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9 タモン湾の夕陽
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懸念は的中し、サービス付きアパートメントに到着した深夜から、遥樹(はるき)はうなされて眠れない症状にさいなまされた。マイケル青年がせっかく近隣のスーパー「Kマート」で買ってきたホットドッグや新鮮な果物も吐き戻してしまった。マイケル青年は、買い物や簡単な食事の準備などは手伝ってくれるが、夕方には島内の自宅に戻っていく。看病や片づけ、適宜、睡眠導入剤を与える役目は、鷹田教授がこなすことになった。
鷹田教授は翌朝、篠原老人に表敬訪問する際に確保してあったホテルをキャンセルし、マイケル青年の友人が運転するタクシーで、預けてあった衣類や書類、ノート・パソコン、携帯電話などをサービス付きアパートメントに運び込んだ。遥樹には、とりあえず頭痛や吐き気が軽くなるまで、カーテンを引いた寝室のベッドで休むように言い付ける。
リビングのテーブルでノート・パソコンを使って電子メールで、東北地方の大学に用意された臨時の研究室で進めている遺伝子操作実験の状況を確認して必要な指示を送ったり、首都圏大学大学院の研究室の新型植物の開発実験について指導したりしながら、通信の合間に遥樹の具合を寝室に確かめに行く。ベッドルームのドアを少し開けて覗き見ると、睡眠導入剤が何とか利いているようで、静かに眠っているのが見えた。
研究室の院生、佐々木豊や高島裕子には、「アメリカ国内で研究に協力してくれるスポンサー探しは順調に進んでいるが、『保険をかける』目的で、さらに数人と面会するため、日本への帰国が遅れる」と伝えておいた。
高島裕子からは、「楠木(くすのき)先輩が二日間も授業をさぼっています。スマートホンの電源も切ったままで、どーこに行っちゃったのやら。新種の植物を探しに、放浪癖が出たんでしょうか。連絡が着いたら、先生から叱ってやってください」という電子メールが入っている。しばし鷹田教授は、返事の電子メールの文面づくりに頭を抱えたが、「遥樹にも、たまには息抜きが必要じゃないか。云々かんぬん…」という趣旨のメッセージで、ごまかすしかなかった。
姪の結(ゆい)からも電子メールが届いている。「東京ディズニーランドの裏にみんなで並べたマングローブの本数が、いつの間にか減っていて、半分ぐらいになっているのは、どうしてでしょうか。叔父さま、心当たりはありますか?」という質問だ。鷹田教授は、「そうか、結のやつ、スケッチしに通っていたのか」と独り言ちる。心当たりは大有りだが、こちらも「樹木は隣の木との間隔が狭いと、うまく育たんことがある。もっと育ちやすい場所に移し換えたんじゃないか? 云々かんぬん」とかわしておいた。鷹田教授は、どちらの返信もまったくの嘘は言っていないぞ、と自分を納得させるが、すこぶる居心地が悪い気分だ。
そうか、沖ノ鳥島へのフタバナヒルギ付き消波ブロックの移植の件は、まったく報道も発表もされていないのか、と思い至った。当局がひた隠しにする理由は…。「オスプレイの墜落か」とつぶやく。
鷹田教授は、ほかにも研究関係、知人・親族関係の電子メールへの返信を片付けると、いよいよ当局に対して厳重なる抗議を行わなければならない段階に来たな、と実感した。
この日、今回の移植作戦の司令本部が置かれた東京ヘリポートに国際電話を入れたが、電話番の女性に「上司に確認しましたが、最近、そんなものが置かれた事実はありません」の一点張りで、何度かけ直してもらちが明かない。
古い知人の農水省幹部に国際電話を入れると、「その件はマズイ。電話では話せん。済まんが、いま会議中だ。後にしてくれ」と往(い)なされる。一時間後にかけ直すと、部下と思われる若い男性職員から「外出しています」というつれない返事が来た。いくつか関連すると思われる部署にかけてみたが、さんざんタライ回しにされ、挙句の果てに「何かの勘違いじゃありませんか?」と電話をたたき切られた。気を取り直して防衛省の海上幕僚監部にも国際電話をかけてみたが、電話口の下級隊員に今回の移植作戦の概略が伝達されているはずもなく、まったく相手にされなかった。
午前中は、こんな調子で終わり、昼遅く、午後一時ぐらいにマイケル青年が大きな紙の買い物袋を両手で抱えてリビングに入ってきた。自由に出入りできるようにマイケル青年には、アパートメントの玄関と門扉の鍵、ひと揃いを渡してある。食欲が乏しい遥樹のためにロールパンとパック入り牛乳を、鷹田教授自身とマイケル青年の分としては、卵やハム、ソーセージ、燻製にした鶏肉、地元の果物、生野菜とドレッシング、魚肉の缶詰、インスタント・コーヒー、調味料などを購入して用意するように頼み、然るべき現金も渡しておいた。
リビングのすぐ隣のダイニングに備え付けの冷蔵庫に食材を仕舞い入れるマイケル青年の様子を眺めていると、よく気が利くというか、頼んでもいない地場産の瓶ビール数本や、つまみになりそうなチーズの類も買い物袋の底に忍ばせていたのがわかった。大したちゃっかりもんだ、とにんまりしながら、鷹田教授は思う。
熟睡している遥樹には悪いと思いながらも、マイケル青年にハムエッグを作ってもらう。仕上がりを褒めながら、マイケル青年と食卓をともにして掻き込んでいると、遥樹が二人の食事の様子に気が付いて目を覚ましたらしい。寝室から頼りない足取りで現れて、かすれ声で「薬を飲むので、パンと牛乳をください」と言ってくる。遥樹は、ロールパンを二つ乗せたトレーと牛乳を八分目ほど注いだマグカップをマイケル青年から受け取ると、力なく微笑んで、リビングから出ていった。深夜、うなされる遥樹を鷹田教授が再び介抱することになったのは、言うまでもない。
翌朝も鷹田教授は、前日と同様に関係方面に指示出しをこなしたあと、マイケル青年の簡単な料理で昼食を取り、午後は再度、農水省や防衛省にクレームの国際電話を入れる。またもタライ回しにされる。夕食は、愚痴りながらのマイケル青年とのビール談義となる。深夜には、再び不眠で体調不良の遥樹を介抱することになった。
こんな日が、五日ほど続いたが、後半の日々は、遥樹が夜中に不眠をさほど訴えなくなってきたのが、不幸中の幸いだった。
六日目に遥樹は、起床時間こそ昼少し前と遅かったものの、昼食はマイケル青年が出す手製のスクランブル・エッグやポテト・サラダ挟みホットドックなどを抵抗なく食べられるほどに食欲が回復した。遥樹はダイニング・テーブルで、マグカップの牛乳を飲み干すと、真向かいで別メニューの鶏肉の燻製をフォークで頬張る鷹田教授とマイケル青年に、「いろいろと心配をかけてしまい、すみません」と謝った。
「謝ることはない。遥樹に想定外の迷惑と災難を招き寄せた張本人は、この俺だ」と鷹田教授がすかさず返した。
「ところで遥樹、せっかくグアム島にやって来たんだ。今日の午後、タモン湾の海岸に、有名な夕陽でも見に行かないか」と切り出す。日差しが弱い夕方なら、TBIによる光過敏症が疑われる遥樹にも楽ではないかと、夕陽での気分転換を提案したのだった。
遥樹は、しばらく考えるような表情でいたが、目に精気を湛え、「行きます」とはっきり答えた。
午後早く、強い降り方のスコールのあと、嘘のように空が晴れ渡った。
午後五時半過ぎ、遥樹と鷹田教授、マイケル青年とその友人のタクシー運転手は、タモン・ビーチの西の外れにいた。
アルミフレームに布を張っただけの折りたたみ椅子を二つマイケル青年が貸してくれたので、遥樹と鷹田教授はそれぞれ腰掛けて、前方の洋上に沈みゆく大きく真っ赤な太陽を眺めている。蒼さと暗さを深めた空と赤や橙を綯(な)い交(ま)ぜにして輝いて綿のように浮かぶ大きな積乱雲が、見事なコントラストを作りだしている。
左後ろの砂浜に敷かれた二枚のビニールシートには、マイケル青年が頭の後ろで両手を組んで寝そべっており、友人のタクシー運転手は両腕を後ろにビニールシートに突いて上半身を起こして両足を無造作に前に投げ出して横になっている。友人のタクシー運転手は、観たい大リーグの試合があるからと言って、ポータブル・テレビを持参して中継を受信しており、夕陽目当てに遠方から来ているだろう観光客たちからすれば、夕陽鑑賞の雰囲気がぶち壊しだろう。
真昼に透明度の高い海中でシュノーケリングを楽しんでいた観光客たちが、遥樹たちの左右周辺のそこここに簡易ベッドのように背もたれが長いビーチ・チェアを並べて身を委ねているのが見える。
右手の浜の方ではバーベキューが始まったようで、火の明かりがいくつか見えてきた。はるか右手には、柔らかな赤い陽に染まった恋人岬が望まれる。波打ち際を右から左へ、西の夕陽に向かって二人の長身のアメリカ人がジョギングして走り過ぎていく。
洋上から夕陽を一望しようというのだろう、立ち漕ぎサーフィンをする人の影もいくつか穏やかな波の上に浮かんでいる。
マイケル青年の提案で、人が込み合う夕陽展望スポットで有名なタモン・ビーチを避け、やや西側にあるグアム・ゴバモール・ヨセフ・フロレス・ビーチから東へゆっくり歩き、タモン・ビーチの手前で日没を眺めようということになったのだった。グアム・ゴバモール・ヨセフ・フロレス・ビーチは、日本人観光客には「イパオ・ビーチ公園」の名でよく知られている。「砂浜がタモン海岸より硬いので、ミスター・クスノキにも歩きやすいはず。ここのアパートへの帰り道には、屋台がたくさん出るチャモロ・ビレッジにも寄れるから、夕食にも好都合です」ということをマイケル青年は流暢な英語でしゃべり、鷹田教授に勧めたのだった。
沈む夕陽を眺めながら、鷹田教授は、「こんなことになって済まん」と率直に遥樹に謝った。遥樹は、夕陽を見つめながら、この世とは思えない景色だと感じていたが、鷹田の言葉で現実に引き戻された。
「いいえ、先生のせいじゃありません。いろいろな偶然が重なったのでしょう。沖ノ鳥島に置いてきたスーパー・プラント化させたフタバナヒルギが、無事に台風を乗り越えられたのか確かめられず、心残りです。ところで先生、僕がオスプレイの中で見た電子メールの二通目ですが、途中で終わっていたんですけれど、確か、『お前は、お前の』だったと思いますが、続きは何を書こうというお考えだったんですか?」
鷹田教授は、遥樹らしいしっかりさが戻ってきたなと感じつつ、安易には答えにくく、文字で表現しようとしたことを口頭でじかに伝えることの照れ臭さも手伝い、視線を砂浜に落とし、「あれか」と言ったまま、左手で頭の後ろを掻き始めた。
ここで鷹田教授の携帯電話がデジタルの受信音を鳴らした。「ちょっと、悪いな」と言って、鷹田教授が胸ポケットから左手で携帯電話を取り出し、右手で開いて自分の左耳に押し当て、名前を名乗った。聞き覚えのある、しわがれ声が聞こえた。
「わしだ、篠原だ。鷹田くん、今どこにいる」
「あっ、グアム島内ですが、今ここはビーチです。あっ、いえっ、済みません。遊んでるわけでなくて、ええー、遥樹の気分転換のためです」 鷹田教授が携帯電話を耳に押し当てたまま、頭を何度も下げている。やや間を置いて、篠原老人が続ける。
「そうか、楠木くんは、外出できるだけの快方に向かっているのか、何よりじゃ。ところで、鷹田くん。今、地元の新聞記者から連絡があっての。沖ノ鳥島がらみで午後六時からのテレビ・ニュースで放送があるようじゃ。すぐに宿に戻って、見られないか」
鷹田教授は、折りたたみ椅子から勢い良く立ち上がり、砂浜を歩く距離やマイケル青年の友人のタクシーに乗ってからの移動時間などをざっと頭の中で計算し、「時間が間に合いません。そんなに大事なニュースなんですか」と聞き直す。
「わしが君に電話を入れるんじゃ、当たり前じゃろう。日米両政府からの発表だそうじゃぞ」
鷹田教授は、脳天に電撃を受けたような衝撃を感じた。「な、何とかします」
篠原老人は、「地元KUAM局か、NHK海外放送なら見られるはずじゃ」と付け加えた。鷹田教授は、篠原老人に礼を言い添え、携帯電話を切って胸ポケットに押し込むと、マイケル青年と友人のタクシー運転手のほうを振り返った。日本語で、「今すぐ帰るぞ」と怒鳴る。
マイケル青年とその友人が夕陽に顔を染めて、怪訝そうな表情を浮かべている。夕陽のクライマックスはこれから、というようなことをマイケル青年がつぶやいた。
鷹田教授の背中から、ゆっくりと立ち上がった遥樹が「誰からの電話ですか?」と尋ねる。遥樹のほうに向き直って鷹田教授が声の調子を落とし、「篠原さんだ。テレビで重要なニュースの放送があるようだ」と伝える。遥樹も、「それは、一体…」と怪訝そうな顔になった。鷹田教授が篠原の言葉を繰り返す。「日米…両政府…沖ノ鳥島…」
「えっ」と言ったまま、遥樹の動きが止まった。
しまった、遥樹には刺激が強すぎた、との思いが鷹田教授の脳裏をよぎったが、もはや後の祭り。「いくぞっ」と遥樹を促し、浜辺を西へ向かって歩き始めた。
マイケル青年の友人のタクシー運転手に、すぐ立つように手振りで示しているうちに、ビニールシートに寝そべった運転手の顔や左半身が何かでちらちら照らされて明滅する具合になっているのが見えた。野球中継の音声がどこからか聞こえてくる。大リーグの試合の中継放送? いつの間にこんな物を持ち込んでいたのか、と鷹田教授は思った。
と思うや否や、動物かとも思わせる身のこなしで駆け寄って、有無を言わせず、ポータブル・テレビを奪い上げた。あっけにとられる地元青年二人に構わず、鷹田教授は、「遥樹、これで見るぞ」と声を上げた。
夕陽のクライマックスをよそに、四人は、時報とともに躍動的なテーマ・ミュージックに乗せて今日のヘッドラインを英語で告げ始めたKUAMニュースに見入った。ポータブル・テレビは、鷹田教授がさっきまで自分が座っていた折りたたみ式の椅子の上に載せてある。衛星放送を受信できる性能がないため、NHK海外向け放送の受信を諦め、地元局にチャンネルを合わせておいた。
いくつか政治・経済に関係したヘッドラインが続いたあと、巨大台風が通過した翌日の沖ノ鳥島の全景、次いで北小島の航空画像が入った。ニュース・キャスターが、「アメリカ軍の海兵隊と日本の海上自衛隊の協力によって、巨大台風の到達する前に移送したマングローブが見事に防潮林の役目を果たした」という内容を告げた。
航空機が北小島の上空を旋回しながら撮影したと思われる画像は、ポータブル・テレビとあって、さほど鮮明ではないが、北小島を覆う直径五〇メートルほどの黒ずんだ円形コンクリート・ブロックの周りを、緑濃く枝葉を茂らせたフタバナヒルギがぎっしりと囲み、無数のタコ足状の支柱根を力強く生やし、消波ブロックの連なる波打ち際をしっかりと抱きかかえている様子を、視聴者たちに手に取るようにわかるように伝えてくる。
「大成功じゃないか、遥樹!」 鷹田教授が呼びかける。遥樹は、食い入るようにテレビ画面に見入っている。
二、三本の主要ニュースの詳報に番組が進んだあと、日本の南端の沖ノ鳥島がらみの続報が流された。首相官邸内と思われる会見場の中央に立つ濃紺のスーツに身を包んだ日本の首相が、右手から歩み寄って来る海上自衛隊の幹部らしき人物と握手し、次いで左側から入って来た金髪のアメリカ軍将校と見られる人物とも固く握手した。鷹田教授は、「誰だ、こいつら」とつぶやいているが、遥樹には、つい一週間ほど前に言葉を交わしたばかりの既知の人物だった。
「島田一等海佐に…、リチャード中佐…」 遥樹がつぶやく。
すぐに首相の声明が始まった。男性の首相の声に女性の英語による同時通訳の音声がかぶさっている。
「お集まりの皆さん。この二人の優秀な将官の働きによって、日本の最南端に位置する国土が守られました。最新鋭の技術が搭載された長距離輸送機オスプレイと、それによって移送された平和的なバイオ・テクノロジー技術の育んだ植物、スーパー・マングローブの防潮林効果によるものにほかなりません。日米の技術交流、そしてこの二つの技術の産み出す集団的な防衛行動によって、超巨大台風の猛威から沖ノ鳥島は守られたのです」
激しくカメラのフラッシュが焚かれる。
「日米の技術交流? 何を言っている。俺の研究室の、いや遥樹の設計による遺伝子組み換え植物だぞ!」 鷹田教授が怒りを爆発させる。周囲の観光客たちが、どうしたのかと言うように、驚きを帯びた溜め息を漏らす。首相が、手元の原稿をちらっと確かめながら、演説を続ける。
「今回の沖ノ鳥島を守った日米の協力によるスーパー・マングローブ移植作戦の成功を踏まえ、日米同盟のいっそうの深化と拡張のために、アメリカの技術供与による最新鋭輸送機V―22オスプレイ新型機を二〇〇機、わが国の自衛隊基地に導入・配備することを決定いたしました。これにより、今回のような巨大台風に対する防災力、および予期せぬ他国からの侵略行為に対する撃砕力が、格段に向上するということを、国民の皆さんにお約束します」
再びカメラのフラッシュが激しく焚かれるなか、記者団との質疑応答に移った。オスプレイの性能や配備の日程と対象地域、日米同盟への意義などに関する大手マスコミ各社とのやり取りに続き、フリー・ジャーナリストが異彩を放つ質問を投げかけた。
「首相、国内に離発着する軍用機をウォッチしているNPO組織によりますと、今回のマングローブ移植作戦に投入されたオスプレイ一〇〇機のうち、四機が未帰還とみられるとの指摘があります。事実かどうか、お尋ねします」
想定内の質問なのか、首相は落ち着き払った物腰で、「東京湾から飛び立ったオスプレイは、沖ノ鳥島から硫黄島を経由したあと、沖縄、岩国、横田、相模原などに分散して帰還していますので、カウントが合わない場合があるのではないでしょうか」と返した。
「ですが…」とフリー・ジャーナリストが食い下がろうとすると、首相官邸の報道官が次の質問者を指差した。
次の記者の質問は、首相が言及した「スーパー・マングローブ」に関するもので、どこの研究組織が開発した、どのような性格のバイオ・テクノロジーなのかを尋ねるものだった。信じがたい回答が、首相の口からなされた。
「今般のバイオ・テクノロジーに関する詳細は、国益に関わるものであり、ここで詳しく申し述べさせていただくような性質の案件では、ありません」
会見会場に、どよめきが起こった。記者が食い下がる。
「首相、今回の会見は、バイオ・テクノロジーと軍事技術との、いわば〝融合〟による国土保全への成果と言えると思います。オスプレイの基本性能を配布資料で公表しながら、もう一方のバイオ・テクノロジーによる成果をひた隠しにするというのは、いただけません」
首相は、淡々と答える。
「特別にお答えさせていただきますが、今回の案件は、日本の国家・政府にとって他国が有しない最新鋭の技術に該当するとともに、日本の国土の安全保障に関する事案にも当たることから、〝特定秘密〟に準ずる性格の案件に含まれます。どうかご賢察を、お願いします」
会見会場に、ひときわ大きな、どよめきが起こった。記者たちが、口々につぶやいている。「民生の技術を、政府が〝特定秘密〟に指定できるのか?!」と。
テレビの画面は、アメリカのホワイトハウス一階のイーストルームにある会見会場に切り替わった。見慣れた黒人男性大統領の顔がクローズアップになっている。日本の最南端の島におけるスーパー・マングローブ移植作戦の実施と、日本に対するオスプレイ新型機二〇〇機の軍事輸出について、プレスから質問がなされ、大統領が答える。作戦の成功を祝福するコメントに続き、東日本大震災や今回の巨大台風などを含めた気象災害であっても、日本の国土防衛にアメリカが可能な限りの軍事協力を行う意思表明を簡潔に述べた。
ここで番組は、スタジオのニュース・キャスターの画像に切り替わり、次のニュースに移っていった。
布張りの折り畳み椅子に腰掛けていた遥樹が、ひざに置いていた手を握り締め、顔をうつむけて、小さな声で何か繰り返している。
「ち、違う…、違う…、断じて違う……」
「遥樹、しっかりしろ、俺はいつも、お前のそばに…」
鷹田教授が遥樹の肩に手を乗せようとする刹那(せつな)、遥樹がいままで親しい人でも聞いたことのないような声色で叫んだ。
「植物は、政府や人間の所有物なんかじゃない! 人間は、植物を利用するだけ利用しておいて…、植物の本当の力を、僕たちは知らない。人間は、植物にもっと、もっと謙虚にならなければいけないんだっ!」
鷹田教授は翌朝、篠原老人に表敬訪問する際に確保してあったホテルをキャンセルし、マイケル青年の友人が運転するタクシーで、預けてあった衣類や書類、ノート・パソコン、携帯電話などをサービス付きアパートメントに運び込んだ。遥樹には、とりあえず頭痛や吐き気が軽くなるまで、カーテンを引いた寝室のベッドで休むように言い付ける。
リビングのテーブルでノート・パソコンを使って電子メールで、東北地方の大学に用意された臨時の研究室で進めている遺伝子操作実験の状況を確認して必要な指示を送ったり、首都圏大学大学院の研究室の新型植物の開発実験について指導したりしながら、通信の合間に遥樹の具合を寝室に確かめに行く。ベッドルームのドアを少し開けて覗き見ると、睡眠導入剤が何とか利いているようで、静かに眠っているのが見えた。
研究室の院生、佐々木豊や高島裕子には、「アメリカ国内で研究に協力してくれるスポンサー探しは順調に進んでいるが、『保険をかける』目的で、さらに数人と面会するため、日本への帰国が遅れる」と伝えておいた。
高島裕子からは、「楠木(くすのき)先輩が二日間も授業をさぼっています。スマートホンの電源も切ったままで、どーこに行っちゃったのやら。新種の植物を探しに、放浪癖が出たんでしょうか。連絡が着いたら、先生から叱ってやってください」という電子メールが入っている。しばし鷹田教授は、返事の電子メールの文面づくりに頭を抱えたが、「遥樹にも、たまには息抜きが必要じゃないか。云々かんぬん…」という趣旨のメッセージで、ごまかすしかなかった。
姪の結(ゆい)からも電子メールが届いている。「東京ディズニーランドの裏にみんなで並べたマングローブの本数が、いつの間にか減っていて、半分ぐらいになっているのは、どうしてでしょうか。叔父さま、心当たりはありますか?」という質問だ。鷹田教授は、「そうか、結のやつ、スケッチしに通っていたのか」と独り言ちる。心当たりは大有りだが、こちらも「樹木は隣の木との間隔が狭いと、うまく育たんことがある。もっと育ちやすい場所に移し換えたんじゃないか? 云々かんぬん」とかわしておいた。鷹田教授は、どちらの返信もまったくの嘘は言っていないぞ、と自分を納得させるが、すこぶる居心地が悪い気分だ。
そうか、沖ノ鳥島へのフタバナヒルギ付き消波ブロックの移植の件は、まったく報道も発表もされていないのか、と思い至った。当局がひた隠しにする理由は…。「オスプレイの墜落か」とつぶやく。
鷹田教授は、ほかにも研究関係、知人・親族関係の電子メールへの返信を片付けると、いよいよ当局に対して厳重なる抗議を行わなければならない段階に来たな、と実感した。
この日、今回の移植作戦の司令本部が置かれた東京ヘリポートに国際電話を入れたが、電話番の女性に「上司に確認しましたが、最近、そんなものが置かれた事実はありません」の一点張りで、何度かけ直してもらちが明かない。
古い知人の農水省幹部に国際電話を入れると、「その件はマズイ。電話では話せん。済まんが、いま会議中だ。後にしてくれ」と往(い)なされる。一時間後にかけ直すと、部下と思われる若い男性職員から「外出しています」というつれない返事が来た。いくつか関連すると思われる部署にかけてみたが、さんざんタライ回しにされ、挙句の果てに「何かの勘違いじゃありませんか?」と電話をたたき切られた。気を取り直して防衛省の海上幕僚監部にも国際電話をかけてみたが、電話口の下級隊員に今回の移植作戦の概略が伝達されているはずもなく、まったく相手にされなかった。
午前中は、こんな調子で終わり、昼遅く、午後一時ぐらいにマイケル青年が大きな紙の買い物袋を両手で抱えてリビングに入ってきた。自由に出入りできるようにマイケル青年には、アパートメントの玄関と門扉の鍵、ひと揃いを渡してある。食欲が乏しい遥樹のためにロールパンとパック入り牛乳を、鷹田教授自身とマイケル青年の分としては、卵やハム、ソーセージ、燻製にした鶏肉、地元の果物、生野菜とドレッシング、魚肉の缶詰、インスタント・コーヒー、調味料などを購入して用意するように頼み、然るべき現金も渡しておいた。
リビングのすぐ隣のダイニングに備え付けの冷蔵庫に食材を仕舞い入れるマイケル青年の様子を眺めていると、よく気が利くというか、頼んでもいない地場産の瓶ビール数本や、つまみになりそうなチーズの類も買い物袋の底に忍ばせていたのがわかった。大したちゃっかりもんだ、とにんまりしながら、鷹田教授は思う。
熟睡している遥樹には悪いと思いながらも、マイケル青年にハムエッグを作ってもらう。仕上がりを褒めながら、マイケル青年と食卓をともにして掻き込んでいると、遥樹が二人の食事の様子に気が付いて目を覚ましたらしい。寝室から頼りない足取りで現れて、かすれ声で「薬を飲むので、パンと牛乳をください」と言ってくる。遥樹は、ロールパンを二つ乗せたトレーと牛乳を八分目ほど注いだマグカップをマイケル青年から受け取ると、力なく微笑んで、リビングから出ていった。深夜、うなされる遥樹を鷹田教授が再び介抱することになったのは、言うまでもない。
翌朝も鷹田教授は、前日と同様に関係方面に指示出しをこなしたあと、マイケル青年の簡単な料理で昼食を取り、午後は再度、農水省や防衛省にクレームの国際電話を入れる。またもタライ回しにされる。夕食は、愚痴りながらのマイケル青年とのビール談義となる。深夜には、再び不眠で体調不良の遥樹を介抱することになった。
こんな日が、五日ほど続いたが、後半の日々は、遥樹が夜中に不眠をさほど訴えなくなってきたのが、不幸中の幸いだった。
六日目に遥樹は、起床時間こそ昼少し前と遅かったものの、昼食はマイケル青年が出す手製のスクランブル・エッグやポテト・サラダ挟みホットドックなどを抵抗なく食べられるほどに食欲が回復した。遥樹はダイニング・テーブルで、マグカップの牛乳を飲み干すと、真向かいで別メニューの鶏肉の燻製をフォークで頬張る鷹田教授とマイケル青年に、「いろいろと心配をかけてしまい、すみません」と謝った。
「謝ることはない。遥樹に想定外の迷惑と災難を招き寄せた張本人は、この俺だ」と鷹田教授がすかさず返した。
「ところで遥樹、せっかくグアム島にやって来たんだ。今日の午後、タモン湾の海岸に、有名な夕陽でも見に行かないか」と切り出す。日差しが弱い夕方なら、TBIによる光過敏症が疑われる遥樹にも楽ではないかと、夕陽での気分転換を提案したのだった。
遥樹は、しばらく考えるような表情でいたが、目に精気を湛え、「行きます」とはっきり答えた。
午後早く、強い降り方のスコールのあと、嘘のように空が晴れ渡った。
午後五時半過ぎ、遥樹と鷹田教授、マイケル青年とその友人のタクシー運転手は、タモン・ビーチの西の外れにいた。
アルミフレームに布を張っただけの折りたたみ椅子を二つマイケル青年が貸してくれたので、遥樹と鷹田教授はそれぞれ腰掛けて、前方の洋上に沈みゆく大きく真っ赤な太陽を眺めている。蒼さと暗さを深めた空と赤や橙を綯(な)い交(ま)ぜにして輝いて綿のように浮かぶ大きな積乱雲が、見事なコントラストを作りだしている。
左後ろの砂浜に敷かれた二枚のビニールシートには、マイケル青年が頭の後ろで両手を組んで寝そべっており、友人のタクシー運転手は両腕を後ろにビニールシートに突いて上半身を起こして両足を無造作に前に投げ出して横になっている。友人のタクシー運転手は、観たい大リーグの試合があるからと言って、ポータブル・テレビを持参して中継を受信しており、夕陽目当てに遠方から来ているだろう観光客たちからすれば、夕陽鑑賞の雰囲気がぶち壊しだろう。
真昼に透明度の高い海中でシュノーケリングを楽しんでいた観光客たちが、遥樹たちの左右周辺のそこここに簡易ベッドのように背もたれが長いビーチ・チェアを並べて身を委ねているのが見える。
右手の浜の方ではバーベキューが始まったようで、火の明かりがいくつか見えてきた。はるか右手には、柔らかな赤い陽に染まった恋人岬が望まれる。波打ち際を右から左へ、西の夕陽に向かって二人の長身のアメリカ人がジョギングして走り過ぎていく。
洋上から夕陽を一望しようというのだろう、立ち漕ぎサーフィンをする人の影もいくつか穏やかな波の上に浮かんでいる。
マイケル青年の提案で、人が込み合う夕陽展望スポットで有名なタモン・ビーチを避け、やや西側にあるグアム・ゴバモール・ヨセフ・フロレス・ビーチから東へゆっくり歩き、タモン・ビーチの手前で日没を眺めようということになったのだった。グアム・ゴバモール・ヨセフ・フロレス・ビーチは、日本人観光客には「イパオ・ビーチ公園」の名でよく知られている。「砂浜がタモン海岸より硬いので、ミスター・クスノキにも歩きやすいはず。ここのアパートへの帰り道には、屋台がたくさん出るチャモロ・ビレッジにも寄れるから、夕食にも好都合です」ということをマイケル青年は流暢な英語でしゃべり、鷹田教授に勧めたのだった。
沈む夕陽を眺めながら、鷹田教授は、「こんなことになって済まん」と率直に遥樹に謝った。遥樹は、夕陽を見つめながら、この世とは思えない景色だと感じていたが、鷹田の言葉で現実に引き戻された。
「いいえ、先生のせいじゃありません。いろいろな偶然が重なったのでしょう。沖ノ鳥島に置いてきたスーパー・プラント化させたフタバナヒルギが、無事に台風を乗り越えられたのか確かめられず、心残りです。ところで先生、僕がオスプレイの中で見た電子メールの二通目ですが、途中で終わっていたんですけれど、確か、『お前は、お前の』だったと思いますが、続きは何を書こうというお考えだったんですか?」
鷹田教授は、遥樹らしいしっかりさが戻ってきたなと感じつつ、安易には答えにくく、文字で表現しようとしたことを口頭でじかに伝えることの照れ臭さも手伝い、視線を砂浜に落とし、「あれか」と言ったまま、左手で頭の後ろを掻き始めた。
ここで鷹田教授の携帯電話がデジタルの受信音を鳴らした。「ちょっと、悪いな」と言って、鷹田教授が胸ポケットから左手で携帯電話を取り出し、右手で開いて自分の左耳に押し当て、名前を名乗った。聞き覚えのある、しわがれ声が聞こえた。
「わしだ、篠原だ。鷹田くん、今どこにいる」
「あっ、グアム島内ですが、今ここはビーチです。あっ、いえっ、済みません。遊んでるわけでなくて、ええー、遥樹の気分転換のためです」 鷹田教授が携帯電話を耳に押し当てたまま、頭を何度も下げている。やや間を置いて、篠原老人が続ける。
「そうか、楠木くんは、外出できるだけの快方に向かっているのか、何よりじゃ。ところで、鷹田くん。今、地元の新聞記者から連絡があっての。沖ノ鳥島がらみで午後六時からのテレビ・ニュースで放送があるようじゃ。すぐに宿に戻って、見られないか」
鷹田教授は、折りたたみ椅子から勢い良く立ち上がり、砂浜を歩く距離やマイケル青年の友人のタクシーに乗ってからの移動時間などをざっと頭の中で計算し、「時間が間に合いません。そんなに大事なニュースなんですか」と聞き直す。
「わしが君に電話を入れるんじゃ、当たり前じゃろう。日米両政府からの発表だそうじゃぞ」
鷹田教授は、脳天に電撃を受けたような衝撃を感じた。「な、何とかします」
篠原老人は、「地元KUAM局か、NHK海外放送なら見られるはずじゃ」と付け加えた。鷹田教授は、篠原老人に礼を言い添え、携帯電話を切って胸ポケットに押し込むと、マイケル青年と友人のタクシー運転手のほうを振り返った。日本語で、「今すぐ帰るぞ」と怒鳴る。
マイケル青年とその友人が夕陽に顔を染めて、怪訝そうな表情を浮かべている。夕陽のクライマックスはこれから、というようなことをマイケル青年がつぶやいた。
鷹田教授の背中から、ゆっくりと立ち上がった遥樹が「誰からの電話ですか?」と尋ねる。遥樹のほうに向き直って鷹田教授が声の調子を落とし、「篠原さんだ。テレビで重要なニュースの放送があるようだ」と伝える。遥樹も、「それは、一体…」と怪訝そうな顔になった。鷹田教授が篠原の言葉を繰り返す。「日米…両政府…沖ノ鳥島…」
「えっ」と言ったまま、遥樹の動きが止まった。
しまった、遥樹には刺激が強すぎた、との思いが鷹田教授の脳裏をよぎったが、もはや後の祭り。「いくぞっ」と遥樹を促し、浜辺を西へ向かって歩き始めた。
マイケル青年の友人のタクシー運転手に、すぐ立つように手振りで示しているうちに、ビニールシートに寝そべった運転手の顔や左半身が何かでちらちら照らされて明滅する具合になっているのが見えた。野球中継の音声がどこからか聞こえてくる。大リーグの試合の中継放送? いつの間にこんな物を持ち込んでいたのか、と鷹田教授は思った。
と思うや否や、動物かとも思わせる身のこなしで駆け寄って、有無を言わせず、ポータブル・テレビを奪い上げた。あっけにとられる地元青年二人に構わず、鷹田教授は、「遥樹、これで見るぞ」と声を上げた。
夕陽のクライマックスをよそに、四人は、時報とともに躍動的なテーマ・ミュージックに乗せて今日のヘッドラインを英語で告げ始めたKUAMニュースに見入った。ポータブル・テレビは、鷹田教授がさっきまで自分が座っていた折りたたみ式の椅子の上に載せてある。衛星放送を受信できる性能がないため、NHK海外向け放送の受信を諦め、地元局にチャンネルを合わせておいた。
いくつか政治・経済に関係したヘッドラインが続いたあと、巨大台風が通過した翌日の沖ノ鳥島の全景、次いで北小島の航空画像が入った。ニュース・キャスターが、「アメリカ軍の海兵隊と日本の海上自衛隊の協力によって、巨大台風の到達する前に移送したマングローブが見事に防潮林の役目を果たした」という内容を告げた。
航空機が北小島の上空を旋回しながら撮影したと思われる画像は、ポータブル・テレビとあって、さほど鮮明ではないが、北小島を覆う直径五〇メートルほどの黒ずんだ円形コンクリート・ブロックの周りを、緑濃く枝葉を茂らせたフタバナヒルギがぎっしりと囲み、無数のタコ足状の支柱根を力強く生やし、消波ブロックの連なる波打ち際をしっかりと抱きかかえている様子を、視聴者たちに手に取るようにわかるように伝えてくる。
「大成功じゃないか、遥樹!」 鷹田教授が呼びかける。遥樹は、食い入るようにテレビ画面に見入っている。
二、三本の主要ニュースの詳報に番組が進んだあと、日本の南端の沖ノ鳥島がらみの続報が流された。首相官邸内と思われる会見場の中央に立つ濃紺のスーツに身を包んだ日本の首相が、右手から歩み寄って来る海上自衛隊の幹部らしき人物と握手し、次いで左側から入って来た金髪のアメリカ軍将校と見られる人物とも固く握手した。鷹田教授は、「誰だ、こいつら」とつぶやいているが、遥樹には、つい一週間ほど前に言葉を交わしたばかりの既知の人物だった。
「島田一等海佐に…、リチャード中佐…」 遥樹がつぶやく。
すぐに首相の声明が始まった。男性の首相の声に女性の英語による同時通訳の音声がかぶさっている。
「お集まりの皆さん。この二人の優秀な将官の働きによって、日本の最南端に位置する国土が守られました。最新鋭の技術が搭載された長距離輸送機オスプレイと、それによって移送された平和的なバイオ・テクノロジー技術の育んだ植物、スーパー・マングローブの防潮林効果によるものにほかなりません。日米の技術交流、そしてこの二つの技術の産み出す集団的な防衛行動によって、超巨大台風の猛威から沖ノ鳥島は守られたのです」
激しくカメラのフラッシュが焚かれる。
「日米の技術交流? 何を言っている。俺の研究室の、いや遥樹の設計による遺伝子組み換え植物だぞ!」 鷹田教授が怒りを爆発させる。周囲の観光客たちが、どうしたのかと言うように、驚きを帯びた溜め息を漏らす。首相が、手元の原稿をちらっと確かめながら、演説を続ける。
「今回の沖ノ鳥島を守った日米の協力によるスーパー・マングローブ移植作戦の成功を踏まえ、日米同盟のいっそうの深化と拡張のために、アメリカの技術供与による最新鋭輸送機V―22オスプレイ新型機を二〇〇機、わが国の自衛隊基地に導入・配備することを決定いたしました。これにより、今回のような巨大台風に対する防災力、および予期せぬ他国からの侵略行為に対する撃砕力が、格段に向上するということを、国民の皆さんにお約束します」
再びカメラのフラッシュが激しく焚かれるなか、記者団との質疑応答に移った。オスプレイの性能や配備の日程と対象地域、日米同盟への意義などに関する大手マスコミ各社とのやり取りに続き、フリー・ジャーナリストが異彩を放つ質問を投げかけた。
「首相、国内に離発着する軍用機をウォッチしているNPO組織によりますと、今回のマングローブ移植作戦に投入されたオスプレイ一〇〇機のうち、四機が未帰還とみられるとの指摘があります。事実かどうか、お尋ねします」
想定内の質問なのか、首相は落ち着き払った物腰で、「東京湾から飛び立ったオスプレイは、沖ノ鳥島から硫黄島を経由したあと、沖縄、岩国、横田、相模原などに分散して帰還していますので、カウントが合わない場合があるのではないでしょうか」と返した。
「ですが…」とフリー・ジャーナリストが食い下がろうとすると、首相官邸の報道官が次の質問者を指差した。
次の記者の質問は、首相が言及した「スーパー・マングローブ」に関するもので、どこの研究組織が開発した、どのような性格のバイオ・テクノロジーなのかを尋ねるものだった。信じがたい回答が、首相の口からなされた。
「今般のバイオ・テクノロジーに関する詳細は、国益に関わるものであり、ここで詳しく申し述べさせていただくような性質の案件では、ありません」
会見会場に、どよめきが起こった。記者が食い下がる。
「首相、今回の会見は、バイオ・テクノロジーと軍事技術との、いわば〝融合〟による国土保全への成果と言えると思います。オスプレイの基本性能を配布資料で公表しながら、もう一方のバイオ・テクノロジーによる成果をひた隠しにするというのは、いただけません」
首相は、淡々と答える。
「特別にお答えさせていただきますが、今回の案件は、日本の国家・政府にとって他国が有しない最新鋭の技術に該当するとともに、日本の国土の安全保障に関する事案にも当たることから、〝特定秘密〟に準ずる性格の案件に含まれます。どうかご賢察を、お願いします」
会見会場に、ひときわ大きな、どよめきが起こった。記者たちが、口々につぶやいている。「民生の技術を、政府が〝特定秘密〟に指定できるのか?!」と。
テレビの画面は、アメリカのホワイトハウス一階のイーストルームにある会見会場に切り替わった。見慣れた黒人男性大統領の顔がクローズアップになっている。日本の最南端の島におけるスーパー・マングローブ移植作戦の実施と、日本に対するオスプレイ新型機二〇〇機の軍事輸出について、プレスから質問がなされ、大統領が答える。作戦の成功を祝福するコメントに続き、東日本大震災や今回の巨大台風などを含めた気象災害であっても、日本の国土防衛にアメリカが可能な限りの軍事協力を行う意思表明を簡潔に述べた。
ここで番組は、スタジオのニュース・キャスターの画像に切り替わり、次のニュースに移っていった。
布張りの折り畳み椅子に腰掛けていた遥樹が、ひざに置いていた手を握り締め、顔をうつむけて、小さな声で何か繰り返している。
「ち、違う…、違う…、断じて違う……」
「遥樹、しっかりしろ、俺はいつも、お前のそばに…」
鷹田教授が遥樹の肩に手を乗せようとする刹那(せつな)、遥樹がいままで親しい人でも聞いたことのないような声色で叫んだ。
「植物は、政府や人間の所有物なんかじゃない! 人間は、植物を利用するだけ利用しておいて…、植物の本当の力を、僕たちは知らない。人間は、植物にもっと、もっと謙虚にならなければいけないんだっ!」
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