蛮族の王子様 ~指先王子、女族長に婿入りする~

南野海風

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221.新婚旅行  二日目 別行動

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 予定していた八軒目を回ったところで、すっかり陽は暮れていた。
 少々慌ただしく移動することになったが、目当てとしていた多種多様のいろんな料理を、少しずつ味わうことはできた。

「――最初はどうなるかと思ったが、案外うまく回るものだな」

 悪くない一日だった、とレインは思った。

 昨日学習した成果もあり、フレートゲルトも今日は・・・女性陣に合わせることなく自分のペースで呑み、八軒目を回ったところでもほろ酔いで済んでいる。

 まあ、当然のようにアーレとタタララの酒量には引くほど驚いているが。
 あれだけ呑んでも二人はまだまだ全然平気そうなのだから、蟒蛇うわばみにも程がある。

「さすがにお腹いっぱい」

 八軒回って酒を呑みつまみだけ食べた、という構成だったが、酒が呑めないナナカナはやはり食の方に偏ってしまったようだ。
 彼女自身が食べるのも好きだし、酒精のないジュースも嫌いじゃなかったので付き合えたが、さすがにこれ以上の飲食は許容量を超えてしまうようだ。

「では――ああ、そうだ」

 そろそろ帰ろうか、と言いかけたところで、レインはこう提案した。

「私たち家族は一足先に帰るから、フレとタタララはもう一軒行ってきたらどうだ?」

 午前中、援護に失敗したレインはずっと気にしていたのだ。
 表立って大っぴらにわかりやすく応援する気はないが、フレートゲルトはいい男だ。自信をもってタタララに勧めることができる。

 あくまでもほんの少しの助勢に留めるつもりだが――その助成がまさかの逆効果だったことの穴埋めはぜひともしておきたい。

「え!? お、お、俺とタタララさんの二人きりで!?」

 フレートゲルトは動揺した。
 予想もしていなかった提案だったらしい。

 レインからすれば、この呑み会のはしごで「なんとか二人きりになれるよう手を貸せ」と、フレートゲルトが言い出すかと思っていたくらいなのだが。

 いかんせん女っ気のない人生を歩んできたせいで、彼も攻め時というものがよくわかっていないのだろう。

 二人きりになったら口説こう、ではない。
 二人きりになろうと自分からしなければいけないのだ。チャンスを待つのではなくチャンスを自分で作らなければならない。

 待っていいのは、時間制限がない時だけだ。
 滞在期間が限られているのだから、待ちの一手は悪手である。

「なんだ、もう一軒行くのか? 我もまだまだ呑めるぞ」

 空気が読めない嫁がすかさず言うが、

「アーレ。ここからは私と二人きりで呑まないか? 家に帰って、ゆっくり」

「……う、うん。おまえと二人きりで酒を呑むのは、その……あまりないしな……」

 大好きな旦那が少し誘っただけで乗ってきた。実にちょろい。

「タタララもフレートゲルトも行ってこい。我らは帰る」

 そしてこうなった以上は、今度は他者が邪魔になる。

「もう夜だし、今日のところは全員帰った方がいいんじゃないか?」

 タタララは割とまともなことを言うが、アーレは首を横に振った。

「おまえの婿探しだろう、忘れるな。探してこい」

 そう言われると、タタララは何も言えない。

「――タタララさん。少しでいい、俺に時間をくれないか?」

 女っ気のない人生を歩んできたので、フレートゲルトは女性を口説くだなんだというやり方はよくわからない。

 だが、培った勝負勘が告げている。

 今この時、ちゃんと言うべきだ、と。

「俺はあなたと二人きりで過ごしたい。落ち着いて酒でも呑みながら話さないか?」

 甘さは足りないが、まだ距離のある関係なので悪い誘い文句ではない、はずだ。

 果たしてタタララの返答は――

「……まあ、そこまで言うなら」

 前向きなのか渋々なのかは判断が難しいところだが、タタララは了承した。

「よかった。いい酒場があるんだ。行こう」

 今度の援護は成功したようだ。いい酒場と聞いてアーレがそわそわしているが、旦那の誘惑の方が魅力的らしく何も言わなかった。

「いってらっしゃい。馬車は私たちが乗って帰るから、あなたたちはゆっくり歩いて帰ってくるといい」

 ここから屋敷まではそう遠くない。
 酔い覚ましに夜風に当たるには丁度いい距離だろう。

 馬車の上よりは、はるかに話がしやすいし。

 ――こうして、一家とカップル候補が別行動を取ることになった。




 フレートゲルトが案内した店は、少しばかり高級感のある酒場だった。

 少し薄暗く感じる落ち着いた照明と、小さいテーブルは料理を乗せることを想定していない造りだ。
 大人数が一つのテーブルを囲むことも、だ。

 ここは酒場。
 大衆食堂などとは一線を画している店だ。
 あくまでも酒を楽しむ、大人の空間である。

「ほう……」

 これまで酔った店とは打って変わったシックな店内に、タタララは店内を見回す。

 ――がやがやとうるさい場所で大声で歌い笑いながら酒を呑むのも好きだが、この独特の……大声を上げることさえ許されないような空間も、個人的には悪くないと思った。

 落ち着いて酒を呑む。
 なるほど、こういう場所もあるのか、と。

 まだこちら・・・の文化に触れて間もないが、タタララにもわかる。
 普段呑むような量産の安酒を身体に流し込むのではなく、少ししか作れない貴重な酒をちびちび舐めるような、ここはそう言う場所なのだろうと。

「こちらへ」

 フレートゲルトの案内で店内に踏み込み、カウンター席に座る。

「――いらっしゃいませ。ご注文は?」

 カウンターの向こうにいる、白髪をオールバックに固めた初老のバーテンダーが、場の雰囲気を損なわない低い声で問う。

「彼女が、いろんな酒を少しずつ味見したいと言っている。あなたのお勧めをくれるか」

「――畏まりました」

 落ち着いた雰囲気で呑む酒は、なかなか趣があってうまい。
 バーテンダーの、出過ぎない控えめな酒の説明も面白い。

 今日は代わる代わる店を変えて、いろんなうまい飯を食い、酒を呑んできた。
 慌ただしかったが、楽しかった。
 そんな昼間と打って変わって、この静かな店。

 悪くない、とタタララは思った。

 そしてフレートゲルトは、あえてこの場で極力話をしないようにした。
 本心としては口説く気満々だったが、今はその時じゃないと、己の勝負勘が告げている。

 タタララが、じっくりと酒を楽しんでいるのを邪魔しないために。
 そして、機嫌が良さそうな彼女の横顔を眺めているだけで、胸が一杯になっていたから。

 ――出会って半年を経てまた再会したことを、今この時、ようやく実感できた。

 己の好きになった女性が、隣の椅子で酒を呑んでいる。

 一時は決して手の届かない場所にいると思っていたのに。
 今は、すぐそこにいる。

 嬉しくて仕方なかった。
 言葉を忘れるほどに。

 決して悪くない雰囲気だった。

 

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