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202.輝暴の光
しおりを挟むこの時の私の気持ちをなんと表現すればいいのだろう。
ただただ理由のわからない衝動が込み上げてくる。
――このままでいいのか、空を飛ぶ蜥蜴を失っていいのか、と。
カカラーナ様はすでに、殺すどころでは生温いことを考えているようだ。
そして実際にそれを実行するだろう。
今、あのドラゴンを救うことができるのは、恐らく私だけだろう。
というか、これは元々私自身のの問題なのだから、当然と言えば当然のことだ。
「カカラーナ様」
「――同調が長かったか」
どうやら私の声だけで、カカラーナ様は私が何を言うかわかってしまったようだ。
同調、か。
一緒にいることで情が移ったとか、そういう意味合いでいいのだと思うが。
「――実に不愉快だ。だがここでアレを見捨てるおまえなら、アーレはあそこまで懐きはせんかったのだろうな」
「申し訳ありません」
「――許す。実に実に不愉快だが、アレは我らを拒絶していたが、おまえは護ろうとしていた。我が眷属をな。一丁前に神の真似事などしおって」
…………
「あの、あれはやはり、元は神様みたいな……?」
「――遠い昔はな。今ではあの通り、力もないただのトカゲよ」
うーん、まあ、そうだな。
ただのトカゲと言うには大きすぎるし飛ぶしって感じだが、でもまあ神様の感覚では、そんなものなのかもしれない。
「これはカテナ様ですか?」
巨大な白蛇と空を飛ぶ蜥蜴の傍までやってきた。
空を飛ぶ蜥蜴は、やはり、じっと私を見詰めるままだ。何かを語り掛けてきている気がするが……
「――そうだ。言っておくが、カテナは我の分身のようなものだ。別個の意思を持つが、我の一部である。我を千切って形にした生物だな」
さすが神様、なんでもありか。
……いや、そうだよな。
なんでもありだよな。
私はそれを知っているじゃないか。
その神の一部の更に一部が、私の指にあるのだから。
黒糸の効果はすでに知っている。
何事にも、如何様にも、だからな。
「――不思議なものでな」
「はい」
「――恐怖の象徴や、力の象徴。災害の象徴。害悪の象徴。罪の象徴。……生物が恐れる形となった神は、長い長い時の中で全て滅んだ。それらは今生き残っている我らより強い力を持っていた。にも拘わらずだ」
ポン、とカカラーナ様は空を飛ぶ蜥蜴に触れる。
「――こいつは輝暴。暴虐なる破壊の光を持つ力だった。だがこいつの意思を形作る外枠がなくなったことでただの力となり、少しずつ摩耗し力を失い、このような生物に成り下がった」
……へえ。
「――つくづく思う。恐怖で従うのは最初のみで、いずれは誰も付いて行けなくなるのだと。皮肉な話だよな? 強いゆえに強き役割を押し付けられ、結果その役割のせいで眷属は誰も生き残ることはできなかったのだ」
…………
いわゆる恐怖政治のことだな。
規模は違うが、部族は国と私は考えている。
友好国もあれば険悪な国もあるし、もちろん交流がない国同士もある。
恐怖政治は、自国の民は管理しやすいが、横の繋がりが作りづらいからな。
気が付いたら周囲は敵国だらけ、なんてこともザラにあったと歴史書では学んだ。
基本的に、危険分子は排除したいと思うのが人だから。
いや、生物は皆そうかもしれない。
「――フン。今更命乞いか? そもそもおまえはもう死んでいるだろうが」
あ、カカラーナ様と空を飛ぶ蜥蜴は話せるのか。
そっち同士では会話できる感じか。
「お互い生きるために戦い、その結果ですから。個人的な恨みは私にはありません」
「――だから助けろと? よかったな。おまえが唯一の眷属だと思い込んでいた者は、おまえを受け入れるそうだ」
グォォォ……
空を飛ぶ蜥蜴が小さく唸った。
言語はわからないが、確かに何かしらの返事をしたのだと思う。
「私はどうしたらいいのでしょう?」
「――うむ……よし。こいつも我の眷属、我の子にしよう。同じ白鱗持ちだしな」
えっ。
「――おまえにあるこいつの加護は、我が上書きする。それで解決だ」
う、うーん……つまりどういうことだ?
…………
よくわからないが、カカラーナ様は名案とばかりに頷いている。
「ではお願いします」
もう任せればいいか。
神の世界のことは、私の理解など及ばないからな。きっと好いようにしてくれるだろう。
「――任された。ではおまえはもう帰れ」
「えっ」
そんな急に別れの言葉を?
「まだ聞きたいことがあるんですが……」
思い出せないかもしれないが、神様と対話するなんて機会は早々ない。
まだ謎や疑問もたくさんある。
答えの出ない疑問だと思っていたのに、思わぬ答えが得られそうなチャンスなのだ。諦めがつくわけがない。
「――いずれまた会うこともあろう。旅行を楽しんでこい」
アーレにそっくりの顔で笑うカカラーナ様を見た後、抵抗する間もなく、すぐに意識が遠くなった。
「――あぁぁっ!」
臭い! 青臭い!
耐えがたい臭いに飛び起きて、とにかく水か何か、口の中の苦くて臭くてとにかく臭い何かをゆすぎたい。
「おお、戻ったかレイン!」
「臭い! 水!」
今は婆様に対応できる状態ではない。
「お、おう。これを飲め」
と、婆様はこうなることを予想していたかのように、水の入った瓢箪を取る。それを奪うようにして私は中の水分を、
「ごはっ!? ごほっごほっ」
酒だこれ! 水じゃない! ……まあいいか!
酒入り瓢箪を持って家を出て、口をゆすいで吐き捨てる。
何度か繰り返して、ようやく正気に戻れた。
代わりにちょっと酔った気がするが。
「はあ……」
死ぬかと思った。
悪臭に殺されるかと思った。
まだ体内に臭いがこびりついている気がするが、その内抜けてくれるだろう。
「……あ? ……あっ!?」
一息ついたところで、気づいた。
左手の甲に、白い鱗が生えていた。
アーレに触れることで現れる、番の証がある場所に。
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