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最終章:罪と罰の果て
その169 アスル公国の前に
しおりを挟む二台の馬車で町を出た僕達。
僕の馬車には、ガクさん、クロウ、カクェールさんと、フヨウさんに和解したけどまだ嫌悪感が残っていると言われ廃人に近いレベルにまで気落ちしたカゲトさんが乗っている。
図らずもこちらの馬車は男性、向こうの馬車はルルカさん、ティリアさん、フヨウさんという女性のみという構成になった。今まで女の子ばかりだったからこういうのもたまには悪くないかも。
御者台でそんなことを考えていると、クロウの声がポツリと呟くのが聞こえてきた。
「早くメディナさんを埋葬してあげたいね」
「うん。アマルティアの最初の犠牲者みたいなものだから、ゆっくり休んで欲しいよ」
「おう、あんまりしんみりするんじゃねぇ。この子も心配で眠れなくなるだろうがよ。で、話を変えて悪いが大魔王が倒された後のアスル公国の状況を知っているやつはこの中にいるか?」
ガクさんが真面目な表情で僕達に尋ねてくる。
「僕とエリィとルビアはエスカラーチを倒した後、ノワール城へ戻るときに少し見たけど町にまだ活気は無かったかな。なんだかんだで悪い奴ではなかったけど、エスカラーチは領地経営をちゃんとしている訳じゃなさそうだったし、国王側についていた貴族はみんな殺されただろうから国民は貧しかったかもしれないね」
「……となると、このまま一気に城へ突撃するしかねぇな」
「どうしてですか? 様子見をした方がいいのでは?」
クロウがガクさんに尋ねると、ガクさんは口を開いた。
「レオスの話だと大魔王の娘がいるんだろ? で、真相はどうであれ大魔王が支配していた間は民も苦しかった。んでアマルティアはその娘を処刑すると言っていたらしいな? となると恐らく見せしめだろうぜ、どういう筋書きかわからねぇが『これで本当に世界は救われた』とでも言いだすぜ」
「それはありそうだな……。なら、アスル公国の国境を越えたら俺とクロウは向こうの馬車へ行く。召喚について何か残っていないか探そう。一時間、見つからなければ……俺だけでもお前達と合流する」
「いえ、カクェールさんはルルカさん達と一緒に逃げてください。ガクさんとカゲトさんもアマルティアと顔を合わせる前に」
「それは――」
ガクさんが何かを言おうとするのを僕は遮る。
「勝算がないわけじゃないけど、アマルティアに通用するかはわからない。敵対すれば確実に殺しに来るだろうから顔を見られない方がいいと思うんだ。召喚もできず、僕の切り札も効果が無かったら、どちらにせよエリィ達も助けられない」
「そんな弱気な……絶対助けるくらい言いなよ!」
「今の僕の力はクロウより格段に弱くなっているし、足手まといになるよ。だからアマルティアには僕一人で挑むつもり。前にも言ったけど、みんなは対抗するための力をつけるため、逃げて欲しい」
もとよりそのつもりだったので再確認の意味を込めて口にする。ガクさん達が居なかったらデッドリーベアに馬達がやられて僕は途方に暮れていたかもしれない。それほど厳しい現状。きっと言えば助けてくれる……そんな優しいみんなには死んでほしくないと思う。
「でも!」
「ありがとうクロウ、そんな――」
ガツン!
「痛っ!?」
口を開こうとした僕の頭が大きく揺れ、思わず呻く。一体なんだ……!? 影がさしたので見上げると、そこには口をへの字に曲げたガクさんが立っていた。
「何するんですか!?」
僕が激高すると、胸倉を掴まれ睨まれる。手綱から手を離すと、クロウが慌てて手綱を取ってくれた。
「何を、だぁ? ガキが偉そうなこと言ってんじゃねぇよ! お前、悲劇ぶってどうすんだ? お前が死んだらエリィって子も悲しむんじゃねぇのかよ。そもそも助けられなかったどうなるんだ? 殺されるか嬲られるかわからねぇが地獄だろうぜ。だから俺達を頼れ。負けるみたいな雰囲気で行くなら、最初から行くな。いいか?」
「まあまあ、レオスも俺達のことを思ってそう言ったんだ」
「うるせえ! どうなんだ!」
「……」
とりあえず僕はその場を頷くことしかできなかった。
――それからさらに三日。国境付近まで到着し、セイヴァーのような刺客がいては困るということで少し離れたところで野営をしていた。
ガクさんが激高した日から僕は口数が少なくなっていた。ガクさんの言いたいことはわかる。けど、これはある意味僕の私用に近い。
カクェールさん達は国王様の命で行くつもりだったけど、メディナが死んでしまったことにより万策は尽きている。このまま行くのは正しいのだろうか? そう思いながら眠れず、焚火の前で考え込んでしまう。
ザッ……
「……? 誰?」
足音が聞こえ、暗闇の方へ声をかける。ぼんやりとした焚火の灯りに近づいてくる人影を見て僕は驚く。
「カクェールさん」
「よ」
「それに、カゲトさん?」
「え?」
カクェールさんは自分だけだと思っていたようで、僕の言葉を聞いて振り返る。するとカゲトさんはカクェールさんを追い越し、焚火の前へ座った。
「……お前も座ったらどうだ?」
「言われなくてもそのつもりだっての。あんたもレオスに用か?」
「ああ」
「僕に?」
首を傾げると、カクェールさんは頷いて続けた。
「うん。ガクさんはちょっとやりすぎだけど、俺も同じ意見だって言いたくてね。もし俺が同じ立場、ルルカやティリアが攫われて、何の力も無いとしても、助けに行くと思う。でも、できることや使えるものは全部使うよ。それをしないとダメだって言うならなおさらだな。レオスは強かった。俺よりもはるかに強かっただろう?」
「……」
無言の僕を肯定とみなしたのか、カクェールさんは口元に笑みを作って話す。
「冥王と戦った時、率先して戦っていた。それはみんなを守りたいからだ。でも今はそれができないから、俺達を遠ざける。そうだろ?」
カクェールさんがそう言うと、カゲトさんが口を開いた。
「……だとしたら舐められた話だ。私は違うが、お前が弱くなったというなら、今度はお前を守ろうとするやつがいてもおかしくはないだろう? ガクやこいつはその典型だ。攫われている彼女達もそうだろう。恐らくここに居たら、そういうと思うぞ。……私は違うがな」
「こいつとか言うな……フヨウに気持ち悪がられているくせに」
「ぐ……」
「で、でも、失敗したら死ぬかもしれないんだ。逃げて欲しいと思うのは当たり前じゃないか……」
「ま、それはそうなんだけどな。だけど、お前がみんなを守りたいと思うのと同じくらい、お前にも死んでほしくないんだよ。だから協力するんだ。もちろん、死なないためにな」
そう言ってウインクをするカクェールさん。カゲトさんは面白く無さそうな顔で、立ち上がると荷台へ歩き出す。それを追ってカクェールさんも立ち上がる。
「レオス、ひとりで背負うな。クロウから悪神の力のことも聞いている。力が無いなら力を合わせて戦うべきだと、俺は思う。アマルティアは絶対の自信をもっているようだけど、そこに付け入るスキがあるかもしれないし。……おい、待てよちょっと酒でも飲みながら話そうぜ」
「……フヨウをたぶらかす男と喋る舌は無い」
「いやいや、俺のせいじゃ――」
段々と声が小さくなり、静寂が戻ってくる。
「……ひとりで背負い込むな、か」
思えば前世でも思い悩んだ末、辿り着いた結論が『人間の抹殺』だった。いなくなれば悲しいこともなくなるだろう、と思ったんだ。
あの時、誰かの言葉に耳を傾けていれば変わっていたのかな? あの時と同じようなシチュエーション。だけど、まだ終わっていない。エリィも『ベルゼーラ』も生きている。そして協力してくれると言ってくれる人たちがいる……
――あれ?
「今、僕、ベルゼーラって……う……」
その時、急激な眠気に襲われた――
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