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251.エピローグ
しおりを挟む「――やめなさい! レア! やめなさい! サジ!! サジ止まれ!!」
最近めっきり寒くなってきた。
今年も白蛇族の集落に、冬がやってきたのだ。
寒さに弱い大人たちは、まったく外に出ない日々が始まり――
「あはははは! あははははっ!」
大人は出ないのに、子供は本当に元気。
妊娠期間も短かったが、やはり成長も少しばかり早いようだ。
最近よく走るなー、と思っていたら、あっという間にそれ以上を憶えてしまった。
サジライトが狼に変身し、娘レアがその背に乗って疾走するという、恐ろしい遊びを発案してしまった。
ほんと追いつけない。ほんと速い。
落ちて怪我でもしたらどうする。
まだ一歳にもなっていないのに。
というかなんであんな危険なことをして笑っていられるんだ。大物か。大物の片鱗がすでに剥き出しか。
狼サジライトに追いつけるアーレは家にこもり切りだし、他に頼れる戦士たちもこもっているし。
いろんな意味で、今年の冬はもう大変だ。
「お、やってるな」
集落中を追いかけ回していると、たらいを持ったフレートゲルトとケイラに会った。
いいところに会えた。
「レアを捕まえるのを手伝ってくれ!」
「諦めろ。あれは追いつけない」
「フレートゲルト様が無理なら、私も力には……」
「私の娘が乗っているんだぞ! 放り出されて転んだらどうする!」
「平気なんじゃないか?」
「平気ですよ」
「くそっ!」
頼りにならない者どもだ!
「たぶん腹が減ったら勝手に家に帰るぞー」という無責任な友人の声を無視し、私は狼サジライトの尾を追い続けた。
あの新婚旅行から一ヵ月が過ぎた。
白蛇族は冬真っただ中である。
去年はそれなりに穏やかに過ごせていたが、今年は子供が色々とアレで、少々大変なことになっている。
レアがすごい。
サジライトと組み合わせると、もう手に負えないくらいすごい。
ハクはナナカナの読み聞かせが面白いようで、大人しく家に居てくれるんだが……
どちらもまだまともにしゃべれないくらい小さいのに、なんだってこんな……
そう、娘が大変なのだ。
カテナ様の尻尾を掴んで引きずり回したりビタンビタンしたり、どこでどう意気投合したのかサジライトを乗り回して邪悪なヤギを追い駆けたり、私の畑を荒らしたり、酒を盗み呑みしようとしたり、もうやりたい放題だ。
タタララ曰く、「小さい頃のアーレそっくり」だそうだ。
アーレ本人は否定しているが、恐らく本当にそっくりなのだろう。
レアはまだ一歳にもならない赤子同然なのに……ナナカナより将来が怖くなってきた。
――いや。
婆様の話では、白鱗が生えた以上私も多少はカテナ様の加護……身体的な強化が起こるそうなので、全力で子育てしようと思う。
いつまでも一歳未満の我が子に虚仮にされていてたまるか。父の威厳を見せてやる。
……その内にな。くそ。全然追いつけない。
完全に撒かれて、探しに探して見つからず、諦めて帰ったら、レアとサジライトはすでに家に帰っていて寝ていた。
脱力する。
ほんと力が抜ける。
世のお父さんお母さんは、幼児から目が離せないと言うが、まさにである。……いや、我が家庭は一般のそれよりもっとひどいと思うが。
「毎日よくやるな」
囲炉裏端でごろごろしている嫁に言われた。ちょっと腹が立つ。
「アーレの娘でもあるんだからな」
「おまえが心配しすぎなんだ。子供なんて怪我しながら大きくなるものだろう」
「サジを乗り回しているのは違うだろう! あの速度で放り出されたら死ぬぞ!」
「はっはっはっ、死なない死なない。そんなのかすり傷だ」
そんなわけあるか。
当たり所が悪くなくても死ぬだろう。
あの速度だぞ。
「……いや! やっぱり危ない! 今度はアーレが追いかけてくれ! 走り回る分には私も何も言わないが、乗り物はダメ! 乗り物は数年早い!」
「んん? ……わかったわかった。次は我が追いかけるから」
うとうとしながら気のない返事である。
……まあいい、言質は取った。
いざとなったら家から追い出してでもレアを確保してもらおう。
「あと婆様、笑いすぎだから」
今年の冬も、婆様が泊まりに来ている。
表に飛び出すレアは無理だが、それ以外では子供の面倒を見てくれるのでありがたい存在だ。
まあ、笑っているが。
「ふふふ……はははっ。近年稀に見る悪ガキじゃな。しかもまだ一歳にもなっとらんのに。恐ろしい子じゃのう」
いや本当に笑い事じゃないんだが。特にカテナ様への対応が。見掛けたら掴みに行くんだが。
「寝顔は可愛いのになぁ。くくくっ」
……うん。それは、うん。
暴れて疲れ果てたようで、レアとサジライトは寝ている。
寝顔は可愛い。
その穏やかな寝顔を見ていると、もう怒る気にもなれなくなる。
あと、ついでに白トカゲも可愛い。
トカゲも寒さに弱いらしく、この家でずっと寝ている。
ハクはナナカナに本を読んでもらっていて、二人とも特にこちらに反応はない。
家長はごろごろしてうとうとしている。
…………
まあ、問題がないとは決して言えないが。
概ね平和な家庭ではあるのだろう。
「――あ、そうだレイン」
と、アーレが何かを思い出して起き上がった。
「集落の連中に向こうの結婚式のことを話したら、興味があるみたいでな」
「結婚式?」
「あの白いスケスケだのヒラヒラだのがな、見てみたいと言っていた」
ベールとウェディングドレスか。
「あれはこちらでは準備できないと思うが」
私の礼服も、アーレの着たウェディングドレスも、借り物だったから。
こちらに帰る前に全部置いてきた。
「それはいいんだ。ただ、もし結婚式のことを聞く女がいたら、できるだけ教えてやってくれ。来年の番の儀式では、少しばかり着飾る女たちが増えるかもしれん」
……なるほど。
「美しく飾りたい女性が多いんだな」
「ああ」
女性の美への意識と興味は、どこであろうと高いのだ。
蛮族の地であっても例外はない。
「確かにあの時のアーレは美しかったしな」
「ん? ……そ、そう? 二人きりになる?」
「まだちょっと早いかな」
さて。
夕食の前で激しい追いかけっこをして疲れたが、そろそろ夕食の準備でもするか。
レアもしばらくは寝ているだろうし、今日はもう大丈夫だろう。
日が暮れ、星が瞬く。
寒さが増していく。
今日も私の家まで夜這いに来たアーレを、強く抱き締める。
――明日もまた、特別な、特別じゃない日でありますように。
そう祈りながら、私も眠りに着いた。
完
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