異世界恋愛短編集

辺野夏子

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「まじかー」

 マジかとは思ったけどあんまり関係なかった。今の私にとってはここは現実だし、ケット・シーの里は伝説の武具とか貴重なアイテムを入手するための、行っても行かなくても関係ない場所。ストーリーには関係ない。


 つまり下手にプレイヤーキャラに転生するより、断然楽ちんでお気楽な人生なのである! 日本人の知識を活かしてチート? ないない。必要ない。フェアリーですから。

「あ、でも一匹だけ訳ありっぽいのいたなあ。それに感情移入してたから今ケット・シーなのかなあ」

 ゲーム内には『はぐれケット・シー』が登場する。でもプレイヤーが確認できるのは一匹だけだし、それはもちろん私じゃない。時系列もわかんないし。

 そのようなわけで、特にすることはない。時はなんとなく過ぎていく。

「よっしゃ今日も祈ろ」

 神よ、私をケット・シーにしてくださってありがとうございます。ナムナム……。

『見つけた……』
「?」

 どこからか懐かしさを感じる声が響き、のぞき込んでいた水面が揺れる。

『ケット・シーの里を見つけた!』

 めちゃくちゃ聞き覚えのあるイケメンボイスが響き、浅い泉からぬっと手が生えてきた。

「おぎゃあーーーーっ!」

『むっ! 何か聞こえた! いるな! よし! 絶対いるな!!』


 やばい。この声を私が聞き間違えるわけもない。このボイスは……。

 主人公の仲間の、宮廷魔術師クラウスだ! 魔法の才能はピカイチ、でもそれ以外がカスの社会不適合者!

『うおおお! ケット・シーの里に行くぞぉーーーっ』

「変なテンションはやめろ! 帰れ! 帰れ!」

 こいつこんなキャラだったっけ?そう思いながら前足で伸びてくる手を押し込む。いわゆる猫パンチ。

「くるな! 帰れ!」

 別にクラウスに過去非道な実験をしていた、とかそういう設定があるわけじゃないんだけど、ゲームでケット・シーの里に行けるのは魔王が復活して、人間界の空が紫になってからなのだ。つまりは今じゃないのだ。本人もゲーム内で初めて訪れたと言っていたし。

『あっなんかふわふわしてる! もしもーし!? ケット・シーさんですか!? お名前は!?』

「ミヤコだよ!」

 声優は好きだけど、別にお前最推しじゃねーから今会いたくないし! いや強いから使うけどさ。とにかくトラブルの匂いがするので今はお帰り願いたい。

『ミヤコちゃん。かわいい名前ですね。それではわたくし、クラウス・ゴルドウィンの召喚に応えてください』

 急に猫撫で声の低音ボイスがして、私はそれに絡めとられた。まずい。召喚魔法を使われた。

 抵抗できない。引き摺り込まれる……!!


「にゃーー!!」

 顔からびしゃんと泉に突っ込み、そのまま下にゆっくりと落下していく。

 やばい……人間界に誘拐されてしまった! どんどんと体が沈んでいくが、魔力の泉なので息苦しくはない。

 そうこうしているうちにぐるりと体が回転し、今度は水中を浮き上がり始めた。

「ぷはっ!」

 泉から顔を出す。むわっとした、湿度の高い森の空気。ああ、下界ってこんな匂いなんだ。

「やった!とびきり上等な、メス のケット・シーだ!」

 両手で私をぎゅむっと掴んだ満面の笑みのクラウスはゲーム画面より若くて、設定資料集にあった「若き日のクラウス」の顔をしていた。
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