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その4 裏庭
しおりを挟む「――というわけで、週二回の燃えるゴミと、週一回のペットボトル回収、不燃物なんかもちょくちょく見に来た方がいいですね」
「なるほど、勉強になります」
陸さんからレクチャーを受けること数時間――
大家として何をすべきか? これから俺の仕事になるものなのでしっかりと聞いた。会社に居る時からヒアリングは得意だったし、言われたことは簡単に忘れないしメモを取る癖がついている。
とりあえず大家としてやらなければならないこと、それは「賃料管理」「建物の管理」「契約確認」「クレーム対応」「空き室対策」に「退去時の対応」だ。
振り込まれた家賃の確認をして未払いが居ないか、建物が壊れていないかなどをしっかり見て行かなければならない。特に家賃滞納と空き室対策は俺の生活がかかっているので絶対に疎かにできない部分。
とはいえ建物がぼろくなれば入居者も居なくなるし、隣人の騒音対応なども対応をミスれば空き室がふたつになることもあり得るため、手を抜いていい部分など何もないわけだが。
「以上です。現状、建物に空きはないですしクレームもありません。週一でいいので、見回りをしてくれれば後はこっちで何とかしますよ。元々そういう契約ですからね」
「はは、ありがとうございます。親父は結構物件を持っていますからね、少しずつでも慣れていきますよ」
「それがいいわね。そういえば建設中のアパートはどうなの?」
郁子さんが言う『建設中のアパート』は、親父が亡くなる前に着工した新しいアパートだ。完成度は50%程度なので、それも建設会社と打ち合わせが必要だったりするが、これはもう事前にアポを取っている。
「えっと、明後日の十時に高倉建設に行くことになっています」
「そうか。もし何か困ったことや、一緒に立ち会って欲しいなどあれば遠慮なく言ってくれ」
「はい、何からなにまでありがとうございます!」
「また来てね、事前に言ってくれたら未来を連れて来ておくわ」
「は、はは……そのうちに……」
クスクスと笑う郁子さんに愛想笑いをしながら俺は立ち上がり、ニコスマコーポレーションを後にする。
あの人、自分の娘である未来ちゃんを俺とくっつけようとしてくるんだよな……確かにあの子は可愛いけど、八歳も離れている俺を好きになるとは思えない。
「ま、昔はよく遊んであげたけどな」
夏休みの時など、学校がない長期休みはたまにウチで預かったりしていたので知らないという仲ではないけど、俺も社会人になってから会うことは少なくなっていたから近況は良く知らない。
あの言い方だとまだ彼氏はいないようだけど、大学生になったらすぐできるだろうし、心配することも無いか。俺はそんなことを思いつつ、歩きながら伸びをして昼飯にとラーメン屋に入り腹を満たす。
「ふう食った……まだ十二時半か、時間あるな」
いつもならササっと飯を食って仕事に取り掛かるんだけど、のんびり道を歩いていると時間に追い立てられる生活でなくなったことを実感する。ふと通りにあるゲーセンが目に入り久しぶりに入ってみようかと思うが――
「……子ネコ達も居るし、真っすぐ帰るか」
――俺は子ネコ達に餌をやるため自宅へと帰ることにした。あいつら可愛いしな。
◆ ◇ ◆
「ただいまー……と言っても、返事はないか」
しかしリビングへ入ると、子ネコ達が俺に気づき盛大に鳴き始める。これはこれで嬉しいものだと、柵を外してやると、ソファに座った俺の足元へとことこと歩いてくる。
「みゅー」
「みゃー」
「おお、まだお前達は登れないもんな」
二匹を膝に乗せるとスポイトでミルクという昼食を与えてやる。ミルクを飲んでいる時はやんちゃなメスも大人しいな。
一足先に飲み終えたオスの三毛猫が部屋を探索し始め、カーペットやクッショ、落ちていた猫じゃらしをおもちゃにして遊ぶ。
「むう、癒されるな……拾った子ネコだけど、これも縁なんだろうな」
やがてサバトラの子も三毛猫に合流しじゃれ合い始めたので、俺は昨日荒らされた親父たちの部屋に行く。結構荒らされたし、きちんと片付けねばと踏み入り、ササっと片付ける。
「あーあ、折角の花もめちゃくちゃだ。これは捨てて新しいのを買ってくるか。あ、そうだ庭の親猫の水も変えてやろう」
花をいけていた花瓶を片付けている時に、そういえば牛乳瓶を置いていたことを思い出し、ついでにダメになった花を庭に捨てるかと思い親父たちの部屋を後にする。
「おーい、庭に行くぞ」
「みゅー!」
「みゃー!」
リビングに戻ってくると二匹がとことことやってきたので、抱え上げてやり、そのまま勝手口から裏庭へと出る。
「親猫の墓……は……」
しかし、外に出た瞬間俺は言葉を失った。目の前の光景があまりにも非現実的だったからだ。
なぜなら――
「う、裏庭が無くなっている……? いや、違う、か。親猫の墓もあるし、母さんの好きだった桜の木もある……」
――裏庭が元々塀があった場所を境界に、裏庭は鬱蒼と木々が生い茂る森へと変貌していたのだ。
「な!?」
さらに振り返ると、背後は岩壁がそびえ立っており、家が生えているように見える。どういうことだ? 勝手口の向こうは塀があって、隣は『斎藤イツァール(イギリス人ハーフ)』さんの家のはずだ。
俺は冷や汗をかきながら家の中に入り、勝手口の鍵をかけてから正面玄関を飛び出す。
「……庭だ。墓もあるし、桜の木も……斎藤さんの家も……」
道路側から覗き込むと、いつもの庭が目に入りホッとする。あれはなんだったんだ?
「兄ちゃん、ぼうーっとしてどうした? 花を握りしめて」
「ハッ!? ああ、いや、何でもありません! ……って、手のひら臭っ!?」
通りすがりの顔見知りのお爺ちゃんに不思議そうな顔で尋ねられ、俺はそそくさと再び家の中へと戻ると、勝手口の前へ行く。
「みゅー?」
「みゃー」
俺の不安な気持ちが伝わったのか、子ネコ達も体を摺り寄せて鳴いて来た。それを見て俺は冷静になり、深呼吸をした後勝手口を背にしてリビングに戻る。
「ま、開けなきゃいいし、多分次に開けたら戻ってるはず……し、しかし、無理に出る必要はないからな! さ、後は暇だし遊ぶかー!」
「みゅー♪」
俺は何も見なかったことにして子ネコと遊び逃避することに決めた。ふう、こいつらが居なかったら精神が危うかったかもしれない……大丈夫、勝手口は開けなければいいんだ……
そう思っていたが、俺の願いも空しく、あの勝手口は再び開くことになる――
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