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1話 愛想と機嫌は別物
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あたしこと百日栞には、とてもかわいい彼女がいる。
二つ年下の中学二年生で、名前は合月雫ちゃん。
放課後になると全速力で学校を出て、隣接する中学校の校門前で雫ちゃんが来るのを待つ。
つい先月までここに通っていたんだと感慨深く思いながら、あまり中の様子を気にしていると不審者扱いされそうなのでスマホをいじることにした。
スリープモードを解除すると、ロック画面にあたしと雫ちゃんの仲睦まじい写真が表示される。
雫ちゃんがムスッとした表情を浮かべているので、友達に見せると『嫌がる後輩と無理やりツーショットを撮った』って誤解されてしまう。
雫ちゃんが無愛想なだけで、べつに無理やり撮ったわけではない。
「お待たせしました、栞先輩」
「うぉわっ!」
唐突に声をかけられて驚き、うっかりスマホを落としてしまった。
買い換えてそんなに経っていない愛機が地面に叩き付けられて傷物に――
「まったく、相変わらずそそっかしいですね。気を付けてください」
――なんてことには、ならずに済む。
驚異的な反射神経を持つ雫ちゃんは、目にも留まらぬ速さでスマホをキャッチしてあたしに渡してくれた。
ありがとうとお礼を言いながら、ちょうどいい高さにある頭を撫でる。
サラサラな白銀の長髪は極上の肌触り。
大きく円い瞳はやや吊り目気味で、雰囲気がどことなく猫っぽい。
身長はあたしより頭一つ分ほど低く、色白の肌は瑞々しく滑らか。
正真正銘の美少女であり、あたしにとって最愛の彼女でもある。
「な、撫でないでください」
不満気に眉をひそめる雫ちゃん。本当に嫌なときは腕を振り払われるから、決して怒っているわけじゃない。
「ごめんごめん、それじゃ帰ろっか」
最後に数回ほど撫でてから手を離し、校門を後にする。
「先輩、この後って空いてますか?」
「うん、空いてるよっ」
遊びのお誘いかな?
早とちりだったら恥ずかしいけど、ついつい声が弾む。
「へぇ、そうですか」
日本刀も真っ青な見事すぎる切れ味で会話が終わった。
無言のまま住宅街を進み、角を曲がったところであたしから話しかける。
「もしかして、どこか行きたいところとかあるの?」
「べつに」
雫ちゃんと面識がない人なら、ここで会話を断念するだろう。
けど、あたしは小学生の頃から雫ちゃんと親しくしている。
いまとなっては彼女という立場でもあり、たった三文字の返答からでも真意を察するぐらい簡単だ。
「分かった! キスしたいんだ!」
自分の推理力が恐ろしい。
「ち、違いますよ、往来でなにを言ってるんですか」
確かに往来で口にすることじゃないけど、周りに人がいないのはきちんと確認している。
女の子同士ということもあり付き合っていることは内緒にしているから、その辺の配慮は怠らない。
「そっかぁ、残念」
あたしの推理力は大したことなかったようだ。
「こ、コンビニ、寄りませんか?」
「ん、いいよ。そうだ、お姉さんがアイスを奢ってあげよう」
「結構です。あと、変に先輩風吹かせようとしないでください」
「ごめん、気に障った?」
「当たり前です。まったく……恋人なのに、お姉さんとか言わないでください」
冷たく即答した後、小声でボソッと漏らした言葉。
この場面をマンガ風に表現したら、あたしの隣に大きな文字で『キュン』と書かれていただろう。というより、文字であたしが隠れていたかもしれない。
「かわいいな~っ、かわいすぎるよ! 雫ちゃん、ほんとにかわいい!」
語彙が貧困すぎてかわいいしか言えてないけど、あたしはいま発狂しそうなほどのかわいさを感じている。
外でなければ思いっきり抱きしめて摩擦熱で発火するぐらい頬ずりして唇が腫れ上がるまでキスしたいところだ。
いまはとりあえず、ギュッと手を握るだけに留めておく。
「先輩に言われても嫌味にしか思えません」
「なんで!?」
「私なんかより、先輩の方がかわいいですから」
「いやいや、雫ちゃんの方が何億倍もかわいいよ」
「は? 先輩の方がかわいいです。ふざけたことばかり言ってると怒りますよ」
怖い!
かわいいと言われるのは素直に嬉しいけど、雫ちゃんの方がかわいいという意見は揺るがない。
とはいえこのままでは不毛な争いが続くだけだから、話題を変えるとしよう。
「コンビニでなに買うの?」
「決めてません」
再び訪れる静寂。
言ってる間に目的地へと到着し、自動ドアを抜けて店内へ足を踏み入れる。
あたしがお菓子コーナーを物色していると、雫ちゃんはいつの間にか会計を済ませてレジ袋を手に提げていた。
「外で待ってますね」
雫ちゃんは一言だけ言い残して、言葉通り店を出る
あたしは急いでレモンティーと肉まんを買い、後を追う。
雫ちゃんも肉まんが好きだったはずだから、半分こしよう。なんてことを考えながら合流。
「お待たせっ」
「先輩、これどうぞ」
顔を合わせるや否や、なにかを差し出される。
反射的に手を出して受け取ると、それは半分に割られた肉まんだった。
「おーっ、ありがとう! 以心伝心だね!」
「は?」
怪訝そうに目を細める雫ちゃん。
ちょっと怖いけど、怒ってるわけじゃないと思う。
「実はあたしも同じこと考えてた! はい、これどうぞ!」
急いでレジ袋から肉まんを取り出し、熱いのを我慢しながら手で二等分して雫ちゃんに渡す。
「ありがとうございます。これって結局、一個ずつ食べることになりますよね。半分こにした意味がないかもしれません」
「そんなことないよ。お腹に入る量は一緒でも、お互いの気持ちが込められてるからね!」
「なに言ってるんですか?」
「ご、ごめん」
冷たい反応を返されてしまった。
変なこと言ったかな?
「先輩、冷めないうちに食べましょう」
「そうだね。いただきまーすっ」
まず雫ちゃんにもらった方から食べる。
噛むと熱々の肉汁が溢れて、椎茸の風味と肉の旨味が口いっぱいに広がった。筍のシャキシャキとした食感が心地いい。
コンビニの食品はなにかと侮られがちだけど、お世辞抜きでおいしい。
お互いに相手から譲り受けた分を食べ終わり、もう半分を食べながら帰路に着く。
道中の空き地で野良猫が集会を開いていて、あまりのかわいさに写真を十枚ほど撮った。
学校での出来事なんかを話しながら歩いていると、気付けば家は目と鼻の先だ。
百日家と合月家は真隣にあり、あたしの部屋と雫ちゃんの部屋は窓と数十センチの距離を挟んで向かい合っている。
家に帰ってからでも話せるのに、なんとなく立ち話を続ける。
「肉まんおいしかったね。何個でも食べれそうだよ!」
「食べ過ぎると太りますよ」
「うぐっ! 最近体重増えた気がするから、食べる量減らした方がいいかも……」
体型が崩れないよう努力はしているつもりだけど、冬の間はちょっと怠けていた。
雫ちゃんに呆れられないためにも、気と体を引き締めないと。
「食べ過ぎなければ大丈夫ですよ」
「そう? 太ってない?」
「はい。心底悔しいことに、先輩は異常なほどスタイルがいいです」
「あはは、さすがに褒めすぎじゃないかなぁ」
お世辞だとしても、恋人に褒められるのは嬉しい。
「紛れもない事実ですし、本心からそう思ってます。ちょっと腹立たしいぐらいですね」
雫ちゃんは切ない表情を浮かべ、自分の胸を撫でた。
将来性を強く感じさせる発展途上な胸。
中学二年生という年齢を考慮してもかなり平べったいけど、かわいらしくて素敵だ。
「いつか大きくなるよ」
「それこそ嫌味にしか聞こえません。先輩はただでさえ容姿端麗で人目を引くのに、スラッとした手足とか、ほどよく引き締まっているくせに出るところは出ている魅力的な体型とか。目を離せば他の人に奪われてしまうんじゃないかと、いつも不安でしょうがないんですからね」
「雫ちゃんはほんとにかわいいね。心配しなくても、あたしは雫ちゃん以外の人を好きになったりしないよ」
「そ、そうですか」
プイッとそっぽを向いて門扉を開く雫ちゃん。肌が白いから、照れて赤面すると分かりやすい。
「また後で話そうね~っ」
そそくさと家に入ろうとする雫ちゃんに声をかける。
すると、ドアノブに手をかけた状態でピタッと動きを止めた。
「先輩、今日もすごく楽しかったです。あと、その…………大好きです」
言うが早いか、こちらがなにか言う前に扉の向こうへと姿を消してしまう。
「あたしも大好きだよ」
聞こえるわけもないんだけど、それだけ口にしてからあたしも家に入る。
いつも通り、雫ちゃんは無愛想だった。
だけど決して、機嫌が悪いわけではない。
その証拠とばかりに、スマホが通知で震える。
『早く話したいです!』
さっきまで話していたのに、これだ。
思わずクスッと笑い、『あたしも!』と返信する。
雫ちゃんと付き合っていることは、二人だけの秘密。
雫ちゃんが見た目だけじゃなく内面までかわいいということは、あたしだけの秘密だ。
二つ年下の中学二年生で、名前は合月雫ちゃん。
放課後になると全速力で学校を出て、隣接する中学校の校門前で雫ちゃんが来るのを待つ。
つい先月までここに通っていたんだと感慨深く思いながら、あまり中の様子を気にしていると不審者扱いされそうなのでスマホをいじることにした。
スリープモードを解除すると、ロック画面にあたしと雫ちゃんの仲睦まじい写真が表示される。
雫ちゃんがムスッとした表情を浮かべているので、友達に見せると『嫌がる後輩と無理やりツーショットを撮った』って誤解されてしまう。
雫ちゃんが無愛想なだけで、べつに無理やり撮ったわけではない。
「お待たせしました、栞先輩」
「うぉわっ!」
唐突に声をかけられて驚き、うっかりスマホを落としてしまった。
買い換えてそんなに経っていない愛機が地面に叩き付けられて傷物に――
「まったく、相変わらずそそっかしいですね。気を付けてください」
――なんてことには、ならずに済む。
驚異的な反射神経を持つ雫ちゃんは、目にも留まらぬ速さでスマホをキャッチしてあたしに渡してくれた。
ありがとうとお礼を言いながら、ちょうどいい高さにある頭を撫でる。
サラサラな白銀の長髪は極上の肌触り。
大きく円い瞳はやや吊り目気味で、雰囲気がどことなく猫っぽい。
身長はあたしより頭一つ分ほど低く、色白の肌は瑞々しく滑らか。
正真正銘の美少女であり、あたしにとって最愛の彼女でもある。
「な、撫でないでください」
不満気に眉をひそめる雫ちゃん。本当に嫌なときは腕を振り払われるから、決して怒っているわけじゃない。
「ごめんごめん、それじゃ帰ろっか」
最後に数回ほど撫でてから手を離し、校門を後にする。
「先輩、この後って空いてますか?」
「うん、空いてるよっ」
遊びのお誘いかな?
早とちりだったら恥ずかしいけど、ついつい声が弾む。
「へぇ、そうですか」
日本刀も真っ青な見事すぎる切れ味で会話が終わった。
無言のまま住宅街を進み、角を曲がったところであたしから話しかける。
「もしかして、どこか行きたいところとかあるの?」
「べつに」
雫ちゃんと面識がない人なら、ここで会話を断念するだろう。
けど、あたしは小学生の頃から雫ちゃんと親しくしている。
いまとなっては彼女という立場でもあり、たった三文字の返答からでも真意を察するぐらい簡単だ。
「分かった! キスしたいんだ!」
自分の推理力が恐ろしい。
「ち、違いますよ、往来でなにを言ってるんですか」
確かに往来で口にすることじゃないけど、周りに人がいないのはきちんと確認している。
女の子同士ということもあり付き合っていることは内緒にしているから、その辺の配慮は怠らない。
「そっかぁ、残念」
あたしの推理力は大したことなかったようだ。
「こ、コンビニ、寄りませんか?」
「ん、いいよ。そうだ、お姉さんがアイスを奢ってあげよう」
「結構です。あと、変に先輩風吹かせようとしないでください」
「ごめん、気に障った?」
「当たり前です。まったく……恋人なのに、お姉さんとか言わないでください」
冷たく即答した後、小声でボソッと漏らした言葉。
この場面をマンガ風に表現したら、あたしの隣に大きな文字で『キュン』と書かれていただろう。というより、文字であたしが隠れていたかもしれない。
「かわいいな~っ、かわいすぎるよ! 雫ちゃん、ほんとにかわいい!」
語彙が貧困すぎてかわいいしか言えてないけど、あたしはいま発狂しそうなほどのかわいさを感じている。
外でなければ思いっきり抱きしめて摩擦熱で発火するぐらい頬ずりして唇が腫れ上がるまでキスしたいところだ。
いまはとりあえず、ギュッと手を握るだけに留めておく。
「先輩に言われても嫌味にしか思えません」
「なんで!?」
「私なんかより、先輩の方がかわいいですから」
「いやいや、雫ちゃんの方が何億倍もかわいいよ」
「は? 先輩の方がかわいいです。ふざけたことばかり言ってると怒りますよ」
怖い!
かわいいと言われるのは素直に嬉しいけど、雫ちゃんの方がかわいいという意見は揺るがない。
とはいえこのままでは不毛な争いが続くだけだから、話題を変えるとしよう。
「コンビニでなに買うの?」
「決めてません」
再び訪れる静寂。
言ってる間に目的地へと到着し、自動ドアを抜けて店内へ足を踏み入れる。
あたしがお菓子コーナーを物色していると、雫ちゃんはいつの間にか会計を済ませてレジ袋を手に提げていた。
「外で待ってますね」
雫ちゃんは一言だけ言い残して、言葉通り店を出る
あたしは急いでレモンティーと肉まんを買い、後を追う。
雫ちゃんも肉まんが好きだったはずだから、半分こしよう。なんてことを考えながら合流。
「お待たせっ」
「先輩、これどうぞ」
顔を合わせるや否や、なにかを差し出される。
反射的に手を出して受け取ると、それは半分に割られた肉まんだった。
「おーっ、ありがとう! 以心伝心だね!」
「は?」
怪訝そうに目を細める雫ちゃん。
ちょっと怖いけど、怒ってるわけじゃないと思う。
「実はあたしも同じこと考えてた! はい、これどうぞ!」
急いでレジ袋から肉まんを取り出し、熱いのを我慢しながら手で二等分して雫ちゃんに渡す。
「ありがとうございます。これって結局、一個ずつ食べることになりますよね。半分こにした意味がないかもしれません」
「そんなことないよ。お腹に入る量は一緒でも、お互いの気持ちが込められてるからね!」
「なに言ってるんですか?」
「ご、ごめん」
冷たい反応を返されてしまった。
変なこと言ったかな?
「先輩、冷めないうちに食べましょう」
「そうだね。いただきまーすっ」
まず雫ちゃんにもらった方から食べる。
噛むと熱々の肉汁が溢れて、椎茸の風味と肉の旨味が口いっぱいに広がった。筍のシャキシャキとした食感が心地いい。
コンビニの食品はなにかと侮られがちだけど、お世辞抜きでおいしい。
お互いに相手から譲り受けた分を食べ終わり、もう半分を食べながら帰路に着く。
道中の空き地で野良猫が集会を開いていて、あまりのかわいさに写真を十枚ほど撮った。
学校での出来事なんかを話しながら歩いていると、気付けば家は目と鼻の先だ。
百日家と合月家は真隣にあり、あたしの部屋と雫ちゃんの部屋は窓と数十センチの距離を挟んで向かい合っている。
家に帰ってからでも話せるのに、なんとなく立ち話を続ける。
「肉まんおいしかったね。何個でも食べれそうだよ!」
「食べ過ぎると太りますよ」
「うぐっ! 最近体重増えた気がするから、食べる量減らした方がいいかも……」
体型が崩れないよう努力はしているつもりだけど、冬の間はちょっと怠けていた。
雫ちゃんに呆れられないためにも、気と体を引き締めないと。
「食べ過ぎなければ大丈夫ですよ」
「そう? 太ってない?」
「はい。心底悔しいことに、先輩は異常なほどスタイルがいいです」
「あはは、さすがに褒めすぎじゃないかなぁ」
お世辞だとしても、恋人に褒められるのは嬉しい。
「紛れもない事実ですし、本心からそう思ってます。ちょっと腹立たしいぐらいですね」
雫ちゃんは切ない表情を浮かべ、自分の胸を撫でた。
将来性を強く感じさせる発展途上な胸。
中学二年生という年齢を考慮してもかなり平べったいけど、かわいらしくて素敵だ。
「いつか大きくなるよ」
「それこそ嫌味にしか聞こえません。先輩はただでさえ容姿端麗で人目を引くのに、スラッとした手足とか、ほどよく引き締まっているくせに出るところは出ている魅力的な体型とか。目を離せば他の人に奪われてしまうんじゃないかと、いつも不安でしょうがないんですからね」
「雫ちゃんはほんとにかわいいね。心配しなくても、あたしは雫ちゃん以外の人を好きになったりしないよ」
「そ、そうですか」
プイッとそっぽを向いて門扉を開く雫ちゃん。肌が白いから、照れて赤面すると分かりやすい。
「また後で話そうね~っ」
そそくさと家に入ろうとする雫ちゃんに声をかける。
すると、ドアノブに手をかけた状態でピタッと動きを止めた。
「先輩、今日もすごく楽しかったです。あと、その…………大好きです」
言うが早いか、こちらがなにか言う前に扉の向こうへと姿を消してしまう。
「あたしも大好きだよ」
聞こえるわけもないんだけど、それだけ口にしてからあたしも家に入る。
いつも通り、雫ちゃんは無愛想だった。
だけど決して、機嫌が悪いわけではない。
その証拠とばかりに、スマホが通知で震える。
『早く話したいです!』
さっきまで話していたのに、これだ。
思わずクスッと笑い、『あたしも!』と返信する。
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