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「……?」
今、書き出しが普段と違ったような。いつもは「親愛なる従姉妹、シュシュリア・リベルタス公爵令嬢へ」だったはず。「愛しの」なんて、それじゃあまるで本当に恋文……。
「あなたに逢えなくなってから、もうずいぶんと経ちます。最初のうちは再会できたら何を言おうかとうきうきとした気分で書き溜めていた日記も、もう何冊にもなってしまいました。たまに思い出して頁をめくると、あなたと王太子が婚約して僕がどんなにか落胆したかの恨み言が書きつらねてあります」
大広間はしんと静まりかえり、ステラが美しい声で手紙を読み上げていく声だけが響いている。
「あなたが王太子と婚約したと聞いた時、僕は絶望し、この地から離れられない自分の身の上を呪いました。しかし、閣下が『お前が魔王を滅ぼすことができたならば褒美にシュシュリアをやろう』とおっしゃいました。僕はもちろん反論しましたよ。月ははるか高みから僕たちを優しく見守っているのです。それを僕たちのようなあさましい人間がどうこうしようだなんて、おこがましいと」
ぞわわ、と鳥肌が立った。どう考えてもヴォルフラムが素面で書いているとはわたくしには思えないのだけれど、手紙に登場するお父様の発言はいかにもありそうだ。
「シュシュリア、あなたは僕のことをどう思っているでしょうか。僕があなたの前に再び立った時、血にまみれた野蛮な男だとその美しい眉をひそめるでしょうか? それとも、あなたの忠実な犬として一番近くで跪きたいと擦り寄る僕を、愛い奴だと褒めてくださるでしょうか?」
「や……やめて……」
どうしようもなくむずむずする。なんなのよ、この気色悪い文章は。ステラが猫撫で声で読み上げるので、なおさらたちが悪い。全身の毛穴という毛穴から、冷や汗なのか脂汗なのかわからないものが出てきている。ただならぬ雰囲気にミケはどこかへ行ってしまった。この場にいる人間は、わたくしあるいはステラを見ている。いや、ややわたくしに穿った目を向けるものが多いだろうか。
「魔王を倒してあなたの元に凱旋し、求婚をする日を夢見て、今日まで必死にやってきました。しかし、たとえ閣下が娘をやると決めたとしても、肝心の王太子はどうなのだろうと考えるようになりました。僕が何としてもあなたを手に入れたいと願っているようにまた、王太子もあなたを離さんとするに違いありません」
ステラの芝居がかった声に、人々は一心に聞き入っている。
「僕を選んでください。側に置いてください。あの時のように、お前の魂はわたくしのものだと、禁を破ってでも決して離しはしないと、もう一度僕に言ってください。あなたがそう望むのならば、僕は」
ステラは一旦読むのをやめて、深呼吸した。
「王太子をこの手にかけることも厭わない」
「そ……その手紙は、偽物ですわっ!」
一応叫んではみたものの、反応はあまり芳しくはなかった。わたくしの言葉を誰も真実だと思っていない。なのに、ヴォルフラムの手紙は──浮かれた噂の一つもないヴォルフラムの手紙については、なぜだか皆がそれを真実だと思い込んでいる。なんなのよ。人望ならわたくしにだってあるはずなのに。
「その手紙はっ、わたくしを陥れるための……罠ですわ」
「それこそ、聖騎士ヴォルフラムがどうしてお前を陥れようとするのだ?」
「それはぁ……」
ここぞとばかりにラドリアーノに詰められて、わたくしは返答することができない。
「この手紙にはヴォルフラムさまの魔力印が押してあり、筆跡も一致しています。この手紙は真実、聖騎士ヴォルフラムが書いたもの。そして、シュシュリアさま。あなたはラドリアーノとさまと言う婚約者がおありの身で、ヴォルフラムに愛を囁いて、彼を唆した」
ステラが勝ち誇ったように手紙をひらひらとさせた。
ヴォルフラムは何を考えてこんな熱烈な手紙をわたくしに? 考えても、考えても、考えてもわからない。作戦?なんの?嫌がらせ?そんなはずはない。ならば先ほどのは一体何?
考えても、考えても、答えは出てこない。黙りこくったままのわたくしに、ラドリアーノの高笑いが響く。
「これが不貞でなければ、なんだと言うのだ!」
いえ、先ほどの手紙って、真偽はともかくヴォルフラムが一方的に私を好きってだけの手紙ではなかった? わたくしはこの件に関しては何もしていないのに。
「ヴォルフラムはシュシュリア恋しさに、王太子である私をも手にかけようと画策している。これは紛れもなく、反逆である。しかし彼は我が国の宝だ……私は彼に、男として寛大な処分を下そうと思う」
「シュシュリア。望み通りそなたを間男のもとに送ってやろう。かつて『リベルタスの氷華』と呼ばれたその才能、令嬢のままにしておくのは惜しい。戦場で存分に発揮するがよい」
──いえ、わたくしはヴォルフラムのところに行きたいなんて思っては、いないのだけれど。
「改めて。リベルタス公爵令嬢との婚約を破棄し、王太子の名の下に、シュシュリア、お前を追放する!」
……あがいたところで、結局こうなるのか。まあいい。ラドリアーノがわたくしとの婚約を破棄する。それはつまり、わたくしが今まで負ってきた『責任』もなくなるということ。
──久しぶりに、枷を外して、暴れるのも悪くない。
「よろしいのですか? 本当に婚約を破棄し、わたくしを追放すると?」
「くどい! もちろんだ。お前の存在は、私には必要ない」
ラドリアーノの言葉にゆっくりと目を閉じて、そして前を向く。──わたくしに与えられた任務も、今この瞬間に終わりだ。
「婚約破棄と魔王討伐の任務、承りました。ではさっそく、ご命令通りに極東へ赴きますわ」
ぴしりと礼をして、微笑みを浮かべる。予定とは違ったが、これもまたラドリアーノ自身が決めた運命だ。
「それでは皆さま、ごきげんよ……」
「その必要は、ありませんよ」
別れの挨拶を述べようとした瞬間に背後から聞き覚えのある、よく通る声が響いてきた。振り向くと大広間の扉は開いていて──。
「……ヴォルフラム!」
遠く離れた土地に居るはずのヴォルフラムが、なぜか城に戻ってきていた。
今、書き出しが普段と違ったような。いつもは「親愛なる従姉妹、シュシュリア・リベルタス公爵令嬢へ」だったはず。「愛しの」なんて、それじゃあまるで本当に恋文……。
「あなたに逢えなくなってから、もうずいぶんと経ちます。最初のうちは再会できたら何を言おうかとうきうきとした気分で書き溜めていた日記も、もう何冊にもなってしまいました。たまに思い出して頁をめくると、あなたと王太子が婚約して僕がどんなにか落胆したかの恨み言が書きつらねてあります」
大広間はしんと静まりかえり、ステラが美しい声で手紙を読み上げていく声だけが響いている。
「あなたが王太子と婚約したと聞いた時、僕は絶望し、この地から離れられない自分の身の上を呪いました。しかし、閣下が『お前が魔王を滅ぼすことができたならば褒美にシュシュリアをやろう』とおっしゃいました。僕はもちろん反論しましたよ。月ははるか高みから僕たちを優しく見守っているのです。それを僕たちのようなあさましい人間がどうこうしようだなんて、おこがましいと」
ぞわわ、と鳥肌が立った。どう考えてもヴォルフラムが素面で書いているとはわたくしには思えないのだけれど、手紙に登場するお父様の発言はいかにもありそうだ。
「シュシュリア、あなたは僕のことをどう思っているでしょうか。僕があなたの前に再び立った時、血にまみれた野蛮な男だとその美しい眉をひそめるでしょうか? それとも、あなたの忠実な犬として一番近くで跪きたいと擦り寄る僕を、愛い奴だと褒めてくださるでしょうか?」
「や……やめて……」
どうしようもなくむずむずする。なんなのよ、この気色悪い文章は。ステラが猫撫で声で読み上げるので、なおさらたちが悪い。全身の毛穴という毛穴から、冷や汗なのか脂汗なのかわからないものが出てきている。ただならぬ雰囲気にミケはどこかへ行ってしまった。この場にいる人間は、わたくしあるいはステラを見ている。いや、ややわたくしに穿った目を向けるものが多いだろうか。
「魔王を倒してあなたの元に凱旋し、求婚をする日を夢見て、今日まで必死にやってきました。しかし、たとえ閣下が娘をやると決めたとしても、肝心の王太子はどうなのだろうと考えるようになりました。僕が何としてもあなたを手に入れたいと願っているようにまた、王太子もあなたを離さんとするに違いありません」
ステラの芝居がかった声に、人々は一心に聞き入っている。
「僕を選んでください。側に置いてください。あの時のように、お前の魂はわたくしのものだと、禁を破ってでも決して離しはしないと、もう一度僕に言ってください。あなたがそう望むのならば、僕は」
ステラは一旦読むのをやめて、深呼吸した。
「王太子をこの手にかけることも厭わない」
「そ……その手紙は、偽物ですわっ!」
一応叫んではみたものの、反応はあまり芳しくはなかった。わたくしの言葉を誰も真実だと思っていない。なのに、ヴォルフラムの手紙は──浮かれた噂の一つもないヴォルフラムの手紙については、なぜだか皆がそれを真実だと思い込んでいる。なんなのよ。人望ならわたくしにだってあるはずなのに。
「その手紙はっ、わたくしを陥れるための……罠ですわ」
「それこそ、聖騎士ヴォルフラムがどうしてお前を陥れようとするのだ?」
「それはぁ……」
ここぞとばかりにラドリアーノに詰められて、わたくしは返答することができない。
「この手紙にはヴォルフラムさまの魔力印が押してあり、筆跡も一致しています。この手紙は真実、聖騎士ヴォルフラムが書いたもの。そして、シュシュリアさま。あなたはラドリアーノとさまと言う婚約者がおありの身で、ヴォルフラムに愛を囁いて、彼を唆した」
ステラが勝ち誇ったように手紙をひらひらとさせた。
ヴォルフラムは何を考えてこんな熱烈な手紙をわたくしに? 考えても、考えても、考えてもわからない。作戦?なんの?嫌がらせ?そんなはずはない。ならば先ほどのは一体何?
考えても、考えても、答えは出てこない。黙りこくったままのわたくしに、ラドリアーノの高笑いが響く。
「これが不貞でなければ、なんだと言うのだ!」
いえ、先ほどの手紙って、真偽はともかくヴォルフラムが一方的に私を好きってだけの手紙ではなかった? わたくしはこの件に関しては何もしていないのに。
「ヴォルフラムはシュシュリア恋しさに、王太子である私をも手にかけようと画策している。これは紛れもなく、反逆である。しかし彼は我が国の宝だ……私は彼に、男として寛大な処分を下そうと思う」
「シュシュリア。望み通りそなたを間男のもとに送ってやろう。かつて『リベルタスの氷華』と呼ばれたその才能、令嬢のままにしておくのは惜しい。戦場で存分に発揮するがよい」
──いえ、わたくしはヴォルフラムのところに行きたいなんて思っては、いないのだけれど。
「改めて。リベルタス公爵令嬢との婚約を破棄し、王太子の名の下に、シュシュリア、お前を追放する!」
……あがいたところで、結局こうなるのか。まあいい。ラドリアーノがわたくしとの婚約を破棄する。それはつまり、わたくしが今まで負ってきた『責任』もなくなるということ。
──久しぶりに、枷を外して、暴れるのも悪くない。
「よろしいのですか? 本当に婚約を破棄し、わたくしを追放すると?」
「くどい! もちろんだ。お前の存在は、私には必要ない」
ラドリアーノの言葉にゆっくりと目を閉じて、そして前を向く。──わたくしに与えられた任務も、今この瞬間に終わりだ。
「婚約破棄と魔王討伐の任務、承りました。ではさっそく、ご命令通りに極東へ赴きますわ」
ぴしりと礼をして、微笑みを浮かべる。予定とは違ったが、これもまたラドリアーノ自身が決めた運命だ。
「それでは皆さま、ごきげんよ……」
「その必要は、ありませんよ」
別れの挨拶を述べようとした瞬間に背後から聞き覚えのある、よく通る声が響いてきた。振り向くと大広間の扉は開いていて──。
「……ヴォルフラム!」
遠く離れた土地に居るはずのヴォルフラムが、なぜか城に戻ってきていた。
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