君と願う言ノ葉

綾辻ユン

文字の大きさ
14 / 14

最終話「二つのアイリス」

しおりを挟む
新しい日の昼下がり。
街中には、楽しそうな談笑の声が響き渡る。
俺はこの世界で出来た友達と、ただ他愛もない会話をしながら過ごしていた。

「今日も、とっても良い日だね」
「え、急にどうしたの?」
「ううん、なんでもないよ!」

ここに縁の声は無い。
左手に抱えた本は、確かな重みを感じる、少々白紙の頁の多い本だ。

「その本、いつも持ってるね?」
「うん、俺のお気に入りなんだ」
「でも、一度も見せてくれないんだよねー」
「えへへ、内容は……秘密!」
「何それ、変なの」

空には大きな雲たちがぷかぷかと浮かんでいる。
涼しい風が、空高く舞った木の葉をどこか遠くへ押し上げていく。
彼らの行く先にあるものは分からない。
だけど、きっと楽しい旅になるはずだ。

「ねえ?」

俺は、ここに居ない君に対してそっと呟く。

「いつか、また逢えたら──」

そう、ここではないどこか。
遠い未来、俺が行くべき場所で……。

「また、お話しようね!」

大丈夫。俺が信じている限り、絶対にまた逢える。
それが、俺の物語。

*****

あの日のことを思い出していた。
"物語"の中、笑顔で俺の背中を押してくれた君のこと。

果たして、それは実在したハナシだろうか?
いや、愚問だろう。
何故ならそれは、俺の中に、確かに在る記憶だから。
そして、それは遠い遠い──思い出の中にある。

「……おい、聞いてるか?」
「ああ、ごめん。また考え事をしてたよ」
「お前なぁ……」
「で、今日は何をするんだっけ?」

俺は"観測者"と二人、夜が更けた街を歩く。
生きることを選択したとはいえ、俺──本来のユンが投げ出してしまったものは大きい。
その点、"もう一人の俺"は新しい世界の日々を楽んでいるし、
何より、俺がこの世界に呼び寄せてしまった負い目が無いわけでもない。

だからこうして、アイツが寝静まった頃に表に出ては"観測者"と共にあてもなく過ごしている。
何もない日常も、この先何があるか分からない未来も、きっと、きっと素晴らしいものだから。

「な、この世界は面白かっただろう?」
「……お前、どこまで知ってたんだ?」
「さあな。ただ言えるとするなら……お前らはいざっていう時素直になれない似た者同士だった、ってことなんじゃないか?」
「お前ら、って……誰とのこと言って……」
「誰だと思う?」

相変わらず、勿体付けた言い方をする奴だ。
どうせ、聞いたところで教えてくれはしないのだろう。

「ところで……いつまでその偽名を名乗るつもりなんだ?」
「俺の心配事が消えるまでかな」
「心配事?」
「お前が楽しく笑い続けている姿を見る日までだ」
「それじゃ、まだ暫くは"観測者"であってもらおうかな。
俺も、話し相手の一人や二人くらい欲しいからね」

この世界は生きている。
風も、雲も、月も……全てが、時間の流れと共に移り変わっていく。
あの日、俺が求めた"永遠"は、雪のように、幼き日の夢のように溶けて消えて行った。

「ねえ」

俺は、遠き日に確かに存在していた君に対してそっと呟く。

「……きっと、明日も幸せだよね」



今日も俺は生きている。
これが、俺の物語。

*****

"あるところに、独りぼっちの少年が居ました。
少年は寂しさを紛らわす為に、言の葉を紡いでたくさんの世界を創りました。

それでも、少年は願います。

「僕にも、友達が欲しいな」

本物が欲しい。
そう願う度、少年は世界を壊してしまいます。

ある日、屋敷の窓から外を見ていた少年に、一人の少年が声をかけます。

「ねえ、何してるの?」

その日から、二人は友達になりました。
少年は、初めての友達に一つの物語を書いてあげることにしました。
友達が、みんなの希望となる物語を。

しかし、物語は完成しませんでした。
体の弱い少年には、僅かな余命しか残されていなかったのです。

「ねえ、今日は何して遊ぶ?」

何も知らない友達を見て、寂しがりな少年は言いました。

「ユンなんて、大嫌い」

そのまま、書きかけの物語と友達を置いて少年は遠くに行ってしまいました。

「ごめんね……」

少年は、すぐに後悔しました。
友達が求めた最後の質問に、嘘の結末を伝えてしまったことを。

そんなある日、少年の元を訪れたのは青髪の少年でした。
彼は少年が書いた物語と結末を知り、様子を見に来たのだとか。

「違う、違うんだ……!」

少年は真実を懺悔し、青髪の少年に助けを求めます。

「ならば、謝ることから始めてみたらどうだ?」
「そんなこと、僕にはもう……」

残された時間も、許してもらう資格もない。
何もできないことを悔やみながらも、少年は何も告げないことを望みます。
そんな少年に、青髪の少年は言いました。

「ならば、俺が"観測者"になる」
「えっ……?」
「俺が"観測者"になって、ユンを見守る。あいつが楽しく笑って過ごせるようにするから……安心してほしい」
「……」

少年は、思います。
何もしない方がいいなんて言い訳を並べて逃げる自分は、きっと弱虫なのだと。

「ごめん。僕、頑張ってみるよ……!」

だけど、その願いは叶いませんでした。
スマホの通話ボタンを押そうとする手も、
精一杯に考えた謝罪の手紙も、
最後の勇気を振り絞れないまま時間だけが過ぎて行きました。

そんな想いを嘲笑うかのように、病気は少年を蝕み、
とうとう起き上がることすらできなくなってしまったのです。

だから、最期に少年は物語に願いました。

「どうか、ユンと一緒にいてあげてね。
僕は先に逝ってしまうけれど、ずっと、ずっと見守っているから」

少年の想いは、届いたのでしょうか。
これは、言の葉使いの少年が遺した奇跡の物語。"

*****

それは、少し遠い未来。
その日、俺は思い出に向き合っていた。

『ユンはいつでも、俺のヒーローだよ。
出会った日から今まで、ずっとそうだった。
きっと、これからも変わらない』

果たして、それはいつの会話だっただろう?
出口のない建物の中で、俺は縁と二人、長椅子に座りながら語り合った。

俺たちは、互いに支え合って精一杯に生きてきた。
それは、あのゲームが始まってからも同じ。
だからこそ……俺たちは決意していた。
何があっても、守るものは一つだけだと。

『どうか、生きて……』

それは、どちらの言葉でもある。
縁に刺された時、俺たちは……同時にその言葉を発した。

「……あれ?」

どうして、今まで気づかなかったのだろう?
あの時、俺は刺された痛みに意識を失ったものだと思っていた。
でも、本当は違ったのではないか?

俺の"能力"は、自分の気持ちを相手に感化させる。
それは心からの想いであるほど強まり、時に俺自身の精神に負担をかけてしまうのだ。
そう、気絶してしまうこともある程に。
ならば、あの時は……?

それは一つの可能性に過ぎない。
だけど、辿り着いた答えに俺は確信を持った。

「縁は……生きて、いた……?」

根拠なら、ある。
感化の能力が最大限発揮された状態で、縁にそれが届かなかったはずがないんだ。
それと、もう一つ。

「未瑠が……教えてくれた」

そう、〝神様〟の存在だ。
俺たちを創り出した、白い服の少年。
彼がもし、未瑠を送り出してくれた主だとしたら?
それに、彼女がお使いで来た理由は……?

「……真実を見つけること」

記憶の欠片が、ゆっくりと繋がっていく。
俺が真実にたどり着いていたならば、未瑠がそんなことを言う必要はない。
つまり、あの本を読んだ後にも、俺には見つけられていない真実があったことになる。
その内容は、きっと……。

「縁……」

物語の結末は、違っていたんだ。
縁は、あの世界を生き延びた。
それからのことは分からないけれど……それでも、あの世界で縁は生きていた。

「ありがとう……」

それは、誰に向けての言葉だったのだろう?
俺にもよく分からない。

「今日も、空は綺麗だよ」

物語は、続いていく。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

僕は今日、謳う

ゆい
BL
紅葉と海を観に行きたいと、僕は彼に我儘を言った。 彼はこのクリスマスに彼女と結婚する。 彼との最後の思い出が欲しかったから。 彼は少し困り顔をしながらも、付き合ってくれた。 本当にありがとう。親友として、男として、一人の人間として、本当に愛しているよ。 終始セリフばかりです。 話中の曲は、globe 『Wanderin' Destiny』です。 名前が出てこない短編part4です。 誤字脱字がないか確認はしておりますが、ありましたら報告をいただけたら嬉しいです。 途中手直しついでに加筆もするかもです。 感想もお待ちしています。 片付けしていたら、昔懐かしの3.5㌅FDが出てきまして。内容を確認したら、若かりし頃の黒歴史が! あらすじ自体は悪くはないと思ったので、大幅に修正して投稿しました。 私の黒歴史供養のために、お付き合いくださいませ。

《完結》僕が天使になるまで

MITARASI_
BL
命が尽きると知った遥は、恋人・翔太には秘密を抱えたまま「別れ」を選ぶ。 それは翔太の未来を守るため――。 料理のレシピ、小さなメモ、親友に託した願い。 遥が残した“天使の贈り物”の数々は、翔太の心を深く揺さぶり、やがて彼を未来へと導いていく。 涙と希望が交差する、切なくも温かい愛の物語。

【完】君に届かない声

未希かずは(Miki)
BL
 内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。  ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。 すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。 執着囲い込み☓健気。ハピエンです。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

望まれなかった代役婚ですが、投資で村を救っていたら旦那様に溺愛されました。

ivy
BL
⭐︎毎朝更新⭐︎ 兄の身代わりで望まれぬ結婚を押しつけられたライネル。 冷たく「帰れ」と言われても、帰る家なんてない! 仕方なく寂れた村をもらい受け、前世の記憶を活かして“投資”で村おこしに挑戦することに。 宝石をぽりぽり食べるマスコット少年や、クセの強い職人たちに囲まれて、にぎやかな日々が始まる。 一方、彼を追い出したはずの旦那様は、いつの間にかライネルのがんばりに心を奪われていき──? 「村おこしと恋愛、どっちも想定外!?」 コミカルだけど甘い、投資×BLラブコメディ。

【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話

降魔 鬼灯
BL
 ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。  両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。  しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。  コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。  

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

処理中です...