りする~

南野海風

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172.再会からの拒絶からの再会

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「なんだ誤解か。おまえは関係ないのか」

 ずっと微笑んでいるアーレは、脇腹を押さえて横たえているキシンの傍らにしゃがみ込む。

「では、おまえは我の番に会ったか?」

「たぶんな……名前もどこの部族かも聞いてないけど。変わった格好の男だろう? 腕も足も出してない」

「これ」

 と、アーレは首から下げている指輪を指さす。

「この指輪と同じ色の瞳を持ついい男だ」

「だからたぶん会ったって。言ってるだろ」

「そうか。――おまえの目から見て、無事だったか?」

「ああ……普通の客人扱いされていたと思うよ。怪我人の面倒を見るために攫ったとかなんとか聞いたけど、私はほんの少し会っただけだから詳しくはわかんないよ」

「……そうか」

 アーレの笑みが消えた。
 目には力がこもっているが、無表情である。

 ――とりあえず、度を超えた怒りだけは収まったようだ、とキシンは内心ほっとした。

 さっきまでのアーレは、本当にこの場の全員を殺してしまいそうな迫力と凄味があった。
 正直、やり合う前から殺意に呑まれていた。

「無事、ちゃんと生きているか。……死んでいると言われたらどうしようかと思った」

 この時ようやく、アーレは己の心を埋め尽くす怒りの奥に、それから心配の奥にあった本心に気づいた。

 もしレインの死体といきなり遭遇したらどうしよう、と。
 ただただそれが怖くて、考えないようにしていたのだ、と。

 もう、あの男がいない生活など、考えられないから。

「――おい」

 アーレは立ち上がり、近くに倒れていた錆鷹サク・トコン族の戦士を蹴り上げた。

「誰でもいいから、我をおまえたちの集落に送れ。今すぐに。すぐに返事をしないと一人ずつ翼を引き千切るぞ」

 本気でしかないアーレの脅し文句に、一人の男が名乗り出た。

「ぞ、族長代理のヨーゼだ! 俺が送る!」

 確か一番最初に殴り飛ばした男だ。それから追加で何発か殴ったり蹴ったりしたので、すでにボロボロである。

「族長代理……? まあなんでもいい。送れ」

 族長を名乗るにしては弱かったな、と違和感を感じる。
 が、今はそんなことはどうでもいい。

 今一刻も早く優先すべきことは、攫われた婿を救い出すことだ。

「お、おい! ちょっと待て! こんなところに残していかれても! おいって!」

 キシンが騒いでいるがどうでもいい。

 アーレは渡された綱を右手に巻く。
 右腕を吊って行くのだ。

「行け」

 ヨーゼを急かしてさっさと飛ばせた。

 


「――レイン!」

 吊っている時から、その姿は見えていた。
 何をするでもなくぼーっと立っていたその男は、紛れもなく己の旦那である。

「……アーレ!!」

 アーレの呼び声はちゃんと聞こえたようだ。
 戦士に吊るされて飛んでくるアーレを見て、レインは驚きながらも応えた。

 ――ちなみにレインが驚いたのは、アーレが返り血にまみれていたからでもある。一見して只事じゃない格好に怪我でもしているのかと思ったのだ。

 まあ、吊っている戦士ヨーゼが顔を腫らしてフラフラ飛んでいるのを見て、なんとなく何があったのか察することはできた。

 あれはたぶん獲物の血だな、と。

「レイン!」

 かなりの高さと距離があったが、構わずアーレは一度大きく前後に身体を振って、右手の紐を離して飛んだ。ヨーゼは大きくよろめいたが。

 しっかり地面に着地し、駆けてくる。

 そんなアーレを、レインは――

「待った!! 頼む待ってくれ!!」

 受け止めることはなかった。

「さすがにその格好で抱き着かれると! 困る! 私は今着替えがないから!」

 夫としてのレインはもちろん受け止めるつもりはあった。
 だが、主夫としてのレインは、今の嫁を受け入れることに強い抵抗感を抱いた。

 血の汚れは落ちにくい。
 洗濯しても落ちない。
 ただでさえこちら・・・では手に入らない形の服なので、レインはこれで極力汚さないよう、傷まないよう気を付けているのだ。 

「……レイン……?」

 だが、アーレにとってはまさかの拒絶だった。

 攫われた大事な婿を取り返しに来た嫁のつもりだった。
 それはもう、助けに来た嫁を見るなり婿は感激して、取るものも取らず嫁を抱きしめるだろうと思っていた。そうして然るべき状況だと思っていた。

 なのに拒絶だ。
 強い拒絶だ。

 レインがこんなにも強くアーレを拒絶したことがあっただろうか? いやない。

「まず洗うから! 来るんだ!」

 走る足が止まり、愕然として、呆然と立ち尽くすアーレ。
 そんなアーレの手をレインは取った。

 


 ……と、まあ、少々感動の再会とはならなかったが。

「おまえが無事でよかった」

「ああ。……私はアーレは絶対に来ると思っていたけど」

 レインが借りているという小屋に連れて来られ、沸かした湯を使って丁寧に身体を拭かれる。

 その優しい手つきと穏やかな声に、アーレはこれはこれでいい、とようやく思えた。

 とにかく無事会えた。
 合流できた。
 感動の再会とは程遠いが――こういうのこそ自分たちらしいのかもしれないと考えることもできた。

 毎日、狩りが終われば足を拭いてくれる男だから。

「疲れてないか? このまま少し休んだらどうだ?」

「一緒に?」

「……まあ、余計なことはしないで本当に一緒に寝るだけ、なら」

 それはそれで魅力的だ。
 しばらく、ちゃんと屋根のある場所で寝ていないので、アーレの身体に疲労が蓄積しているのも確かだ。
 さっきの戦いで、細かいものだが怪我も負っている。

 休みたい、とは、思う。
 だがまだ許されない。

「その前に錆鷹サク・トコン族と話を付けなければならない。我の番を攫ったツケを払わせないとな」

「……やはりそういうのやるのか?」

「我個人のことならまだいいが、これはもはや部族間の問題になっている。落とし前をつけないと白蛇エ・ラジャ族が舐められる」

 元の白い姿に戻ったアーレは、金色の瞳をまっすぐにレインに向ける。

「だから、止めるなよ? これは族長の仕事だ」

 族長の仕事。
 ならば確かに、レインは止めることはできない。

 だが。

「ちなみにどんなことを要求するつもりなんだ?」

「皆殺しか、見せしめにおまえの誘拐に関わった者を殺すか。まあどちらかが妥当だろうな。我はどちらでもいい」

 どんな理由があろうと、錆鷹サク・トコン族のやったことは白蛇エ・ラジャ族にケンカを売る行為だ。

 アーレは売られたケンカを買ったつもりだ。
 だからさっきの有様となったのだ。

 そして、いまいち誰もが自覚も実感もないかもしれないが、すでにこの集落はアーレの手に落ちている。
 戦士たちはしばらく戦闘は無理だ。何せ怪我人だらけになっているから。

 この集落で今一番強いのはアーレである。
 アーレを止めるべき戦士たちも動けない。

 要するに、そういうことである。

「やはり誰かは殺すのか?」
 
「本当は、ナナカナには一人でも殺すなら皆殺しにしろって言われているがな」

「……ナナカナはそういう厳しい決断を下せるからな。私としてはもう少し普通の子供でもいいと思うんだが」

「そうだな。大人であることを求めるのが早かったとは我も思っている」

 身体は拭いた。
 もう長居する理由はない。

 それでも、アーレはなかなか一歩が踏み出せなかった。

 二人ともわかっていた。
 この小屋を一歩出れば、決断を下さねばならなくなることを。

 ――上から見た。ここもまた、女も子供も老人もいる、普通の集落なのだ。場所は違えど白蛇エ・ラジャ族と大して変わらない集落なのだ。

 そして、アーレの下す決断は、そんな普通の集落をぶち壊すことになるのだ。

 自業自得なのは誰もがわかっている。
 しかし、それでも、情が邪魔をするのである。



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