蛮族の王子様 ~指先王子、女族長に婿入りする~

南野海風

文字の大きさ
201 / 252

200.夢か現か

しおりを挟む




 夢か現か。
 いや、夢でもあり現でもあるのだ。

「どちらか」ではなく「どちらも」でもあるのだと思ったのは、以前この景色を見たことがあったからだ。

 恐らくその時も、夢と現が重なるような……そんな時に私は訪れたのだと思う。

 果ての見えない夜。
 浮かぶ満月。
 一面に広がる、淡く輝く白い花。

 花畑の真ん中に倒れていた私は、いつだったか自分がここに来たことがあることを思い出しながら身を起こす。

 後ろを見ても、前を見ても、一面の花畑。
 あの時より植物の知識は増えたが、やはり花の姿形に見覚えはない。鉄蜘蛛オル・クーム族の住む森で見たものとも違う。

 それこそ、夢と現の重なるような場所にしか存在しない花なのだろう。

「……臭いがない」

 あの鼻が曲がるような青臭い酒の味と臭いが残っていないので、もしかしたら私は今、肉体を離れた魂のみの存在になっているのかもしれない。
 あれだけの臭いが一切残っていないなんて、考えられないから。

 霊酒か……
 あまりのまずさで、肉体だけではなく魂にまで影響を与える説を私は推したい。薬効とかじゃなくて。

 魂か。
 そういうもの、と納得はしていたが、いざ自分がそういうものになると……それでもやっぱり実感はないな。

 今の私は、本当に魂だけの存在なのか?
 確かに嗅覚はないが、触覚や視覚はちゃんと機能しているようだが……

「……ん?」

 微風にさわさわと揺れる花の音が心地良かったが、それに異物のような音が混じった気がして、ふと首を巡らせる。

 満月が出ていても暗い暗い、星さえも飲み込む闇そのもの、という感じの夜空を見上げて――

「ん?」

 何も見えない底なしの闇の中に、白い点を見つけた。

 それは徐々に大きくなり、こちらへ迫ってくるようで……

「あ」

 一体何かと思った瞬間には、驚く間もなく、私のすぐ傍に落下してきた。

 地面を揺らすほどの白い巨体。
 それは紛れもなく、一年前に見た白いドラゴン。

 空を飛ぶ蜥蜴エペ・ア・ダラである。

 あの時は距離があったので、戦っている人たちとの俯瞰で大きさを計ったが……
 動く姿を間近で見ると数値より大きく感じるのは、生物の格とか威圧感とか、そういう数値化できないものが加わっているからかもしれない。

 ………… 

 だが、そんな白いドラゴンに、それより大きな白蛇が絡みついていることの方が重要というか……そっちに驚くべきなのか。

 ちょっと気にするべき点が多すぎて、逆にどう反応していいのか迷ってしまっている。

 ――白いドラゴン……空を飛ぶ蜥蜴エペ・ア・ダラが、遠くの空から落下してきたのだ。

 巨大な白い蛇に巻かれて。

 拘束された空を飛ぶ蜥蜴エペ・ア・ダラは、自由を奪われた形で、目の前に落下……というか不時着して、慣性そのまま花畑と地面を抉るようにして滑っていった。

 落下地点こそ私の近くだったが、滑った分だけ少し距離が空いた。

 そして、散らされた淡く輝く白い花弁が舞い散る中、巨大なドラゴンと巨大な白蛇が、巨体よろしく地面を揺らし花畑を荒らしながら戦っている。

 幻想的なこの空間で、それにそぐわぬ野蛮さと野生を感じさせる光景は、ひどくミスマッチだった。

 ……驚くタイミングを完全に逃した気がするが、目の前で繰り広げられる巨獣同士のぶつかりあいは、本来ならすぐに避難するべきとんでもないものである。

 頭の片隅で「逃げるべき」と考えている。
 だが、なぜだかそれでも足が動かず、呆然と立ち尽くして私はそれを見ていた。

 …………

 意味はわからないが、理由はわかる気がする光景だった。

 私の中のカテナ様の加護と、空を飛ぶ蜥蜴エペ・ア・ダラの加護がぶつかっているのだと思う。

 あるいは、カテナ様の魂がわざわざ来てくれているか、だ。
 空を飛ぶ蜥蜴エペ・ア・ダラの魂を鎮めるために。

 野蛮な言い方をするなら、怒り狂うドラゴンを力ずくでねじ伏せるために。

 しかしこれ、どうしたものか。
 私には見ていることしかできないのだろうか。

「私のために争わないで!」とか言って割って入って止めるべきなのか?

 いや近づくのは危険だ。
 今の私は魂だけの存在だとは思うが、それも私の想像でしかないし、仮に魂のみの私が怪我をしたらどうなるかもわからない。
 あんな巨獣の戦いに巻き込まれてうっかり踏み潰されたとして、無事でいられる気がしない。

 そもそもカテナ様は私のために来てくれたと思うが、空を飛ぶ蜥蜴エペ・ア・ダラの方はたぶん違うだろうしな。

 もう事切れて、どこにも行き場を失った時、たまたま私の中に入れたから入っただけ、くらいのものだろう。
 本能的に生き延びようとしただけだと思う。

 ならば、私を守護しようだの加護を与えようだのとは思っていないはずだ。

 私にできることはなさそうだ。

 だが、目を逸らすのも違うと思う。
 少なくともカテナ様は、私のために戦っているはずだから。

 私にできることはない。
 しかし、ただ、見守っていようと思う。




 程なく決着は付いた。

 カテナ様に巻かれて、それを解こうと暴れて疲れた空を飛ぶ蜥蜴エペ・ア・ダラが、動かなくなったからだ。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

処理中です...