樹上の未来録(樹上都市 ~スーパー・プラントの冒険~改題)

Toshiaki・U

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3 樹木園四代目(後)

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 トラックから降りてきたのは、遥樹と年齢が同じぐらいに見える若い青年だ。足元を三匹の猫がまとわりついている。青年は、長髪を無造作に後ろに結んでいる顔も、季節外れの白いランニング・シャツからのぞかせている両腕も、よく日焼けしている。カーキ色の長めの半ズボンにサンダル履きだ。母親と二言三言交わすと、すぐにこちらのほうを向いて、叫ぶ。
 「おやじ――っ、おやじにぴったりな樹を探してきたぞ――っ」 続けて、遥樹の姿を認めると、千切れんばかりに手を振る。「おっ、遥樹かぁ――。久しぶりだなっ、生粋のインドア派ぁ――。元気だったかぁ」
 纐纈(はなぶさ)葵(あおい)は、管理棟から出てきた若手の従業員二、三人に手際良く荷の降ろし方を指示すると、父親の佐吉と遥樹のいる所にゆっくり歩いて近づいて来る。足元に三匹の猫がじゃれ付いて、速く歩けずもどかしい様子だ。
葵は、管理棟の向かい側に並ぶ出荷用の松の樹やキャラボク、イヌマキ、サツキ、クチナシなどの庭木と、庭木の間で無口に剪定している庭師たちの仕事っぷりを眺めながら、その向こうに見慣れない樹高のこんもりとした樹木を見つけ、一瞬眉をひそめる表情を見せた。が、すぐに向き直って、こちらにやって来る。歩きながら、左手で何かの果実らしい赤い物を軽く投げ上げては、左手で受け止め、をテンポよく繰り返している。五メートルぐらい手前で、いたずらっぽい笑い顔を見せた。
 「ほいっ」 葵がその果物らしき物を左手で、遥樹の胸元に投げ付けた。
 「これっ、何っ?」 遥樹があわてて受け止める。葵が自慢げに説明する。
 「グアテマラで見つけたカシューナッツの実。見たことないだろう。そのピーマンみたいな実の先に飛び出てる白い部分が、俺らが普段食べてるカシューナッツだ」
 「相変わらず、挨拶もないんだな、お前は」 纐纈社長が、腕組みしてあきれ顔で息子の顔をまじまじと見つめる。
 「あ、ただいま、親父。この通り、見ての通り、帰ったぜ」
 「何か、収穫はあったのか」 纐纈佐吉は、ますますあきれた、という表情を濃くする。
 「あっ、あれな」 葵が、トラックに搭載された小型クレーンでビール瓶のような形の樹木を従業員たちが吊り上げ、フォークリフトが支えているパレットに降ろす作業をしている様子を、左手の突き立てた親指で指しながら言う。
 「グアテマラ産の『トックリキワタ』さ。別名、〝酔っぱらいの木〟。アルコールの摂りすぎで腹が突き出た人間に似ているからな。どう、親父にぴったりだろう」 葵がからからと笑う。纐纈社長が腹に力を入れて引っ込める仕草をする。「何を言っとる。そんなに、出ておらんぞ」
 「ま、一定期間、温室で展示した後で、ビール会社に買ってもらう契約になっているんだけどな。南米じゃ、街路樹として一般化した樹木なんだ。ここからだと見えないけど、樹皮にたくさん棘(とげ)が出ているんだ。ビール会社はあれをイベント会場に、飾るらしいね」
 「葵くんは、今回は何か国ぐらい回って来たんだい」 遥樹が尋ねる。
 「ふふーん、俺はお前と違って、アウトドア派だからな。オランダで観葉植物を物色した後で、アメリカに渡ってフロリダ半島で開かれていた果物の国際的な品評会を覗いたりした後、グリーン・ツーリズムで有名なコスタリカだとか、中南米諸国をぐるっと回ったんだ。ま、そこでグアテマラでビール会社の注文にぴったりな樹木を見つけたってわけ。だから、五、六カ国かな。プロフェッショナルのプラント・ハンターとしては、一回の出張では少ないほうだよ」
 纐纈葵は、こうして話している間にも、体をひねったり、腕を交互に突き出したりで、まったく落ち着きがない。じっとしていられないタイプなのだ。少し離れた地面で、三毛猫と白猫がじゃれ合っている。黒猫は座り込んで、後ろ足で頭の後ろを掻いている。
 「ところで、親父が俺の衛星電話にかけて伝えてくれた、例のスーパー・プラントっていうのは、庭木の列の向こうに立っている、あの高い樹かい?」 葵は、好奇心も旺盛だ。「マングローブの一種を、川口市内なんかで育てられるなんて、よほど怪しい細工を施したんだろうな」
 「何も怪しいことじゃない。植物の潜在能力を最大限に引き出す生命工学だよ。フタバナヒルギに孟宗竹の性質を導入する遺伝子操作を施したんだ。風による振動エネルギーを生長に利用できる性質も組み込んだ。それと、葵くんのお父さん、纐纈親方にやってもらった、別のフタバナヒルギとの根同士の接ぎ木だよ。竹みたいに、隣の先に育ったフタバナヒルギから筍に相当する苗に栄養分が送られるようにした。それで、トップ・スピードでフタバナヒルギが生長するようにしたんだ」
 遥樹がここまで話すと、葵は表情を曇らせた。
 「うちの樹木園のシンボル・ツリーになろうかってぐらい、でっかい樹なのに、ぱっと見でも、剪定すべき無駄な交差枝や絡み枝、徒長(とちょう)枝(し)、平行(へいこう)枝(し)、車(くるま)枝(えだ)なんかがあるようなんだけど。あれは、手入れが足りてないんじゃないか、親父ぃ」
 纐纈佐吉が、短く刈り込んだごま塩頭を右手で掻きながら言う。「遥樹くんの実験のための樹だから、わしが手を入れるわけにはいかんかった。それに、生長が速すぎて、はなから剪定は、間に合わんかったわい」
 遥樹が、纐纈親子の話に割り込む。「でも、親方には、根の接ぎ木や防竹シートの埋め込み、枝の徒長を適度に抑えながらの追肥ですとか、随分と手間をかけてもらいました」
 葵が腕組みをして、しばし思案の表情を見せた。「うーん、まあ、それは認めるよ。ただし、プロの庭師なら、ごく当たり前な仕事だけどな」
 と、じゃれ合っていた三毛と白の猫が尾を立てて姿勢を正したと思うと、管理棟のほうへ走り出した。これに気付いて、黒猫が後を追う。
 遥樹たちが、猫たちが走り去る先を目で追うと、管理棟の玄関近くで葵の母親と白っぽいTシャツ、赤いジャージ姿のすらっとした体格の若い娘が談笑している。娘の背丈は、遥樹たちほど高くはないが、葵の背の低い母親より頭二つほど高い。三つ編みのお下げ髪だ。三匹の猫に気付いて娘がしゃがんで出迎える。三毛猫の頭をなでたり、白猫の首をくすぐったりしている。猫好きらしい。黒猫は娘の太ももに体を摺り寄せる。娘は、しゃがんだまま、遥樹、葵、纐纈社長の姿を見つけて、呼びかける。
 「纐纈親方、今日もお世話になっていまーす。葵さん、お帰りなさーい。そして、遥樹助手さん、言われた通り、マングローブの種に水やりをやっておきました――」 反射的に応えたのは、葵だ。
 「おー、ただいま、帰りましたよ――。留守の守りを、おっ世話さん、でした――」
 すぐに葵が父親の佐吉を振り返って尋ねる。「あの子、誰?」
 娘ににこにこ顔を向けていた纐纈社長が真顔に戻って、葵に応じた。
 「親にも挨拶しないくせに、若い女の子には見ず知らずでも挨拶するのかっ、お前は」
 葵が首の後ろを右手で掻きながら、左手をあおぐように振っている。
 「あの子は、遥樹くんの先生の鷹田教授の姪っ子の結(ゆい)ちゃんだ。この二週間ほど、うちでアルバイトをしてもらっている」
「はーん、確かに苗木や種子の管理棟を兼ねた不愛想な事務所の受付に、太った婆さんが座ってても、いい看板娘にはならないからなぁ、花の生気が失せっちまうぜ。看板娘の掛け替えってことね、俺も賛成!」
 「馬鹿っ、自分の母親のことをそんな風に。母ちゃんも、ああ見えて昔は…」
 「へいへい」 葵がさらに左手を上下にあおぐ。遥樹が低く抑えた声で割り込む。
 「鷹田結ちゃんは、最近、普通高校から農業高校に転校してね。親方に結ちゃんのバイト受け入れを事前に頼んだ際にも言いましたが、転校の理由はいじめで…」 葵が手の動きを止める。纐纈社長が珍しく声量を落とし、話をつなぐ。
 「そうだ。自宅にこもっている時に、たまたま遥樹くんのマングローブの『一晩一メートル生長』のニュースをテレビで見た。台風の中でこんなに生長する樹の力はすごい、と親御さんに話したそうだ。それまで、不登校が始まってからは会話も途絶えていたそうなんだがな。この機を逃したらいかんと思った親御さんが農業高校に転校を進め、事情を知っていた鷹田教授もバイト先はここがいいだろうと、手を打ったというわけだ」
 話を遥樹が受け取って続ける。「お陰さまで、結ちゃんは毎日、農業高校に通っているし、ここでは親方や奥さん、庭師の職人たちにも慣れて、だんだんに元気を取り戻しているよ」
 葵が、猫をあやしている結を見つめ、視線をこんもりした樹形のフタバナヒルギに転じた。「バイオ・テクにまみれたあんな樹にも、本物の樹らしい力が備わっているのか」とつぶやく。
 「庭木の卸会社の息子に生まれ育った俺は、植物の生まれながらの力を信じている人間の一人だ。インドア派のバイオ・テクには、ずっと不信感を持っていたが、遥樹、バイオ・テク植物の力も、ちょろっとは見直したぜ」
 どう答えたものかと遥樹がもじもじしている。纐纈社長が受け取る。
 「おい、葵っ。さっきからお前、遥樹くんのことをインドア、インドアって呼んでるが、あの台風の中を、遥樹くんは四〇メートルぐらい、あのマングローブに登ったんだぞ。わしは、強風で飛ばされて落ちたらどうなることか、気が気じゃなくて…」
葵がまた右手で頭を掻いて、左手をひらひらさせる。遥樹もつられて左手で頭を掻く。
 「いえ、確かに僕は、遺伝子操作の実験作業では、本当に研究室に何日も何日も、こもりっきりですから…。台風の時も、ご心配をおかけしました」
一転して、纐纈佐吉が息子に、いつもの声量以上に語気を強めた。
 「それから葵っ、このわしの樹木園では、わしのことは〝親父〟じゃなく、〝親方〟と呼べっ」
 「へいへい」 葵が右手で敬礼の姿勢を取りながら、左手で自分の腹を撫で回して、鷹田結の視線も意識しながら、高い声で答える。
 「はい、了解です。お・や・か・た・ぬ・き、親ダヌキ棟梁っ!」 右手で腹を打つ動作を加えた。
 「こらっ」
 とっさに体の向きを変えた葵は、「さあて、酔っぱらいの相手はこのぐらいで、〝酔っぱらいの木〟の養生をしに行こ。枯らさないように手当て、手当て」とフォークリフトを操る従業員のほうに向かって、さっさと歩き出す。「まったく、あいつは小学生の頃から…親を馬鹿にしおって」 佐吉が愚痴る。
 親ダヌキ棟梁、腹をポン、のくだりだけは声が大きくて聞こえていたらしい鷹田結が、くすくす笑っている。纐纈社長と目が合うと、「猫ちゃんたち、おうちに帰ろ」と猫に声を掛けながら、管理棟の玄関に姿を消した。
 結に続いて、葵の母親もゆっくりと玄関に向かう。佐吉たちに向かって、穏やかな笑顔を浮かべている。
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