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02.孤高の華と呼ばれる何か
しおりを挟む「腕だけで振るな! 腰を入れろ!」
アイスの檄が飛び、並んで剣や槍を振るう男たちの闘志に薪をくべる。
今日は、二週に一度ある騎士・兵士の訓練に付き合う日である。
城の中庭には百人を越える騎士や兵士が集い、訓練に汗を流している。
アイスたち戦乙女は、神に選ばれ人知を超えた力を授かったが、あくまでもそれは力のみの話。
どんなに与えられた武器が強かろうと、使いこなせなければ意味がない。
それを振るうだけの実力と胆力、そして諸々を律する精神力を磨かねば、宝の持ち腐れでしかない。
戦乙女として活躍している女たちは、たとえ力がなくとも強いのだ。
特にアイスは、騎士たちの訓練を教える立場に立てるほどには、強かった。
最近は色ボケで情緒が不安定になりがちだが、元々は下級騎士の出である。
幼少から戦う訓練はみっちり積んできたし、戦乙女に選ばれてからも日々の鍛錬は怠っていない。
戦闘に関わっている時のアイスは、とても凛々しい。情緒が安定している。
実際は、世界中の恋人たちに怨嗟の念を抱いていたり、「誰々が結婚した」と聞いた瞬間ノータイムで「死ね」と反射的に言い切ったりするほどアレだが、そんな素振りは微塵も見せない。本当に同一人物か疑わしいほど見せない。
光が当たると雪のように白く見える淡く色づいた金髪はまっすぐに長く、動きに合わせてさらさらと揺れる。
陽に焼けるどころか、陽に当たったことがないんじゃないかと思うほど色素の薄い白い肌。
そして、唯一強い色を放つ、氷のような冷たい青の瞳は切れ長で鋭い。
軽鎧をまとっているのでスタイルははっきりしないが、はっきりしているのは長身で標準的な体型であること。
氷の乙女アイス。
氷の化身、雪の妖精、玉雹武人などと様々な名で呼ばれ、歴代の戦乙女の中でも一、二を争うほどの人気を得ている。
見目麗しき氷の乙女が目の前にいて、目を合わせて共に訓練している。
本人はまったく気づいていないが、百を越える人数で合同訓練をしている中、アイスに気を取られている騎士や兵士は、決して少なくなかった。
少なくないどころか、その姿を遠くから見ている文官や婦女子にも、彼女に見蕩れている者がいるくらいである。
そう、気づいていないのは、アイス本人くらいである。
走り込みや素振りといった基本的なことから入り、兵士はグループに分けての模擬的な小規模戦闘の訓練をし、騎士は馬を使っての編隊行動を磨く。
さすがに中庭では狭いので、騎士は城から離れた訓練場でやることになる。牧舎もそこにあるのだ。
アイスは一週ごとに参加する訓練を変えることにしており、今週は騎士側に付いてきた。
見事に馬を駆り、お目付け役をこなして、今日も滞りなく訓練は終了した。
「アイス殿。本日も良い訓練だった」
「こちらこそいい汗を流せた。ありがとう」
五十を過ぎたばかりの騎士団長に挨拶を返し、アイスは愛馬から降りた。ちなみに団長は既婚者である。既婚者はアイスの眼中には入らない。
白い毛並みの美しい馬である。
ねぎらうように首を撫で、普段馬たちの世話をしている初老の男に引き渡す。ちなみに彼も妻帯者である。アイスは人のものになった男に興味はない。
「アイス殿。昼食を一緒にいかがか?」
同じく馬から下りた団長が、昼食の誘いを掛けてきた。専属メイドと同じく、彼とも知り合って長い。食事に付き合ったことも何度かあるし、そこそこ個人的なことも話せたりする。
結局のところ、アイスもそうだが、彼にとってもアイスは「そういう対象」としては見ていないのだろう。
「ああ、行こう」
午後の予定はない。
断る理由も特にないので、一緒に行くことにする。
いつも通り、まず彼の屋敷で風呂を借りて、それから屋敷で食べるか外で食べるか。よくある流れである。
帰りに菓子でも買ってメイドと一緒にお茶でもしようかな、と思案していると、
「アイス殿!」
若い男の呼び声に、思考が停止してすばやく振り返った。――氷の乙女アイス二十四歳、たったこれだけでときめきを感じられる潤いを渇望する乾いた女である。
そこには、一人の男が立っていた。
鎧を着ているので、今しがたまで一緒に訓練していた騎士の一人である。
歳は二十歳くらいだろうか。
鮮やかな金髪を伸ばし一つに結わえ、緑の瞳を持つ、キザな雰囲気の優男である。貴族特有の美形に少々鼻につく上から目線の笑みが、彼の正体を物語っている。
恐らく、どこぞの名門貴族の子息。
見たことがないので、最近騎士団に入ったのだろう。
裏で権力が動いたのか、それとも金が動いたのかはわからないが、少なくともアイスは訓練中に気に留めることもなかった。
なので、ひどく実力が劣っているということはないと推測できる。案外実力で入隊したのかもしれない。
「何用だ」
恋愛初心者アイスが、無表情のまま凍りついてドキドキしている横で、騎士団長が対応する。
周りの騎士たちも何事かと見ているが、口出しはしてこない。
「私は新参者なので、この身で噂の戦乙女の実力を知りたいのですよ」
切り替わった。
恋愛初心者アイスは、その言葉を聞いて、武人としてのアイスに意識が移る。
こちらのアイスは異性も何もなくなる。
目の前の何者かが、果たして敵なのか味方なのかしか、頭になくなる。戦場で迷わないように選択肢を限りなく減らしているのだ。大事なのは敵か味方か、それだけだ。
「私は――」
「名前は結構だ」
若い騎士の言葉を遮り、アイスは毅然と言い放った。
「そなたのような手合いは少なくないからな。名を憶えるのは、憶える価値がある相手のみと決めている」
そして、そんな相手はほとんどいなかった。
戦乙女としての力を使わなくても、苦戦したのは数回しかない。
「手合わせなら構わない。ただし」
氷のような瞳でひたと見据える戦乙女に、若い騎士が少しだけたじろいだ。
「訓練時ほど優しくないが、構わないな?」
「え、……ええ、もちろん」
若い騎士は、この時点で、少しだけ後悔している。
勝てる相手ではないと、はっきり察したからだ。
しかし自ら申し込んだ以上、引き下がることはできない。
「アイス殿、一つ良いでしょうか」
「なんだ」
「もし私が勝ったら、食事をご一緒していただきたい」
――何!?
アイスの胸は、飛び上がらんばかりに脈打った。
だが残念なことに、傍目には少々眉を寄せるという「軽薄な発言に対する不快感」に見えていたりする。
悲しいことに、こういう些細な諸々が、己の恋愛をどんどん遠ざけていることにアイスは気づいていないのだ。
「そなた、名は?」
「え? さっき……」
「いやなんでも。ない。なんでも。食事、か……まあ、別に、構わないが」
少々挙動不審になっているアイスは、内心こう思っていた。
――やだ何どうしようこれどうしよう急にやだなんなの負けるか負けとくか恋愛に勝ち負けなんてないというし負けとくかよーし負けよう! もういい私は愛に生きる!
食事に誘われただけですでに告白でもされたのかってくらい動揺しながら、練習用の木剣を渡され。
…………
「ま、参りました……」
「…………」
瞬殺だった。
挑んできた若い騎士が弱かったのではなく、アイスが強いだけである。
ほぼほぼ反射的に動いた身体が、負けようとしていた意志に関係なく、勝ってしまったのだった。
いや。
内心、ちゃんとわかっている。
一応は「戦乙女」と呼ばれる神に選ばれた存在として、簡単に負けるわけにはいかないのだ。
たとえ模擬戦であろうと、実戦であろうと。
戦乙女は、平和を守る者。
その象徴として多くの民に見られている以上、簡単にその期待を裏切ることはできないのである。
こればっかりはアイス個人の了見に留まらない。
他の戦乙女にも影響するので、本当に、本当に本当に、仕方ないことなのであった。あとアイスを選んだ神の顔に泥を塗ることにもなるし、歴代の氷の戦乙女にも顔向けできない。
――……デート……したかった……!
たとえ、本人が本気で負けたかったと願っていたとしても。
もう少し彼の腕が立てば、多少苦戦した体をかもしつつわざとらしくなく負けられたのに、などと思いながら。
断腸の想いで、若い男の誘いを断るのだった。
「団長殿。先に約束した昼食の件だが、悪いが無しにして欲しい。今日はこのまま帰らせてもらう」
貴重な出会いのチャンスを、自ら潰さねばならないという苦痛。
刃物が入った恋文を握りつぶしたかのように、心に負った傷を癒すため、今すぐにでもプライベート空間に逃げ込み専属メイドに泣きつき愚痴りたい。
一刻も早く。
一秒でも早く。
じゃないとこの場で泣きくずれてしまいそうだ。
「すまん。部下の教育不足だった」
無遠慮な立ち合いの申し込みに気分を害した、と解釈した団長は、表面上は平然としているアイスの背中を見送った。
「――おまえ何やってんだよ!」
「――新入りこら! おい新入りこらぁ!」
アイスが去った後、瞬殺された騎士は仲間に怒られ小突きまくられた。
「――言っただろうが! あの人は孤高の存在で、俺らみたいな俗世から掛け離れた存在なんだよ!」
「――法則は話したよな!? 俺らが話しかけるとアイス様はすぐ去るんだ! まともに会話できるのは団長くらいなんだよ!」
「――てゆーかやっぱ会話したことがすでにムカつく!」
実際のところを知らない者には、なんともひどい誤解が生まれていた。
「おい」
瞬殺のショックで、返す言葉もなく落ち込んでいる若い騎士に、団長は言った。
「あの方は、少々男に対して人見知りする。だからあまり気にするな。だがちゃんと憶えておけよ」
――誰も触れられない、それこそ神しか触れられない高嶺の花。
様々な誤解を経た末、それが戦乙女アイスを語る風聞の一つとなっているのだった。
実際は、高嶺の花どころか、わりとちょろい何かでしかないのだが。
試合など申し込まず、ただ普通に昼食に誘えば乗ってくるほどなのだが。
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