5 / 14
5話「蒼のカーネーション」
しおりを挟む
(……あの日から、何年が過ぎた?)
時計の秒針の音だけが鳴り響く、薄暗い部屋。
窓の外からは、微かに鳥の鳴き声が聴こえてくる。
夜色に染まった髪を意味もなく弄りながら、俺は静かに呟いた。
「……五月蠅い」
誰に聴こえるわけでも、誰かにぼやきたいわけでもなかった。
この言葉も、独りぼっちの空間に響くだけ。
それは僅かな時間、俺の記憶に残るだけですぐに消えていくだろう。
忘れ去られたならば、無かったことと同じ。
「ねえ……」
何かを言いかけたが、特にその後が思いつかずその言葉をしまう。
別に、なんだってよかった。
他愛のない話など、そんなものだろう?
そんな静寂の中、スマホの通知音が鳴り響く。
一応見れば、いつものように青髪の友人からのメッセージが届いていた。
「最近どうだ? 返事の一つでもしてくれ」
別に、俺から伝えることは何もない。
既読だけつけて、そのままスマホを放り出す。
そして、右手でベッドの上を探る。
──今日も、確かに在る。
その手に触れたのは、ノートよりは少し分厚いくらいの本。
表紙は、少し温かみのある頑丈な紙でできている。
その他は大層な装飾があるわけでもない、なんの変哲もない本だ。
それを、固く、固く抱きしめた。
そうして、1日のうち大半の時間はこのベッドの上で過ぎて行く。
視界に映るのは、いつもと変わらない白い天井。
そんな、特に変化もない見飽きた光景が俺の日常だ。
(きっと、これが"死"なのだろう)
外に出ることもなければ、人との関わりを求めることもない。
生きていないならば、つまりは死んでいるのだろう。
視界には、変わらない天井だけが無表情のまま張り付いている。
そうだ。
結局、物語の結末は変わらなかった。
朔に突き放されてから、ちょうど三ヶ月程が過ぎた頃。
俺は、勇気を振り絞ってもう一度、朔に会いに行ったんだ。
物語の結末を変えて欲しいって伝えるために。
だけど、現実はただ残酷なだけだった。
俺はその日も、朔とお揃いの服を着ていた。
それが正しいか間違いかは分からない。
もしかしたら、往生際が悪いと思われるかもしれない。
そんな漠然とした恐怖はあったが、それでもこれは、朔との大切な絆の証だから。
屋敷の前でインターホンを鳴らすことに躊躇っていると、運悪く、朔の父親に見つかってしまった。
この姿に迷いを感じていた俺は怒られることも覚悟したが……朔の父親は言った。
「朔はね、遠くへ旅立ってしまったよ」
それから、屋敷に上げてもらい一緒に花を供えた。
朔の父親は悲しそうな眼で、朔を救えなかった辛さを俺に吐露した。
まるで、俺への言葉ではなく、朔に対する懺悔のようだった。
お土産にもらったのは、朔の好きだったクッキー。
帰って蓋を開けてみれば、甘い香りがふわりと広がった。
それをかじりながら、思ったんだ。
縁の結末は変わらない。
あの日、朔が俺を突き放した理由も解らない。
だが少なくとも、朔は、俺が笑っていられる世界を、俺の全てを持って行ってしまった。
だから、もう……俺は、生きたくない。
誰にも会わず、ただひたすらに立ち止まっていたい。
ふと、視界を横に逸らすとそこには写真立てがあった。
それは色とりどりの花で装飾されている。
とりわけ、目を惹くのは薔薇の花だろうか。
赤、青、黄色、そして──黒。
実は、薔薇はその色によって花言葉も様々だったりする。
人の手により、時間を止められた永遠の園。
人が欺瞞のために造り上げた、美しい生命。
とはいえ、所詮彼らは容れ物に添えられた脇役だ。
写真立ての中にある"君"こそが、俺が求めたものなのだから。
俺は、そこに映る姿にそっと囁きかける。
「今日も、幸せだったね」
そんな他愛もない言葉を投げかける時、口元がふっと笑んだのを感じた。
その感情に満足したように、俺は再び眠りについた──。
*****
夢と現実の狭間、暗闇の中で、俺は不安を感じていた。
それは、薄れゆく気持ちを自覚した時からだろうか。
あの日から、俺は何も変えないつもりでいた。
心の中に描いた縁に対して、ひたすら想いを寄せていた。
"死"の先に老いは無い。
ならば死んでいる俺もまた、"永遠"に変わらない存在であるはず。
それでも、時間というものは残酷だ。
欠けていくこの気持ちを、それに対する哀しみを、なんと表現すればいいのだろう?
そして、誰に伝えればいいのだろう?
いやだ。
行かないで。
忘れたくない。
忘れたくない。
忘れたくない忘れたくない忘れたくない忘れたくない忘れたくない忘れたくない忘れたくない忘れたくない……
焦燥が、その心を手酷く包み込む。
秒針の音も、速まる鼓動も、何も、何も聴こえはしない。
聴こえていたとしても、どうでもいい。
(ああ、止まってくれ──)
縋るような思いで、いつものように本を抱きしめた。
そんな時、つい思い出してしまうのはもう再会すら望めないかつての友達の言葉。
『これは、ユンがヒーローになる物語なんだから!』
だけどそれは、叶わない願いでしかない。
何故なら、俺はヒーローではなかった。
やがて、見開いた眼から涙が溢れ出す。
どこでもいい、この感情から逃げられる場所があるなら……どうか、連れて行ってほしい。
俺はその勢いに身を任せ、隠しきれない嘆きに両手で顔を覆った。
"ガシャリ──"
その拍子に、何か固いものがベッドから落下する。
それはいつも身に着けている懐中時計だった。
表面は割れていなかったが、どうやら中のパーツが外れてしまったらしい。
時間は完全に止まり、もう進むこともない。
(……ああ、そうか)
どうして、今まで気づかなかったのだろう?
確かに、俺はヒーローではない。
だから、俺には縁を救えない。
けれど……仮に、ヒーローが居るとすれば?
その存在ならば、縁を救えるかもしれない。
俺に作り出せなかった、ハッピーエンドへの道を切り開いてくれるかもしれない。
それに、仮にダメだったとしても──
薄れゆく想いを食い止めるような、"永遠"を造りだしてくれると思う。
だって、それは俺と同じ目的を持った、俺よりもずっと近くで縁を見続けている存在のはずだから。
そうだ、そうに違いない。
その希望に魅せられた俺は、狂喜し笑い声をあげた。
今度こそ、縁を救えるはずだ。
乱高下した感情は、俺を繋いでいた鎖を引き千切るような高揚感を与えてくれた。
もう、誰にも邪魔させはしない。
******
俺は、結論が出れば行動は早い方だった。
何日かかけて準備を済ませると、ふと窓の外に見つけたひこうき雲が気になった。
(最後に、外の空気でも吸いに行こうか)
特別な理由があるわけではない。
ただ、なんとなくだけど……風に、空に、そして太陽にお別れを言いたくなったんだ。
やがて川辺の土手に辿り着いた俺は、そこに座って空を見た。
逆光を受けた鳥が、弧を描いて飛んでいる。
名前も知らない、伸びた雑草がそよそよと揺れていた。
(小さい頃は、ここでもよく遊んだな)
幼き日の追想など、いつ以来だろうか。
頭の中では、青髪の友人と川遊びに来た夏を思い出していた。
そんな日々すら、もう遠い昔のことなのに。
少しだけ後ろ髪を引かれるような思いは、一体何に対してだろう?
(……そろそろ、終わりにしよう)
そのまま土手に寝ころんで、強く願う。
その代償を、──自らの心を投げ出しながら。
ヒーローってのは、強い願いに惹かれて現れる。
それは、数多の物語でも語られてきた事実だ。
だから、きっと……この祈りも届くはずさ。
薄れゆく自分自身を理解しながら、やがて目を覚ますものにそっと想いを預ける。
そうして託した期待を胸に、俺の意識は深い深い闇に沈んで行った。
対称的に、光を求める"もう一人の俺"の長い髪に暁色が宿っていく。
きっと、見つけてくれるだろう。
俺が望んだ"幸せ"を──。
*****
ピィピィと生き物のような声がする。
何者かが、頬を撫でている。
その違和感にゆっくりと瞼を開くと──どこまでも続く青色が広がっていた。
(ここは……?)
どうやら、俺は眠っていたようだ。
でも……いつから、どうしてこんなところで……?
この場所に見覚えはない。
頬を撫でていたのは、手や機械的な物ではなく、そよそよと揺れる何かだった。
それは地面からたくさん伸びており、緑色で細長かった。
声の主は──生き物は、どこにいるのだろう?
見たこともないくらい強い光が俺を照らしている。
その出所は、広がった青色に張り付いている。
ただ、それは遠くにあるらしく、手を伸ばしても届かないだとかそういう問題の距離ではなさそうだ。
誰がどうやって、あんなところに取り付けたのだろう?
時折、広がる青色の中を影が通り過ぎた。
大きさは疎らで、それらも手を伸ばして届く距離ではない。
だけど、青色よりはまだ低い位置にある。
もしかすると───!!
「縁……?」
ふわふわと浮いていた思考が戻ってきた瞬間、俺は素早く起き上がった。
その勢いで、金色と赤色の長い髪がふわりと揺れる。
辺りを見渡し、そこに君がいないことを確認した。
(縁の"能力"ならば、あの影に手が届いたかもしれない)
そんな思考が過った瞬間、意識は覚醒した。
しかし──
(あれ……?)
妙にぼんやりとする感覚。
まるで、自分が自分じゃないような漠然とした違和感。
いや、そもそもの話──
(俺は、縁と出会って……それから、どうしたんだっけ?)
縁が、俺にとってかけがえのない存在であることは理解している。
だけど、それ以外の記憶が……俺と縁が出会ってからのことが何も思い出せない。
どうやら、ここに来た理由だとか、どうやって来たとか、そんな小さな問題ではないようだ。
何もかもが解らないことだらけだ。
この状況も、縁が居なくなってしまった理由も。
だけど、俺がやるべきことは一つしかない。
(──縁を、探さないといけない)
縁が傍に居てくれるなら、それでいい。
それだけが、俺の願いだった。
「君がそう思うなら、探せばいいよ」
頭上から聞こえた、見下ろし、押さえつけるような誰かの声。
顔を上げれば……そこには誰も居なかった。
一瞬視えた人影は、都合よく認識されてしまっていたのだろうか。
あるいは、あの青色に張り付いた光のせいでよく見えなかった。
とはいえ、そんなことはどうでもよいのだが。
「縁──待っててね」
俺はそれだけ呟くと、立ち上がって服の埃を掃う。
そして、青色の下をそっと歩き出した。
大丈夫。君が見つかるまで諦めるつもりはない。
時計の秒針の音だけが鳴り響く、薄暗い部屋。
窓の外からは、微かに鳥の鳴き声が聴こえてくる。
夜色に染まった髪を意味もなく弄りながら、俺は静かに呟いた。
「……五月蠅い」
誰に聴こえるわけでも、誰かにぼやきたいわけでもなかった。
この言葉も、独りぼっちの空間に響くだけ。
それは僅かな時間、俺の記憶に残るだけですぐに消えていくだろう。
忘れ去られたならば、無かったことと同じ。
「ねえ……」
何かを言いかけたが、特にその後が思いつかずその言葉をしまう。
別に、なんだってよかった。
他愛のない話など、そんなものだろう?
そんな静寂の中、スマホの通知音が鳴り響く。
一応見れば、いつものように青髪の友人からのメッセージが届いていた。
「最近どうだ? 返事の一つでもしてくれ」
別に、俺から伝えることは何もない。
既読だけつけて、そのままスマホを放り出す。
そして、右手でベッドの上を探る。
──今日も、確かに在る。
その手に触れたのは、ノートよりは少し分厚いくらいの本。
表紙は、少し温かみのある頑丈な紙でできている。
その他は大層な装飾があるわけでもない、なんの変哲もない本だ。
それを、固く、固く抱きしめた。
そうして、1日のうち大半の時間はこのベッドの上で過ぎて行く。
視界に映るのは、いつもと変わらない白い天井。
そんな、特に変化もない見飽きた光景が俺の日常だ。
(きっと、これが"死"なのだろう)
外に出ることもなければ、人との関わりを求めることもない。
生きていないならば、つまりは死んでいるのだろう。
視界には、変わらない天井だけが無表情のまま張り付いている。
そうだ。
結局、物語の結末は変わらなかった。
朔に突き放されてから、ちょうど三ヶ月程が過ぎた頃。
俺は、勇気を振り絞ってもう一度、朔に会いに行ったんだ。
物語の結末を変えて欲しいって伝えるために。
だけど、現実はただ残酷なだけだった。
俺はその日も、朔とお揃いの服を着ていた。
それが正しいか間違いかは分からない。
もしかしたら、往生際が悪いと思われるかもしれない。
そんな漠然とした恐怖はあったが、それでもこれは、朔との大切な絆の証だから。
屋敷の前でインターホンを鳴らすことに躊躇っていると、運悪く、朔の父親に見つかってしまった。
この姿に迷いを感じていた俺は怒られることも覚悟したが……朔の父親は言った。
「朔はね、遠くへ旅立ってしまったよ」
それから、屋敷に上げてもらい一緒に花を供えた。
朔の父親は悲しそうな眼で、朔を救えなかった辛さを俺に吐露した。
まるで、俺への言葉ではなく、朔に対する懺悔のようだった。
お土産にもらったのは、朔の好きだったクッキー。
帰って蓋を開けてみれば、甘い香りがふわりと広がった。
それをかじりながら、思ったんだ。
縁の結末は変わらない。
あの日、朔が俺を突き放した理由も解らない。
だが少なくとも、朔は、俺が笑っていられる世界を、俺の全てを持って行ってしまった。
だから、もう……俺は、生きたくない。
誰にも会わず、ただひたすらに立ち止まっていたい。
ふと、視界を横に逸らすとそこには写真立てがあった。
それは色とりどりの花で装飾されている。
とりわけ、目を惹くのは薔薇の花だろうか。
赤、青、黄色、そして──黒。
実は、薔薇はその色によって花言葉も様々だったりする。
人の手により、時間を止められた永遠の園。
人が欺瞞のために造り上げた、美しい生命。
とはいえ、所詮彼らは容れ物に添えられた脇役だ。
写真立ての中にある"君"こそが、俺が求めたものなのだから。
俺は、そこに映る姿にそっと囁きかける。
「今日も、幸せだったね」
そんな他愛もない言葉を投げかける時、口元がふっと笑んだのを感じた。
その感情に満足したように、俺は再び眠りについた──。
*****
夢と現実の狭間、暗闇の中で、俺は不安を感じていた。
それは、薄れゆく気持ちを自覚した時からだろうか。
あの日から、俺は何も変えないつもりでいた。
心の中に描いた縁に対して、ひたすら想いを寄せていた。
"死"の先に老いは無い。
ならば死んでいる俺もまた、"永遠"に変わらない存在であるはず。
それでも、時間というものは残酷だ。
欠けていくこの気持ちを、それに対する哀しみを、なんと表現すればいいのだろう?
そして、誰に伝えればいいのだろう?
いやだ。
行かないで。
忘れたくない。
忘れたくない。
忘れたくない忘れたくない忘れたくない忘れたくない忘れたくない忘れたくない忘れたくない忘れたくない……
焦燥が、その心を手酷く包み込む。
秒針の音も、速まる鼓動も、何も、何も聴こえはしない。
聴こえていたとしても、どうでもいい。
(ああ、止まってくれ──)
縋るような思いで、いつものように本を抱きしめた。
そんな時、つい思い出してしまうのはもう再会すら望めないかつての友達の言葉。
『これは、ユンがヒーローになる物語なんだから!』
だけどそれは、叶わない願いでしかない。
何故なら、俺はヒーローではなかった。
やがて、見開いた眼から涙が溢れ出す。
どこでもいい、この感情から逃げられる場所があるなら……どうか、連れて行ってほしい。
俺はその勢いに身を任せ、隠しきれない嘆きに両手で顔を覆った。
"ガシャリ──"
その拍子に、何か固いものがベッドから落下する。
それはいつも身に着けている懐中時計だった。
表面は割れていなかったが、どうやら中のパーツが外れてしまったらしい。
時間は完全に止まり、もう進むこともない。
(……ああ、そうか)
どうして、今まで気づかなかったのだろう?
確かに、俺はヒーローではない。
だから、俺には縁を救えない。
けれど……仮に、ヒーローが居るとすれば?
その存在ならば、縁を救えるかもしれない。
俺に作り出せなかった、ハッピーエンドへの道を切り開いてくれるかもしれない。
それに、仮にダメだったとしても──
薄れゆく想いを食い止めるような、"永遠"を造りだしてくれると思う。
だって、それは俺と同じ目的を持った、俺よりもずっと近くで縁を見続けている存在のはずだから。
そうだ、そうに違いない。
その希望に魅せられた俺は、狂喜し笑い声をあげた。
今度こそ、縁を救えるはずだ。
乱高下した感情は、俺を繋いでいた鎖を引き千切るような高揚感を与えてくれた。
もう、誰にも邪魔させはしない。
******
俺は、結論が出れば行動は早い方だった。
何日かかけて準備を済ませると、ふと窓の外に見つけたひこうき雲が気になった。
(最後に、外の空気でも吸いに行こうか)
特別な理由があるわけではない。
ただ、なんとなくだけど……風に、空に、そして太陽にお別れを言いたくなったんだ。
やがて川辺の土手に辿り着いた俺は、そこに座って空を見た。
逆光を受けた鳥が、弧を描いて飛んでいる。
名前も知らない、伸びた雑草がそよそよと揺れていた。
(小さい頃は、ここでもよく遊んだな)
幼き日の追想など、いつ以来だろうか。
頭の中では、青髪の友人と川遊びに来た夏を思い出していた。
そんな日々すら、もう遠い昔のことなのに。
少しだけ後ろ髪を引かれるような思いは、一体何に対してだろう?
(……そろそろ、終わりにしよう)
そのまま土手に寝ころんで、強く願う。
その代償を、──自らの心を投げ出しながら。
ヒーローってのは、強い願いに惹かれて現れる。
それは、数多の物語でも語られてきた事実だ。
だから、きっと……この祈りも届くはずさ。
薄れゆく自分自身を理解しながら、やがて目を覚ますものにそっと想いを預ける。
そうして託した期待を胸に、俺の意識は深い深い闇に沈んで行った。
対称的に、光を求める"もう一人の俺"の長い髪に暁色が宿っていく。
きっと、見つけてくれるだろう。
俺が望んだ"幸せ"を──。
*****
ピィピィと生き物のような声がする。
何者かが、頬を撫でている。
その違和感にゆっくりと瞼を開くと──どこまでも続く青色が広がっていた。
(ここは……?)
どうやら、俺は眠っていたようだ。
でも……いつから、どうしてこんなところで……?
この場所に見覚えはない。
頬を撫でていたのは、手や機械的な物ではなく、そよそよと揺れる何かだった。
それは地面からたくさん伸びており、緑色で細長かった。
声の主は──生き物は、どこにいるのだろう?
見たこともないくらい強い光が俺を照らしている。
その出所は、広がった青色に張り付いている。
ただ、それは遠くにあるらしく、手を伸ばしても届かないだとかそういう問題の距離ではなさそうだ。
誰がどうやって、あんなところに取り付けたのだろう?
時折、広がる青色の中を影が通り過ぎた。
大きさは疎らで、それらも手を伸ばして届く距離ではない。
だけど、青色よりはまだ低い位置にある。
もしかすると───!!
「縁……?」
ふわふわと浮いていた思考が戻ってきた瞬間、俺は素早く起き上がった。
その勢いで、金色と赤色の長い髪がふわりと揺れる。
辺りを見渡し、そこに君がいないことを確認した。
(縁の"能力"ならば、あの影に手が届いたかもしれない)
そんな思考が過った瞬間、意識は覚醒した。
しかし──
(あれ……?)
妙にぼんやりとする感覚。
まるで、自分が自分じゃないような漠然とした違和感。
いや、そもそもの話──
(俺は、縁と出会って……それから、どうしたんだっけ?)
縁が、俺にとってかけがえのない存在であることは理解している。
だけど、それ以外の記憶が……俺と縁が出会ってからのことが何も思い出せない。
どうやら、ここに来た理由だとか、どうやって来たとか、そんな小さな問題ではないようだ。
何もかもが解らないことだらけだ。
この状況も、縁が居なくなってしまった理由も。
だけど、俺がやるべきことは一つしかない。
(──縁を、探さないといけない)
縁が傍に居てくれるなら、それでいい。
それだけが、俺の願いだった。
「君がそう思うなら、探せばいいよ」
頭上から聞こえた、見下ろし、押さえつけるような誰かの声。
顔を上げれば……そこには誰も居なかった。
一瞬視えた人影は、都合よく認識されてしまっていたのだろうか。
あるいは、あの青色に張り付いた光のせいでよく見えなかった。
とはいえ、そんなことはどうでもよいのだが。
「縁──待っててね」
俺はそれだけ呟くと、立ち上がって服の埃を掃う。
そして、青色の下をそっと歩き出した。
大丈夫。君が見つかるまで諦めるつもりはない。
0
あなたにおすすめの小説
僕は今日、謳う
ゆい
BL
紅葉と海を観に行きたいと、僕は彼に我儘を言った。
彼はこのクリスマスに彼女と結婚する。
彼との最後の思い出が欲しかったから。
彼は少し困り顔をしながらも、付き合ってくれた。
本当にありがとう。親友として、男として、一人の人間として、本当に愛しているよ。
終始セリフばかりです。
話中の曲は、globe 『Wanderin' Destiny』です。
名前が出てこない短編part4です。
誤字脱字がないか確認はしておりますが、ありましたら報告をいただけたら嬉しいです。
途中手直しついでに加筆もするかもです。
感想もお待ちしています。
片付けしていたら、昔懐かしの3.5㌅FDが出てきまして。内容を確認したら、若かりし頃の黒歴史が!
あらすじ自体は悪くはないと思ったので、大幅に修正して投稿しました。
私の黒歴史供養のために、お付き合いくださいませ。
《完結》僕が天使になるまで
MITARASI_
BL
命が尽きると知った遥は、恋人・翔太には秘密を抱えたまま「別れ」を選ぶ。
それは翔太の未来を守るため――。
料理のレシピ、小さなメモ、親友に託した願い。
遥が残した“天使の贈り物”の数々は、翔太の心を深く揺さぶり、やがて彼を未来へと導いていく。
涙と希望が交差する、切なくも温かい愛の物語。
【完】君に届かない声
未希かずは(Miki)
BL
内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。
ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。
すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。
執着囲い込み☓健気。ハピエンです。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
望まれなかった代役婚ですが、投資で村を救っていたら旦那様に溺愛されました。
ivy
BL
⭐︎毎朝更新⭐︎
兄の身代わりで望まれぬ結婚を押しつけられたライネル。
冷たく「帰れ」と言われても、帰る家なんてない!
仕方なく寂れた村をもらい受け、前世の記憶を活かして“投資”で村おこしに挑戦することに。
宝石をぽりぽり食べるマスコット少年や、クセの強い職人たちに囲まれて、にぎやかな日々が始まる。
一方、彼を追い出したはずの旦那様は、いつの間にかライネルのがんばりに心を奪われていき──?
「村おこしと恋愛、どっちも想定外!?」
コミカルだけど甘い、投資×BLラブコメディ。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話
降魔 鬼灯
BL
ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。
両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。
しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。
コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる

