蛮族の王子様 ~指先王子、女族長に婿入りする~

南野海風

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223.新婚旅行  三日目 

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「――こちらはジャクロン殿にカリア嬢だ」

 二人を紹介したのは、翌日となった。

 昨夜は、フレートゲルトとタタララの不在に、昼から呑み続けていたアーレがそれなりに酔っていて、ナナカナも食べ歩きに疲れてさっさと寝てしまっていた。

 急がないのでわざわざ集める必要はない、とカリア嬢が翌朝の顔合わせでいいと言ったので、そういう運びになった。

 朝食の前に、食堂に集まったこのタイミングだ。
 フレートゲルトとササンは朝食の準備中なので、私から紹介した。

 なお、カリア嬢は後々どんな不都合が生じるかわからないので家名は出さないでほしい、との要望があったので、そうすることに決まった。
 うっかりうちの女性陣が、どこかで家名を漏らした場合の心配である。

 それと昨夜の内に、向こう・・・の三人はこちら・・・の常識に乏しいから失礼があると思う、と念を押して言っておいた。

 本人はわかっていると言っていたが、本当に念のためだ。
 ジャクロン殿はともかく、生粋の貴族のご令嬢には、耐えがたい何かがあるかもしれないから。

「ジャクロン殿は、フレートゲルトの兄なんだ。カリア嬢はジャクロン殿の婚約者で、もうすぐ結婚する予定になっているそうだ」

 反応は様々だった。

 もうすぐ結婚というフレーズに反応したのはアーレだ。
「おまえたちも新婚旅行に行くのか? 楽しいぞ。行け」と、なんの前置きもなく言い放った。そういう意味で反応していたらしい。
 
 タタララは、じっとジャクロンを見ている。あまり顔に出るタイプではないので、なぜ見ているかはわからない。
 ……一目惚れじゃないよな?
 ジャクロン殿は男前だから、ないとは、言い難いが……

 ナナカナは「ふーん」と、興味なさそうに二人を見ている。ナナカナらしい冷めた反応だ。

 対するカリア嬢は楽しそうに、しかし穏やかながら油断なく三人を……特にタタララを観察している。
 これがフレートゲルトの好きな女か、と品定めしているのだろう。

 そしてジャクロン殿は――

「……これはなかなか……」

 何と言えばいいのだろう。
 パッと見は笑っているが、雰囲気はまったく笑っていないというか。

 さらりと白蛇族うちの女性陣の紹介をしてから、

「ジャクロン殿、どうかしたか?」

 常にない読みづらい顔をしているジャクロン殿に直接聞いてみた。

「いや――フレの言う通りだと思っていただけです」

 ひたり、と。
 まるで剣を抜き払ったかのように、ジャクロン殿の瞳が据わり研ぎ澄まされる。

「フレからは、自分より強い女性だと聞いていた。実際見てみて俺もわかった。本当に強いんだな。二人とも俺より強いと思う。父上と張るんじゃないか?」

 ああ……騎士目線か。ジャクロン殿は現役騎士だからな。

「おまえも充分強いだろう」

 そう言ったのはタタララだった。タタララが彼を見ていたのは戦士目線だったようだ。

「私と遊ばないか? おまえはフレートゲルトより強そうだし、こっち・・・の戦士の戦い方には少し興味がある。私も身体が訛ってきているしな、丁度よさそうだ」

「あ、ああ……俺は構わないが」

「よし。朝飯を食ったらやろう。アーレはどうする?」

「うーん……旅行中くらいは戦士から離れたいが、確かに少し身体を動かしたいな」

 そうか。

「では午前中は屋敷で過ごそう。午後は……昼食の席で決めようか。私とフレで何をするか考えておくから」

 というわけで、今日の午前中の予定が決まった。

 この分だと、午前中は少しだけ自分の時間が取れるかもしれない。
 調べものくらいはできるかな……出掛けるにはちょっと時間が足りないだろうか。

 昨日の食べ歩きで、各自気に入った一皿がそれなりに見つかった。
 これは成果である。ぜひ向こう・・・に持ち帰りたい。

 図書室に各国の郷土料理に関する本はあるだろうか。
 いや、いっそ昨日行った料理店にレシピを売ってもらえるか交渉した方が早いだろうか。この先どれだけ自由に動ける時間が作れるかわからないしな。金で即座に解決できるなら、それもいいと思うが……

 思案している中、フレートゲルトとササンが朝食を運んでくる。

 食べながら考えよう。
 



「――レイン様。少しよろしいかしら?」

 朝食が終わり、約束通り戦士たちは騎士を連れて庭に向かった。フレートゲルトも行った。どんな形でもタタララと一緒にいたいのだろう。

 昨夜一緒に過ごしたことで、少し仲良くなったらしい。
 傍目には小さな一歩かもしれないが、本人からしたら大きな一歩だったに違いない。

 気が付けばナナカナもいなくなっていて、テーブルには私とカリア嬢だけが残されていた。
 食後の紅茶がおいしくて、考え事をしながら少し長居してしまったようだ。

 そして、席を立つ機会を逸した私に、カリア嬢が声を掛けてきた。

「何かな?」

 カリア嬢は、確か私の二つか三つ年上になるだろうか。
 年頃の貴族のご令嬢とちゃんと話すのは久しぶりなので、少し緊張してしまう。

「ここだけの話ですが、わたくしはフレートゲルト様の恋を応援しておりますの。義理の弟の恋路ですもの、義理の姉としては成就してほしいわ」

 うん。

「私も同じ意見だ。フレは私の親友で、タタララは私の嫁の親友だ。縁があるならぜひとも結んでほしいと思う」

「なるほど、レイン様もそのようにお思いですか。しかしながら――」

 すっと、カリア嬢から笑みが消えた。

「傍目に見ている限り、タタララさんからフレートゲルト様への好意がまるで感じられませんね?」

 ……うん。

「そう見える? 私も薄々そんな感じはしていたんだが」

 フレートゲルトはタタララが好きだ。

 彼は、気が付けば彼女を見ている。
 意識してか無意識かは知らないが、近くにいる時は必ずと言っていいほどタタララに意識を向けている。

 しかし、しかしだ。

 逆がないのだ。

 タタララも意識してか無意識かは知らないが、フレートゲルトを見ないし意識も向けない。

 順番で言うなら、アーレ、ナナカナ、私、ササンのあとにフレートゲルトが来るくらい、まるで関心を示さない。

 私も恋愛経験が豊富なわけではないので、私の錯覚かと、錯覚であってほしいと思っていたが……

 ……今朝ほんの短い時間一緒にいただけのカリア嬢がわかるくらいだから、その線が濃厚なんだろうか。

「女ってね、好きでもないし興味もない男に追われるといい感情がなかなか芽生えないのよね。嫌われている方がまだ意識すると思いますわ」

 お、おぉ……経験豊富そうな女性の意見だ。

「お姉さまと呼んでも?」

「お嫁さんに怒られますよ?」

 それは困る。
 なんにしろ貴重な意見である。

「ではどうすればいいだろう?」

「そこですよね。わたくしもいろんな女性のタイプは見てきましたが、あのタイプは初めてでして……
 もし選べるのであれば、年下の可愛い男の子を当てがって保護欲を刺激したいわ」

 …………

「フレと逆だな……」

 一応フレートゲルトの方が一歳年下だが、生憎身体は大きいし老け顔だ。年下の可愛い男の子ぶるのは難しいだろう。

「そうなのよねぇ。完全に逆ですものねぇ。あんなにムッキムキの大男が可愛い子ぶって甘えて来られても困るわよねぇ」

 女性の感覚はそんなものか……まあ、そんなものかもな。

 フレートゲルトがタタララに甘えている姿を想像しようとして、どうしても想像したくなくなった。
 あのムッキムキの大男が女性に甘えている姿なんて、ちょっと、見たくない。

 そういうのは二人きりでやってほしい。
 やってないけど。
 くれぐれもそう願いたい。

 彼女と私の溜息が重なった。

 ――現状、フレートゲルトの恋路は険しいようだ。



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