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44話 緊張するのは仕方ない

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 シャワーを浴びて部屋に移動した私たちは、いつものようにベッドに腰かける。

 まだなにも始まっていないのに、私の体は緊張でガチガチに固まっていた。

 期待や高揚の度合いに比例して、緊張感まで強くなっているようだ。

 爪はできるだけ短く切りそろえているし、体も隅々まで洗った直後だから問題ない。

 心配することなんてなにもないはずなのに、言い様のないモヤモヤが頭の中でどんどん膨らんでいく。

 ピークに達した緊張が呼吸の邪魔をし始めた時、不意に彩愛先輩が優しく手を握ってくれた。

 ぎこちない動きで隣を見る。


「大丈夫よ、歌恋」


 穏やかな口調で発せられた一言によって、驚くほどにあっさりと、私の心が軽くなる。

 私は彩愛先輩の手を握り返し、二人で一緒に寝転がる。

 布団に潜って枕に頭を預け、至近距離で見つめ合う。

 さっき以上に胸の鼓動が速まっているけど、体は強張っていないし、頭の中は彩愛先輩のことでいっぱいになって不安や心配が入り込む余地はない。

 私たちはどちらからともなく顔を相手に近付け、惹かれ合うようにキスを始めた。


「んっ、ちゅ、ぁむ、んぅっ」


 二人の吐息が混ざり合い、重なった唇が小さな音を立てる。

 少しだけ口を開くと、狙っていたかのように彩愛先輩の舌が入り込んできた。

 唾液でぬめった温かな舌に、私は自分のそれを絡める。

 いままでにないぐらい濃厚なキスを交わして、それでも足りないと短いキスを何度も繰り返す。

 体の中心が熱を放ち、全身が切なさを訴え始める。

 心身ともに準備が整ったのを感じた矢先に、彩愛先輩がおもむろに私の胸に手を押し当てた。


「歌恋、すごくドキドキしてるわね」


 いつもだったら『そんなことないですけど』なんて強がっているところだけど、今回ばかりは虚勢を張る余裕もない。

 それどころか、彩愛先輩に胸を触られる喜びと気持ちよさが、鼓動をさらに加速させる。

 彩愛先輩も同じように緊張しているのだろうかと気になって、そっと胸に手を伸ばす。

 慎ましやかな乳房に手のひらを当てると、衣服越しにも分かるほどに、心臓がドクンドクンと力強く脈打っている。

 お互いに相手の胸に手を当てたまま、私たちは再び口付けを交わした。

 すでに幸せすぎて頭がどうにかなってしまいそうだけど、本番はこれから。

 先ほどとは別種の心地いい緊張感に包まれながら、私と彩愛先輩は未知の領域へと踏み出すのだった。
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