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197.やはり歓迎した
しおりを挟む「すごい」
治療した私自身さえあまり自信がなかったオーカの右腕の縫合は、確かに成功していた。
皮膚はおろか骨も筋肉も神経も血管さえも、見事に本体と繋がっている。
見た目も、しわしわでカラカラに乾いていた枯れ木のような頃とは打って変わって、ちゃんと腕として復活している。
まあ、多少身体とは色が違うが、きっとこれから日焼けしたりしなかったりしていく内に、色も馴染んでいくのだと思う。
何にしろ、これはすごいことである。
しかし悔しいことに、私だけの力ではこれは成し遂げられない仕事だった。
魔法による治療で元に戻ることはあるが、それだって高度な治療魔法によるものである。魔法を使わない治療ではありえないことだと聞いたことがある。
錆鷹族の神の使いに「目の力」を借りたり、場の加護が集中しているというあの洞窟の中でしかできなかった。
おまけに、患者が屈強な戦士で施術に耐えうる体力があり、腕の保存状態が良かったという条件も重なった結果だ。
そして黒糸という、まだよくわからないけど便利な力の発現。
まさに、文字通りの意味で、神業だったのだと思う。
……私が目指すべき医療の形が、ここにある。
…………
ちゃんと習っておけばよかった。
婿入りを決めてからのたった半年の中の、ほんの少しの時間しか学ぶことはできなかった。外科治療をかじったくらいのものだった。
医学は、生涯を掛けて納め、また進歩させていく学問でもあるのだ。
ちょっと触れただけで医学を語ることも、また医学を我が物顔で使うなど言語道断だと思う。
だが、その「かじった外科治療」が、ここではどれだけ役に立ってきたことか。
……やっぱり、もっとちゃんと、小さい頃から学んでおけばよかったな。
「終わったか?」
おっと。
考え事に没頭しすぎた。私の悪い癖かもしれない。
「見た感じでは問題なさそうだな」
オーカ、ミフィ、ヨーゼを族長宅に招いた。そして先行していた夫婦ナェトとサリィも呼ばれてやってきたところである。
そしてまず、オーカの腕の触診をした。
触った感じと問診では、本当にただすごい傷跡が残った腕、というだけである。干からびていた頃からすれば普通に瑞々しい腕になっているし。
まだ昼を過ぎたくらいなので、アーレたちはしばらく戻らない。
恐らく、オーカたちの紹介も兼ねて、また広場に人を集めて説明をすると思う。ナェトとサリィたちはそんな感じで集落中に紹介されたそうだから。
なんの話をしたのかまではわからないが……なぜ私は呼ばれなかったのか、ちょっと不思議だ。
……まあ好意的に解釈するなら「紹介だけで終わったからわざわざ呼ぶ必要がなかった」だが、私の勘では結構な脅し文句が出たんじゃなかろうかと思う。
私はそんなに甘いだろうか。
もし次があれば、私は一切口を出す気はないのだが。
アーレの温情を無視するような真似をする愚か者たちならいっそ滅べばいいと、割と本気で思っているが。
私個人が舐められるならまだしも、白蛇族が舐められるのは先々で不都合が生じるだろうしな。
どうしても錆鷹族を庇いたい、という気はない。
冷たいかもしれないが、まだまだ根本に弱肉強食が根付いているこちらの文化からすれば、当然の帰結だと思う。
それだけのことをしたのだから。
……もう二度とないことを祈るばかりだ。アーレじゃないが、私だって人に情くらい湧くのだから。
「族長の引継ぎは終わったのか?」
「ああ。これから嫁共々よろしく頼む」
まあ、それはアーレに言ってほしいが。
「ミフィとはもう番に?」
「こっちに来る直前に儀式をしてきた」
おお、じゃあこっちは歴とした新婚か。
「おめでとう」
オーカは「俺は二度目だけどな」とそっけないが、ミフィは嬉しそうだ。
確かオーカは、先妻が亡くなっているんだよな。
だからミフィは後妻になる。
前の奥さんのことや子供の有無なんかはどうなんだろう。気になるが、まあ、追々でいいか。来たばかりだし。言いづらい話かもしれないし。
「俺たちを白蛇族の一員には入れないって言っていたよな? だから先にな」
ああ、そうそう。
「オーカたちは永住に近くなるが、ナェトたちは一年くらいの周期で違う家族と交換していくつもりだ」
つまり、オーカたちは純然たる人質として。
ナェトたち家族に関しては、一定周期ごとにほかの錆鷹族と人質の交換をするつもりである。
表面上は友好的な関係にしたいし、「一生帰れない」などと無用に人質を追い込んでも利がないので、そうすることにした。
飛ぶ部族だけに、育つ環境に大きく能力が左右されそう、という不安もある。
あの山の中腹という場所柄から、飛ぶ能力は必須なのだ。それゆえに錆鷹族の飛行能力は高められるのではないか、と。
要は、あの山で育たないと一人前の飛行能力を持った錆鷹族にはならないのではないか、という話だ。
もう育っている大人はともかく、これから身体も能力も育っていく子供たちは心配である。だから人質交換を視野に入れたいと私が進言した。
もちろん様子見を兼ねてのことだ。
もしかしたらナェトたちが永住を望むかもしれないし。その時は……まあ、その時考えればいいか。
「腹は減っているか? 昼食は? 疲れているだろうから、族長が帰るまで休んでいるといい」
とりあえず待ち人が来た。
今のアーレならきっと喜ぶことだろう。
「来たかオーカ! ミフィ!」
夜、アーレが狩りから戻ると、やはり熱烈に歓迎した。
ちなみにヨーゼは二人の荷物持ちと護衛を兼ねて同行したそうで、昼食を食べたらすぐ帰った。
ゆっくりしていけ、と一応言ったのだが……「今はミフィと一緒にいたくない」と。そう言って寂しげな背中で飛んで行ってしまった。
そういえば三角関係って話だったな。
番事情に悩む男なんて、どこにでもいるんだろうな。
がんばれ、ヨーゼ。
「待たせおって! この野郎! 来ないかと思っただろうが!」
「ん? ゆっくりでいいって言われたからゆっくり来たんだが……なんかあったのか?」
「荷物持ちよろしくな!」
「は? あ?」
そりゃわからんだろう。
新婚旅行に行く話を先にするべきだと私は思う。
そう、錆鷹族は荷物持ちとして宛てにされていた。
私という荷物を運ぶ役である。
私がこの集落に来た時は、霊海の森を一週間以上かけて移動することになった。
だが実際は、荷物がなければ、二、三日で通過できるらしい。少々危険だが最短ルートというものがあるのだとか。
そこで、今回の新婚旅行で宛てにされたのが、地形など無視できる飛行能力を持つオーカたちである。
ナェトとサリィでも可能だが、二人は戦士ではないので、ある程度までしか運べないだろうと予想された。
そこに、元は族長を張るほどの戦士であるオーカと、現役だったミフィがやってきた。
ネックなのは、もしかしたら秋までに来ないかもしれないという不安があったが。
もうその不安は解消された。
何せすでに目の前にいるからな。
彼らの労働力は、帰りの私と、多くなるであろう荷物の運搬面にも当てにされている。
――要するにアーレは大歓迎ということである。
これでまた一歩、新婚旅行の実現が現実味を帯びたのであった。
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