27 / 53
26.与り知らぬ裏舞台の攻防 2 後編
しおりを挟む「――質問をよろしいですか?」
第二王女ロマシュの絶対に受け入れてはいけない発言を全員で曖昧に処理し、「では解散とするか」と報告会が終わりかけた時。
号令を発する国王に、イリオは言った。
「う、うむ……まだ何かあるのか?」
最近このメイドには冷たく当たられる――ともすれば王妃の白眼にも似た異様な迫力に、国王クグロフは少々腰が引けていた。
そんな国王の心を知ってか知らずか、イリオは遠慮なく発現する。
「先日の新聞社からのアンケートに関してです。どういうおつもりなのか聞いておきたいのですが」
「新聞社?」
イリオは手短に説明し、改めて「アンケートの最後の記述をアイスまで通した意図は?」と、聞きなおす。
「それは私から答えよう」
手紙や届け物の閲覧に大きく関わっているのは、事務官長である。
「と言っても、答えようがないのだが。私はただ、いつも通り届いたアンケートの申し込み書を引き渡したのみ。内容も問題ないと判断したつもりだが」
「何か問題でも?」と、事務官長は何一つ落ち度はないという態度である。
つまり――そういうことか。
「裏はなかったんですね」
イリオはてっきり、国の意識が変わった証拠だと思った、あのアンケート。
恋人探しの茶話会の記述。
てっきりアイスに参加を促すものかと思ったが。
しかし実際は、後から考えた推測で間違いなかったようだ。
俗な庶民のイベントに、アイスが参加するわけがない。
頭からそう思っているお偉方と、自分の人気や立場を低く見ているアイスと。
恋人探しの茶話会などにアイスが参加したいと思うわけがない、と。
お偉方はそう鷹をくくっていた。だから通したのだ。
――いや、むしろ、アイスの方が間違っている度合いは高いだろう。
何せアイスも一応貴族の身分がある、下級騎士である。そんなイベントに出てはいけない。
せめて参加者が貴族のみという縛りでもあれば、また話は違うとは思うが……
「まさかそうなのかね?」
事務官長は、多くを語る前に、イリオの質問の意味を悟った。
「私も少しは考えたが、まさかそのようなものに興味を抱くとは思わなかったのだが。いや、それ以前に、参加は無理だろう。貴族だぞ」
まさにその通りである。
参加したいと思うアイスが間違っている。
そもそも、国で知らない者はいないほどの人気者である氷の乙女が、恋人探しの茶話会などに参加したら、大変なことになる。
絶対に恋人探しどころではなくなる。
参加者が殺到し、野次馬も殺到し、もはや茶話会という体が保てなくなる。
もしかしたら他国の介入さえあるかもしれない。
庶民主催の小さな集まりに、いくつもの国を巻き込んだ巨大な陰謀がスケールを無視して渦巻きかねない。
「何の話だろう?」
第一王子クロカンが、年寄りどもの間でだけ通じている話に興味を持ったようだ。
いや、興味だけなら、第二王子エスカリダも第二王女ロマシュも同じだ。
口は出さないが顔は真剣味を帯びている。
三人とも、氷の乙女アイスに並ならぬ気持ちを抱いているのだ。興味がないわけがない。
「些細なことですが」
一応国王の顔を伺ってから、事務官長は先日のアンケートの話をした。
最後の記述にあった「恋人を探している者たちを集めた茶話会をどう思うか」という問題の部分を。
「それがなんの問題……あ、そういうことか」
聡いクロカン王子とエスカリダ王子は気づいたようだ。
「どういう意味?」
ロマシュは気づいていない。
「アイス様がその茶話会に参加するって話? ならば私も参加せざるを得ませんわね」
気づいてはいないが、的は大きくはずしていない。
またロマシュの発言で微妙な空気が漂い始めた、その時だった。
「……兄上」
エスカリダ王子が、低い声で隣の兄を呼んだ。
「俺たちはフラれた。それは間違いない事実だ」
「う……そ、そうだな」
まだ失恋の傷が癒えていないのだろうクロカン王子は、痛そうな顔で頷く。なぜかロマシュがニヤニヤしながら兄たちを見ている。殴りたい。
「こうなった以上、俺たちができることは、もう決まってるよな?」
「決まってる……? なんのことだ?」
エスカリダは殺気さえ感じさせるほどの精悍な面持ちで、堂々言い放った。
「惚れた女の幸せを願うことだろ!」
覇気に満ちた声に、全員が驚いた。
「俺たちには幸せにできない! ならば! 俺たちに代わってアイス殿を幸せにしてくれる男を探す!」
己を射抜く強い目に、クロカン王子は……戸惑いから、徐々に表情を変えていった。
「……そうだな」
いつもの「優しい王子様」ではなく、「ただの男の顔」に。
「フラれたところで、まだまだ好きな女には違いない。だったら私たちにできる最後のことを、最高の形で成し遂げる。
直接は無理だが、間接的に、彼女を幸せにする」
「ああ。見つけるぞ、アイス殿の結婚相手を。非の打ち所のない、こいつになら任せてもいいという男を」
王子同士が、睨み合うように視線を交わす中。
しばしの沈黙を経て、参謀が椅子を蹴って立ち上がった。
「お、お待ちください! まだ期ではない!」
「私も同意見だ」
参謀に続いて事務官長も、反対の意を述べる。
二対二。
若い顔と年寄りが対立する形を成し。
「な、な、なるほど! つまり私と結婚すればいいという話ね!? 賛成だわ!」
ロマシュは無視し。
自然と、この場でもっとも権力のある男――国王クグロフに視線が集まる。
「…………」
国王は露骨に耳を塞ぎ、目を伏せ、何も見聞きしていなかった。
「…………」
「…………」
…………
…………
「…………あ、終わったか?」
視線に気づいたのか、遠くに聞こえていた声がなくなったことに安堵したのか、国王は目と耳を開放した。
イリオは知っている。
基本的に、状況を見守ることしかできない立場なので、それはもうよく見ていた。
――エスカリダ王子が叫んだ時。
「惚れた女の幸せを願うことだろ!」と叫んだ時。
あまりにも耳に痛かったのだろう国王は、その時点から、外界を遮断していた。
だから、たぶん王子たちの決意も年寄りたちの意見も。
対立の形も、わかっていない。
「では今日は解散にしよう。解散だ」
「待て国王」
「待たん!」
そそくさと逃げようとした国王は、歳を感じさせない覇気みなぎる顔で、堂々と言い放った。
「わしは王だぞ!! ちょっとくらい女好きでもいいだろうが!!」
奇しくも、その雄雄しい姿は、吼えたエスカリダによく似ていた。
本当に、奇しくも。
言っていることは真逆なのに。
0
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
相続した畑で拾ったエルフがいつの間にか嫁になっていた件 ~魔法で快適!田舎で農業スローライフ~
ちくでん
ファンタジー
山科啓介28歳。祖父の畑を相続した彼は、脱サラして農業者になるためにとある田舎町にやってきた。
休耕地を畑に戻そうとして草刈りをしていたところで発見したのは、倒れた美少女エルフ。
啓介はそのエルフを家に連れ帰ったのだった。
異世界からこちらの世界に迷い込んだエルフの魔法使いと初心者農業者の主人公は、畑をおこして田舎に馴染んでいく。
これは生活を共にする二人が、やがて好き合うことになり、付き合ったり結婚したり作物を育てたり、日々を生活していくお話です。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる