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始まる同居生活
11. ワンルームへ
しおりを挟む「はあ……それにしてもやっと休めるのね……」
「いやあ、急がなくちゃって思ってたから一気にいろいろやり過ぎましたね……」
疲れて背が小さく見えるふたりの後ろに仁がついていく形で家路につく三人。美月はとりあえずまとまったお金が入るまで自宅で過ごしてもらおうと思っていたのだ。もちろん、ふたりの異世界話を聞きたいがために。
コンビニからさらに五分ほど歩くと、例の公園を今朝とは逆に通過する。そこで仁が昨日寝泊りしたドーム型の遊具に目をやる。
「(昨日、この世界に来てからどうなるかと思ったがミツキのおかげで助かった……。しかし、魔王め俺とずっと同行してくるとは一体どういうつもりだ? 早く金を稼いでこいつから離れるか。元の世界には俺だけ戻ればいい)」
仁が胸中でそんなことを考えていると、ふいにアサギが口を開き仁がどきりとする。
「美月ちゃんの家、楽しみね!」
「ふふ、少しの間ですけどよろしくお願いしますね! あ、ここです」
美月が立ち止まった建物は三階建てのアパート。それを見上げてアサギが興奮した様子で声をあげる。
「ほっほう! 大きいわね! やっぱり魔王の私にはこういうのがふさわしいわ!」
「そんなに立派じゃないけど、どうぞ!」
「わーい!」
玄関を開けた美月がどうぞとアサギを招き入れると、やっと休めると突撃する。
「あ、あ、靴は脱いでくださいー!?」
「あ、そうなの? ……よし、おいでませ! 新しい魔王の城! ……え……」
酔っているためおかしなテンションのアサギが靴を脱いで再度突入する。そして中の扉を開けた瞬間、アサギは立ち尽くした。
「どうしました? あ、ちょっと散らかってるかな? ごめんなさい!」
美月が後ろから声をかけるが、アサギは動かず、美月が首を傾げて肩に手を置くとアサギはその場にへたり込んだ
「ど、どうしたんです!?」
「せ、狭い……! 美月ちゃん、どうして!? 私のマイスイートルームは!?」
「え、ええっと……。マイスイートルームが何なのか分かりませんけど、私の部屋はここです……」
「……」
美月の部屋はいわゆる『ワンルーム』。
だが、広さは十畳とかなり広い方である。女性ゆえにユニットバスを嫌い、バストイレ別の物件をわざわざ選んでいたりする。
しかしお家賃5万5千円。近隣にはコンビニと、徒歩五分圏内にスーパーがある超得物件だ。ただし、駅から遠いのが難点となっており、立地条件の割には家賃が安いというわけだ。
「う、うう……どのお店もあんなに大きくて広かったのに……」
「いや、お店って家より広いものでは?」
美月の疑問に、仁が代わりに口を開く。
「向こうの店はそれほど大きくない。商品の仕入れが多い大商人なら別だが、雑貨屋や服屋なんかは全然小さい。……食べる方が大事だから服や雑貨はそこまで多種多様に用意をしないんだ」
「あー……村とか結構貧乏な設定ありますもんね……」
なるほど、と美月は納得してポンと手を打つ。事情がわかった美月はしゃがみこんで微笑みながらアサギへ言う。
「アサギさん、この日本ではこの広さが基本なんです。魔王城はデパートくらいあったかもしれないですけど、ここではこれで我慢するしかないんです」
「うええん! ペットのブラックドラゴンの小屋より狭い部屋なんて嫌ぁぁぁぁ!」
「う……」
ペット小屋より狭いと言われて軽くぐさりと来る美月。酔っているせいもあり、アサギの嗚咽は止まらない。
「どうせワンルームですよーだ……でもトイレは別だもん……」
美月がいじけてしまい部屋がカオスな空間へと変貌を遂げた。黙って見ていた仁が、おもむろにアサギの腕を掴んで玄関へと向かう。
「え? え? なに? どうしたの仁?」
ガチャ!
ポイ
バタン!
このみっつの擬音でだいたいの予想がつくと思われるが、仁がアサギを外に捨てたのだ。一瞬静かになるが、すぐにアサギが叫び出した。
「ちょ、ちょっと! 開けてよ! どうして外に出したのよ!?」
「うるさいからだ。せっかくミツキが休ませてくれると言っているのに我儘を言うからだ。公園にでも行って寝てろ」
冷たく言い放つ仁に、少し驚きながら美月が言う。
「あの、私は気にしてませんから……。さっきのヤンキーみたいなのがいるから危ないですし」
「いいんだ。あいつは魔王。元々俺とは敵対していたんだ、あいつがどうなろうと俺の知ったことじゃない。美月の顔を立てて黙っていたが、やはりあいつはここで排除すべきだ」
仁がそう言い、玄関の取っ手を掴んで開かないようにしていると、外で焦ったアサギがものすごい勢いでドアを叩き叫ぶ。
「ごめん! ごめんなさい! 私が悪かったから開けて! 公園は嫌よ、魔法も使えないのにあんな暗いところで怖くて寝られるわけないじゃない!」
「……ミツキに迷惑がかかる」
「な、なによぅ……こんな異世界でひとりきりなんて嫌ぁ……」
だんだん声も叩く音も弱々しくなっていくのがわかり、美月が困ったような寂しいような顔をして、取っ手を持つ仁の手にやんわりと触れ、開けるように促す。
「ダメですよ? 異世界からたったふたりで来た仲じゃないですか、協力しましょう?」
「しかしこいつは魔王……」
「しかしもかかしもありません! ここは私の家です! 家主の決定に従ってください!」
今日一日、ずっと見てきた美月とは違い、ハッキリと怒りの感情を露わにして仁に詰め寄った。仁は思わず身体を横にずらした。
ガチャ……
「うあああああん! 美月ちゃんごべんばざぁぁい!」
瞬間、涙目で美月に抱き着くアサギ。それをきちんとキャッチして、微笑んでいた。
「ふふ、もう遅いですし近所迷惑にもなりますからね? それじゃ中へ入ってください!」
「……ああ」
仁は目を細め、泣くアサギを目で追いながら奥の部屋へと戻って行く。全員が中へ入ると、美月がコンビニの袋から買ったものを出して説明を始める。
「お風呂をためている間に歯を磨きましょうか。仁さんたちは歯磨きの習慣ってありましたか? あ、アサギさん、寝ないでください!」
「んー……歯磨きはあったわよ。馬の毛とか豚の毛をつか……ふああ……」
「アサギの言う通りだが、貴族くらいしか使っていなかったな。俺は木の枝の細い部分を使って磨いていた」
「そうなんですね。えっとこれを――」
と、美月は歯磨きを実演し、アサギが寝ぼけ眼で口に含んだミント味の歯磨き粉に目を覚まし、シャンプーに仁がほんのり感動し、ふわふわのバスタオルでアサギがノックアウトされた。
「ふう……今日は疲れましたねって早っ!」
「すぴー」
「一瞬で寝たぞ」
ソファに座っていた仁が、パジャマに着替えて髪を拭いている美月に声をかけた。アサギはベッドを占拠しすでに寝入っていた。
「公園の寝泊りから、勉強、お仕事でしたから仕方ないですよ」
「……すまない、本当に助かった」
「いいえ、私も楽しかったですし。明日は大学があるから一緒にはいられませんけど、居酒屋の場所は大丈夫ですか?」
「問題ない。しかしどうしてここまでしてくれるんだ?」
「それは――」
と、顔を伏せて言葉を探すように一旦会話が途切れる。しばらく俯いていたが、すぐに笑顔で顔をあげてから仁へ言う。
「ま、女の子にはいろいろあるんですよ♪ あ、仁さんはロフト……そこのはしごを登ったところに毛布を置いているのでそこで休んでもらっていいですか? 私とアサギさんでベッドを使って、仁さんにはソファを使ってもらおうと思ったんですけど……」
美月がベッドで大の字になっているアサギに苦笑しながら目を向けると、仁も腕を組んでため息を吐く。
「重ね重ねすまない……」
「いえいえ。それじゃ明日は早いので私もおやすみなさい!」
「ああ、お休み」
仁が梯子を上ると、三畳ほどのロフトに、美月の言う毛布が置いてあった。天井が低いので這うように毛布まで辿り着くと、カバンから自前の毛布を取り出し、それを枕にしてごろりと寝転がり目を瞑る。
「(……平和な世界だ。俺達はどうしてこの世界へきたんだ……? 魔王の仕業ではなさそうだが、あれが演技ではないと決まったわけじゃない。油断はしないようにしよう)」
そういえばから揚げはうまかったなと何となく思い出しながらゆっくりと意識が落ちていった。
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