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06.とにかく苦みばしった味であること
しおりを挟む「これは美味しいですね」
「フッ……まるで私を捨てた男への思い出のようなほろ苦さだ」
「捨てたとか以前の段階でしょ。お付き合いどころか文通さえしてないのに」
「心の中では何十人もの男と恋愛しているが?」
「なんでそんな悲しいこと言うんですか? 哀れんでほしいんですか? それとも現実と妄想の区別が付かなくなりましたか?」
「……」
「妄想と現実を一緒にするのはどうかと思いますけどね」
「ただの冗談なのに辛辣すぎやしないか?」
「最近は冗談になってないんですよ。特に、私以外への言動には気をつけてくださいね。言われた方も困るんですから」
昼を過ぎ、しばし。
細々とした雑事を片付けた後の、午後のティータイムである。
大きな日傘を差した外のテーブルには、氷の乙女アイスと専属メイド・イリオが座っていた。
今日は快晴で、さすがに直射日光の下ではきつい。
最近はいつも朝だけ利用し、日差しが強くなる昼にはあまり使わないが、今日は特別だ。
この時間は、お菓子が手に入った時だけに訪れる、アイスにとってもイリオにとっても休憩の時となる。
先日、チョコレートという異国のお菓子を入手したので、この時間に封を切られたのだ。黒い粒が皿に盛られている。
この時々訪れるお茶の時間を過ごす時は、わざわざ準備をして、外のテーブルを使うのだ。
まあはっきり言えば、気分の問題である。
「ミルクティーと合いますね」
「そうだな」
やや苦味のある甘さが口に残り、それを飲み物で洗い流すのがなんとも美味しい。茶の味も菓子の味も引き立てあうどころか、混ざり合って独特の味も感じられる。
「ところで、先日の金属のようなスライムの話ですが。もしや苦戦した方でしたか?」
「うむ……」
アイスの顔が、少しだけ引き締まる。
「能力で力押し、という勝ち方はあまり良くないのだがな。しかし他の攻略法が思いつかなかった」
戦乙女には、この世界に「人の手に負えない魔物」が現れた時、それを知覚する能力が備わっている。
言い方を変えると、一定基準より強い魔物を察知することができる。
神の啓示、というよりは、感覚でわかるようになると言った方が正確だろう。
似たような現象で、他の戦乙女の居場所や、新たに誕生した戦乙女も感じることができる。
そして、感覚でわかるからこそ、光速移動魔法で魔物の近くに移動することができる。つまり現場に急行することができる。
それ以外の使い方としては、一度現地に行っていないと、その場所に直接移動することはできない。
非常に便利な神術だが、やはり制限はあるのだ。
前日の金属スライムは、「人の手に負えない魔物」として察知し、アイスを含む戦乙女たちが現場に集まった。
ちなみに戦乙女の出動は、完全に個々の任意である。
用事のある者、行きたくない者は、出張る必要はない。
必ず女性、それも少女が戦乙女として選ばれる以上、どうしても荒事が苦手という者も存在する。
嫌がる者に戦うことを強制することはしない、と、昔の戦乙女が決め、その規則が今も守られているのだ。
魔物退治は神に課せられた課題かもしれないが、それでもこなすことは義務ではない。
だから、毎回出動する顔ぶれや人数に、変化が生まれるのだ。
出動率が高いのは、「氷の乙女アイス」と「鉄の乙女テンシン」の二人だ。
戦乙女歴が長い戦闘のベテラン、個人的な戦闘力の高さと、両方を兼ねた二人はリーダー格である。
戦乙女が察知する魔物は、強い。
一人で戦うのは無謀だと言えるほど、強い。
そして逆に言うと、能力の高さから、アイスとテンシンの二人が出動していれば魔物のほとんどを倒すことができる、と言われてもいる。
ゆえに、逆説的にアイスとテンシン以外の戦乙女が活躍した場合、それは「苦戦」ということになる。
ちなみに、アイスとテンシンとは違う理由で出動率が高いのが、緑の乙女ロゼットである。
事情があり、逆に彼女だけは出動が義務に近くなってしまっている。
「見ている限りでは、打つ手がかなり限られているように思いましたが」
「そうか。見ていたのだな」
「はい。たまたま時間が合ったので。本当にアイス様は大人気ですよ」
「人気があっても結婚相手がいないではないか。私の未来の旦那様はどこにいるのだ」
「それよりロゼット様は大変ですね」
「……それよりって言われた……」
ロゼット出動の義務化は、ここにある。
彼女は、元はただの冒険者だったが、出生は一応貴族になるとアイスは聞いている。
しかし家は貧乏、教育もそこそこしか受けられず、しかも五人兄弟の末っ子だったので、特に反対されることもなく家を出た。
生まれ持った魔法の才能を活かして、冒険者として動き出したのだとか。
その矢先に、戦乙女に選ばれた。
あまりにも神の力が強すぎたおかげで、力を使いながら冒険者なんて続けたらすぐにバレると判断して、即冒険者を引退。
その後の消息は断っている。
否、正体が割れないよう立ち回っている。
実は緑の乙女は、「映像転写」という神術が使える。
離れた場所に設置した「転写装置」に映像を送り、離れた不特定の誰かに眼前の光景を見せることができるのだ。
いつかの新聞に載っていた絵も、彼女の「映像転写」を見て、書き起こされた記事であった。
イリオが「見ていた」という、先日の金属スライムもそれである。
ちなみに音声は通じない。
映像を写す「転写装置」は、昔の戦乙女が各国々に設置したそうだ。そして歴代の緑の乙女が「映像転写」の神術を使うことで、空に大きく映し出される。
戦乙女になってからはアイスは見る機会がなくなったが、現場にいないイリオのように、誰であろうと分け隔てなく見ることができるのだ。
しかしそんなアイスも、戦乙女に選ばれる前には、何度も見ている。
歴代の戦乙女たちが、傷だらけになりながら戦っていた勇姿を、何度も何度も見ている。
そして、これから神に選ばれるかもしれない子供たちは、彼女たちに憧れるのである。
小さい頃のアイスも、多少憧れの気持ちもあった。
先代、先々代、その前も、前の前も、ずっと、歴代の緑の乙女は「映像転写」の仕事を引き継ぎ、こなしてきた。
だから、出動が半ば義務化しているのだ。
戦乙女たちが有名なのも、平和の象徴として見られているのも、戦う姿を「実際に皆が見ている」からである。
ほとんどの者が、映像で見る戦乙女たちの凛々しさだけしか、知らない。
凍てつく視線に雪の肌。
まるで冬そのもののような穢れ無き美貌。
それこそ神の化身なのではないかと言われることもある。
戦乙女の中でも随一の戦闘力と、その見目の麗しさから、絶大な人気を誇る氷の乙女アイス。
――そんな彼女が、まさか結婚願望を剥き出しにして恋愛したがっているとは、誰も思っていない。
――というか、多くの者が、そういう俗な何かに囚われる存在であってほしくないと思っている。
アイスの実体を知っていて、かつ一般人の気持ちもわかるイリオからすれば、できれば色々と両立して欲しいとは思うのだが。
最近のアイスは、色々と危ういので、心配で仕方なかったりする。
「私にとっても、アイス様が普通に結婚して引退してくれるのは、理想なんですけどね」
そう、理想を言うなら、残念な実体を世間に知られることなく、人気絶頂の今引退してほしいとは、思わなくもない。
世代交代は、必ず行わなければならないのだ。
遅かれ早かれ戦乙女は引退する。それは間違いなく。
ただ、難しい話であることも、間違いない。
「でも、もしアイス様がいなくなったら」
「イリオ」
アイスの声が、イリオの発言を遮った。
どこまでも冷たい蒼の目を見た瞬間、イリオの心臓が高鳴った。
いや、凍りついたのかもしれない。
久しぶりに見る、アイスの本気の視線に。
十年近くなる長い付き合いのイリオは、この目で見られたことは数える程しかない。そしてその「数えるほど」は、たしなめられる時が多かった。
久しく忘れていた、主人への強い敬意が、イリオから声を奪っていた。
何を言い出すのかわからない。
だが、何を言い出そうと、それは確実にイリオの胸に突き刺さる言葉なのだろう。
「椅子の背に虫が付いてるぞ。もうすぐそなたの身体に移る」
「…………」
「さっきからずっと気になっていたのだ。全然気づかないから。そんなにチョコレートに夢中だったか?」
「…………」
…………
「アイス様」
と、イリオは自分の背もたれでのたうつ虫――イモ虫的なそれを手に取り、
「虫パス!」
鋭く主人に投げ放った。
「――うわちょおいっあっつっ!」
慌てて立ち上がって虫を回避したアイスは、手に持っていたカップから跳ねたミルクティーでズボンを濡らした。
「おい何をする。おもらししたみたいになったではないか」
しかも濡らした場所が場所なだけに、完全に言い訳できない粗相があったかのような濡れっぷりである。
「漏らしたんですか? 結婚できない上にお漏らしとか勘弁してくださいよ」
イリオの目は、それこそさっきのアイスのように、冷ややかだ。
「…………すいません。何か怒らせたか?」
怒ってはいないが。
ひどくがっかりして、やはり不安なだけである。
「何を驚いているんですか。虫くらい平気でしょ?」
これまでの出動で、虫型の魔物もいた。アイスが平然と相手をしていたのをイリオは知っている。
「虫を嫌って騒いでいたキャラメリゼが可愛かったのを思い出してな。ほら、怖がる方が可愛い女の子っぽいだろう?」
…………
「きゃ。虫よ。こわーい」
…………
ひどくむなしい沈黙の後、イリオは言った。
「二十四歳で可愛い女の子はちょっとキツイものが」
「やめろ。本格的に泣いてしまうぞ」
最近のアイスは、やはりどこか情緒がアレなのだろう。本当に。
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