樹上の未来録(樹上都市 ~スーパー・プラントの冒険~改題)

Toshiaki・U

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28 逆風の旅立ち

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 大手総合商社系の研究所に所属する仲本道夫研究員が事件の日にコスタリカ警察に提出したキャサリン・ペリー米大統領補佐官に対する詐欺罪親告の訴状は、警察上層部で「きわめて外交的で政治的要素が強い」と判断され、無期限の保留扱いになった。
 ペリー補佐官が装甲車上で行った言説は、ユー・チューブ上で放映され、長時間にわたる映像ビデオ・ファイルにも記録されていた。ペリー補佐官の発言は、PPLCに対する強制的な接収とM・C・ペリー自然保護財団への編入を表明する内容だったが、ホワイトハウスからは「一刻も早くPPLC施設内に部隊を展開して、テロリストの第二波攻撃とバイオ・ハザードの発生に備えた防御態勢を布くための便宜的な言説だった」との見解が示され、〝PPLC施設乗っ取りのための陰謀〟という説は、明確に否定された。
 これを覆すためには、「ヴァルたち傭兵部隊にエージェントを通じてPPLC攻撃作戦を命じた黒幕がペリー補佐官だ」と証明する必要があった。仲本研究員と弁護士たちは、刑務所に入所中のヴァルに何度も面会し、エージェントが誰かを明かすように求めた。しかしヴァルは、「妹の命が狙われる」として頑強に証言を拒んだ。
 遺伝子操作の作業を休日返上で手伝った高島裕子、同期の佐々木豊、指導教授の鷹田大(だい)教授、その姪の鷹田結(ゆい)は、揃って日本に帰国した。
 時が経つにつれて、事件に対する世間の関心も薄れていった。

 植物可能性研究センター(PPLC)は、原生保存林地区の『シード・バンク』(種子銀行)の建物の一つ、爆破された「シード・リザベーション・ビルディング(種子保存棟)の再建という負担を抱えながらも、徐々に日常業務のペースを取り戻しつつあった。
 大国アメリカからの介入を弾き返したばかりのPPLCだったが、またも外部からの干渉に直面することになった。西欧の科学者団体と環境保護団体が、シベリアのタイガ森林やツヴァル諸島へのスーパー・プラントの導入に反対する声明を発したのだ。
 米軍の装甲車部隊による突入未遂事件の翌週、欧州連合(EU)加盟国の科学者や市民が加入する一五万人規模の国際的な科学者団体「洞察する科学者・市民ネットワーク」(NPSC)のリーダーでEU委員会の農業担当委員も務める中年男性フランス人、アンリ・ネッケルが、フランス北東部のストラスブールで記者会見を開いた。
ネッケル代表は、「スーパー・プラントという〝ハード〟が完成したのかもしれないが、世界各地で在来植物との共存を実現する〝ソフト〟が開発できていない。シベリアの森林大火災、ツヴァル諸島の高潮という緊急事態であっても、投入は時期尚早に過ぎる。巨大科学の失敗は、絶対に許されない」とPPLCに対し反対する姿勢を明確に示した。ネッケル代表は、署名を添えた抗議文を国際ファクシミリでPPLCに対し念入りに送り付けてきた。
 かたや、世界的な環境保護団体の一つは、インターネット上のホームページで、「シベリアのタイガ森林地帯とツヴァル諸島でPPLCが行おうとするスーパー・プラントの拡散行為は、自然界に存在しない植物を屋外に撒き散らすことであって、本質的に自然破壊だ。生物の多様性に悪影響を及ぼす恐れのある行為を禁じるカルタヘナ議定書に明白に違反する行為にほかならない。もしも、この行為を取りやめないのであれば、われわれは非暴力の直接行動によって阻止に動かざるを得ない」との反対声明を発表するとともに、PPLCに電子メールで同じ内容の文書を送信してきた。
 それでも、ロシア連邦政府とロシア森林航空消防局からPPLCに対する協力要請が再三なされたことから、復原地区のサブ・リーダー、ジョージ・ホフマンほか数人のスタッフは、シベリア地方、サハ共和国の首都ヤクーツクに空路で旅立っていった。
 ジョージが搭乗したロシア連邦政府チャーター機のボーイング七六七には、スーパー・プラント化したナナカマドのポット苗が五〇〇〇個積み込まれた。貨物室だけでなく、客室キャビンの二五五席ある座席スペースには、ジョージたちPPLCの研究員や引率のロシア連邦政府の自然資源省連邦林業局の職員たちが座る分を除いて、高さ一メートル半ぐらいに育ったナナカマドのポット苗木を縦五個、横四個、合計二〇個ずつ置いたキャスター付きラックが座席ごと覆うように置かれ、シートベルトでしっかりと固定された。
 客室のフライト・アテンダントのロシア人女性たちが連邦林業局の男性職員たちにロシア語で盛んに話しかけては、笑っている。「こんなフライトは初めてよ」と言っているらしい。
 ジョージが機長室寄りの最前列座席の前に立ち、天を仰ぐように両腕を差し上げ、後部を振り返ってナナカマドの苗木に向かって仰々しく呼びかける。
 「ご搭乗の皆さん。当機がヤクーツクに着陸後、ご搭乗の皆さんには、ロシア森林航空消防局のプロペラ機に乗り継いでいただき、シベリアのタイガ地帯の上空からパラシュート降下の旅を楽しんでもらいます。悲しいかな、お前たちの命は、太く、短くだ!」
 キャスター付きラックの固定具合を確認しているPPLC復原地区の研究員たち四、五人の男女が、ジョージの馬鹿でかい声に苦笑いを浮かべる。
 打ち合わせでは、森林火災の先端が三週間ほどで到達する距離に複葉プロペラ機やヘリコプターが飛び、「パラシューティスタ」と呼ばれる森林航空消防士たちがナナカマドの苗木を抱えて落下傘降下し、植え付けることになっている。人手が足らず、火が伝う下生えの掘り返しが間に合わない地域、とくに季節風の風下地帯に重点的に植えていく。三週間ほどで生長し切ったスーパー・プラントのナナカマド並木が炎を受け止め、その燃え尽きにくい性質によって炎の前進速度を遅らせる。この間に屈強なパラシューティスタたちが延焼を防ぐべく、人海戦術で下生えの掘り返しを進める手はずになっている。炎の前進を受け止めるうちにナナカマドは、すべて燃え尽きる運命にある。

 数日後、遥樹とフォウがツヴァル諸島のフォンガファレ島フナフティに飛び立つ朝が来た。
 コスタリカ南岸のニコヤ湾の奥に浮かぶチラ島北部の空港の滑走路に白くスタイリッシュな形状の機体のプライベート・ジェット「セスナ・サイテーション・ソヴリン」が着陸している。機首操縦席の少し後ろから降ろされたハッチ兼用搭乗タラップの登り口近くに、遥樹とフォウが並んで立っている。
 遥樹とフォウが見上げる雨季の終盤らしい薄曇りの空を、両翼の上にプロペラ・エンジンを載せた黄色い機体の飛行艇が接近してくる。ボンバルディアCL―415だ。飛行艇は、高度を下げて滑走路に車輪を付けると、徐々に速度を緩めて、プライベート・ジェットに近い位置で停止した。後部の搭乗口が開けられ、簡易な搭乗用タラップが降ろされる。
 短いタラップを、とんとんとんと勢い良く駆け降りるポニーテール髪の娘の姿が見える。ラウラだ。走り寄って、遥樹の手前でぽんと止まると、両手で小さなケースを差し出す。
 「はいっ、ハルキ。忘れ物のサングラス」
 「えっ、ラウラ。このあいだプレゼントしてくれたのは、ここにあるよ」
 遥樹が長袖ワイシャツの左胸ポケットに入れた眼鏡ケースを右手で緩くたたく。ラウラが軽く首を左右に振る。
 「だめだめ。ツヴァル諸島は日差しがきつい赤道直下。もっと黒さが濃いサングラスをかけなきゃ、だめ。光過敏症が再発するよ。はい、古いサングラスはコスタリカ国内用ということで、私がハルキの留守中に預かっておくから、新しいのを使って」
 「う、うん。気遣い、ありがとう。このあいだのお返しもしてないのに、またもらっちゃって」
 遥樹が言われるままに、持ってきた眼鏡ケースをラウラに差し出し、新しい眼鏡ケースを受け取る。
 「いいの、いいの。このあいだの爆破事件では、動転した私を守ってくれたよ。それに、帰ってきたら、ハルキの得意なツリー・クライミングを教えてね。サングラスは、これからも、ハルキの出張する先の国の数だけ、作ってあげる」
 遥樹が照れたような笑みを浮かべながら、うんうんとうなずく。
 「マドリガルさんは、クスノキさんのサングラス管理担当ね」 フォウ・イエレミアがくすっと笑いながら、話しかける。長い黒髪の右側を右手の甲に引っ掛けて背中に回す癖の動作をする。
 「海外プロジェクトの成功には、健康管理が欠かせません。身内の務めです」
 「まあ!」 フォウがころころと笑い出す。
 マイケル青年に押される折り畳み車椅子に乗った篠原老人と、付き添うように寄り添うナオミ・ブラウン上席研究員がゆっくりと三人に近づいて来た。マックス・ブリッジマン副所長が斜め後ろに付き従う。コスタリカの早朝から昼、昼から夜にかけての寒暖差は大きい。皆、早朝とあってパーカーや薄いウインド・ブレーカーを羽織っている。
 「ハルキ、フォウ、二人ともしっかりね」 ナオミの言葉に遥樹とフォウがやや緊張した面持ちでうなずく。
 「もう貨物は積み込んだのかね?」 ブリッジマン副所長が尋ねた問いに、遥樹が答える。
 「はい。客席を覆うようにラックを並べて、プロトプラスト(細胞の塊)から育てたマングローブの苗を一〇〇〇本積み込みました。貨物室には、イエレミアさんのサンゴ生長促進モジュールのプロトタイプ・モデルが入っています」
 ブリッジマン副所長がうなずく。篠原老人が遥樹とフォウの瞳を交互に見つめて話しかける。
 「ヨーロッパの科学者同盟と自然保護団体がわれわれの動きに反対する声明を世界に向けて発しておる。現地からの要請があるのにの。このあいだほどではないが、混乱も予想される。気を付けるのじゃぞ」
 ナオミが左腕に抱えていたバインダー・ノートを開き、ちらっと見ながら話し出す。
 「このあいだの海外プロジェクト・コンペティションの投票結果は、このところのごたごたで正式発表がまだなんだけど、しばらく留守になるあなたたち二人には、特別に教えるわね。大まかに言って、チラ島ブランチが最高点。高波の被害の動画映像が説得的だったみたいね。次点がわたしたち、復原地区の砂漠緑化プロジェクト。次に、原生保存林地区、アーサの難民キャンプ・シード・バンクね。その次に、水源林地区のベトナム枯葉剤浄化プロジェクト。えーと、都市林施業地区の宇宙エレベーター構想は人気がなかったわね。バックがNASAだから、嫉妬(しっと)が働いたんでしょうね」
 「そうだったんですか」 フォウがあからさまな喜びは表情に浮かべるのを抑えながら、受け答える。
 「得点点数の比率に応じた資金を、きのう、あなたの『ツヴァル・カナダ環境保護友好基金』に送金しました。頑張ってね」 ナオミがバインダー・ノートを閉じた。篠原老人がうんうんとうなずいている。
 「僕や鷹田教授が日本で世話になっている纐纈(はなぶさ)樹木園からは、跡取り息子の葵くんが僕のスーパー・プラント化したマングローブの胎生種子を可能な限り運んでくれる手はずになっていて、フォンガファレ島で合流する予定です。EUからの反対運動に負けないぐらいの、応援があります」 遥樹が言葉に力を込めた。
 「その反対運動だが、くだんのキャサリン・ペリー米大統領補佐官が、また何か動く気配があるらしい。最近、私の人脈から情報が来た」 ブリッジマン副所長が表情を曇らせる。しかし、すぐに持ち前の明るい表情に戻って、遥樹とフォウを勇気づける。
 「まあ、対外的な面倒な駆け引きは、私が一切合切、引き受ける。君たちは、存分に力を発揮してくれたまえ!」
 「副所長、力を発揮するのは、植物たちです。僕たちは、植物たちが持てる力を解放できるように、少し手伝うだけです」
 遥樹が声を高めると、ブリッジマン副所長だけでなく、ナオミや篠原老人、フォウ、ラウラもうなずく。
 エンジン音を上げ始めたプライベート・ジェット「セスナ・サイテーション・ソヴリン」の搭乗口から、復原地区やチラ島ブランチの研究員たち二、三人が顔をのぞかせる。
 「サブ・リーダー、イエレミアさん、離陸の時間です。搭乗を急いでください」
遥樹が振り返って、右手を上げる。フォウも手を振る。すぐに篠原老人やナオミたちに向き直る。
 「それでは、行ってきます」
 篠原老人が車椅子の上から右手を差し伸べる。遥樹がその手を両手で握る。
 「ツバル諸島の首都フナフチまでは一〇時間以上の長旅じゃな、気を付けてな。わしはこのあと、マイケルと飛行艇であちこち給油も兼ねて寄りながら、またグアムに骨休みに戻ることにしておる。コスタリカは、乾季は昼夜の寒暖が身にこたえるでな。マイケルもグアムの乾季には、航空消防士として消火活動に戻らんとならん。しばしの別れじゃ」
 「篠原名誉所長、お世話になりました」 握る手に遥樹が力を込める。
 「あとは、ナオミたちとしっかりな。イエレミアさんも、相談ごとがあれば、何でもナオミに」
 遥樹とフォウは、力強くうなずくと、踵を返して短いタラップを駆け上がった。搭乗口で振り返って、短く手を振る。二人が奥に姿を消すと、ハッチを兼ねたタラップが引き上げられ、搭乗口が閉じられた。
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