戦乙女は結婚したい

南野海風

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26.与り知らぬ裏舞台の攻防 2  後編

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「――質問をよろしいですか?」

 第二王女ロマシュの絶対に受け入れてはいけない発言を全員で曖昧に処理し、「では解散とするか」と報告会が終わりかけた時。

 号令を発する国王に、イリオは言った。

「う、うむ……まだ何かあるのか?」

 最近このメイドには冷たく当たられる――ともすれば王妃の白眼にも似た異様な迫力に、国王クグロフは少々腰が引けていた。

 そんな国王の心を知ってか知らずか、イリオは遠慮なく発現する。

「先日の新聞社からのアンケートに関してです。どういうおつもりなのか聞いておきたいのですが」

「新聞社?」

 イリオは手短に説明し、改めて「アンケートの最後の記述をアイスまで通した意図は?」と、聞きなおす。

「それは私から答えよう」

 手紙や届け物の閲覧に大きく関わっているのは、事務官長である。

「と言っても、答えようがないのだが。私はただ、いつも通り届いたアンケートの申し込み書を引き渡したのみ。内容も問題ないと判断したつもりだが」

 「何か問題でも?」と、事務官長は何一つ落ち度はないという態度である。

 つまり――そういうことか。

「裏はなかったんですね」

 イリオはてっきり、国の意識が変わった証拠だと思った、あのアンケート。

 恋人探しの茶話会の記述。
 てっきりアイスに参加を促すものかと思ったが。

 しかし実際は、後から考えた推測で間違いなかったようだ。

 俗な庶民のイベントに、アイスが参加するわけがない。
 頭からそう思っているお偉方と、自分の人気や立場を低く見ているアイスと。

 恋人探しの茶話会などにアイスが参加したいと思うわけがない、と。
 お偉方はそう鷹をくくっていた。だから通したのだ。

 ――いや、むしろ、アイスの方が間違っている度合いは高いだろう。

 何せアイスも一応貴族の身分がある、下級騎士である。そんなイベントに出てはいけない。
 せめて参加者が貴族のみという縛りでもあれば、また話は違うとは思うが……

「まさかそうなのかね?」

 事務官長は、多くを語る前に、イリオの質問の意味を悟った。

「私も少しは考えたが、まさかそのようなものに興味を抱くとは思わなかったのだが。いや、それ以前に、参加は無理だろう。貴族だぞ」

 まさにその通りである。
 参加したいと思うアイスが間違っている。

 そもそも、国で知らない者はいないほどの人気者である氷の乙女が、恋人探しの茶話会などに参加したら、大変なことになる。
 絶対に恋人探しどころではなくなる。
 参加者が殺到し、野次馬も殺到し、もはや茶話会という体が保てなくなる。

 もしかしたら他国の介入さえあるかもしれない。
 庶民主催の小さな集まりに、いくつもの国を巻き込んだ巨大な陰謀がスケールを無視して渦巻きかねない。




「何の話だろう?」

 第一王子クロカンが、年寄りどもの間でだけ通じている話に興味を持ったようだ。

 いや、興味だけなら、第二王子エスカリダも第二王女ロマシュも同じだ。
 口は出さないが顔は真剣味を帯びている。

 三人とも、氷の乙女アイスに並ならぬ気持ちを抱いているのだ。興味がないわけがない。

「些細なことですが」

 一応国王の顔を伺ってから、事務官長は先日のアンケートの話をした。
 最後の記述にあった「恋人を探している者たちを集めた茶話会をどう思うか」という問題の部分を。

「それがなんの問題……あ、そういうことか」

 聡いクロカン王子とエスカリダ王子は気づいたようだ。

「どういう意味?」

 ロマシュは気づいていない。

「アイス様がその茶話会に参加するって話? ならば私も参加せざるを得ませんわね」

 気づいてはいないが、的は大きくはずしていない。

 またロマシュの発言で微妙な空気が漂い始めた、その時だった。

「……兄上」

 エスカリダ王子が、低い声で隣の兄を呼んだ。

「俺たちはフラれた。それは間違いない事実だ」

「う……そ、そうだな」

 まだ失恋の傷が癒えていないのだろうクロカン王子は、痛そうな顔で頷く。なぜかロマシュがニヤニヤしながら兄たちを見ている。殴りたい。

「こうなった以上、俺たちができることは、もう決まってるよな?」

「決まってる……? なんのことだ?」

 エスカリダは殺気さえ感じさせるほどの精悍な面持ちで、堂々言い放った。




「惚れた女の幸せを願うことだろ!」

 


 覇気に満ちた声に、全員が驚いた。

「俺たちには幸せにできない! ならば! 俺たちに代わってアイス殿を幸せにしてくれる男を探す!」

 己を射抜く強い目に、クロカン王子は……戸惑いから、徐々に表情を変えていった。

「……そうだな」

 いつもの「優しい王子様」ではなく、「ただの男の顔」に。

「フラれたところで、まだまだ好きな女には違いない。だったら私たちにできる最後のことを、最高の形で成し遂げる。
 直接は無理だが、間接的に、彼女を幸せにする」

「ああ。見つけるぞ、アイス殿の結婚相手を。非の打ち所のない、こいつになら任せてもいいという男を」

 王子同士が、睨み合うように視線を交わす中。

 しばしの沈黙を経て、参謀が椅子を蹴って立ち上がった。

「お、お待ちください! まだ期ではない!」

「私も同意見だ」

 参謀に続いて事務官長も、反対の意を述べる。

 二対二。
 若い顔と年寄りが対立する形を成し。

「な、な、なるほど! つまり私と結婚すればいいという話ね!? 賛成だわ!」

 ロマシュは無視し。 

 自然と、この場でもっとも権力のある男――国王クグロフに視線が集まる。




「…………」

 国王は露骨に耳を塞ぎ、目を伏せ、何も見聞きしていなかった。




「…………」

「…………」

 …………

 …………

「…………あ、終わったか?」

 視線に気づいたのか、遠くに聞こえていた声がなくなったことに安堵したのか、国王ジジイは目と耳を開放した。

 イリオは知っている。
 基本的に、状況を見守ることしかできない立場なので、それはもうよく見ていた。

 ――エスカリダ王子が叫んだ時。

 「惚れた女の幸せを願うことだろ!」と叫んだ時。

 あまりにも耳に痛かったのだろう国王は、その時点から、外界を遮断していた。

 だから、たぶん王子たちの決意も年寄りたちの意見も。
 対立の形も、わかっていない。

「では今日は解散にしよう。解散だ」

「待て国王おやじ

「待たん!」

 そそくさと逃げようとした国王は、歳を感じさせない覇気みなぎる顔で、堂々と言い放った。

「わしは王だぞ!! ちょっとくらい女好きでもいいだろうが!!」

 奇しくも、その雄雄しい姿は、吼えたエスカリダによく似ていた。

 本当に、奇しくも。

 言っていることは真逆なのに。





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