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248.新婚旅行 八日目
しおりを挟む「――フレ、大丈夫か?」
もうすぐ朝食だ。
起きて来なかった親友の様子を見に来てみれば、案の定だった。
この屋敷で執事として動いているフレートゲルトの部屋では、見たことがないほど青い顔をして死んだように寝ている。
針を打ちに来て正解だったようだ。
詳しい理屈はわからないが、酒精は毒の領分に入るそうだ。だから聖女の力で多少打ち消すことができる。
ただ、私の指先の力は弱いので、気休めよりはだいぶマシ、くらいの効果しか出ないが。完全に消せればいいんだが。
「……頭いてぇ……」
あ、起きてはいるのか。
「だろうな。聞いたぞ、タタララと酒で勝負したんだって? そりゃそうなるだろ」
激しい二日酔いなのだろう。
あの人たちに付き合って酒を呑めば、大抵はこうなる。
フレートゲルトが弱いわけではなく、白蛇族が異常に強いのだ。
「……そうだ。勝負はどうなった?」
「憶えていないのか?」
あのわいせつ行為を。
憶えていないなら憶えていないままの方が幸せかもしれないが……まあ、恐らく知ることになるんだろうな。
「何も憶えてない」
「では勝てたと自分で思うか?」
「……泣いてもいいよな?」
「朝から泣くなよ……とりあえず針を打つから、大人しくしていろ」
「いやだ」とか「ほっておけ」とか「おれなんてこのまましんでしまえばいい」とか寝惚けたことを言っているフレートゲルトの身体にさくさく針を刺す。
向こうでも散々やってきたことなので、もう慣れたものだ。
たとえ患者が拒否しても。
昨夜のことを憶えていないなら、フレートゲルトはフラれたと思っているのだろう。
最後と称して酒で勝負したらしいから。
失恋の傷心と二日酔いで、これ以上ないほど気弱になっている。
……フラれていないから同情する気にはなれないし、そもそもする理由もないんだが。
だがそれは私の口からではなく――
「――どうだ」
あ、タタララが来た。
「二日酔いだな。……フレ、もう大丈夫だろう?」
針はしっかり打った。いつもより多めに打っておいたので、二日酔いもそれなりに軽減されているはずだ。
「ダメだ。今日はこのまま寝かせてくれ……」
フレートゲルトは弱々しく言うと、こちらに背中を向けてしまった。今は起きる気もないようだ。
タタララに目配せすると、彼女は頷いて部屋の中に来て、フレートゲルトのすぐ近くに立った。
「おい、フレートゲルト」
「……」
返事がない。
「もう私のことはいいのか?」
「……昨日で最後だって言ったから。諦める」
「いいのか? 本当に諦めるのか?」
「……卑怯なこともした。でもダメだった。これ以上はタタララさんに迷惑だから……」
卑怯? ……あ、酒を薄めで注文したことだな。まあ、ちょっとずるいよな。
「なんだ、その程度か」
「……」
「昨日のおまえは卑怯で情けなくてどうしようもなかったぞ。泣いていたしな。泣きながら結婚しろと言い続けていたしな。こんなに格好悪い男がいるのかと驚いたくらいだ」
「……」
失恋で折れた心に塩を塗るようなことを言うタタララを、私は止めなかった。
彼女がどうするか、どうしたいか、知っていたから。
「――いつまで拗ねている」
「いててっ」
少し乱暴に、タタララは不貞寝するフレートゲルトの髪を引っ張り、自分の方に向かせる。
顔を近づける。
じっと瞳を見つめながら。
「ふうん……」
タタララはフレートゲルトの頬を撫でる。
「なんだ。よく見たらまあまあ可愛い顔をしているじゃないか」
「え……」
「本当に私でいいのか? 私は可愛くはないし、可愛げもないぞ。本質で言うならおまえの方がよっぽど可愛いかもしれん。
私でいいのか? 一生おまえの傍にいるのは私でいいのか? おまえの言葉を信じていいのか?」
「――タタララさんがいいんだ! あなた以外は嫌だ!」
フレートゲルトはようやく、何を言われているか理解したようだ。
飛び起きて、己の顔を撫でていたタタララの手を取り、言い切った。
「俺と結婚してくれ! 何度でも言う! 俺と! 結婚してくれ!」
「手を…………いや、うん。すぐに返事はできんが、おまえを婿候補として、連れて行く気にはなった。
私も前向きに考えるから、二人で、その、気持ちとか、育てよう」
――やった! これはもう実質成功したようなものだ! やったなフレートゲルト!
…………
というか、出て行く間がなかったな。
そういうのは二人きりでやればよかったのに。
いや、今からでも遅くないか。
あとは未婚の二人に任せて、私はこっそりとフレートゲルトの部屋を出るのだった。
これでタタララの婿探しは一段落だろうか。
この新婚旅行の目的が、ひとまず達成されたと思っていいだろう。
あとは向こうで暮らして、フレートゲルトが馴染めるかどうかだが……
そもそも王城暮らしの私が馴染めたのだから、全てを捨てる覚悟を決めているフレートゲルトが馴染めない道理がないだろう。
むしろ私より適正は高いかもしれない。
彼は騎士修行で過酷な訓練にも環境にも適応してきたのだから。
――さて。
しばらくしてタタララとフレートゲルトがやってきて、朝食が始まった。ちなみに今日の朝食は私とササンで用意した。
「レイン様」
「ん? 何かな、ジャクロン殿」
「よければ午前中、俺に付き合ってもらえませんか?」
「……ん?」
珍しい、というより、初めてのお誘いだな。
「それは……ああ、わかった」
アーレが何も言わず、カリア嬢がじっとこちらを見ていることで、察した。
例の隠し事に関わる何かが理由なのだろう。
要は、私が屋敷にいたら邪魔なのだ。
「どこへ行くんだ?」
「服を見に行きたいのです」
服か。服ねぇ。
まあ私を外出させる理由なんて、なんでもいいんだろうけどな。
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