異世界ワンルーム生活! ◆バス・トイレ別 勇者・魔王付き!?◆

八神 凪

文字の大きさ
9 / 37
始まる同居生活

9. 勇者と魔王、働く人へ

しおりを挟む
 「いらっしゃいませー」

 「ま、ませー」

 「あはは、大丈夫ですよ取ってくいやしませんから。それにしても店長はどうしてアサギさんにハッピを着せたのかしら?」

 と、チューハイを作りながら入り口に入ってくるお客さんに挨拶をするアサギに声をかけたのは、もう一人のアルバイトである『葉月 月菜るな』だ。
 あの後、数十分してから月菜が店に入り互いに自己紹介をしていたが、仕事を教えると美月がアサギを連れて行ったため話す機会を伺っていたのだ。

 「これハッピって言うのね? 柄が魔王の私にぴったりね!」

 「ええー……」

 完全にお祭り仕様なハッピと三角巾を頭に巻き、笑うアサギ。その胸には『無敵』の二文字が書かれたTシャツがハッピの内側から覗かせていた。

 「……店長、このTシャツを見たからじゃない?」

 月菜がそう言うと、美月は「あ!」と小さく呻いた。

 「あー……さっき胸をじっと見ていたのはそういうことか……。アサギさんを狙ってるのか、おっぱいを見ているのかと思ったけど」

 「まあ、あの店長だしねえ」

 「そうね……」

 「?」

 「さ、続けましょうか! あと三十分で開店だしね。アサギさん今度はこれを――」

 ふたりは厨房に目を向けた後、アサギへと仕事を教えに戻っていた。そして厨房へ配備された仁はというと、


 「なあ、君の本命はどっちなん? 美月ちゃんか? アサギちゃんか? お、器用やな自分」

 「……本命? この包丁がよく切れるから余裕だ」

 キャベツの千切りをやっている仁に話しかける店長の礼二。意味が分からないと首を傾げていると、首に腕を回されて耳打ちされた。

 「アホやなあ、本命言うたら『どっちを恋人にする』かに決まっとるやないか! で、どっちや? 美月ちゃんか? あの子は可愛いし愛想もええなあ。ま、胸はちぃっと足りんけど、十分や。アサギちゃんは胸も申し分なしで、美人やな」

 くねくねと気持ち悪い動きをする礼二に、そういう意味かと仁は口をへの字に曲げ、目を細めて口を開いた。

 「俺にはやることがあるから恋人とかそういうのは考えたことが無いな。それに、まお……アサギは俺の敵だ。あいつは確実にあり得ない」

 「えーそうなん? 若いんやから女の子とイチャイチャしたいと思わへんの? もったいないなあ、自分いくつ? やりたいことってなんなん?」

 「二十五歳、だっただろうか……?」

 「知らんがな!」

 バシッとツッコミを入れてくる礼二に、そういえば歳など考えたこともなかったなと考えつつ、話を続ける。

 「やりたいことは……言えん。あ、いや、ミツキに借りを返さないといけない

 チラリとアサギが居る方へ目を向け低い声をさらに低くして言う。すると礼二は串に肉を刺しながら仁へ言葉を返す。

 「ふーん、ま、言いたくないならかまへんけどな。そういうのは一つくらいはあるもんや。俺は仕事してくれれば文句はないからな! ほれ、こっちやってくれ」

 「ああ」

 スッ、スッと、仁はさきほど見せてもらった串作りも即座にマスターし、中々の速さをしていた。それを見た礼二は細い目をうっすら開けてから胸中で呟く。

 「(こいつ何者やろうな? 美月ちゃんが異世界から来たとか言うてたけど、人間、こんなに仕事に順応できるやつおらへんで? 義務的というか、言われたからやる、というか……。ま、使える分には構わんけど、面白くなってきたかもしれんな♪)」

 「なんだ?」

 「何も無いわ! アサギちゃんがダメなら美月ちゃんやなー。あの子彼氏おらんから狙い目やで? お客さんによう声かけられてるからはようせんとな!」

 「恩を返したいだけだ」

 そんな感じで礼二がちゃちゃを入れ、仁が呆れるという会話を繰り返していると、やがてオープンの時間が訪れる。

 ホールには三人の女性ということで、入ってくる男性サラリーマンや、大学生、現場帰りのおじさんなどが色めき立っていた。

 「いいじゃんこの店。お姉さん、マンゴーウーロンチューハイ追加!」

 「あ、俺、ウメマンゴーソーダ!」

 「はいはいー」

 月菜が大学生のオーダーを取っていると、常連のサラリーマンが美月へ声をかけた。

 「美月ちゃん、あれ、新しい子?」

 「はい! アサギさんって言うんです。今日からなんでよろしくお願いします!」

 「はは、女の子ばかりで華があるね。マグロの刺身を追加で。……でもあの子、大丈夫かい?」

 「えーっと……」

 男性が苦笑しながら見た先には、OL風の女性のテーブルでガチガチに固まっているアサギが居た。

 「えっとね、あたし生ビール!」

 「は、はひ! なまいちょうー!」

 「ちょ、ちょっと待って!? 私、ハイボールお願いします」

 「はいぼーるいっちょー!」

 「料理も頼むんですけど!?」

 何かを注文するたびその場から逃げようとするアサギを、女性がひっつかまえて注文を進める。美月はその様子をみながらこめかみに指を当てた。

 実を言うと、仕事の覚えは早かった。注文、メニュー、お酒の作り方など一通り教え、美月と月菜によるシミュレーション対応は満点とはいかないまでも問題があるようには見えなかった。しかし、いざお客さんが入ってくると、アサギの態度が急変。変な汗を流しながら目がぐるぐる回っていた。

 ――そう、これまでにそれらしい態度はあったが、アサギは人見知りなのだ。魔王城で四天王としか暮らしていない彼女は仁以外の人間に耐性が無かったのだ。仁や美月のようにある程度顔を知った者が近くに居れば安心するのだが、今はひとりのためこの通りであった。

 「大丈夫、かな?」

 美月がそう呟いて助けに行こうとした時、スッと横に人影が現れアサギの方へ向かう。

 「あわわ……え、枝豆と……魔王の私がなんでこんなことを……」

 「しっかりしろ。俺達に失敗は許されないんだぞ」
 
 「え? あ、仁」

 「一応、横で聞いていた。生ビールとハイボール、それと卵焼きに焼き鳥盛り合わせだな?」

 仁がテキパキと注文を取ると、女性が顔を赤くして呟いた。

 「あ、はい……かっこいい……」

 「いくぞ」

 「うん。あ、ありがと」

 「レイジに頼まれただけだ。ほら、ひとりの客ならお前でも大丈夫だろ」

 「や、やってみるわ……」


 ――結局、アサギはジョッキ二つ、お皿二枚、注文ミス三度という戦績を残し、その日の営業は終了した。


 「あううう……」

 「あはは、アサギさんお疲れ様!」

 「ああ、月菜ちゃん……」

 「初めてのお仕事で疲れたでしょう? 今、店長が食事を作っていますよ。元気出してください!」

 「ありがとう! 良い部下を持つと助かるわ……」

 「え!?」

 何故か部下扱いされ驚く月菜を尻目に、着替えた美月が戻ってきて話しかけてきた。

 「魔王様もこっちの世界じゃ一般人と一緒ですねー」

 「ま、魔法も使えないし仕方ないじゃない……。ここがエレフセリアならパパっとパーなのに……」

 「魔王?」

 「ああ、実は――」

 「はいはーい! 今日はお疲れやったねえ! 今日は豪勢にいかせてもろたから、どんどん食うてや! ほら、仁君も座り」

 「すまない」
 
 仁がアサギの隣に座り、食事が始まった。お酒もふるまわれ、盛り上がったころ、アサギに異変が起きた。

 「いえーい! 仁、飲んでるー! あはははは!」

 「ア、アサギさん!? ……あ! これテキーラ……!? 店長が持ってきたんですか?」

 「あ、そうやで。俺好きやし……ってうわああ!? 半分くらいない!?」

 「これおいしー! から揚げって言うの? いくらでも食べられちゃう!」

 「こいつ……! 俺のから揚げを……!」

 「じ、仁さん! 張り合わないでー!」

 盛大に酔ったアサギに、一同は振り回され夜は更けていくのだった……
しおりを挟む
感想 59

あなたにおすすめの小説

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ

天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。 ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。 そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。 よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。 そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。 こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

処理中です...