ハイツ沈丁花の食卓

盆地パンチ

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「……片付け、もうおれがやっておくので大丈夫ですよ」

 孝太郎の言葉はなんだか心のシャッターを下ろしたかのように、距離を感じる。失望された、と春は感じた。取材に協力してくれようとしていたのに1人でおたおたして、あげく自分の作品を否定するような差別的な発言をした。これでは応援してくれていた孝太郎に呆れられても仕方がない。春は、バチン、と自分の頬を叩いた。驚いた孝太郎に春は言った。

「……ごめんなさい。言い訳に聞こえるかもしれませんが、ぼくはゲイが気持ち悪いなんて思ってません。ただ孝太郎くんに気持ち悪いと思われるのが怖くて、先んじて自衛に走ってしまいました」

「おれも……気持ち悪いなんて思いませんよ。絶対に」

 よろしくお願いします、と春は手を差し出す。孝太郎はそのまま繋ごうとしたが、あ、と声を上げる。

「このまま繋いだら握手になっちゃいますね、移動します」

孝太郎が距離を詰めて、春の横に座る。そして春が差し出した手を握った。春は、わ、と声を上げた。

「思ったより孝太郎くんの手、大きい……」

 これは円香の言う通り繋いでみてよかったな、と春は思った。印象も繋いだときの感情もずいぶん違う。

「メモしてもいいですか」

 そう断り、空いていた右手で手を繋いだ感覚をスマホのメモに残す。春は、ふ、と笑った。

「なんだか繋ぐ前はあんなに緊張したのが嘘みたいに、安心してきました」

「緊張してたんですか?」

「正直……かなり。こんなに緊張したのは大学の時に複数の女子からノートを集める時以来かもしれないです」

 孝太郎が、はは、と笑う。孝太郎が笑うと少し手に力が入って、それも春はメモした。

「駄目だな、本当。実はぼく1週間前から手を繋いでいいですかって言いそびれてて」

「1週間!」

「編集さんに言われてたんです。実際に繋いでみた方がいいって。その通りでした」

「はは。お役に立ててよかった」

 ホストで働いててよかった、と孝太郎は内心思っていた。今顔は笑顔を作れているしちゃんと話もできているけれど、内心はすごく辛い。春と手を繋いだというのに全然嬉しくなかった。それは先程の春の“ゲイみたいになってて気持ち悪い”という発言が引っかかっていた。やっぱり春もゲイは気持ち悪く思うのかな、と不安になる気持ちと、いやいやもしゲイを嫌悪しているのならあんなに素晴らしい作品は描けないはずだ、と春を信じたい気持ちで揺れ動く。しかし自分の関係のないところにゲイカップルがいるのと、今隣にいる男が自分に好意をよせているゲイだとわかるのは全くの別物だろう。孝太郎をゲイだと知らず手を繋いでる春には申し訳なく思うが、今さらになって知られるのはもう怖い。両想いになろうなどとおこがましい事は決して望まないかわりに、この性指向と春への感情を隠し通す事は許されたい。そんなことを思いながら孝太郎は手をさりげなく離した。

「参考になりましたか?」

 春は、かなり、と答えてくれたので孝太郎は安堵した。春の漫画の助けになると、ゲイを隠している事の罪悪感がわずかに和らぐ気がしていた。



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