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第四章:風の国 エリアランド王国編
第八十六話 クリューゲル必死のお願い
しおりを挟む「族長! ここに賊が侵入……あ! いた! 流石でございます」
グレイテさんの一撃により気絶したクリューゲルを探しにエルフたちが集落を走り回り、ここに辿り着いていた。とりあえずバウムさんが後の処置をするということでエルフたちを下げ、クリューゲルをす巻きにしたところで水をぶっかけた。あ、ちなみに食堂から移動してもう屋外だぞ。
ばっしゃーん!
「ぶあ!? お、俺は一体!?」
「まったく、無理矢理結界を抜けて来るとは……お前は竜の騎士か?」
バウムさんが困ったやつだとばかりに腕を組んです巻きにされたクリューゲルを見下ろしながら言う。ティリアへ告げたことから考えると、いきなり八つ裂きにしないあたり予想より優しいと感じる。黙って成り行きをみていると、クリューゲルが口を開いた。
「……風斬の魔王バウム、俺はこの後どうなっても構わない。だが、一つだけ話を聞いてくれないか?」
「話? こちらは人間と……特にあの国の人間と話すことなどないが?」
「なら勝手に話させてもらう。今のエリアランド……というより国王はおかしくなってしまった。それは否定しないし、あなた方に被害が出ていることも申し訳……あー!? ちょ、ちょ!? どこへ行くのだ!?」
「いや、聞きたくないし……」
面倒だな、という顔で話しはじめたバウムさんを無視して屋敷へ戻ろうとしていた。さすが魔王様だぜ。俺もだけど。
「あなた、一応聞いてあげましょう? 私達だって戦争をしたいわけじゃありませんし、改善策が見つかるかもしれませんよ」
「ふむ……」
もう一度クリューゲルに向き直り、一息つくバウムさんに、グレイテさんが言葉を続ける。
「もし、嘘や大げさな話だったり、紛らわしかったり、裏切ったり、あまり役に立たない情報なら八つ裂きにして王都へ送ってやりましょう♪」
「ちょ、挑発はよくないと思います!」
サラリととんでもないことを言うグレイテさんにリファが慌てて叫ぶ。と、クリューゲルが身震いを一瞬し、また話しはじめる。
「……まあとりあえず聞いて欲しい。八つ裂きでもなんでもいいから……で、異種族を虐げるようになったのはここ半年くらいなんだが、そっちの認識も同じでいいか?」
クリューゲルが聞くと、エルフとチェルが頷いた。
「これは一部の人間しか知らないが、丁度その頃だ、国王が病に倒れたのは。公にすると国民が混乱してしまうので、内密に色んな医者を呼んで診せたが誰もがサジを投げた。原因はまるで分からなかった。そしていよいよ……という時にあいつらが現れたのだ」
「あいつら?」
ルルカが眉をひそめて尋ねると、クリューゲルはゆっくり頷き、続けた。
「ああ。黒いローブを纏った男か女かも分からないやつらが二人、国王の病気を治せると申し出てきた」
「怪しすぎるだろ……」
俺が言うと、クリューゲルも目を細めて言う。
「無論誰しもそう思ったさ。しかし、そいつらの持ってきた薬を飲ませるとたちまち国王の病状は回復したのだ……」
「自作自演、では?」
「それも思った。だが、毒を仕込むにしても、どの医者も分からないような毒を使っているとは考えにくいし、どうやって仕込んだのかも不明だ。宰相や大臣、王妃様は大変喜ばれた。……回復して一ヶ月は」
「一か月後、どうなったんだ?」
「……まず、ユニオン経由でエルフの冒険者の報酬が激減した。そして、働いているエルフや半獣人、獣人達は給料が減るか、突然の解雇だ」
「……チェルもそうでした」
「お前も王都に?」
「はい……人間のお母さんは王都にいるの。けど私は半獣人だからって追い出されました……」
クリューゲルが申し訳ないという顔でチェルを見た後真顔に戻り、さらに続ける。
「それからさらに二か月。国王は竜の騎士達を使い、王都で反論をする者に対する見せしめのため、村や町にいるエルフや半獣人達を捕え、奴隷にするという行いを始めた。自分はいくら傷ついてもいい、という者は多いが、自分のせいで他者が傷つくのは耐えられない者はそれ以上にいる。その内、反論する声も上がらなくなり……ついにエルフの集落を滅ぼすと宣言した」
「そう。おかげで結界などという無粋なものを使わねばならなくなった、というわけだな。で、その話を私達にして、どうして欲しいと言うのだ? すでに賽は投げられているのだぞ」
クリューゲルが言い終わると、バウムさんがぴしゃりと切り捨てる。するとクリューゲルは頭を下げてバウムに懇願するように呟いた。
「……国王は本意ではないはずなんだ……あのローブを纏ったやつらに操られているだけ……頼む! 俺と一緒にあいつらの正体を暴いてくれ! 戦争になれば多くの人が傷つく。それだけは阻止しなければ……」
「クリューゲル、どうしてそこまで……?」
俺が訳を聞こうとすると、バウムさんが口を開く。
「お前も追放された口だろうに、よくそこまで尽くせるものだな。竜の騎士統括騎士団長クリューゲル」
「え、この人騎士団長なんですか? す巻きにされているのに!」
やめてやれティリア。
「追放され、竜も取り上げられた俺はただのクリューゲルだ。その二つ名は相応しくない。だが、国を捨てることはできない。お礼は……なにもできないが、俺の命であればいくらでもくれてやる! だから……」
すると、バウムさんが何かを考えた後、口を開いた。
「……私もあの国王が倒れた頃、体に異変が起きた。人間と違い私達は独自の医療技術を持っている。が、それでは治らなかった。そしてある時、白いローブを着た集団が訪れてきた。まだ結界を張っていなかったからここにくるのは容易だったしな」
「こっちにも?」
バウムさんは俺の呟きに対して一瞬目を向けたがそのまま続けた。
「やはり治療薬がある、という話だったが私は断った。カケル君も言っていたが胡散臭いの一言に尽きるし、エルフで治せないものを治せるとはどうしても思えなかったからだ。そいつらはどこかへ消えて行ったまま行方知れず。だが、今の話を聞いてもらわなくて良かったと思うよ」
そこでルルカが喋った。
「黒のローブ……まさかヘルーガ教?」
「それは?」
「うん、この世界を作ったのはアウロラ様、それは知っているよね? それと同時にこの世界の理を破壊しようとしていた破壊神も存在していたんだよ」
「(……アウロラはそんなこと言ってなかったぞ……?)」
「で、ヘルーガ教は破壊神を崇拝していてね。世界は混沌こそ真の姿って言い触れているおかしなやつらなんだ。そいつらのシンボルが黒いローブ……ここ何十年も聞かなかったから思い出すのに時間がかかったけど……多分間違いないよ」
「白いローブはアウロラを崇拝するデヴァイン教だったな。なら、成りすましてバウムさんに近づいた?」
ティリアが言うと、ルルカはそうだろうねと肯定した。
「であれば、ここはクリューゲルさんと協力して国王を正気に戻すことが肝心なのではありませんか?」
「今の話を聞けばつじつまは合う。が、確証はないし私の身体も完全ではない。ならば動けるうちに王都を落とす方が……」
「……」
「くっ……」
確かに嘘か本当かの天秤はどちらにも傾いていない。クリューゲルが苦い顔をしていると、ティリアが深呼吸して進言する。
「では、私がクリューゲルさんと王都へ出向き、ヘルーガ教徒の陰謀を阻止します! 成功した際は、侵攻をやめ……私の目的に協力してもらえませんか?」
「むう……危険が伴うぞ……?」
「覚悟の上です。これくらいできずして何が魔王でしょうか」
ティリアが凛としてバウムさんへ発言すると、バウムさんが少し気圧されていた。
……やれやれ、ここは乗っておくか。
「チェルの母親の元へ送った後、虐げられちゃたまらないからな。俺も行こう」
「カケルさん? いえ、ことが終わるまでここに居ても……」
ティリアが首を傾げて言うので、俺は大げさに、言い聞かせるようにしゃべった。
「いいか? 俺はお前の婚約者だぞ? 危険な所なら一緒に行くのは当然だろう」
「……っ!」
設定を思い出したようで、顔を赤くして口をパクパクさせるティリアの顔が面白い。そしてユリムがハンカチをギリギリと口に咥えて涙を流していた。それを見て満足した俺はさらに続ける。
「で、世界を救うのにバウムさん、あんたの力が必要らしい。一つ、面白いものを試してみる気は無いか?」
「面白いもの?」
「あんたは俺を魔王だと言った。だけど『何の』魔王かまでは知らないだろ?」
「……確かに。それが面白いものと関係があるのか?」
「ああ。俺は『回復の魔王』という称号がついているんだ。あんたの病気、俺が治してやる」
「聞いたことが無い魔王だ……しかしイレギュラーの7人目の魔王ならあり得るのか? フフフ、面白い! やってみてくれ。もし治れば、すべてのことが終われば協力するのも吝かではない。もし治らなかったら……そうだな、ここでユリムと一生過ごしてもらおうか」
「お父さん……!」
あれ!? 親バカどこいったの!? 結局娘に甘い親父さんなんですね!? パン、と手を叩き、不敵な顔で俺の前へ歩いてくるバウムさん。俺の横でリファが耳打ちしてくる。
「だ、大丈夫なのか? 失敗したらあの娘の婿だぞ?」
「任せろ、俺のハイヒールは完璧だ!」
「やってみるがいい!」
何故か悪役っぽい言い回しで手を広げるバウムさん。俺はバウムさんの肩に手を置いて魔法を唱える。
「≪ハイヒール≫!」
すると、バウムさんの体にふわっと光が包み込み、やがて消える。俺は『運命の天秤』で寿命を確認する。
『バウム(339) 寿命残:死ぬまで生きる』
雑! そりゃそうだよ! しかし、魔法は成功したようで一安心だ。色々な意味で。
<フフフ、雑ですね>
ナルレアが笑う。お前の仕業か!? 出番が無いからって勝手にいじるんじゃないよ!?
「お、おお……! これは……!」
心なしか猫背だったバウムさんの背がピンと伸び、顔色も良くなったようだ。肩を回しながら、くるりと誰もいない方へ向いて、バウムさんが「ヒュ!」っと手刀を振るモーションを出した。
スパ!
ズズズ……ズシーン……
そのモーションの軌跡通りに木が切れていた。
「うん、こりゃあいい! どうやら本当に治ったようだ。いいだろう、ウェスティリアさん。回復の魔王カケルの気持ちは受け取った。マナの枯渇の原因究明と解決、協力しようじゃないか」
「本当ですか! カケルさん!」
「ご主人様すごいです!」
ぴょんと背中に飛びついてくるティリアがすごく嬉しそうな声で俺を呼んでいた。
「どちらにせよ国王の動きが読めんので私はここから動けない。だが、力が戻ったので万が一攻めてきても殺さずに追い返すことができそうだ。クリューゲル、そっちは頼むぞ」
「分かりました! 必ずや!」
す巻きにされたままぴょこぴょこと動くクリューゲルが面白いのか、妹エルフのクリムに突かれて笑われているクリューゲルにイケメンの面影はない。
「それじゃ、王都へ出向くとするか。チェルの母親を探さないとな」
「はいです! ご主人様が一緒なら私心強いです!」
尻尾をぴこぴこさせながら頷くチェル。さて、ヘルーガ教徒とやらを……ん? ルルカ?
「どうしたルルカ?」
「え!? いや、何でも無いよ! カケルさんが一緒に来てくれるのは嬉しいなぁって」
「心にもないことを……」
俺はわざと肩を落として、笑いながら屋敷へと戻った。準備をしたらすぐ出発だ!
しかし、俺はこの時まだ気付いていなかった。ルルカが何故俺をじっと見ているのか、という真意を。この後悩みの種が一つ増えるのだが、それはもう少し先の話。
◆ ◇ ◆
「(ゴブリンの巣でも見たけど、あれはハイヒールなんかじゃないね。ボクのハイヒールとはまる性質が違う。そもそも傷以外に損傷も治せるなんて魔法は無い。回復の魔王カケルさん、君の力は一体なんなんだろうね……? 研究テーマが一つ増えた……カケルさんは手放さないようにしないと♪)」
カケルはルルカにロックオンされていた……。
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