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表紙に小さく鈴木春と名前を見つけ、おお、と声を上げる。なんとなくクッションに正座をして春の読み切りのページを見つけた。男子校の話だった。孝太郎とおぼしきキャラクターは、ハイスペックなクラスの人気者だった。そいつは見てて恥ずかしくなるくらい爽やかないい奴で、地味で卑屈な主人公をクラスの中心へと引っ張っていくのだった。もしかして春さんから見たらおれはこんなキラキラした人間に見えているのか? と少し気恥ずかしくなる。距離を縮めていく過程で2人は1度は喧嘩をしてすれ違ったが最後は想いが通じてハグを交わす。そこでストーリーは終わっていた。パラパラとページを遡りまた最初から読み直す。ベッドに上がって寝そべり、孝太郎はそのまま気がつけば6回も読み直していた。
「すごい……」
高校生の時にノンケの同級生に恋をして失恋した経験のある孝太郎にとって、同性同士が結ばれて終わるこのハッピーエンドの漫画はまさに“憧れ”だった。あぁ、こんな学生時代を送ってみたかった、と考えさせられる。もしこの漫画みたいに春さんと同級生だったなら、とまで妄想したものの、彼が3つも年上だったことを思い出す。この漫画はありえない夢だ。現実ではノンケが男を好きになる確率は限りなくゼロに近いだろうし、ゲイがたまたま日常生活で出会った素敵な男性と付き合える可能性は恐ろしく低い。でもこんな恋が現実に起きたらいいなぁ、なんて希望を抱かせてくれる漫画だった。気づけば孝太郎は泣いていた。手のひらで涙を拭う。自分がモデルになったからかこのストーリーが琴線に触れたのか孝太郎は泣けて仕方なかった。さらに3回読み返してから、孝太郎は宝物のようにその雑誌を抱きしめたまま眠りについた。
――…カチャン、と静かにドアが開く。家の中に抜き足差し足入ってきたのは……春だった。献本を渡して帰る時にテンパっていたせいで孝太郎の家にスマートフォンを忘れてしまっていた。この時間は彼はもう寝ているはずだから不用意な通知音などで起こさないよう、ささっと回収するべく黙って入ってしまった。ローテーブルの下に放置された自身のスマートフォンを見つけてそっと取る。ベッドで寝ている孝太郎を起こさずに済んだ事に安堵した春だったが、眠る孝太郎を見て驚いた。
たまたまかもしれないが、自分が渡した雑誌を抱きしめて眠っていたからだ。もしかして寝る前に読んでくれたのかなぁ、などと考えると嬉しくなる。よくよく見ると孝太郎の目元が不自然に濡れていて、泣いていたのがわかった。いつも明るい隣人の涙に春は焦った。何か嫌なことでもあったのだろうか、と不安になる。春は起こさないようにそっと遮光カーテンを閉めてから出ていった。
翌日、それとなく春は昨日何か嫌なことがなかったかと尋ねたが、特に何もない、と不思議そうな顔をされてしまった。孝太郎は、それより、と笑顔を見せる。
「読み切り読みました!す……っごくよくて寝る前に何回も繰り返し読んじゃいました。感動して、正直言うとちょっと泣いちゃぃました」
孝太郎の涙の理由が自分の作品と知った春は強く高揚した。自分の描いた漫画が孝太郎の心を泣くほど揺さぶったのならばこんなに嬉しいことはない。身体がカッカと熱くなる。売れるためじゃなくて、誰かの心を揺さぶりたくて漫画を描き始めたのだったな、と自分が漫画家を目指したきっかけを春は思い出させられた。
「すごい……」
高校生の時にノンケの同級生に恋をして失恋した経験のある孝太郎にとって、同性同士が結ばれて終わるこのハッピーエンドの漫画はまさに“憧れ”だった。あぁ、こんな学生時代を送ってみたかった、と考えさせられる。もしこの漫画みたいに春さんと同級生だったなら、とまで妄想したものの、彼が3つも年上だったことを思い出す。この漫画はありえない夢だ。現実ではノンケが男を好きになる確率は限りなくゼロに近いだろうし、ゲイがたまたま日常生活で出会った素敵な男性と付き合える可能性は恐ろしく低い。でもこんな恋が現実に起きたらいいなぁ、なんて希望を抱かせてくれる漫画だった。気づけば孝太郎は泣いていた。手のひらで涙を拭う。自分がモデルになったからかこのストーリーが琴線に触れたのか孝太郎は泣けて仕方なかった。さらに3回読み返してから、孝太郎は宝物のようにその雑誌を抱きしめたまま眠りについた。
――…カチャン、と静かにドアが開く。家の中に抜き足差し足入ってきたのは……春だった。献本を渡して帰る時にテンパっていたせいで孝太郎の家にスマートフォンを忘れてしまっていた。この時間は彼はもう寝ているはずだから不用意な通知音などで起こさないよう、ささっと回収するべく黙って入ってしまった。ローテーブルの下に放置された自身のスマートフォンを見つけてそっと取る。ベッドで寝ている孝太郎を起こさずに済んだ事に安堵した春だったが、眠る孝太郎を見て驚いた。
たまたまかもしれないが、自分が渡した雑誌を抱きしめて眠っていたからだ。もしかして寝る前に読んでくれたのかなぁ、などと考えると嬉しくなる。よくよく見ると孝太郎の目元が不自然に濡れていて、泣いていたのがわかった。いつも明るい隣人の涙に春は焦った。何か嫌なことでもあったのだろうか、と不安になる。春は起こさないようにそっと遮光カーテンを閉めてから出ていった。
翌日、それとなく春は昨日何か嫌なことがなかったかと尋ねたが、特に何もない、と不思議そうな顔をされてしまった。孝太郎は、それより、と笑顔を見せる。
「読み切り読みました!す……っごくよくて寝る前に何回も繰り返し読んじゃいました。感動して、正直言うとちょっと泣いちゃぃました」
孝太郎の涙の理由が自分の作品と知った春は強く高揚した。自分の描いた漫画が孝太郎の心を泣くほど揺さぶったのならばこんなに嬉しいことはない。身体がカッカと熱くなる。売れるためじゃなくて、誰かの心を揺さぶりたくて漫画を描き始めたのだったな、と自分が漫画家を目指したきっかけを春は思い出させられた。
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