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しおりを挟む「私だって、あいつの好き嫌いの激しいところとか、すぐに体調壊すところとか、メニュー見て高いね、ってわざわざ口に出すところとか、気にしてたけど言わなかったのにっ!!」
リリアローズは、全身全霊の力を込めてゴルフクラブを振った。そのスイングはボールの芯を捉え、白球は小気味のいい音とともにため池へ吸い込まれていった。
ここは王都の郊外、「タケモトゴルフクラブ」である。
リリアローズは父の勧めで、運動不足とストレス解消のために、この練習場へやってきた。
最近貴族男性たちの間でとてつもなく大流行している「ゴルフ」と言うものにリリアローズはまったく無関心であったが、いざやってみるとスッキリするものである。
「本当は芝の上でやるものらしいけれど、池に向かって打つ、と言うのも背徳感があっていいわね」
この練習場には普通のコースもあるが、農業用のため池に隣接しているため、この「打ちっ放しエリア」では水に沈まず浮くボールを採用している。
夕暮れ時には下働きの子供たちが、小船に乗ってそれを回収するのだ。そのさまがなんとも風情があっていいのだと、リリアローズの父は言うのだった。
「ふう、いい汗かいた」
婚約破棄のストレスからか、ここ数日の彼女はひきこもりがち、ついでに食べ過ぎであった。
(ちょっとは痩せたかしら? 今日はご褒美に、たくさん食べていいわよね)
リリアローズは身支度を整え、クラブハウスの食事コーナーへ向かった。
そこはちょっとしたレストランがあり、屋台があり、持ち込み用のテーブルがあり、ピクニックエリアありの至れり尽くせりの場所である。
「さて」
リリアローズはぐるりと、どのような食べ物があるかを観察し、一軒の店に目をとめた。
うどんである。
彼女はうどんを食べた事がなかった。なにせ花も恥じらう乙女、末席とは言え貴族令嬢、すなわち淑女である。今までは家族か婚約者同伴でしか、外食をしたことがないくらいなのだ。
別に禁止されている訳ではないが、そこはそれ、婚約者に「はしたない」と思われるのは避けたかったのだ。
(ま、そんな気にする必要もなかったって事だけど)
リリアローズは、エディの発言を思い出す。ピザの耳とか、付け合わせのパセリとか、シュリンプの尾とか、食べられる部分ならなんでも食べる、自分の残したものまで食べようとする、その「食い意地」が嫌なのだと、またリリアローズはとにかく沢山食べるので、学園の食堂に一緒に行くのが恥ずかしいとまで言った。
その他にも、美味しくもない手作りのお菓子を持ってくる、この前海辺に遊びに行った時に延々とゲテモノを食べていた……等、そこまで不満をためるぐらいならその場で言ってくれ、と耳を塞ぎたくなるほどだった。
しかし、リリアローズを最高にイラつかせたのは、最後のエディの一言だった。
「別に、君のせいじゃない。食事のマナーが悪いって話ではないから。これは、胃腸がすごく弱くて、食が細くて、好き嫌いも多いぼくのせいだって事はわかってるんだ。お互いに、食に対する向き合い方が違うと、結婚しても不幸になるだけだと思うんだ」
エディの発言は、まともに見せかけて、悪者になりたくない感丸出しの言い訳そのものであった。
「私だって、他人だったらしなかったわよ」
リリアローズはひとり呟く。そして、意を決して「うどん」と書かれたカフェカーテンをめくった。
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