樹上の未来録(樹上都市 ~スーパー・プラントの冒険~改題)

Toshiaki・U

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1 目覚めよ、スーパー・プラント

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 水しぶきが風にあおられて、横殴りに打ちつけてくる。東の空がやや薄明るくなってきたが、暗いネズミ色の絵の具を垂らしたような雲が真上を覆っている。吠えるような轟音とともに、木々の葉ずれの音が騒々しい。風雨には千切れた葉も混じっているのではないか。
 ライトをつけた四輪駆動らしき車両が、泥のぬかるみや水溜りに注意しながら、近づいて来た。こんもりとした樹木のそばに停まると、フロントライトが消え、代わりに運転席の辺りに青白い光が見えた。運転手が頭に付けたヘッドランプに切り替えたようだ。登山用のレインウエアに身を包んだ人影がひとつ、少しでも風をいなそうと身をかがめながら降り立ち、やって来る。風雨で何となく足元がおぼつかないが、若者らしい足取りだ。
 だだっ広い敷地には、太い幹の低木、高いところから枝を張り出した樹木など、不揃いな大きさの木々が強風に耐えて揺れているのがわかる。管理棟らしき建物の陰から、若者を出迎えに現れたのは、中高年らしい、ずんぐりとした背格好の男だ。レインウエアを風に震わせながら、重そうな大光量の懐中電灯で前方を照らして歩いて来る。風にかき消されないように大声で若者に呼びかける。
 「何も今日のような日まで、いつもの時刻に計測する必要もあるまいに。遥樹(はるき)くんよ」
  向かい風で若者の声も上ずりがちだ。
 「お早うございます。場所を貸してもらうだけでも迷惑をかけているのに、わがままで済みません」
 若者はずんずんと歩み寄ってくる。
 「でも、纐纈(はなぶさ)親方。夜間だけでどれだけ樹高が伸びているか、確かめるんです。夜明けからの光合成の影響を受けていない生長速度を確かめたいんです。とくに今日は、強風の振動エネルギーからの栄養変換も重要な要素です」
 「意気込みはわかった。どんなバイオ技術を駆使したのかは、よくわからんが、それはいずれじっくり聞くとして、今は弱まってきたとはいえ、台風の去りぎわの風雨の中だから、十分気をつけて作業してくれ。薄暗いし、この風だから、クリノメーターなんかを使う地表計測とかでなく、計測ポール代わりのロープを樹の上から使う魂胆だな?」
 強い風雨にあおられて樹形が膨らんだり、傾いたりする様子を見やりながら、楠木(くすのき)遥樹青年は、左肩に架けた何重巻きにもした白色と緑色、赤色のロープ三本を右手で押さえながら答える。
 「前もってきのう、頂上の枝に近い太めの横枝に目盛り入りの白いロープを結んで垂らしておいたんですが…。だけど、この風で、他の枝に絡んでしまってるようで、計測用にはちょっと。この白いのを樹高の計測に使います。きのうのうちに、これも目盛りを書き込んでおきました」
 「よーし、それではわしが照明係になってやる」
 この樹木園を長年営んできた植物卸会社の代表・纐纈佐吉は、がっしりした太い指で大型懐中電灯を握り直した。
 遥樹は、纐纈親方には風雨が当たらない安全な屋内に戻ってもらいたかったが、頑固な性格を承知していたし、問答する時間が惜しくて、すぐ目的のこんもりとした樹木に向き直った。ヘッドランプの角度を右手で調節しながら、目前の樹木を照らして、枝の太さや揺れ加減、枝同士との位置関係などを確かめる。纐纈が遥樹のヘッドランプの照らす先を大光量の懐中電灯で追いかける。
 遥樹は、袈裟懸けに担いでいた棒状の器具「ビッグ・ショット」を降ろすと、赤いロープも肩から外し、その先端に固定した金属部品を手際よく引っ掛け、目当ての枝に狙いを定めた。棒状の器具は、自転車のタイヤのチューブのような丈夫なゴムを先に取り付けた大きなパチンコ状の構造で、遥樹の身長と同じぐらいの長さだ。
 「もう少し上を照らしてもらえますか」
 纐纈親方が応じると、風雨の騒がしさの中でも、乾いた発射音がひときわ高く響いた。金属部品が後ろに赤いロープを曳きながら矢のような素速さで高々と上がっていく。比較的揺れが少ない枝の股を越えて、金属部品が枝にぶら下がった。
 「うまいもんだ」 纐纈親方が褒(ほ)める。遥樹が赤いロープを握った手を緩め、風や幹の揺れに気を付けながら、するりするりと金属部品を地面まで降ろしていく。「何とか長さが間に合いました」
 「そのようだな」と纐纈親方が応じる。 
 遥樹は、今度は赤色のロープより太くて頑丈な緑色のロープを肩から降ろし、手元で赤色のロープにつなぐ。そうしておいて、金属部品が届いた地面のところへ歩いていき、赤いロープを引き始めた。緑のロープがぐいぐい上に上っていく。風にロープがうなりを響かせている。目的の枝の股を越えて、ほどなく緑のロープの先端が遥樹の手まで手繰り寄せられた。纐纈親方が、遥樹が立っている樹の幹の辺りを照らしてやる。幹から分岐して脚のように何本も地面に太い根が張っており、異様な印象を与える。
 遥樹は、赤いロープと緑のロープの結び目を外すと、緑のロープの先端にある輪を、ズボンの上に履いて腰に装着していた皮製のサドルの前側のカラビナに固定した。レインウエアのポケットから、両腕で抱き囲んで作る輪ぐらいの大きさの縄の輪を取り出す。手慣れた速さで輪の一部を、カラビナに装着した側とは違う側の緑色のロープに三回巻き付け、巻き付けた先の部分をロープに直角に引っ張る。緑色のロープに巻き付いた縄で二カ所にできた三つ玉をずらしながら、一箇所に手で寄せてグリップ部分をこしらえた。グリップ部分で固定された縄の輪の、ぶら下がっている下端をサドルのカラビナに固定する。これは、いざ緑色のロープから手を滑らせた場合の命綱になる。
 ポケットからもう一つの縄の輪を取り出し、先に巻きつけた輪の、握りこぶし三つ四つほど下側に先の要領で巻き付け、グリップ部分を作ってから、ぶら下げる。この輪の先の下端に左足の靴底を乗せる。この輪に左足で踏ん張って、緑色のロープを下方に下げると、反対側のカラビナで固定された自分の体が上に引っ張られるという仕組みだ。体が上方に移動するたびに、命綱の輪のグリップ部分の位置も上方に手でずらすことによって、人体のぶら下がった位置を固定できる。腕力だけでなく、脚力と背筋力も利用できるほか、登っている途中で命綱で体を固定して休憩もとれる合理的な木登り方法だ。
 「じゃあ、行ってきます」
 「十分に気をつけてな」
 遥樹は、頭のフードの上から両手でヘルメットの位置と向きを直すと、緑色のロープを顔の上の方で両手で握り、ぐっと胸に引きつけると同時に、左足を踏み込み、腰を伸ばして体をずいっと引き上げる。体を引き上げた数十センチ分だけ、左手で命綱の方のグリップ部分を上にずらす。命綱に体の体重を移すと、左足を乗せていた縄から足の力を抜き、今度はこの踏み込み用の縄のグリップ位置も、体を引き上げた分だけ右手で上方にずらす。そして、踏み込み用の縄に左足を再び踏ん張る。踏み込んだ分だけ、体を引き上げる…と続ける。
 晴れの日ならば、この繰り返し動作をリズミカルに行えるのだが、風で体が回転させられるのを防ぐのと、グリップ部分が滑らないか気を付けながらなので、なかなか高さを稼げない。時々、ホースでぶちまけたような水しぶきが、フードの横面にぶち当たって音を立てる。風にあおられて、レインウエアもばたばたと鳴っている。
 緑色のロープに取り組むこと、数十分。このロープの架かった横枝のすぐ下まで登ってきた。下側の数多くの枝葉に阻まれて、纐纈親方の姿は遥樹からは見えない。頂の枝からたなびいているロープが横枝の向こうで風に揺られているのが見える。遥樹は何回か右手を伸ばしてみるが、指に届かない。足元の別の横枝に右足を掛けて、上方の横枝を支点に振り子のように右に体を少し振ると、白いロープを握れた。
 再び体重を左足の縄に戻し、そうしておいて命綱の縄のグリップ位置を数十センチ下にずらす。左足の踏ん張りを弱めると、体の位置が下がった。これをもう一回繰り返すと、今しがた右足を掛けた横枝が顔の辺りに来た。頂の枝から垂れていた白いロープの目盛りを、枝の幹の直下に合わせて読む。「二四〇センチ…。すごいぞ!」
 左肩に掛けていたほうの白いロープの先端を、この枝にしっかりと括り付ける。枝の幹の直下が目盛りのゼロに合わせられるように、結びしろを用意してあった。左肩から白いロープを一周ずつ外しながら、あらかじめ錘(おもり)を結び付けておいたもう一端を、下の枝に絡まらないように注意しつつ、ゆるゆると降ろし始める。
 ゆっくりと白いロープを下ろしているうちに、風雨がやんできた。東の空に雲の切れ目が現れ、数日ぶりの朝焼けが垣間(かいま)見えてきた。下のほうから纐纈親方の野太い声がする。
 「おーい、先端が地面に着いたぞー」
 もう何周も白いロープが残っていない。遥樹は、白いロープの残りの長さを確認し、予想以上のことが起きたことを実感する。風もやんできているのと、なにやら高揚した気分も手伝って、一気に残りの白いロープを下に投げ落とした。下では、纐纈親方が、錘の周りに白いロープが何周かとぐろを巻くようにばらばらと落ちてくるのに気付くことになる。
 また、野太い声で、聞いてくる。
 「遥樹くんよぉ。わしが白いロープを幹の根元に当てて、先に目盛りを読んでいいのかあ」
 「親方ぁー、どうぞー。でも、もう高さはわかりました。横枝から下は、ざっと三五メートル半。一日で四〇センチ伸びました。横枝から上が二メートル四〇センチ。たった一日で六〇センチも伸びました。合わせて、一日で一年分、一メートルの生長です。樹高は三七メートル九〇センチ。ざっと三八メートルです。本州の、関東でこんなに高く、こんなに速く、マングローブ種の樹木が生長するとは、誰が予想したでしょう!」
 風に梢の先が跳ね上げられ、早朝の陽光を含んだ水の飛沫が弾みながら、顔の横を通り過ぎていく。
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