君と願う言ノ葉

綾辻ユン

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11話「空に咲くアストランティア」

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これは、最愛の友への懺悔。
たくさんの世界を創り、たくさんの世界を壊した、僕はきっと神様だった。
けれど……僕が作った世界は、僕の大切な友達を闇の中に閉じ込めちゃった。

「ねえ、ユン。
今も僕が神様なら、君を救うことはできるのかな?」

だから僕は、輝く星の海の中から一つの欠片を手に取った。

「どうか、届いて」

その欠片は、まるで流れ星のように、地上に向かって降りて行った。
これが、僕にできる最後の贈り物なんだ。

*****

あの丘は一体何だったのだろう?
歩き続けていると、人の居る土地まで戻って来られた。
いつの間にか、随分遠くまで来ていたようだ。
見慣れた街に戻った頃には、月はいつものように優しく世界を見守っていた。
空に浮かぶ星々が、小さく、それでも力強く輝いている。

ふと、ここまでの道のりを共にしてきた君に向かって話しかけた。
本当は、こんなところに君が居ないことくらい解っているのに──。

「縁、俺はね……」
君の願いが、怖かった。
君の願いが、辛かった。

どんなに祈っても、唱えても、喚いても──
もう、俺の願いは叶わない。
それなのに、君の幻影は今日も俺に言うんだ。

『生きて』
たった3文字の、とても難しい願い事を。
肩を刺されて崩れ落ちた俺が、最後に聴いた君の言葉を。

土手の上、俺は眠りについたタンポポを通り越してただ歩く。
空に輝く光たちに見送られながら。

今日も、川は静かに流れ続ける。
決して歩みを止めることなく、いつか廻る為に旅をする。
そういえば、最初に目を覚ましたのはこの辺りだったな。

「……綺麗、ですね」
「……え?」

遠くを見上げる人影が、そっと囁いた。
俺は暗闇の中、顔も見えないその人物に呼び止められたのだと悟る。
いや、それよりも──!

「貴方にとって、欠片ほどの意味を持たないものだとしても、
貴方にとって、それが日常になったとしても……、
私たちにとって、これは非日常のまま、永遠に来なかった景色なんです」

なんで、どうして……?

「そう……これが、私が見たかった世界」
「観測者……!!」

間違いない。
この声は、元の世界で出会い、そして死んでしまった"観測者"だ!

「お久しぶりですね、ユンさん。……少し、髪が伸びましたか?」
「ねえ、観測者。……これは、夢……?」
「夢かもしれませんし、そうじゃないかもしれません。
でも、あなたがここにいるんですから、私がいたって何もおかしくはないでしょう?」

そうやって交わした言葉に、思わず懐かしさを覚える。
いつも、観測者に何かを問いかけるばかりだった日々が戻って来たような気分だった。
そしてその度に、少しはぐらかしながら答えてくれる彼女が居たんだ。

「ユンさん。私と一緒に、星を観てくれますか?」
「う、うん……」

そのまま、遠い、遠い空を見た。
名前も知らない、たくさんの星が見える。

「知っていますか? 星と星を線で繋ぐと、絵になるんです」
「……」
「空に輝く星たちにも、みんな仲間がいるんですよ」
「……」

ああ、なんて言葉を切り出せばいいのだろう?
いつも通り、観測者に聴きたいことはたくさんあるはずなのに……。

「……ユンさん?」
「うん?」
「いえ、今日はなんだか……無口ですね」
「だって……」

無理もないだろう。
元の世界の、それも死んでしまったはずの人物がここに現れたなんて。
何が起こったのかなんて、聞くに聞けない。
そんな俺の顔を、観測者はどこか寂しそうな眼で見つめた。

「……私は"観測者"。貴方が結末を迎えるその時まで、見守るのが私の役目」
「……」
「今日は〝神様〟のお使いで来たんですよ」
「……?」
「ねえ、知っていますか?
人はね、死んでしまったら空に昇ってお星さまになるんですよ」
「そんな、こと……」
「私はこの姿で、約束を果たせなかったかもしれない。
でもね、これからもずっと、ずっと見守っているんです」

観測者は淡々と語る。
その瞳を覗き返せば、無数の星が彼女の瞳の中に映り込んでいた。
星空を閉じ込めたようなそれは、まるで本当に宇宙のようだった。

「だから、ユンさん。私の約束を一つ、聞いてください。この世界で……」
「……"真実を見つけること"」
「あっ……」

彼女の顔に、確かに驚きと喜びが映った気がした。

「そう、憶えていてくれたんですね。……嬉しいです」
「……この世界の真実も、もう見つけたよ」
「ユンさんは確かに、真実にたどり着いたかもしれない。だけど、真実の先にはまた次の真実があるんです」
「……?」

観測者はそっと微笑んだ。
瞳に映る星空が、僅かに狭くなる。

「ユンさんは、私の言葉なんて忘れてしまったものだと思っていました」
「だって、それが観測者の……最初で最後の、約束だったんだ」
「ふふ、そうでしたね。
私は独り善がりだった。でも、ユンさんもなかなかのものでしたよ?」

観測者は悪戯っぽく言い返した。
彼女は今まで何度も手を差し伸べてくれたのに、その手を取らなかったのは俺ではないか、と。
返す言葉もない。

だけど一つだけ、今なら解ることがある。
絶望に至る結論に伸ばしてしまった俺の腕を……
夢の中で必死に掴んで止めてくれたのは、きっとこの子だったんだ。

「あのさ、観測者。……その、ごめん」
「いいんですよ。……これで、仲直りです」
「……うん」
「縁さん以外に素直な気持ちを見せるのは、きっと、ユンさんにとってすごく勇気が要ることなんですよね?」

そうかもしれない。
観測者に対して、社交辞令としてのお礼や謝罪をすることならあった。
いくつもの質問だって、詮索する意図が込められていなかったわけじゃない。
こんなに素直な気持ちで接しているのは、初めてのことだった。

「ねえ、ユンさん」
「なに?」
「……いえ、やっぱりやめておきます」

観測者は下を向いて、ぽつりと呟く。

「私の名前……本当は、未瑠(みる)っていうんです」
「……未瑠」
「……ありがとう、ユンさん」

雨も降っていないのに、未瑠の足元には一つの雫が落ちた。
遠い記憶と同じ、彼女の儚い笑顔が一瞬こちらに向けられ──彼女の姿は滲んでいく。
手を伸ばそうとする俺に、未瑠はそっと、バイバイと手を振った。
彼女の消えた場所に遺された小さな光が、遠い遠い空に昇っていく。



「未瑠。……ねえ、未瑠」
返事はなかった。
最後まで、内に秘めた心を明かすこともなく、遠く、遠くへ逝ってしまった。
けれど、きっともう会えはしないのだと、それだけは悟っている。

感傷に浸る俺の後ろから、足音が聞こえた。
「言っただろう? この世界は、面白いんだって」

気づけば、青髪の青年──もう一人の"観測者"が微笑を浮かべながら立っていた。

「そんなこと、俺は……」
「お前も、今までよりもずっと人らしい顔をしてる」
「人らしい?」
「生きている、ってことさ」

その声色は、どことなく嬉しそうだった。

「なあ、面倒ついでにもう一つお願いを聞いてはくれないか?」
「嫌だよ」
「即答だな」
「"観測者"からのお願いは面倒なものだって、もう学んだからね」

今、俺がどんな顔をしているのかはよく分からない。
でも、強いて言うならば笑っているのではないだろうか。
……まるで、縁と一緒にいた時みたいに。

「まあ、そう煙たがるな。簡単なお願いだ」
「信じられないけどね」
「死にたがりを一人、連れ戻してほしいんだ」
「ほらみろ」

溜め息を吐いて、俺はそのまま振り返る。
今日はもう帰ろう。

「気が向いたら、助けてあげるよ」
「……頼んだ」

帰り道。俺は空を見上げ、星々に呟いた。

「今日も、優しい風が吹いているね」

この声は、きっと届いたはずだ。
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