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第一章 運命は巡る
BOY MEETS GIRL?(7)
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車内から事故があった場所――死があった場所が見える。
記憶がよぎる。
寒気と共に緊張が走る。
大河から目をはなさないようにしなければ……。
できるだけ大河を車道側じゃなくて建物側に……。
自分にできることをした。こんな些細な当てにもならない気遣い程度のことしかできない。
実際に人が死ぬってわかったとして、それを避けるために何ができますか?
到底信じてもらえないことを本人に言っても普通信じない。
じゃぁ、多少の悪足掻きとしてできるのは帰る時間を大幅にずらしたり、それが起きそうな状況をいち早く察知して避けるか、バスが通ったところを自分が歩いて身代わりとなるくらいだ。
仮にも、死ぬなら自分だ。
バスを降りた。
歩く。
改札口へ向かう。
何も起こらない。
歩く。
まだ何も起こらない。
いつもの風景。
改札口でICカードをかざす。
ピッという音と共に駅員のけだるそうな「ありがとうございまーす」が聞こえる。
改札口を抜ける。
何も起こらなかった。
嬉しくも気遣いは無駄に終わってくれた。
バスは突っ込んでこなかった。
これで死なずに済む……。
――――この考えが間違っていた。
「そういえばさ、あの二人はどう? 進んでる?」
大河はニヤニヤしていた。
相変わらず、大河はこの手の噂話には敏感だった。
向かいのホームにただ漠然と目を向けて考える。
特急電車が駅を通過するアナウンスが流れてくる。
「さぁー、どうなんだろ? いい感じやと思うけどないやろー。だって――――」
隣にいる大河に言った。
しかし、遅かった。
視線を隣に移したときには、もういなかった。
再度、視線を前へ向けた。
いた。
宙に浮いていた。
落ちる。
線路へ。
落ちる。
手を伸ばす。
まだ間に合う。
大河の手が伸びる。
ヒュウヒュウー。
風を切る音が聞こえる。
近づいてくる。
ゴォォォォ。
聞こえる。
間に合え。
近づく音が大きくなる。
間に合え。
間に合え。
ガコンガコン。
電車は――――止まらなかった。
特急電車だった。
指先が痛かった。
電車の風圧なのか、電車にかすったのか。
通り過ぎてから急ブレーキの嫌な音がした。
緊急停止。
なんのためのブレーキだ。
あぁ。
誰かが叫ぶ声が聞こえた。
緊急アナウンスが流れ出す。
「ただいま、人身事故が発生しました」
ホームで流れた。
「この電車は人身事故を起こしました」
車内アナウンスが外にまで聞こえた。
周りの騒然とした音がはっきりと聞こえない。
遠い。
遠い。
ゆっくりと脚を動かす。身体が重い。
一歩。また一歩と。線路へと。近づく。
ひどく遠い気がした。
あぁ。
目の前で。また。
脚を止めた。
覗き込まなくても分かった。
十分だった。認識してしまった。
膝から崩れ落ちた。
あ、あぁ。
線路は一色で染まっていた。
その、その姿。形。
バラバラ。グチャグチャ。
散らばっている。
原型をとどめていない。
片腕はなかった。
ねじれてちぎれた後が。
かろうじて繋がったもう片方の腕。
頭部はついていなかった。
むき出しの骨。
下半身は? ねじれ千切れグチャグチャ。
あちこちに飛び散った血。血。血。血。
遠くの騒音がはっきりと聞こえてくる。
匂いも。
血の匂いがする。死の匂いがする。
なんなんだよ。
両手で心臓を抑える。
なんなんだよ。
なんなんだよ。
呼吸が荒くなる。
上半身が倒れる。
クソ。クソ。クソ。
なんで。なんで。
大河。俺に。安心しろって言ったじゃねーか。夢は予知できねーって。所詮勘違いだって。言ったじゃねーか。なんで。死ぬなよ。死なないって。言ったじゃねーか。なんでだよ。なんで死ぬんだよ。死ぬなよ。生きていてくれよ。
ちくしょ……。生きていてくれ。
――もうなんでもいい。神でも――悪魔でも――なんでもいいから助けてくれ。
その願いは届かない。神も悪魔もいない。
「君、大丈夫かね」
誰かきた。
「大丈夫かね!」
肩を掴まれた。
半ば強引に上半身を起こされる。
「っ……」
あぁ、駅員さんか。
すごい…顔してんな。力強く。必死で。生に満ちた顔で。
「俺、大丈夫ですかね?」俺は言う。「どうすればいいですか?」「あいつ、大丈夫だって。安心しろって――――そう、言ったのに……」
俺はなにもできなかった。
記憶がよぎる。
寒気と共に緊張が走る。
大河から目をはなさないようにしなければ……。
できるだけ大河を車道側じゃなくて建物側に……。
自分にできることをした。こんな些細な当てにもならない気遣い程度のことしかできない。
実際に人が死ぬってわかったとして、それを避けるために何ができますか?
到底信じてもらえないことを本人に言っても普通信じない。
じゃぁ、多少の悪足掻きとしてできるのは帰る時間を大幅にずらしたり、それが起きそうな状況をいち早く察知して避けるか、バスが通ったところを自分が歩いて身代わりとなるくらいだ。
仮にも、死ぬなら自分だ。
バスを降りた。
歩く。
改札口へ向かう。
何も起こらない。
歩く。
まだ何も起こらない。
いつもの風景。
改札口でICカードをかざす。
ピッという音と共に駅員のけだるそうな「ありがとうございまーす」が聞こえる。
改札口を抜ける。
何も起こらなかった。
嬉しくも気遣いは無駄に終わってくれた。
バスは突っ込んでこなかった。
これで死なずに済む……。
――――この考えが間違っていた。
「そういえばさ、あの二人はどう? 進んでる?」
大河はニヤニヤしていた。
相変わらず、大河はこの手の噂話には敏感だった。
向かいのホームにただ漠然と目を向けて考える。
特急電車が駅を通過するアナウンスが流れてくる。
「さぁー、どうなんだろ? いい感じやと思うけどないやろー。だって――――」
隣にいる大河に言った。
しかし、遅かった。
視線を隣に移したときには、もういなかった。
再度、視線を前へ向けた。
いた。
宙に浮いていた。
落ちる。
線路へ。
落ちる。
手を伸ばす。
まだ間に合う。
大河の手が伸びる。
ヒュウヒュウー。
風を切る音が聞こえる。
近づいてくる。
ゴォォォォ。
聞こえる。
間に合え。
近づく音が大きくなる。
間に合え。
間に合え。
ガコンガコン。
電車は――――止まらなかった。
特急電車だった。
指先が痛かった。
電車の風圧なのか、電車にかすったのか。
通り過ぎてから急ブレーキの嫌な音がした。
緊急停止。
なんのためのブレーキだ。
あぁ。
誰かが叫ぶ声が聞こえた。
緊急アナウンスが流れ出す。
「ただいま、人身事故が発生しました」
ホームで流れた。
「この電車は人身事故を起こしました」
車内アナウンスが外にまで聞こえた。
周りの騒然とした音がはっきりと聞こえない。
遠い。
遠い。
ゆっくりと脚を動かす。身体が重い。
一歩。また一歩と。線路へと。近づく。
ひどく遠い気がした。
あぁ。
目の前で。また。
脚を止めた。
覗き込まなくても分かった。
十分だった。認識してしまった。
膝から崩れ落ちた。
あ、あぁ。
線路は一色で染まっていた。
その、その姿。形。
バラバラ。グチャグチャ。
散らばっている。
原型をとどめていない。
片腕はなかった。
ねじれてちぎれた後が。
かろうじて繋がったもう片方の腕。
頭部はついていなかった。
むき出しの骨。
下半身は? ねじれ千切れグチャグチャ。
あちこちに飛び散った血。血。血。血。
遠くの騒音がはっきりと聞こえてくる。
匂いも。
血の匂いがする。死の匂いがする。
なんなんだよ。
両手で心臓を抑える。
なんなんだよ。
なんなんだよ。
呼吸が荒くなる。
上半身が倒れる。
クソ。クソ。クソ。
なんで。なんで。
大河。俺に。安心しろって言ったじゃねーか。夢は予知できねーって。所詮勘違いだって。言ったじゃねーか。なんで。死ぬなよ。死なないって。言ったじゃねーか。なんでだよ。なんで死ぬんだよ。死ぬなよ。生きていてくれよ。
ちくしょ……。生きていてくれ。
――もうなんでもいい。神でも――悪魔でも――なんでもいいから助けてくれ。
その願いは届かない。神も悪魔もいない。
「君、大丈夫かね」
誰かきた。
「大丈夫かね!」
肩を掴まれた。
半ば強引に上半身を起こされる。
「っ……」
あぁ、駅員さんか。
すごい…顔してんな。力強く。必死で。生に満ちた顔で。
「俺、大丈夫ですかね?」俺は言う。「どうすればいいですか?」「あいつ、大丈夫だって。安心しろって――――そう、言ったのに……」
俺はなにもできなかった。
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