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――.氷の乙女として
しおりを挟む地響きが聞こえる。
否、実際に地面が揺れているのだ。
「来なくてよかったのに」
緑の乙女の言葉に、首を振る。
「何を言う。そなたらだけでは手が足りないだろう」
よく聞く類のスタンピードである。
一頭一頭は弱い魔物・黒褐色羊が、恐慌状態に陥った時に起こる集団的逃走劇。
いつもなら小規模で終わる逃走が、時折こうなる。
とある群れの逃走にほかの群れが合流し、結果として大多数の集団となってしまう現象。
数が多くなればなるほど、進行方向を転換することも、その逃走自体を終わらせることもできなくなる。
今回の戦乙女の出動は、そういう群れの対処であった。
「運が悪いですね。よもや今日、この時間に、呼び出しが掛かるなんて」
鉄の乙女の言葉に、大胆に開いた肩を回しながら答える。
「逆だろう。まだ私が戦乙女である間で良かったのだ」
黒褐色羊の数は、千を超えている。
ここまで大きな数となると、大抵のことは焼け石に水となってしまう。
このままでは、あらゆる物を巻き込み、破壊し、踏み越えて、命が続くまで走り続けるだろう。
進行方向に森があれば木々を倒し、街があれば家を潰し、走り続ける。
ある程度まで減れば散り散りになって自然消滅するが、そもそも「戦う気がない集団」である。
気を引くだの足止めするだのの手段も使えず、対処が非常に難しい。
何より策を練る時間もない。
もうじき、地を踏み鳴らす黒褐色羊の群れが、ここを通るのだ。
「でも、今日は特別ですから」
「めでたい日……なのに……」
「そうだね。今日じゃなくてもよかったのにね」
槍の乙女、葉の乙女、鎧の乙女の言葉に、苦笑する。
「私は私らしいと思うがな。結局私は、戦うことしか能がないからな」
対策としては、ここで半数以上を討ち、数を減らして自然消滅させる。
そのためには個の力より、討つ者の数が必要である。
「早く終わらせましょう」
「うん。まだ式の途中だけど、急げば再開できるでしょ」
剣の乙女、焔の乙女の言葉に、一つ頷く。
「最期まで付き合ってくれよ。高い酒もあるからな」
先頭集団が、見えてきた。
「貴女と戦場に立てるのは、これが最後になるのか。久しぶりに本気を出しちゃおうかな?」
黒の乙女の言葉に、笑う。
「去り行く者への土産か? 有難く受け取ろう」
それぞれが得物を取り出し、構えた。
「向こうの木陰にワラビモチが潜んでいる。横っ腹から横断するように攻めるから、内部分断は彼女に任せる。
私たちは、とにかく一頭でも多くここを通さないように尽力する。いいな?」
恐らく最後となるだろう戦闘指揮を取り、そして、邂逅する。
白いドレス姿で舞う花嫁は、繊細で、力強く、誰よりも美しかった。
世界中の人が、彼女の最後の戦いを、声を上げて、涙を流して、祝福するように応援していた。
そして、花婿も。
元々出世欲もないし、実家に居場所もないので、最後の望みとして彼女との時間を作った。
自分なんて、彼女にとっては数いる男の中の一人だと思っていたから、極力迷惑を掛けないようにしたつもりだ。
結婚を申し込まれたのは、気ままに旅をして定住先を探そうと思っていた矢先のことだった。
合計五回はお断りした結婚の申し込みに、ついに負けて、受け入れてしまった。
家の事情、彼女の事情、身分、その他諸々を考慮すれば、絶対にできるものではないと思っていた。
だが、五回目の申し込みに、ついに理性が負けた。
どれだけ無理であることを説明し、言い渡しても諦めなかった彼女に、根負けした形になる。
――もっとも、気持ちの上では、返事など決まっていたが。
本格的に彼女に惚れ込んだのは、春の手合わせ以降である。
元々知っている有名人だったが、実際に言葉と剣を交わしてからは、彼女のことを考える時間が圧倒的に増えていた。
結局あの時、剣で負けるのと同時に、心も奪われていたのだ。
「――泣かせたら殺しますからね?」
城を去る際に、国王に頼んで餞別として貰った専属メイドは、すでに何十回目となる警告を花婿に発する。もはや口癖のようである。
「――ああ」
だが、花婿はその言葉に一度も躊躇ったことはない。
メイドの発言は、かなり本気であることも薄々わかっていながら、それでも。
十の乙女たちは肩を並べて、迎撃態勢を取る。
今日は、全員正装で。
氷の乙女は、白いドレス姿である。
結婚式の真っ最中だったが、仕方ない。
自分はまだ、戦乙女だから。
「――行くぞ!」
駆ける足は霜柱を踏み、はためくドレスから氷煙がなびいた。
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