お隣どうしの桜と海

八月灯香

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夏休みのアルバイト

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夏休みの間だけアルバイトをする事にした。

夏休み前の三者面談では担任の河野先生が「夏野君は勉強出来なくないはずなんですけど本人が努力する気がない感じですねぇ」って母さんが前に言ってた俺に対する評価と同じ事を言ってて、それを聞いた母さんにため息をつかれてしまった。

高校生になったし、社会経験もそろそろしておきたいし、お小遣いになるし困ることは何も無い。
散々甘やかされた生活をしている自覚もあるし、ここはいっちょやる気を出す。

俺は適当に歩いてた時に見つけた商店街から少し外れたところにあるカフェでバイトをする事になった。
広くはないが古民家を改装したカフェで見た目も内装もオシャレだった。
面接の時にカフェのおじさんオーナーはニコニコと即決で採用をしてくれた。

小さいけど割と繁盛している店で、給仕も接客も向いてないわけでは無さそうで仕事内容は難しくなかった。

他にも三人くらいバイトの人が居て、ローテーションを組んで営業している。
その日はオーナーと、もう一人キッチン専門のベテランのおばさんの三人のシフトだった。

「あ、さくら、違ういらっしゃいませ。」

海の母親から聞いてきたのであろう、シフトが終わる30分前にわざわざ桜が脚を伸ばしてやってきた。

身内が勤務時間中にやってくるのは非常に歯痒いものがある。
母親にも父親にも口を酸っぱくして「来るのやめて」と言っている。
何よりお隣と連れ立ってやって来たら、見た目が大きいイカつい男たちだから職場にいらない圧がかかってしまう。
やっと顔見知りのお客さんも増えてきたのに、びびって来なくなったら困る。

シグ君ちょっとだけ覗いてきてほしいとかどうせ母さんが言ったんだなと予測してしまう。

キャップを深く被っていてサングラスもしていて顔立ちはわからないが長身で頭が小さくて脚が長いから目立つのだ。
漫画に出てくる男性の様だ。
入れる客が少ない店で良かったと桜は心底思った。

空いているテーブル席に通して「注文お決まりの頃にお伺いします。」と言って離れた。
黒のシャツと黒のパンツにサロンがまかれた後ろ姿を桜が目線で追ってくる。

サイフォンで淹れられたコーヒーを桜のテーブルに持って行くと、
サングラスを外して「ありがとう」と海に笑いかけたので、それを目撃した女性客が桜をガン見している。

眩しいからやめろ。

「どうぞごゆっくり」なんていって。

レジで「海、待ってるから一緒に帰ろ」と言ったのがオーナーに聞こえていたのか、夏野君もうあがっていいよと言われた。

時間もシフト上がり直前だし、素直にバックヤードで帰宅の準備をして戻ると、オーナーと桜が喋っていた。

桜は接待モードの時の会話はするけど目が笑ってないやつだった。

「海、かえろうか。」

と桜が態度を軟化させて帰宅を促す。

「お疲れ様でした。次のシフトまたよろしくお願いします。」
と言って店を後にした。

「海、あのおじさん気をつけてね」と桜が言ってきたけど、どのおじさんの事?と思って重く受け止めなかった。



「夏野くんさぁ、あの夏野君の帰りに来るイケメン大学生競泳の選手やってるんだって?いいねぇ、紹介してほしいなぁ~、あの人もっと早い時間にいつでも来てもらってよ。」

バイト期間が半ばに差し掛かった頃、オーナーが海に商売っ気満載の表情で言ってくる。
桜を見た次の週から俺のシフトはびっしり増やされていた。
休みの日でも急だけど今から入ってよ連絡が来た。
「夏野君悪いね、でも、夏休みだからいいよね。」とニタニタ悪びれない顔でオーナーが言ってきた。
俺より先に店にいた3人のバイトはいつの間にか居なくなっていた。

桜の悪い予感が的中している。
桜がどう言う人物なのか言わなかったのに、ファッション誌に出ていた事とか、水泳大会で優勝してる事とかを知らないだろうから教えてあげると言うふうに自慢げに語ってくる。
隣に住んで居て仲良いからそれぐらいしってる。とは言えない。

こういう人は男女関係なく桜とお近づきになって仲良いアピールがしたい人だ。
使われた側にはメリットが無い。
オーナーのSNSは有名人が来たりした時、肩を組んだりして新睦をアピールしてるものが何枚もある。
その後その人達が来た気配はない。

「夏野君もさぁ!このお店の一員なんだから集客協力してよね!」

と強い圧をかけてくる。

「すみません…紹介は出きません」

その日1日何度か食い下がられたが、明確に無理だと伝えてその日は事なきを得た気がした。

だけど、そこからオーナーの態度が一変し、シフトに入るたびに仕事が遅いだの店の中に落ちてるゴミをわざと拾わなかっただの備品の補充をわざとしてないだの難癖を客の見えないところでつけ初めた。
行くのやめてしまおうかとも思ったが、履歴書に住所書いたし、怒って家に来られでもしたら父さんと母さんにも迷惑がかかる。

顔馴染みになったお客さんにはいつも通りの顔を貫いたが夏休みの終わる頃にはもう海の気持ちは疲弊し切っていた。

シフトの最終日のオーナーの態度は陰惨たるものだった。

舌打ちと追い払うジェスチャーをされた。

そして極め付けの後日。

今時給料が手渡なので受け取りに行った。
中の紙幣を確認するとどう考えても働いた日数分に足りていない。

「夏野君世の中なめてたらダメだよ。君が店でミスした分もタダじゃないんだ。こんな小さい店じゃ君みたいに非協力的な店員なんていても困るだけなんだ、高校生だし可哀想だからクビにしなかったけど、迷惑料は天引きさせて貰ったからね。
夏野君もいい社会勉強なったでしょ。本当ならお金払って学ぶことだよこんなの」

まるでいいことを教えてやった、というような押し付けがましい態度に頭がカッとなったが反論の余地を与えず「じゃ、他所でも頑張ってね!」と有無を言わせず店を出された。

俺は一方的な理不尽受けてどうすることも出来なかった。



「シグルド、海君きてるのよ」

泳ぎの練習から帰ると母親が少し困った顔で海の来訪を伝えてきた。

「大丈夫、っていうんだけどね、なんかちょっといつもの海君じゃない感じがするの」

ここ最近の海の疲れた様子が気にはなっていた。

何を聞いても「大丈夫!」とから元気を返されて何も聞かないで欲しいという意思を向けてくる。
夏休みなのにあのいけすかないカフェバイトに雁字搦めにされているきらいがある。
部屋に来ないし、行こうかなと思っても「今日疲れてる」と入れてくれない。
入ろうと思えば入れるが、本人が本当にやめてほしい空気を出していた。

海の部屋から桜の部屋の窓はあけることが出来ない。
俺が帰宅してない時、時々海は玄関から入れて貰って部屋で待っている事がある、だがそう言う時は大概落ち込んでいる時だ。
部屋の窓の鍵をいつでも開けておきたいのだけど、桜の家の防犯が危うくなるからと海から断られていた。


部屋を開けると電気が消えている。
明かりをつけるとベッドの上でうつ伏せで寝る海がいた。

近寄って顔を見ると泣いた様な跡がある。
「海」
と背中を優しくゆすって起こす。
ぱちぱちと瞬きをして海が目をさます。
「寝ちゃった…………」と目を擦りながら身体を起こした、その姿はいつもの海より幼く見える。

今日の練習どうだった?
俺もバイトばっかしてないで市民プール行けば良かったなー。秀一とガンちゃんにも遊ぼうって言われてたのに貴重な青春の長期休みを無駄にした。

と海は明るく振る舞おうとする。

「何かあった?」

と聞くと、「なんも無い。」とこちらの目を見ないで首をふる。

「あのおじさん?」
少しだけ語気を強めて聞くと、しばらく逡巡してから海は膝を立てて座り直し、自分を守る様に膝の上で腕を組んだ。
そしておでこを膝につけて小さく頷いた。

話を聞くと怒りしか湧いて来なかった。
パワハラが始まったのは、海が桜を客寄せに使うのを拒否してから。
桜が店に行ってしまったからかとも思ったがそう言うことをする人間は遅かれ早かれその凶暴性を海にぶつけただろう。

「でも俺は間違ってない、桜は客寄せの道具じゃない。」

膝に閉じこもって泣きながら海が言う。
海を守るつもりが、海に守られてしまった。

桜は腑が煮え繰り返っていた。
海は間違ってないし、ちゃんと仕事に行って我慢して偉かった事をよくよく褒めてやり、ただ、ダメだと思ったら逃げる事は海の心を守る為にして欲しい、とお願いした。

胸が空く様な啜り泣きがつづく。
渦中に巻き込まれると、外からなら見えるものが見えづらくなる。
今海は今頭のなかで一生懸命整理をしているだろうが、こんな理不尽な経験はしなくていいものだ。

「おいで海。」

優しく腕を掴んで抱き寄せると海はされるがまま抱き上げられて桜の肩に頭を預けて泣いている。


高圧的な大人の男に一方的に攻撃されるのはとてつもなく怖かっただろうと思う。
自分が決めた事だから、迷惑が広がらないようにと誰にも相談せず夏休みの間中耐えなくていいのに本当よく耐えた。
警戒してなるべく迎えに行くようにはしていたが、中でそんなことが行われているとは思わなかった。
もしかしたら迎えに行けなかった日はもっと酷い目に遭っていたのかもしれない。

あのオーナーは顔を合わせると媚を売る様に話しかけてきていた。
海を見て「あの店員可愛いよねぇ」といっていた客に海のシフトを教えたりしていたのも気に入らない。


胸糞の悪い擦り寄りで終わるなら見逃してやろうと思ったが、初めてのアルバイトで海をここまで傷付けたのであれば話は変わってくる。

桜は海を抱きしめながら策を講じた。

次の日、海はストレス性胃腸炎になった。
その事が更に桜を怒らせる事態となっていた。





「海、お給料払ってもらえなかったやつもらえたよ」
学校が始まって二週間くらい経ったある日、
桜が「給与袋」と書かれた茶封筒をもって部屋にやってきた。

「え、なんの??」

桜からもらう給料なんて身に覚えが無い。

「ほら、あのカフェの。」
と桜が言うので夏休みのバイトの事か、と思い至る。

でもなぜ桜がその給与袋を受け取ってこれたのか…

「あのオーナー、結構いろんな人怒らせてて、SNS見てたら俺の知り合いが何人か居たんだよね。
その人達に話聞いた勝手に名前いろんな所で出されてて迷惑してたから、調べて貰ったんだ。
そしたら余罪がいっぱい出てきて、海の他にもおんなじ様にパワハラされて給料ピンハネされてたバイトの人いっぱい居たみたいで。そういうの、労基的に一発でアウトなんだよ。
有名人の名前勝手に使ってんの訴えられたく無かったら今まで誤魔化した給料全員に払えって言ったらくれたって代理人が言ってた。」

だからこれは正当な海がもらうべきお給料です。
と言われた。
中を開けたら結構な金額が入っていて、どんだけピンハネされてたの…となった。

俺が桜に泣いて話した後、怒った桜のこめかみにめちゃくちゃ太い血管浮いてたもんな…

あの後も時々何かに怒ってる瞬間があった。俺は桜が俺の為に怒ってくれただけで充分だったけど、桜はあのおじさんを社会的にぶちのめしてくれた。



後日カフェの前を通ったら、しっかり潰れて古民家を改造したペット雑貨屋に変わっていた。
オーナーのSNSも消えていた。


桜からはアルバイトをもししたくなったら今度は決めちゃう前に事前に相談する事。と言う約束も取り付けられた。

酷い目に遭ったけれど、桜のおかげで海にとって嫌なトラウマにはならなかった。
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