蛮族の王子様 ~指先王子、女族長に婿入りする~

南野海風

文字の大きさ
226 / 252

225.新婚旅行  三日目 肉が食いたい!

しおりを挟む




「――今度は名乗っていいよね? 僕はリカリオ。君の名前を聞いてもいいかな?」

 今度は?
 リカリオ?
 君の名前を聞いても?

 言うに事欠いて、タタララに?

 フレートゲルトの胸中は、すでに穏やかではなかった。

 突然乱入してきた男は、タタララに対して、よりによってタタララに対して気安く声を掛けているのだ。

 内容からして、特筆すべき関係は、まったくないのだろう。
 今は。

 これからすぐに特筆すべきことになる予感がしている――だから穏やかではない。

 リカリオと名乗った身形のいい男は、フレートゲルトも知っていた。
 ここウィーク辺境地を納めるリーナル・ウィーク辺境伯の二番目の息子である。会ったことはなかったが名前は憶えていた。恐らく間違いないだろう。

 というのも、長男は知っているし面識があるのだ。いつだったか次男のことも話題に上がったことがある。

 リカリオはフロンサードの貴族学校には来なかった。
 隣国との親睦も兼ねて、隣国の貴族学校に行ったからだ。そして家を継ぐ兄のサポートをする予定となっていたはずだ。

 だから、フロンサードの夜会にはまず顔を出していない。
 留学する前の幼少の頃、幾つかの集まりには出たと思うが、憶えている者は少ないだろう。

「……」

 まずい。
 このままでは非常にまずいということはわかるが、なんと割り込んでいいかもわからない。というか割り込むべきタイミングなのかどうかもわからない。

 微笑みを浮かべるリカリオと、特に表情を変えていないタタララが見詰め合っている。
 実に心穏やかでいられない光景が目の前にある。

 なんでも、ナナカナからお菓子を対価に仕入れた情報では、タタララはレインに似た男を理想としているらしい。

 実にいい趣味だと思った。

 レインの兄たちは、今代の王侯貴族の中でも特に美しく華があり、社交界でよく映えた。それに比べればレインは少々地味だった。
 だが、あくまでも比べてのことだ。
 レイン単体で見れば、典型的かつ誰しものイメージにありそうな王子様の特徴を外していない。

 しかも、一年半ぶりに見たレインは、以前の「王室のぼっちゃん王子」という雰囲気がなくなっていた。
 以前は苦労を知らなそうな、どこか詰めが甘そうに見える純粋培養された王子様という感じだったが――

 今のレインは少し逞しくなっていて、まったく持ち合わせていなかった野性味を感じさせた。
 それは、以前はなかった華である。今のレインは以前よりかっこいい。見た目じゃなくて中身もきっといい男になっているだろう、とフレートゲルトは漠然と思っていた。

 ――そんな以前のレインと、リカリオは雰囲気がよく似ていた。

 少し長めの金髪に、整った顔立ちは優しそうで甘い。瞳は紅茶を思わせる赤茶色。
 一見地味だが、よく見たら全てが上品にまとまっている男だ。
 それに気づいた者……特に女性は、きっとリカリオの魅力にハッと息を飲むのだろう。

 つまり、ナナカナ情報からすれば、リカリオはタタララの好みど真ん中である可能性が高いということだ。
 そんな男と見詰め合っているこの状況を、どうしたらいいのか。

 焦燥感は募る。
 だが、相手はウィーク辺境伯の息子。貴族だ。騎士をやめ家を出た自分は平民と変わらない。

 無力な自分には、これを邪魔する理由も権利もなく――

「おい」

 だが、救世主はいた。

 じりじり心を焦がしなら見ているしかなかったフレートゲルトの代わりに、アーレが不機嫌そうに口を開く。

「我らは今から飯だ。おまえの用事で我らの邪魔をするな」

 実にシンプルで、どこまでも愚直で、だが強い言葉だった。

 そう命じる・・・アーレには、確かに国王や父フィリックのような統べる者の威圧感のようなものがあった。
 見た目は普通の街娘なのに。

「え? いや……え?」

 リカリオは戸惑った。

 リカリオはそれなりにモテてきたし、女性に邪険に扱われたこともなかった。
 その上、自分に対してここまで態度が大きい庶民の女性というのも、今まで縁がなかった。

 いや。

 己を見詰める金色の強い眼差しは、ただの庶民とは思えない眼光を放っている。

「店の者と間違ったことは謝る。すまん。話はこれで終わりだ。何の用事か知らんが後か今度にしろ。邪魔だ」

 フレートゲルトはわからなかったが、というか素直に「よくやった!」と喜んでいるばかりだったが、他の者は全員わかっていた。

 ――ああ、レインが頭を下げたのが気に入らなかったんだな、と。

 しかも下げさせたくせに、それからもぐずぐずと絡んできたのが、より気に入らないのだ。

 口出しするくらいに。

「あ、あの……名前が聞きたいだけで……」

「我の声は聞こえないのか? それとも我にケンカを売っているのか? どっちでもないなら失せろ。三度目だぞ。新婚旅行の邪魔だ」

「新婚旅行……え、新婚旅行!? だ、誰と誰が!?」

「――おまえの耳は飾りか? それともケンカしたいのか?」

 ガタッと椅子を立ち上がったところで、さすがにレインが止めた。

「アーレ。落ち着いて。――リカリオ様、これ以上何もないようならご容赦ください」

「……ううん、どうも間が悪かったようだ。失礼するよ」

 リカリオは踵を返し――ふと振り返った。

「次会えたら、今度こそ名前を教えてくれるかい?」

 タタララは何も言わなかったが、それで構わないとばかりにリカリオは行ってしまった。

 ……隣のテーブルに。

 先に来ていた男二人に混じった。
 彼は彼で、普通に連れと一緒に食事に来ていたらしい。




「なんだあいつは。おいタタララ、あいつはなんだ」

 アーレはイライラしている。
 隣のテーブルでこちらに向かって笑顔で手を振るリカリオを見て、更に腹を立てている。

「運命の池に行った時に顔を合わせただけだ。それ以上は何もない」

 タタララの返事は素っ気ない。
 実際、本当にそれだけなので、それ以上言うこともない。

「ただ……名乗ろうとしたあいつを、次の機会にしろと言った。そしてついさっき次の機会が来て、あいつが名乗った。それだけだ」

「……ふん」

 この場の全員が思った。

 ――あれ、これぞ婿探しの出会いじゃないか、と。

 そんなことがあっていいとは全然思えないフレートゲルトでさえ思ってしまった。

「タタララ、あいつと番になるか?」

「アーレ!?」 

 さっきはフレートゲルトの窮地を救った女神が、とんでもないことを言い出した。

「どうかな。私は他人どころか自分の心さえよくわからんからな。……そうだな、もしがあったら、その時は話でもしてみようかな」

 リカリオと結婚。
 色々と障害は多いが、不可能ではない。

 もちろん、当人の気持ちが第一だが。

「そもそもあいつがどういうつもりかもわからんだろう。もしがあればその時考えるさ」

 タタララはあまり興味がなさそうだ。

 そこで話は途切れ――ふと、今まで何も言わずに静観していたナナカナが言った。

「――ちょっとレインに似てるよね、あの人」

 そう言われて、タタララは隣のテーブルを見た。
 まだこちらを見ていたリカリオと目が合った。

 ――それを、何も言えないフレートゲルトも、見ていた。




 巨鳥型の魔獣の解体ショーは盛り上がったが、特に魔獣の解体なんて珍しくもないこのテーブルだけは、酒と食事と隣のテーブルに夢中だった。

 肉は、うまかった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

処理中です...