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第三章:堕落した聖女
その53:ザガム
しおりを挟む「落ち着け。別に取って食おうという訳じゃない。条件によっては見逃してもいい」
「なんでもします!」
「話を聞け。俺の目的は先ほどの通り、大魔王の討伐。そのためにはファムを鍛えることは必須だがこいつを魔族領に連れて行くわけにはいかない。最終的に人間達は不利益を被るかもしれないが【冥王】であることを黙っていて欲しい」
俺の言葉にルーンベルは顔を上げ、眉を潜めながら立ち上がってから口を開く。
「それは絶対に言わないわよ。喋ったらまずは私が殺されるだろうし、知った人間も、でしょ?」
「ああ。人間の国一つくらいなら余裕だからな」
「冥王ならできるでしょうね。でも、どうして馬鹿正直に私に言ったのよ。……洞窟で一緒に埋めとけば良かったのに」
「埋めて欲しかったのか?」
「そうじゃなくて、あんたあれだけの剣幕だったのに今は交渉しようとしている。言っていることがちぐはぐなのよ、気づいてない?」
「……そうか?」
自分では気づかないが、ルーンベルからするとおかしいらしい。確かに頭痛がしている間の記憶はかなり曖昧だが……
俺の様子にため息を吐いてから手を差し出してきた。
「こっちとしては従わざるを得ないからいいわ。協力すれば人間界を手に入れた時に手厚い報酬を期待させてよね」
「……いいだろう。ファムにも知られることなくことを成し遂げたら考えてやる」
「オッケー、交渉成立。にしても冷酷なのか優しいのかわかんないわねザガムって」
「優しくはないぞ」
握手を離し、俺の顔に指を突き付けてそういうルーンベルに返答すると、両手を広げてから苦笑する。
「そう? 魔族ならさっさと私を殺すと思ってたし、まして【王】でしょ? 操ったりするくらいはしそうなのに。それと利用するには人間って弱くない?」
「それは俺も思うところだが、ファムが居る以上人間のフリをしないといけないからな」
「というかあんたで勝てないってどれだけ強いのよ大魔王……ファムちゃんが強くなるイメージも湧かないし……」
「まあ、ダメならヤツの寿命を待つしかないな」
「ポジティブなんだかネガティブなんだか」
ルーンベルが椅子に腰かけるのを見ながら、俺はふと思い出したことを聞いてみる。
「そういえばお前にも目的があると言っていたな。なんだ?」
「……面白い話じゃないわよ」
「そうか。俺のことを黙ってくれているなら、協力してやってもいいぞ」
するとルーンベルは俺の目をじっと見つめた後、
「そうね、その時が来たらお願いするかも」
そう言って力なく笑った。
詮索する必要も無いかと俺は小さく頷いておく。
「分かった」
「それじゃ、私ルーンベル=フランエッジは冥王ザガム様に忠誠を誓いますー」
「軽いな。プライドはないのか」
「死んだらなんにもならないもの。後、なんか『闇の聖女』みたいでかっこよくない? 闇落ち堕落したって感じ?」
「知らん。しかも言葉が被っているぞ」
「ふぎゃ!? なんで叩くのよ!?」
殺されないと分かると、怯えるどころか楽しんでいるルーンベルに呆れつつ、軽く頭のてっぺんを叩いてやる。断じてイライラしてなどいない。
「で、エッチなことする? ファムちゃんが気絶している間に」
「まだそんなことを言っているのか。それはいい」
「女性が苦手って言ってたっけ、なんでなの?」
「……分からん。物心ついたときからこうだ。ユースリアにはそうならないんだがな」
「ほう……誰かしらそれは?」
「気にするな」
「えー、いいじゃない教えてよー」
面白い話を見つけたとばかりに椅子を蹴って俺の首にするとそこで視線を感じ、そちらに顔を向けると――
「じー……。随分仲がいいですね」
「ファムか、いつ目を覚ましたんだ?」
「あ、あら、起きてたのね」
凄い威圧を感じる。まさか勇者の力が目覚めつつあるのか?
それは僥倖だが、とりあえずさっきの話を聞かれていないか気になるな……。
まあ、聞かれていても無理やり従わせるので問題はない。ファムからなにか言い出すまで
「『エッチなことする』って聞いて目が覚めました!! それとまたユースリアって人の名前が出てます! 私も誰か聞きたいです!」
「こら、抱き着くな」
「いーやーでーす! ルーンベルさんは離れてくださいよー」
「んー、面白いからこのままで♪ ……ぎゃぁぁぁぁぁ!?」
「ああああああ!?」
――ファムは暴れるくらいには元気そうなので良かったが、うるさいので二人のこめかみを指で押さえて黙らせてから帰り支度を進めていく。
老婆の家を出ると、ザガート達がフラフラと歩きながら目の前に現れた。
「うえ、あの薬不味かったな……」
「フラミ草の解毒薬はあんなものよ……」
「とりあえず遅効性の毒だから死ななくて良かったわ」
「私は解毒できますけど、先に倒れたからごめんなさい……」
「大丈夫か?」
「ああ、ザガムか。なんとかな……お前が解決したんだろ?」
ザガートが肩を竦めて俺に尋ねてきたので、ルーンベルを前に出して答えることにする。
「今回の功労者はこいつだ。俺は特になにもしていない、ファムを守るので精一杯だったからな」
「いえーい」
「絶対嘘だろ……ま、助かったからいいけど……」
「おーい、ザガート達、そろそろ行くぞ」
「ああ! ……それじゃ帰ろうぜ」
「お風呂はいりたーい」
「何だかんだで三日間全力でしたしね」
スパイクの声でザガート達が向かい、俺達も行くかと足を進める。
「行きますか」
「私今回なんの役にも立ってません……」
「まあ、囮としては優秀だったか」
「ううー、いじわる! ……あ、そういえばおばあちゃんに挨拶しようと思ったんですけど見当たらなかったです。無意識におばあちゃんに庇ったような気がしたんですけど……」
「……」
ルーンベルが寂し気な顔になり、俺も黙り込む。そんな様子に違和感を感じながらもファムは続けた。
「私、ちょっと探してきます!」
「ファム!」
「ひっ!? ……ザガムさん?」
「……大丈夫だ、婆さんはここでもう暮らせないから俺が他の場所に送った」
「で、でも、それだったら王都に――」
「いいんだ、お前が気にすることじゃない」
「あ……」
それだけ言い、俺は先に歩き出す。
……どうして俺はファムに嘘をついた? 別に真実を語ってもいいはずだ。
だけど、ファムが悲しむのは少し嫌だと俺は何故かあの頭痛と共に出てきた女性のビジョンが重なり、嘘を口にしていた――
◆ ◇ ◆
「大きな声、出さなくてもいいのにね」
「……なにかあったのかな……」
「え?」
「まだひと月くらいしか一緒に居ませんけど、ザガムさんがあんな声を出したの、初めてなんです」
「……そうなの?」
「はい。国王のところへ乗り込んだ時も、怒ってたんですけど、冷ややかに喋っているだけでしたから」
「……」
ファムの独白を黙って聞くルーンベル。
「おばあちゃん、実は亡くなったのかな……私を悲しませないために? あ、あはは、考えすぎかな! 行こう、ルーンベルさん」
「そうね」
ファムがザガムを追い、その後をルーンベルがついていく――
「(二重人格、というにははっきりしない発言。冷ややか……冷静? そうかしら、私にはただ感情が薄い、もしくは無いだけな気もするわね。勇者を鍛えて大魔王を倒す……ザガム、あんた両方を敵に回そうとしていることに気づいているの?)」
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